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リルト=エナ


 晶樹は丁寧に子どもを抱き上げ、ひとまず部屋の外に連れていく。この子がどれだけ外界のことを認識しているのかはわからないが、彼が今から行うことはたぶん教育上よろしくない。にこりと笑いかけた。


「ちょっと待っててね」


 頭を一撫でして立ち上がる。

 隠し部屋の中に戻り、晶樹はためらいなく白の柄を握った。


 底知れない潜在能力を持った、しかもどうも意思疎通も怪しそうな子どもをいくら殺気石で作った部屋とはいえ、制限もなく放置しておく? 絶対にない。せめて殺気石をもたせておかなければ危険すぎると馬鹿でもわかる。魔術師たちは対策をしていたはずだ。あれだけの実力差があれば封印は紙切れ同然だろう。だとすれば、考えられる可能性は一つ。


「答えろ。あの子の真名を」


 同時に傷をえぐるように軽く、柄を動かす。再び悲鳴が上がった。


 ――真名。魔法族の魂の名。自らの存在そのものをあらわす言の葉は、悪用されれば魔法族を最も楽に、そして確実に縛る事ができる。


「あの子を殺気石もなくここに置いていたなら、お前たちはあの子の真名を押さえていたはずだ。それを教えろ。……そうすれば命だけは助けてやる」


 ――嘘だ。見逃すつもりなんてない。

 気づかれるかな、と思ったが、相手は痛みでよほど混乱していたらしい。偽りにも気づかず、その言霊を放った。


「リッ……リルト=エナ、リルティアナ、だ!」


 大気がわずかに震える感覚に晶樹は目を細めた。――真実だ。


 ゆっくりと白を抜く。どしゃっと床に落ちた相手は痛みに騒ぎながらも、ほんのわずか、安堵を浮かべた。一度彼に背を向けて。


 ――次の瞬間、晶樹は無造作に白を振るった。


 ぽかん、とした目が晶樹を見るのも一瞬。死を迎えた体は光の粒になって溶けた。仲間を失った時のそれが脳裏でフラッシュバックして晶樹は舌を打つ。荒い動作で血を振り払って、いらだち紛れに吐き捨てた。


「命をもてあそぶような研究をしていた魔術師を見逃すはずがないだろう。厄介なことになるとわかりきっているのに」


 靴音を鳴らして部屋から出ようとして、ふと足を止める。きらりと光を反射したのは魔術師が持っていた魔導杖、その先端に埋め込まれた聖石だ。ここはこれから崩壊させる。跡に残って何か悪さされても困るな、と思ってそれを回収した。


「待たせたね」


 やはり反応がない少女に苦笑し、晶樹は構わず彼女を右腕に抱き上げた。隠し部屋から出、殺気石の影響がなくなったところで稔から声が飛んでくる。


『ご無事ですか?』

「見たとおり、けがもないよ。子ども――外見十歳くらいの少女を一人保護した。たぶん人造魔法使い。クライスに連絡して、すぐに適切な処置が出来るように」

『――――わかりました』

「いい返事。みんなはどうしてる?」

『西側の作戦行動はほぼ終了しています。魔術師の反応はすべて潰しました。こちらに死者はいません。空、五班も敵を撃破。データもほとんどさらいました。残存する生体反応はなし。一班から四班はすでに撤退に移っています』

「わかった。僕もこのまま離脱する。それで、エリュース、聞いてる?」

『……はい、こちら医務室で絶対安静言い渡されてふて寝中のエリュートシスですよっと。で、なぁに?』


 色気たっぷりで、茶目っ気もたっぷりで、なおかつさばさばした女性の声が晶樹に応える。休んでるとこ悪いんだけど、と外に出られるポイントを探しつつ晶樹は早口で言った。


「情報系列隊に急ぎの依頼を一つ。東西で起きた魔力乱流から固有魔力波長が検出できるかやってみてくれないかな? 乃亜を使っていいから」

『固有魔力波長……? ああ、なるほどね。保護した子の波長と比べてみるわけ。ふぅん……いいけど、晶樹。それがもし一致したらどうするつもり?』

「どうもしない。ただ馬鹿どもが同じものを作れないって保証ができるだけだ」

『あんたはそれでいいだろうけどねぇ……』


 物憂げな声が聞こえる。彼女が何を懸念しているのか、晶樹はわかっているつもりである。彼女はアイズに加わる前、魔女狩りを体験した。

 わかっているが、彼はきっぱりと言った。


「目を背けてどうする? 往々にして虚像は実像より大きく見えるもんだ。未知の物事を正確に測るには正確なデータが必要だと僕は思う」


 通信回線の向こう側から盛大なため息の音が響いた。情報系列隊長エリュートシス。アイズを陰で支える、「智」の重要性を知り尽くした人だ。


 もしこれが無視できる案件ならそうした。目を背けて、そっと見なかったことにしていい話ならば晶樹はそちらを選んだだろう。しかしこの子――リルティアナの危険性は未知数だ。それも限界突破、悪い意味での未知数である。真っ暗なベールの向こうに影だけが見えるような状態では、その影がどれだけ大きいか、小さいか、それさえもわからない。ベールをはぎ取り、等身大のこの子と接するためには正確な情報が必要。それが晶樹が下した結論だった。


 たとえそれが畏怖を呼び起こすかもしれなくとも、敬遠につながるかもしれなくとも、目を背けたままではより致命的なことにつながりかねない。

 未来のことなど今この瞬間には誰もわからないのだ。

 真実を見抜き、その直感は未来を垣間見る。そう謳われる力ある魔法使いですら、確実な未来を見ることは出来ない。


 ――なら、晶樹は今彼にできる最善をやるまでだ。




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