Disrespect of "S"hinkodaira
「新小平はチンコダイラ」
山本がそう言ったから、世界は崩壊したのです。美少女がそんなことを言ってはいけない。
山本は西国分寺駅徒歩七分の都立多摩図書館に住んでいるとも言うし、その裏手にある武蔵国分寺公園に住居があるとも言う。ともあれ西国分寺駅の近くに住み、西国分寺駅を愛し、西国分寺駅近隣の武蔵野線各駅を快く思っていない。そして、駅を挟んだ反対側の都立西国分寺高校に通う女子高生すなわち美少女である。
「北府中は東芝の社員と農工大の馬鹿っぽい学生しか使わない」
ある日、山本は北府中駅を指さしてディスった。北府中の利用者が東芝の社員と農工大の馬鹿っぽい学生ばかりなのは事実だからこれは問題なかった。
次の日、南武線からの乗り換えで通った府中本町駅でホームの駅名標を見上げて山本は言った。
「府中本町は競馬場に行く薄汚いオッサンしかいない」
これもやはり府中本町の利用者は競馬場に行く薄汚いオッサンばかりなので事実だし問題はなかった。世界はじつに平和なままで、猛暑日の太陽は静かに山本の細い首筋を焦がし、玉の汗が流れた。どっかでセミが鳴いていて、通過する貨物列車の轟音がそれを掻き消した。俺は駅のベックスでアイスコーヒーをおごらされた。
問題の発言はその猛暑がいっそう強まりつつあった七月のある日に発せられた。新小平駅の半端に半地下なホームから地上に這い上がり、周辺を見回し、さも不満そうな顔をして(それでも様になるのはさすが美少女)、山本は言った。
「新小平はチンコダイラ」
俺はそれを聞いた瞬間にギョッとした。マズいと思った。どうにかこの発言を撤回し、もちろんできるものならという仮定だが、天に詫びねば恐ろしいことが起こるに違いなかった。そんな俺の、猛暑によるものではない冷やっとした汗が背中を流れ落ちる感触をよそに、山本は繰り返した。
「新小平はチンコダイラ」
もはや天に詫びるという選択肢は消え去った。すべて崩れ去った。この世に希望などもうない。なにしろ山本のディスりは事実を述べなかった。新小平がチンコダイラだという事実はない。いったい新小平のどこにチンコが生えている平野があるというのだろうか。あるはずがない。だから山本の発言は事実に反しており、世界の道理に合わず、天はそれを許さず、あるいは盛大に処理能力の限界を超え、崩壊した。
崩壊のさなかに山本の弁解が聞こえた気がした。私は新小平にはたしかに無数のチンコが生えていると思うし、少なくとも平らなところであるし、ゆえに無数のチンコが武蔵野線の線路を取り巻くように生えていてもおかしくないじゃん。しかしそんな声が聞こえたか聞こえないかのうちに世界は崩壊していた。南無阿弥陀佛。
「おい起きろ」
と山本は言った。俺は起きたくなんてなかった。ここで起きたところで世界は崩壊してしまっているのだし、どうせへんてこりんな非現実があるのは明らかだからだ。このままこれは夢だということにしてもう一眠りすれば現実に戻れるかもしれないという確率の低い期待に賭けたい。しかし俺の瞑ったまぶたの裏側の暗い空間に火花が散った。
「起きろ馬鹿」
グーで顔をぶん殴られては起きざるを得ない。
「痛えじゃねえか馬鹿」
俺は起き上がり殴られた頬をさすりながら言った。結構マジで痛い。腫れているかもしれない。
「お前のほうが馬鹿だ」
と山本が俺の顔をにらみながら言った。
「なわけねえだろ馬鹿はおめえだ」
俺がそう言った瞬間にまず大股開きの山本の白いパンツが見えて、かと思ったら靴の裏側が見えて、つぎに俺は顔面を蹴飛ばされて後頭部を地面に打ち付けた。俺は気を失った。そして夢を見た。チンコがいっぱい地面から生えていた。真っ平らに広がる新小平の平地という平地に均等に勃起したチンコが並んで生えていた。
「ひでえ夢だ」
「夢じゃねえよさいあくだ」
と山本は言った。いつの間にか俺の隣に並んで立っている。地平線の彼方まで均等に無数に並んでいるチンコを一瞥し、さも不満そうに(それでも美少女だ!)そのうちの一本をつま先で蹴飛ばした。蹴られたチンコは嬉しいのか痛いのかあるいは単なる反射的な運動なのか知らないがぽよぽよと無駄にかわいらしく動いた。
山本はため息をついて夏の熱い地面に視線を落とした。
「全部包茎じゃないか」
愕然とした声で言った。たしかにチンコはどれも先端まで包皮を被っている。
「キモい」
「ひどい」
俺は言った。すると、
「うるせー馬鹿」
山本の回し蹴りが俺の脇腹にクリティカルヒットをかまし、俺の体はふっ飛ばされてチンコ平原を転がっていく。半端に硬いチンコが俺の背中にゴリゴリと感じられる。痛くはないけど生々しい硬さとぬくもりのせいで背中がゾワゾワする。ほどほどに背中の血行が良くなる気がする。
山本は真っ青の夏空を見上げ、口を大きく開いて、火炎を吐く怪獣のごとく叫んだ。広い、広い、広い、チンコダイラ。黒ずんだ肌色と熱い青色で二分された大して美しくもない世界。
「アアーッ、チンコダイラー!」
するとチンコダイラのあちこちから木の葉の擦れる音のようなざわめきが上がり、それはやがて声になり、合唱になった。
「チンコダイラ! チンコダイラ! チンコダイラ!」
無数のチンコたちの声だった。広い平野を埋め尽くすチンコが揺れてやがて波のように同期して揺れ始めた。
「アアーッ、チンコダイラー!」
山本が叫ぶと、それに応えてチンコが空気を震わせる。
「チンコダイラ! チンコダイラ! チンコダイラ!」
世界がチンコの声で満たされていく。どこまでも広がるチンコダイラ。広がるチンコ波の中心に、俺たちはいた。まだ俺が高校生だった頃の、夏の夜の夢。




