バツ印の意味するところ
とあるお伽の世界ではひとめ見ただけで使われる魔法が良いものなのか、悪いものなのか分かるようになっている。
黒くドロドロとしたものは比較的良くない魔法、白くキラキラしたものは比較的良い魔法として判断できるといった具合に優しい設定になっている。
そんなエフェクトは御伽話を支える裏方が日々寝る間を惜しんで作り出していたりしていた。
「ちょっとあんた、まじめにドロドロ作りなさいよ!」
一人は水晶に映り込み、文句を言っている彼。私の先輩のルーゼルさんだ。つまらなそうにリンゴを磨いている少女は後輩のレレン。 今現在、私たちはブラックな職場環境よろしく寝る間を削って魔法のエフェクトをつくっている。
「ちゃんとつくりましたよ、とろとろ。」
「濁音がぬけてるわよ!あんたがとろとろっぽいもの作り出したおかげで、悪の女王はお姫様に『あら、このリンゴほっぺが蕩けそうなくらい美味しいわ。また是非売りにいらして』なんて言われて微妙な顔して帰ったのよ!お・か・げで、私がお城に乗り込んでお姫様の口にドロドロ毒りんごを押し込むことになったじゃない!」
「…ちっ。面白くない。」
「ちっって言うな!」
「あーはいはい。すみませんでした。」
私たちが作業するテーブルの真ん中に置かれた水晶には、ついさっきまで王子様にキスを受けて目覚めたお姫様が映し出されていた。お話どおりに行くなんて面白くない。今回受けた依頼は、リンゴに付与するドロドロをつくるコトだった。その効果は食べたものを永眠させるもの。
「しかもあんた、アタシがリンゴを食べさせる前提で解毒効果つけておいたでしょう。なにをやってるの。」
「気のせいじゃないかな。真実の愛ってすごいよねー。ルーゼル先輩のドロドロを跳ね返しちゃうんだから。」
「真実の愛なんてよく言うわよ。」
「…あながち嘘でもないんですがね。」
本来であれば、お姫様は本当に永遠の眠りにつくはずだった。そんな救済措置をつける内容は含まれていなかったのだから、王子様のキスで目覚めるはずもない。
私だって好きで王子様のキスで目覚める!なんて効果をつけたわけじゃない。ほんの少しだけ、あの短時間で2人に芽生えた気持ちがあったらなら、少しだけルーゼル先輩の呪いよりも強い気持ちがあったら呪いが解けてもいいかもね。と、そう思っただけだ。効果を付与したんじゃなくて効果が勝手に付いていっただけと言ってもルーゼル先輩には関係ない。
「あんたね、ちゃんとやらないとお上に消されちゃうんだから、真面目にやんなさいよ!」
「消されちゃうって、どんなふうにですか? 例えば、家のドアに朱いバツ印が書かれた紙が貼られたりするとどうなの?」
といって、まるで血のようにどろっとしたもので書かれている紙を見せた。ちょっと気持ちが悪くてルーゼル先輩に質問しようと思って持ってきたのた。紙を見たルーゼル先輩は酷く嫌そうな表情をした。
「あんたそれ、本当に貼られてたわけじゃないでしょうね?」
あ、よくない感じだ。黙っていよう。
「…そんなわけないですよ。家の中を漁っていたら知らない人の日記と一緒に出てきたの。」
「…それなら良いけど。まあ、始めは青色から始まるみたいだから、いきなり朱はないわよね。良い?それはちゃんとやりなさいという、お上からの【警告】なの。青から始まって緑になり黄色になり、そして朱くなる。やがて黒が混じり始めて、完全な漆黒になると暗殺部隊が派遣されてくるの。アタシ達の代わりなんて幾らでもいるんだから、変な意地張って逆らったりしないのよ?」
「わー怖いですねー」
「ちょっと、あんたちゃんと聞いてる?!冗談じゃなく」
「あ、そろそろ次の案件に取りかからないと。」
「あ、ちょっと・・・!」
私は、にっこりと笑顔を作って水晶に手を被せた。ルーゼル先輩とレレンの視線を少し感じたけれども、やがてそれぞれの仕事に集中し始めた。