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西大陸の親友

『マサキ! 久しぶりだな!』

『ディーター……一年ぶり、くらいかな。変わってないようでなによりだよ』


 西大陸の西端に位置するローゼンクランツ伯爵領、ザバブルク城エントランス。

 晶樹は出迎えてくれた友人、ディーター・フォン・ローゼンクランツと抱き合った。久しぶりの親友との再会に自然と笑みがこぼれる。


『マサキ小父様……! お久しぶりです!』


 弾むような声で晶樹を歓迎したのはあと一週間で七歳となるディーターの愛娘、エーリカだった。はたはたと駆け寄ってきた彼女を軽々と抱き上げ、晶樹はほおに親愛のキスを落とした。


『エーリカも久しぶりだね。ずいぶんと大きくなって』

『もうすぐ七つですもの、当然ですわ。小父様のお名前もちゃんと言えるようになりましたのよ!』


 得意げに胸を張る少女に笑みがこぼれる。「マサキ」という名前はこの国の人々にとっては発音しにくいらしく、エーリカも最後に会った時は彼の名前をしっかり発音できず、申し訳なさそうにしていたのだ。彼女はどうやらこの一年で猛練習をしたらしい。

 実は彼女の父親も出会ってすぐに舌をかみ、名誉挽回するべくこっそり練習していたのだから、似た者親子だ。


 くすくすと笑っていた晶樹はさらにもう一人近づいてくるのを認め、エーリカをそっと下ろした。


『お会いできてうれしいですわ、マサキ。先日は珍しい贈り物をありがとうございました』

『君も元気そうでうれしいよ、クリス。気に入ってくれてよかった』

『おかげさまで、体の調子が楽になりましたわ。最近はエーリカと庭を散策するのが日課ですの』


 にこりと笑ったのはディーターの妻でエーリカの母親、クリスだ。華奢ではかなげな容貌の美人で、見た目通り、体が弱い。


 細君と愛娘にべたぼれな親友が、病弱な細君が体調を崩すたびにつられたように顔色を悪くするのを見かね、晶樹は定期的に滋養強壮に良いものを贈っているのだ。中には魔法使いである彼だから手に入るような珍妙なものもあるが、期待はずれだったり、逆効果だったりしたことは一度もない。

 長くは生きられないと宣告されていたクリスが季節の変わり目にもそう寝込まなくなったのも、エーリカを産むことができたのも、晶樹の贈り物が大いに貢献している。何より、晶樹――高麗家は妻と娘の病気を治そうとするディーターの支援者であるのだ。この家族は晶樹にとても感謝していた。


『今日はどれくらい時間があるんだ?』

『ん? んー、半日、くらいかな』


 晶樹は少しだけ考えて答えた。溜まっていた書類はすべて決裁したし、稔は自分がここに来たこともその理由も知っている。彼の手に負えないくらいの急用か、再び書類の森ができるくらいでないと呼び戻されはしないはずだ。

 口にしないそこら辺の事情を視線で語ると、ディーターはうなずき、手をたたいた。


『ならば食事に付き合えるくらいの時間はあるな。それとも何か食べてきたか?』

『いや、ご相伴にあずかるよ』


 久々にクリスやエーリカと話をするのも悪くない、と、晶樹は用事を後回しにしてもいいかという提案を受け入れた。




 *   *   *




 そして、和やかな昼食会の後。


 晶樹とディーターは城の中の一室でグラスを傾けていた。


 二人のグラスの中に入っているのは度数の低い酒だ。けれど種族的に酒の影響をほとんど受けない晶樹にも、人種的に酒に強いディーターにも酔いの気配は見当たらず、二人はごく普通の――いや、いつもよりはやや陽気な調子で会話を続けていた。


『――そうか、研究も最終段階か!』


 不意に弾んだ声を上げたのは晶樹だった。よほどうれしいことでもあったのか、『よかった』としきりに繰り返す。対するディーターは、満面の笑みを浮かべそうになって、表情を引き締めようとして――けれどやはり笑み崩れた。彼の心底嬉しそうな顔を見て、晶樹も目を細める。


『お前たちの協力もあってだ。長い間、本当にありがとう、マサキ』

『どういたしまして――と言いたいところだけど、少し気が早いよ、ディーター。日本には「百里を行くものは九十を半ばとす」っていうことわざもあるんだよ』

『おい、マサキ。それは中国のことわざだろう』

『ま、元をたどればそうだけど』


 大真面目な顔で会話を交わした二人は、数秒後、同時に噴き出した。酒が入っているのもあるかもしれないが、久しぶりの友との語らいで二人ともだいぶ陽気になっている。それに、話題が両者の共通の悩みのタネにようやくけりがつけられる、という内容であれば余計に、二人とも気分の高揚が抑えられなかった。


『君がローゼンクランツ家特有の遺伝子異常の研究を始めて……もう、十四年、か。なかなか早かった、というべきなんだろうね、本当は』


 晶樹は杯を掲げながらも皮肉気に微笑んだ。呪われた一族と呼ばれていたローゼンクランツ家。血を受け継ぐ者のほとんどが病弱で、若くして亡くなってしまうそのからくりは「ローゼンクランツ因子」と名付けられたこの家特有の遺伝子異常だった。それを突き止め、本当なら百年の単位で研究されるはずだった治療法を、二十年に満たない時間で完成させる寸前まで来たのは目の前の青年。


 けれど、それは、決して青年だけの力というわけではなくて。


『……ごめん。僕らはやっぱり、間に合っていなかった』


 ……それまでローゼンクランツの呪いに立ち向かい、力及ばなかった人々と違っていたのは、ディーターに協力者がいたこと。


 沈痛そうに目を伏せた晶樹をディーターは真顔になって見つめた。彼はローゼンクランツ家の出ではない。彼の愛した人がローゼンクランツ家の人間で、ディーターは彼女を――そしてかつてはその両親を助けるために必死になって呪いの正体を暴こうとしていた。

 けれど、力及ばず義父母が亡くなった時。ディーターが失意に暮れた、その時ようやく、彼らは――晶樹たちアイズはローゼンクランツ家に接触してきた。「呪いの正体を知っているかもしれない」と言って。


 そして、彼らの協力を得たディーターは、十年ほどでその治療法を確立するところにいる。


 ただ晶樹たちに感謝している、とは言えない。彼らがもっと早く接触してくれれば、義父母も死なずにすんだかもしれない。その思いは確かにある。


 だが。


『……そりゃあ、言いたいことはある。だが、お前たちのおかげでクリスやエーリカが助かる可能性が見えてきたのも本当だ』


 ディーターはなんといえばいいのか迷い――結局、晶樹の杯にどぱっと酒をついだ。


『! ディーターっ、ちょっと……!』

『まあ、今日は呑めよ! ……最初に言ったろう? 感謝しているんだ、お前たちには』


 杯に収まりきらない液体が晶樹の服を濡らす。晶樹の憤慨に紛れるようにディーターは言った。


『また十年もたてばこのことだっていい思い出話さ。だから、今は蒸し返すなよ? 最初に会った時、魔法使いが万能じゃないって言ったのはお前だぞ、マサキ』

『……そりゃ言ったけどさ……あーもう、いいよ、呑むよ。付き合うから、頼むからディーター、僕のズボンには酒を飲ませようとしないでくれ』


 今の地球で魔法使うの結構しんどいんだよ、と晶樹は苦笑した。と、ディーターが身を乗り出してくる。


『戦火は、そこまでひどいことになっているのか?』


 なみなみと注がれた杯に注意深く口を付けながら、晶樹はちらりと青い瞳を見返した。


『酒の肴には向かない話だよ』

『それでもいい。というか、今回のことは半分はそれが本題だ。今のローゼンクランツが日本びいきだということは皆が知っているからな、なかなか正確な東の情報が入ってこないんだ。マサキから見た忌憚のない状況を聞かせてほしい』

『「日本」びいき、ねえ』


 晶樹は物言いたげな表情をした。


『なんだ』

『……君日本びいきだっけ? 知らなかった』

『美しい国だと思うぞ? 繊細で儚いものを尊ぶ感受性、その国民性こそがあの国の美しさを我らに教えてくれる。落ち着いたらぜひ家族で訪れたい。――ただ、俺にとっては、厳しい冬を乗り越えた領地の春と、我が最愛の妻が世界で一番美しいというだけさ!』


 おおげさに体を動かしたディーターだが、『で、どうなんだ』とすぐに話を元に戻す。先ほどより厳しい表情は、晶樹がはぐらかそうとしたとでも思っているのだろうか。晶樹は一気に杯を干した。


『正直に感想を言えば、どいつもこいつも短絡思考の大馬鹿野郎、体面ばっかり気にしやがって、こんなことを続けていたらすぐに自分の国まで吹っ飛ぶぞわかんねぇのか!! になるのかな』


 スラング交じりの「忌憚のない意見」にディーターはあっけにとられたようだった。なまりのない美しい言葉を操る晶樹の口から出てくるには、いささか衝撃が強すぎたようだ。


 手酌で酒をつぎたし、晶樹は本当にどうしようもないとため息をついた。


『西大陸の中央から南はもう本当に泥沼状態だ。もともと火種を抱えていたことも原因だろうけど、僕らでもうかつに手を出せない――というか、手を出す相手が見つからない。あれは表からの軍事介入がないとどうにもならないね。かといって、その軍事介入ができる相手は……』


 消えた言葉の先に再びため息を続ける。介入ができるほど国力をもっていた国々は、いまだ意味のない戦争を続けている。


『大戦にしたって調停しようとしても、休戦を呼びかけても跳ね返す。東大陸はまあ、一応僕ら日本に所属してるから敵だししょうがないかなあと思うんだけど、ホームグラウンドの西大陸でも印籠の効果があんまりないんだよねえ。「高麗」の名をもつ使者をあそこまで邪険にできるってのも案外すごいと思うけれど――』


 三度、ため息である。


『……お前たちの中の意見はどうなっているんだ?』

『アイズ内部? もちろん二派に分かれた意見衝突だ。片や僕ら「魔法使い」の存在を明るみに出して戦争を止めようっていう大戦介入派、片や今まで通り人間社会不干渉を貫いて、諦めずに裏からなんとかしようっていう不介入派。ちなみに僕は不介入派。……だって、ねえ?』


 さも当然だとばかりに言った青年はくしゃりと笑った。浴びるほど酒を飲んでもまったく揺れない瞳の奥が、冷たく冴えた光を瞬かせる。


『僕らの存在を前面に出したら、そりゃ一時的に戦争はやむだろうさ。何せ人間が初めて接触する地球外生命体、それも彼らからしたらおとぎ話の中のものである「魔法」を使うんだ。間違いなく停戦に持ち込める』

『それで、その後魔法族が攻撃される可能性は、非常に高いだろうな』

『そゆこと』


 だから、動かないし、動けない。「魔法使い」「地球外生命体」と自らを称した男は、なかばやけのように酒をあおった。




2015/02/10 副題設定

2015/02/15 大幅改稿。USBの中に下書きが眠っていました……。

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