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性教育

 食器のカチャカチャという音が聞こえてきてぼくは目を覚ました。朝。外はもう明るくなっていてカーテンの隙間から差し込む光がはっきりしている。鳥の鳴き声が聞こえる。天井の木目。色あせた襖。机の上に宿題を広げたままだ。


 ぼくは起き上がって布団をたたんだ。襖を開けて押入れに布団を片付ける。畳の上を歩いて窓辺に寄り、ガラス窓を少し開ける。ふわっとカーテンが膨らんで、暖かい朝の風が緑の葉の匂いと一緒に部屋の中に入ってきた。庭の木の緑色が眩しいくらいに緑色だ。向かいの家の向こうに見える山の木々も明るい緑色、風に揺れている。


 着替えて部屋を出る。台所から炒めものをするジュージュー音。お姉さんの後ろ姿が見える。


「おはよう」


 とぼくは言う。


「あ、おはよう。今日は早いね」


 お姉さんは振り向いて、少し微笑んで言った。


「月曜日だからね」


 とぼくはこたえて、座卓の前に座った。炒め終わった野菜とウインナーをお姉さんがお皿に移すのを見ている。お姉さんはそれから、ご飯を茶碗によそって、お椀に味噌汁を入れて、自分のぶんとぼくのぶんをそれぞれ座卓の上に並べた。束ねていた髪をほどきながらぼくの正面に座る。


「月曜日にしても早いよ。いつもなら野菜炒めが冷め始めて、お姉さんが起こしに行くでしょう? 今日は起こされなくても起きて来た」


「そうだね」


 いつもより何かがワクワクするような、ソワソワするような気がしてる。風がいつもより暖かいかもしれないし、緑色が明るいのかもしれない。給食がカレーなのも楽しみだ。


「授業は何があるの?」


 とお姉さんが尋ねた。


「社会がある。あと五時間目が理科」


 ぼくは国語と算数は好きではないけれど、社会と理科は好きだ。月曜日は両方あるから楽しい。それから、


「そうだ」


 と、ぼくは思い出した。もしかしたらこれがソワソワすることの原因かもしれない。


「六時間目の総合で性教育をやるんだって」


 けれどお姉さんは別にどうってことなさそうだった。ぼくの予想とはちょっと違う。


「そうなんだ」


 お姉さんがそんな感じだから、性教育はぼくがソワソワしてることの原因ではないのかもしれない。


 お姉さんは頬杖をついてぼくを見ている。ぼくは野菜炒めを口に入れて、噛んで、塩味がしみ出してくる間しばらく先週のことを思い出してみた。それでやっぱり、性教育はソワソワすることの原因かもしれないと思った。


「性教育って何をするんだろう?」


 とぼくは言った。お姉さんはぼくを見ている。それで、やっぱり性教育というのは特別なことなのだと、ぼくは確信した。


 今日の六時間目の総合で性教育をやることを先生が発表したのは、先週の金曜日だった。先生が「性教育」と黒板に白いチョークで書いた。


「みんなが大人になるために大切なことを話す授業です」


 大人になるために大切なことって何だろう? きっとみんなも同じことを考えたはずだった。そもそも、ぼくたちは大人になるんだろうか。大人がみんな昔は子供だったことは知ってるし、いつかはぼくも大人になると分かってるけれど、あと何年かでぼくたちが大人になってしまうということがなんだか信じられないのだ。


 たとえば、同じ学年の女子が大人になってお姉さんみたいになるとは思えない。お姉さんは背が高いし、おっぱいが大きい。女子がお姉さんみたいになったら気持ち悪くて変だ。ぼくがおじさんになるのも気持ち悪くて変だ。


 先生がその発表をしたあとの休み時間に、みんながいつもと違う感じだった。男子が何人か廊下を走って先生に注意されたり、いつも全然授業で発表しない宗太くんが手を挙げてびっくりしたし、休み時間に女子だけが集まってひそひそ話をしていたりした。ぼくは宗太くんと一緒に帰るときに、


「今日は発表できてすごいね」


 と言った。宗太くんはいつも授業で発表しなくて、先生からもっと発表しましょうと言われてばかりだったから。


 ぼくが褒めたのに宗太くんは聞こえてないみたいに空を見てぼんやりしていた。全然なにも言ってくれないから宗太くんを怒らせてしまったのかなと思ったけれど、宗太くんはちっともそんなことなくて、ちょっと楽しそうに笑った。


「みんなそんな感じで変なんだよ」


 と、ぼくはお姉さんに言った。あまりいい感じじゃなかった。ぼくだけが普通で、みんなちょっと変になって、取り残された気がしたからだ。


 トースターがチンと鳴って、お姉さんは少し焦げたトーストを取り出して皿に置いた。そしてその皿をぼくの前に差し出して言った。


「きちんと勉強するんだよ。大人になるために」


 お姉さんはじっとぼくを見ている。


「ぼくは大人になるのかな」


「当たり前じゃない。そんなもの、すぐだよ」


 お姉さんがそう言ったけど、ぼくは自分が本当に大人になるかどうか自信がない。でもお姉さんは嘘をつかないし、きっと本当なのだ。だとしたら、それはたぶん、怖いことだ。ぼくは甘いイチゴジャムをたくさん塗ってトーストを食べた。そうしたら怖いのが少しなくなったような気がした。


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