第七話 『準備』
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二十四日、土曜日。ここ、のぞみ園はクリスマスパーティーの準備の為に、みんな忙殺され
ている状況である。
「真希ちゃん、ボウルそっちに無い」
裕子は、スウィーツを作っている最中だ。サークルの友達と相談しながら試行錯誤している
珍しいものでも作る気なのだろうか。
「いいえ、無いです。」
真希は、ボランティアの人が持ってきた差し入れの料理を盛り付けている最中であった。
「おかしいな、どこ行ったんだろ」
裕子は、別のところを探しに行く。
「こんにちわ、」
裕子の姿を目で追っていると、食堂入り口から懐かしい声がした。真希は、やっている事を
中断してそちらへ駆け寄った。
「舞子さん。お久しぶりです」
彼女は、片桐 舞子 はここの卒園者であり。裕子、和馬より三つ
年上の二十三歳、結婚して男の子が一人居る、それともう一人。
自分が応対すると、少し驚いた表情をした。
「えっ、真希ちゃん。お久しぶり、ってか変わったね」
どこが変わったんだろうか、頭の上に疑問符を浮かべる。確か、一年前も同じ事を言われた
気がする。
「ますます、綺麗になった」
なぜか、嬉しそうに話す。自分は慣れて無い事に照れた。
「いえ、そんな。あれ、信二くんは」
「今回は、おばあちゃんの家に預けてきた」
去年、ケーキは投げる。桃香ちゃんをいじめる、あの元気な姿は今年は見られないのか
そう思うと、少し残念なような安心したような複雑な気分になった。
「あれ、舞子さん。久しぶり」
ボウルをどこからか見つけてきたのか、振り向くと裕子が立っている。
「ユウちゃん、久しぶり。元気そうだね」
「えぇ、相変わらずですよ」
裕子にとってもお姉さんに当たる人だ、彼女の性格上、姐御と言ってもいいだろう。数年前
まで自分らの面倒を一括して見てきた人物なのだから。
「和馬くんは、仕事かな」
「今日はなるべく早く帰ってくると言ってたけど、どうだろ。それより平気なんですか」
「うん。安静にと言っても家に閉じこもってるわけには行かないし、旦那も気分転換に良いか
らという事で賛成してくれた」
「そうですか、無理はしないで下さいね」
念を押しながら、微笑んだ。
「ちょっとぉ、裕子」
遠くで、サークルの友人が呼んでいる。裕子は、それを聞き思い出したように。
「あっ、ごめん。今行く」
「私も、手伝おうか」
去っていく裕子に対して手伝いを申し出たが、裕子はやんわりと断った。
「いいですよ、ゆっくり休んでてください。真希ちゃん、舞子さんに何か飲み物を」
「はい。何がいいですか」
断られて、出鼻をくじかれた舞子は、我に戻るまで少々の時間を要した。
「えっ、えぇと。何がある」
今日は、差し入れで出店を開けるほどの豊富な種類の飲み物があった。
「じゃあ、ウーロン茶で」
舞子は、椅子に座り少々疲れたような感じで軽いため息を漏らす。人の善意を一方的に断る
のは普通は失礼に当たるだろうか。しかし、今回はそれなりの理由が存在する。
「おなかの子は、今何ヶ月ですか」
「今、ようやく三ヶ月目、安定期にはまだまだだけど、少しは動かなきゃならないし」
一ヶ月前、園に電話が掛かって来た。内容は舞子さんが二人目を身ごもった嬉しい報告で
園に幸せな一時をもたらせてくれた。
「だめですよ、無理しちゃ」
私まで煩く言った為か、諦めた表情になる。
「解ったって、けど、何かあったら呼んでね」
舞子には、嫁入りに必要という事で、その昔料理を教えられた、いや、しごかれたと言った
方が良いだろう。
「はい、その時は」
厳しいスパルタの過去が脳裏を横切る。その為、和洋中なんでもござれになってしまったの
だが。
舞子は椅子に座りながら、昔お世話になったボランティアの人達と話し始めた。妊娠したと
いう報告をしたのか、驚いているのが遠目で解る。
高校卒業したと同時に、当時の彼氏今の旦那さんと同棲を始め、妊娠を期に籍を入れた。
そして、信二くんが生まれたのだ。何度も園に連れてきて、一種のアイドルになっていたが、
その反面いたずらが過ぎるのが難点であった。今回は、舞子さんが妊娠中ということで
置いてきたのだろう。
和馬は、土曜日ということで仕事である。なるべく早く帰ってくると言う事らしいが、始ま
るまで間に合わないだろう、去年も始まってしばらく経ってから来たのである。
「あのぉ、すみませんツリーの飾りは、どこですか」
会場の準備をしていた。裕子の友人が訊ねて来た。
「はい、今行きますね」
会場は、子供達の遊び場になっている、レクエーションルームでやる予定である。食堂より
も少し広く七夕会や誕生日会もおこなわれている。
レクリエーションルームは、数名の大人と子供達が会場の飾り付けをしていた。折り紙で作
った物をツリーの飾りにするらしく、桃香ちゃんと美鈴ちゃんが一生懸命に折っている姿にさ
さやかな幸せを感じた、まさに天使という言葉がふさわしい仕草だろう。
「えぇと、確かここに」
レクリエーションルームの物置の奥に去年しまったはずだ、記憶を探るとここに行き着い
た。行く手を遮る子供達の遊び道具を掻き分けると、それらしきものを入っている箱を見つけ
た。発光ダイオードのイルミネーションと天辺につける星の飾りが一年ぶりに埃まみれで登場
するのを待ってるようである。
無理やり引っ張り出そうとしたが、箱に何かに引っかかっているのかまったく動かなかった
それを見かねて
「俺がやりますので」
と言われた。真希はその好意に甘えて任せることにした。
「真希おねぇちゃん、どうこれ」
作業が終わるのを見ていたのか、突然声を掛けられる。美鈴ちゃんと桃香ちゃん自分の返答
を万遍の笑みで待っている。手に持っているのは、折り紙で作った花で実に上手く出来てい
る。
ずれなく正確に折れており、一生懸命さが伝わってきた。
「うん、上手に折れてるね、流石、美鈴ちゃん。桃香ちゃん」
二人の頭に優しく手を置いた、二人は素直に褒められたことを喜んでいる。
「でしょ、実穂おねぇちゃんにおしえてもらったの」
美鈴ちゃんは、あさっての方向を見ながら言った。その方向には、実穂ちゃんが大輔くんと
一緒にこの部屋をクリスマスカラーにしようと作業をしていた。
「じゃあ、いっぱい作って賑やかにしようか」
「うん」
本当に嬉しそうだ。たぶん二人はワクワクしながらこの日を迎えたのであろう、あと何日
寝ればと数えながら。
食堂に戻ると、舞子さんのほかにもう一人懐かしい顔が増えて自分を迎えてくれた。
「武明さん、ご無沙汰しております」
「真希ちゃん、久しぶり、って・・・・」
小柄な、男性は自分を見ると言葉に詰まった。それを、舞子が答える。
「ねっ、綺麗になったでしょ」
「確かに、恋でもした」
変なことを訊ねてくる。一応、もしかしたらしているかも知れないが。
「変なこと、言わないでください」
真希は、呆れた感じで言葉を出した。
「いいや、本当の事だって。俺が売れ残ったらよろしくね」
彼は、小宮 武明 裕子たちと、ひとつ上の二十一歳である。
高校卒業してコンピューター関係の部品を販売とするところに就職し、現在は園から十分の
アパートで一人暮らしをしている。小柄で気さくなタイプで園に居たときは、ムードメーカー
としての役割を勤めてた。
「そんな、冗談で言うことじゃないですよ」
「本気でも良いんだけど。そういえば和馬も相変わらず」
武明と和馬は、歳が近いということで仲が良い。
「元気ですよ、相変わらずですが」
和馬は、一年前のクリスマスパーティーとは何ら遜色はない。
「自分の事何も言ってないかな」
「何もって」
真希がその言葉に、首をかしげていると武明は慌てた。
「いいや、なんでもないんだ。気にしないで」
気にしないでと言われたら気になるのが人間である。しかし、今回は問い詰めるのを辞めた
子供の自分が問い詰めるのは失礼にあたると思ったのが理由だ。
「解りました。あっ、飲み物いりますか」
武明に飲み物が出されていないことに気がついた。
「じゃあ、舞子ねえさんと一緒で」
即決で答えた。真希はウーロン茶を取り出しコップを持って来て武明に差し出した。武明
は礼を言うと舞子と世間話や思い出話を続けている。多分二人とも積もる話があるのだろう。
また、盛り付けに取り掛かろうとした時、ボランティアの人に呼び止められた。
「あっ。真希ちゃんにお客さんなんだけど」
聞いて驚いた、心当たりが無いからである。みゆきは彼氏とクリスマスだし、クラスメイト
も今回はみんな予定がある。その時、突如、ハッとした。
「男の人でしたか」
ボランティアの人は嬉しそうに詳細を話す。
「うん、かっこいい人。ほらモデルみたいな身長で、顔も知性あふれるという感じ。彼氏
なの、真希ちゃん。」
とりあえず、誤解を生まないように弁解を付け加えておく
「いいえ、友達です。今、その人は」
「玄関に待たせてあるけど」
それを聞くと、礼を言いそっちに向かった。断ったはずなのに何で来たのだろう、その疑問
ばかりが頭の中をめぐっている。
「どうも、こんにちわ」
焦ってこっちに来た自分と裏腹に、笑顔で迎えられる。
「どうして、ここに」
挨拶を返すことを忘れ、一番初めの疑問を祐樹にぶつけた、最後に学校でであった時も
同じ内容の言葉を言った気がした。
「お忙しい時でしたか、失礼いたしました。どうしても渡したいものがありまして、もちろん
渡し終えたらすぐに帰りますから、ご心配なく」
と言い、綺麗にラッピングされた小さい箱を渡された、リボンもついている。
「これは」
その問いに、にこやかに答える。
「どうか開けてみてください、気に入ってもらえればよろしいのですが」
開けていいのか正直戸惑った。だが、彼の言葉に従うことにする。
中には、ハートを形どったネックレスが入っていた。見た目、シルバーとは違う材質を
使っているのが解った。
「クリスマスプレゼントです。一目見て、秋山さんに似合うと思いまして」
「そんな、気持ちは嬉しいですけど。こんな高そうなものを」
多分、プラチナだろう。そんなには詳しくないが高校生が手を出せる許容範囲を超えてる
ものだ。
正直、こんな突然のプレゼントは嬉くないと言ったら嘘になる。だが、それは普通の彼氏
の話であって、付き合ってない自分には戸惑いしか与えてくれない。
「いいえ、いいんです。大切なのは気持ちですから」
「・・・・・・けど、私はプレゼント用意してなくて」
いい難くそうに立ち止まってると、背中の方から声がした。いつも聞いている声だが、
テンションは高めであった。
「いらっしゃい、へえ、真希ちゃんプレゼント貰ったんだ」
裕子である。
「裕子さん」
条件反射で振り向くと、見たことの無い笑みをこぼしていた。
「初めまして。同じ学校の 神埼 祐樹 と言います」
こう言った場は慣れているだろうか、傍から見たら寸分狂いの無い礼節で裕子に挨拶を
した。
「高木 裕子です。よろしくね」
同じように返す。
「真希ちゃんの友達」
「はい・・・」
自分が最小限の言葉しか言わないと、お節介なのかどんどん話を進める。
「いい友達じゃん。かっこいいし、礼儀正しくて」
「いいえ、とんでもございません」
流石の祐樹も、裕子の性格にはかなわないと言った所かもしれない。
「ねぇ、もしよかったら。これからクリスマス会なんだけど、良かったらどう」
この提案には、少々驚いた。いいや、本当ならそうするべきなのかもしれない。
「いいえ、自分も受験勉強がありますし、遠慮いたします」
祐樹は、丁重に断る。
「そっか、受験生か」
裕子は、少し考え。そして、
「けど、息抜きは大切だよ。無理にとは言わないけどね」
そう言いながら目でこっちを見る、自分は静観する事しか出来なかった。
祐樹の考慮には多少の時間を要した、受験生なのだから仕方が無いのかもしれない。
「では、最後まで居られませんけど、少しだけ」
「うん、じゃあ、上がって」
と言い、来客用のスリッパを差し出した。そして、スリッパを履くと
「あっ、今飾りつけの途中なんだ。もし良かったら手伝ってくれると嬉しいんだけど」
案外、ちゃっかりしてるなと思った。確かに手伝ってくれる人は多いほうが良いのだが。
「構いませんよ、なんでもお申し付け下さい」
その懇願に、笑顔で答えた。
私の心は複雑な心境だ、気持ちが固まってないのである。この事が、自分自身にどのような
作用をもたらせてくれるのかは解らない。ほとほと、自分の優柔不断に呆れが出てきた。
先ほど贈られたプレゼントを見る。銀色の装飾品が自分の顔を異型に映し出している。自分の
内面なのかもしれない、それが他人から見ればどの様に見えるのかは、自分には解らない事
であった。
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書いてすぐあげたので 修正はまだやってません。
時間が空いたときにやってみようと思いますが、
見れば見るほど手直し部分が(汗