「高麗晶樹」の今生
高麗晶樹は人間の技術革新が進む時代に地球、日本の旧家に生まれた。それも単に誕生したのではなく、俗にいう「転生」をしたのだ。
勉強や礼儀作法こそ厳しく仕込まれたものの、そこそこわがままでそこそこ素直ないたって普通の少年だった晶樹の生活は、自分の前世を思い出した十六歳の時を境に激変する。
自分が転生者であったということは、まあ、いい。それだけであれば彼も「世界ってまだまだ不思議なことであふれているんだなー」と思うだけですんだだろう。
しかし、彼は思い出してしまったのだ。
自分が地球の生まれではないことを。
それどころか彼が生まれた世界には魔法があり、魔法を使う多くの種族が存在し、おまけに彼の種族「魔法族」では「転生魔法」が開発され、一部とはいえ実用化されていたことを、さらにいえば自分がまさしくその魔法を使って転生したことを――思い出して、しまったのだ。
「嘘だろちょっと待ってよここアニルじゃないだろ、なんでアニル以外に転生するわけ……!?」
とは記憶を思い出した直後の晶樹のセリフである。ちなみにアニルとは彼が最初に生まれた世界の名前だ。
転生魔法が正常に作動し、かつての記憶を思い出してしまった晶樹の体は完全に魔法使いのそれに変質してしまっていた。もし自分がイレギュラーでこの世界に落ちてしまったのだとすれば、この状態はかなりまずい。実験材料にされるのはごめんだ。
そう思いつめて即日家出を敢行しようとした晶樹だったが、これは今生の両親に事前に察知され、阻止された。冷静なようでいて混乱の極みにあった晶樹にとってさっぱり思いつきもしないことであったのだが、実はこの両親、魔法族の知識をもっていた。彼の母親はまさしく彼と同じ魔法族の一員であったのだ。
それどころか、彼が生まれた家、高麗家は、晶樹のように人間の中で突然魔法族としての記憶を取り戻してしまってあわてる者たちを保護する秘密結社、「アイズ」の中核メンバーであったのだ。
「まさか自分の息子を『捕獲』することになるとは思わなかったけど……」
とは家出を企てた晶樹を寸前で捕獲した彼の母親の言葉だ。彼女たちは家の中ではほとんどこれっぽっちも自らの「力」を隠すつもりはなかったので、記憶さえ思い出せばそれが「魔法」だろうと気づくだろう、と思っていたのである。
これに対して捕獲された元少年は。
「いくらふよふよ浮かぶ明かりがあったって家の中を一瞬で移動できる不思議パネルがあったって呼べば飛んでくるホウキがいたって、それが生まれたころからあったものなら不思議になんか思うもんか!!」
――と絶叫したらしい。どちらの言い分が正しいかは皆様の判定に任せる。
とにもかくにも、こうして晶樹は世界の裏側――人間からひっそり隠れ住む魔法族たちの存在を知る立場となったのである。
――そうして、人間としての生活と魔法族としての生活を並行して送っているうち。
どうにも、人間の国家間がきな臭いことになってきた。
ちょうど技術や文化の過渡期に生まれた晶樹は、「ちょうどいい時に生まれたなー」と変わっていく世界を楽しく傍観していたのだが、いくら彼でも戦争に使用される兵器がどんどん発展していくのを笑ってみている気にはなれない。どうも最近おかしな方向に流れて行っているなー、と眉をひそめていたら。
人間たちは、海のこちら側と向こう側に分かれて本当に戦争を始めてしまったのである。
魔法族の保護、監察を使命とする秘密結社アイズ。この組織に属している以上、人間の戦争がはじまってしまったからには戦域にいる魔法族たちを避難させ、あるいはよほど目に余るようなら人間国家に直接働きかけて戦争の仲裁をしなければならない。それがアイズの役目なのだ。
――しかし、今回のように、ほとんど世界中が参加している戦争の仲裁をする、というのは並大抵の努力ではなく。
「……ほんとに、かんべんしてくれよ……」
今までのいきさつを思い出して逃避していた晶樹は、アイズの本部にある自分の部屋の中、うずたかく積み上げられた書類を遠い目で見て、地獄の底から響くような低い恨み言をこぼしているのであった。
2015/02/10 副題設定