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たった一日で

「――おかしいだろ、こんなの!!」


 怒鳴り声と共に、ばき、と何が壊れる音がする。

 力任せに机を殴ったのは赤髪の青年だった。ぴんぴんはねた髪の下、大気が灼きつきそうなほど激しい怒気をあらわにする碧眼。たった今殴り割った机をにらむその様子は、怒りと共に、どうしようもないやるせなさを感じさせる。


「どうなってんだよ。おかしいだろ、何で人間の作った兵器が磁場を破壊できんだよ。磁場破壊なんて禁忌の術じゃないか、何でそれを人間が使うんだよ……!」


 血を吐くような叫びを聞いたのは、青年と同じ部屋にいるものたちだった。

 八畳ほどのそう広くない部屋には、壊れた机と、椅子がいくつか並べられている。椅子に座っているもの、立っているもの、合わせて六人がこの部屋の中に存在していた。


 その中の一人、机が無惨に破壊されても椅子に座ったまま微動だにしなかった男がゆっくりをまぶたを持ち上げる。


「ぎゃあぎゃあ騒ぐなよ、高麗火雨(ひなめ)。騒いだって事態は進展しねーだろーがよ」

「ルーヴェスティア……! お前、悔しくないのかよっ? 何も感じないのか!? こんな――こんなことになって!!」

「騒ぐなって言ってんだろ。騒ぎたいんだったら浄気エリアにでも行け。怪我人ならお前の非生産的な文句にも付き合えるだろうよ」

「……!!」

「火雨よせ! ルーも言い過ぎだ!」


 火雨が痛烈な皮肉を言った男――ルーに殴り掛かりかけた時、別の男が割って入る。ルーはそれに対しちらりと冷たい薄青の視線を向けただけで、すぐに部屋の反対側で険しい顔をしている稔と、その横の黒目黒髪の少女に声をかけた。


「真藤稔。火澄(ひずみ)乃亜(のあ)。詳しく報告しろ」

「あなたに報告しろと言われる義理はないんだけど」


 ルーの上から目線の言葉にむ、と顔をしかめた少女がかみつく。それに対して溜息を吐き出したのは、ルーではなく、稔だった。


「乃亜。今は非常事態ですよ。……火雨、凛燁(リンイェ)榛衣(はるい)さんもよく聞いてください」


 火雨と、彼を押さえる男性。そして部屋の反対側にいる女性を順繰りに見て――稔は現状の報告を始めた。


「まずは確認ですが、今日の明け方、東大陸西岸にて異常な魔力反応を観測。ほぼ同時に世界規模の魔力乱流が観測され、魔力制御の失敗による死傷者が多数出ました。それから約二時間後、今度は西大陸北東の一角で同種の魔力反応を感知。こちらの場合においても魔力乱流が観測されています。……規模は後者の方が小さかったですが、どちらの事例においても半径約百五十スタディア(※)にわたる磁場破壊が確認されました」


 磁場破壊、という文言で火雨が大きく震える。ここでいう「磁場」とは単なる「磁力が働いている空間」のことではなく、魔力結合を行う大前提となる土台のようなもののことだ。それは魔力で生きる魔法使いにとっては生命線に等しい。


 磁場が破壊されれば、魔力はたった一つの例外を除いていかなる結合もしない。


 それはつまり、魔法が使えなくなるだけではなく。魔法使いたちの生命活動のすべてが問答無用で停止する、ということと同義で。


「……被害状況は」


 尋ねたのは火雨を押さえていた男性、凛燁だった。


「……詳細はまだ確認中です」

「現状分かっているだけでいい。アイズ内、地球にいた魔法族、人間側。それぞれの被害状況は」

「……。人間の死者は、おそらく総計しても百万人に届かないでしょう。負傷者を含めても……。今回は魔力乱流という特性上、近距離で直撃したものたちは残らず死亡したはずです。人口分布、時間帯を加味しても百万人以上にはなりません。魔法族と、アイズの被害は……」


 稔がちらりと傍らの少女――乃亜を見下ろす。まだ齢十そこそこにしか見えない少女は一つうなずき、固い面持で言葉を継いだ。


「魔力分布から見て、少なく見積もっても……地球にいた魔法使い約四十万人――これは比較的血の濃い混血も含めてだけれど、四十万人のうち、過半数は犠牲になったと考えていいわ」

「……っ!!」


 部屋の中に衝撃が走った。

 声が出ない。過半数――つまり、二十万人以上――それも、これは少なく見積もった数だという。爆心地に密集していたわけでもない彼らの犠牲は、そのまま魔力乱流の凶悪性と、規模を証明している。


「……たった、一日……数時間で……」


 やっとのことで挙がった声は、誰のものかわからないほどにかすれていた。


「アイズ内は、まだ確認中だけれど――魔力ランクBプラスからDプラスまでの魔法使いはほとんど根こそぎ亡くなったとみた方がいい。もちろん、皆みたいに事件当時アイズの結界内にいた人たちは比較的被害が少ないけれど……あくまで少ない、だけよ。

 それから、一応傾向分析もしてみたけど、混血より純血のほうが被害がひどくて、さっきも言ったみたいにBプラスからDプラス――つまり、『普通』とか『一般』とか『平均』とか言われる人たちのほうが被害を受けているわ。DマイナーからFランクのほとんど魔力がない人たちは被害が少なくて、A以上の高魔力保持者は直撃を食らってもかろうじて生き残ってる。……内包魔力量が少ないのはほとんど混血で、彼らは生命活動を魔力に依存していないし、高魔力保持者の生命維持力は底知れない。そのあたりの特性がはっきり出たみたい」


「具体的に、現在アイズで活動可能な人数を教えてくれるか」


 かすれてはいたが、震えてはいない声で凛燁が尋ねた。乃亜はわずかに視線を彷徨わせ、ぎゅっ、と自身の服を強く握った。


「……アイズの構成員の三分の一は、現時点で死亡を確認している。三分の一は、生死不明と、通常業務遂行不可能な怪我人。通常業務に従事できるのは……どれだけ多く見積もっても、アイズ全体の、三分の一以下」

「戦闘が行えるのはさらにその十分の一、ってところか。……外に出ていた構成員が多かったのが、仇になったな」


 ルーの分析が低く響く。一月ほど前、アイズ最高司令官である高麗晶樹はアイズ内で真っ二つに割れつつあった大戦介入派と不介入派、どちらの意見もそれなりに取り入れたうえで「あくまで表に出ない」上で大戦終結に力を貸す、とした。それは反戦派への援助であったり、各国政府へのじんわりとした圧力であったり、急激な動きではなかったのだが――それでも、大戦の規模が規模なので、動ける構成員のほとんどはアイズの外に出ていたのだ。


 皮肉だな、とルーは言わなかったが、誰の耳にもその言葉が聞こえた気がした。大戦不介入を貫いていれば、結界でおとなしく守られていれば、少なくとも今のように大きすぎる被害はなかった。人間を案じ、大戦を終結させようしたからこそ、今回の被害が出てしまった。


 スパイスの効きすぎた皮肉、残酷な仕打ちだ。ルーのそれがかわいく見えるほど。


「……稔、乃亜、確認しておきたいんだが。アイズの上位指揮権限を持っているものたちの中で、生存者は、どれほどいる?」


 なんとか自分を抑えた火雨の問いに、稔は自嘲を刷いた。


「稔?」

「……いえ。すみません。今現在、アイズで指揮権限を持っている生存者は五十名弱。うち、意思表示が可能なのがルーを除いたここにいるものも含め二十四名。その中に上位指揮権限者はいません。また、俺たち以外の指揮権限者は、いずれも決定権について放棄、あるいは俺たちに移譲するとのことでした」

「……え?」


 火雨は戸惑いの声をもらした。与えられた情報を一瞬で整理しきれなかったのだ。


 アイズは組織構造としては非常にわかりやすいピラミッド型をしている。頂点が最高司令官。その下に副司令官、そして「ソエル()」と呼ばれる三人と、「フォーナル()」と呼ばれる五人。この十人で最高幹部会、賢者十人会(通称賢十会)を形成。アイズのあらゆる決定権と「長」と名のつく役職の任命権は平常時、この十人にのみ与えられる。これが稔や火雨が言う「上位指揮権限者」だ。

 さらに賢十会の下には戦闘、医療、情報、三つの系列隊が存在し、それぞれに一人の系列隊長が存在する。そして系列隊の中には多くの隊、班があり、そのすべてに隊長や班長、場合によっては副隊長、副班長が存在するのだ。ちなみにこの隊、班は在籍する人数で言い分けているのであって、班は隊より一律に格下、などということはない。

 この「長」がつく役職を上から下まですべてひっくるめたのがアイズ最大の幹部会、長老会だ。ここは決定権こそないものの、一般の組織員の人事権を有する評議機関である。評議機関、とあるように、アイズのほぼすべての問題は一度ここで協議されてから賢十会で決定され、また長老会に属する「長」たちによって各部隊で対応される。そのような機能を持っているからこそ、ここに属しているものたちは「指揮権限者」と呼ばれるのだ。


 そして、今の状況。

 上位指揮権限者がいない、ということは賢十会の十人――現在はうち三席が欠員のため、正確には七人――はいずれも意思決定を行えない状況にあるということだ。アイズの決まりでは、賢十会が不在の場合、決定権は緊急措置として長老会まで下りてくる。だからこの状況に対する対策を話し合い、採決するのは残った長老会の指揮権限者たち二十四名なのだが――。


「いやいや、ってか皆何やってんだよこの緊急時に!?」

「緊急時、だからこそですよ。――ここにいない十九名は自身の部下と、上司を亡くしたほかの部隊の人たちも編成しなおして、すでに活動しています。ただ、当然のことながらひどく変則的な指揮系統なので一時たりとも部隊から離れられないとのことです。だからここに来るものに決定権の移譲を」


 憤然としていた火雨が息をつまらせた。彼だって長老会の一員、戦闘系列隊第七分隊の副隊長だ。事件が起こってすぐに自身の部隊について確認もしたし、隊長の指示も仰いだ。――けれど、隊長からの指示は「待機」だったのだ。だからこそ、こんなときに動かない・動けないことにいらだちが募っていたのだが。


(――行動、している――?)


 ここにいないものたちは、皆すでに今回のことについて独自の判断で動いているというのか。なら、隊長も? ……自分を残して?

 いや、でも、そうだ。稔や乃亜だって、ここでこれだけ詳細な報告ができるということは彼らも事件発生からいままで休みなく働いていたに違いない。――でも稔はまだ足りないと思っているのだ。自分もここで会議なんぞをしていないで実際に現場まで行きたいと思っているのだろう。だからこそさっきあんな自嘲を――あんなに、悔しそうで、泣きそうな顔を一瞬だけ浮かべていたのだ。そしてそれはきっと、稔の報告を聞いても動じなかったほかの人たちも同じ……。


 混乱に、一気に勢いが衰えた火雨をよそに、それまで一度も口を開いていなかった女性が苦笑した。


「医療系列隊からは第四分隊隊長の私。戦闘系列隊からは第一分隊隊長の凛燁、第三分隊副隊長の稔、第七分隊副隊長の火雨。情報系列隊からは開発班長の乃亜。三つの系列隊からそれぞれ隊長クラスが出てきているから、長老会として、一応の体裁は整っている。ただ、医療系列隊はてんてこ舞いでね。早いところ戻りたい。……さっさか決めていこう」


 その名の由来となった榛色の瞳が、ぐるりと部屋を見回す。


「この五人での決定がアイズの未来を左右する。――さ、私たちはどう行動する?」


 



※スタディオン……魔法使いが使用する距離の単位。一スタディオン≒百八十メートル。複数形はスタディア。

 通常、魔法使いが一対一で戦う際、戦闘に必要なスペースが直径一スタディオンであるとされる。


2015/02/10 副題設定


2014/12/29 後半改稿

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