第六話 『代わり』
「妻子のある人だった」
正直、言葉に詰まった。私が擦れてない証拠はここにあるだろう。あの、裕子さんが、なぜ
という疑問系が頭の中に浮かぶ。
「街中にいた時、スーツ姿で声を掛けてきた人でね」
真希は、その風景を想像した。
「意外だったかな」
正直意外であった。裕子のイメージは、その事を微塵と感じさせない。
「えぇ、少し」
裕子は、微笑んだ。
「あの時は、初めての恋で、彼以外何も見えなくなっちゃってね。ほら、狭窄ってやつ。」
「そんな事が」
「そう、クラスの男子とは違う大人の魅力ってやつにね」
真希は、ひとつ気になった、しかし聞いてはいけないのかと想い躊躇する。しかし、
その表情を見て裕子は、なんでも聞いて大丈夫だよって言う意味合いを込めた表現をした。
「相手の奥さんの事は、考えなかったのですか」
「罪悪感はさすがにあったよ、罪悪感はね」
そして、話を続ける。
「けど、それは奥さんより子供に対してかな。ここに居ると、どうしてもこう思ってしまう。
私が離婚の原因になって、その時子供はどうなるんだろうと。親の都合で苦労してる子供
をたくさん見ているのにね」
確かにそうだろう、ここに来る子にも理由はさまざまだが、親で苦労している子がほとんど
である。
「私はそれに溺れていたの、解っていながらね」
そして、続けざまに言う
「軽蔑してもいいよ」
「いいえ、しませんよ。正直驚きましたけど、」
本心である。罪悪感があった事は、裕子も苦しんだ証拠であろう。自分の言葉を確認すると
続きを語りだした。
「ある日それが急に終わったの。いいや、終わらせたの。」
不倫は長続きはしない、それが一般の条理である、男は最終的には家庭を選ぶからだ。
しかし、『終わらせたの』の言葉に引っかかった。
「どうしてですか」
裕子は、当時のことを思い出すようにうつむいた。
「ある日、父親の姿をみたの、子供と電話している姿をね」
空のビール缶を確かめるように、もう一度呷る。
「その姿を見たときに、私はこの人から離れることを決心した」
「それは、先ほど言ってた罪悪感ですか」
「違うよ、ジェラシー」
と、きっぱり否定する。子供が居るとわかってながら、何を嫉妬するのだろうか。
「結局、私はあの人に父親像を求めていたの、失われたね。それを恋愛だと勘違いしていた。
あの人が携帯で子供と話している姿は、私が一番求めてた物。けど、私には一度もそんな
姿を見せたことは無かった」
裕子がここに来る前に、肉親最後である父親を失ったと聞いたことがあった。
「私は、あの人ではなく、父親の幻影を追っていた。そう思えてきたら悲しくなったの」
「裕子さん」
正直、言葉に詰まった。なんと言えばいいのかが解らないからだ。
「マキちゃんが考え込むことじゃないわ、だから、気にしないで」
笑顔で言った。なぜだか強がって見える。
「私から、一方的に彼から離れて自然消滅、けどね、依存してたのかな、あの時はきつかった
寝てもさめても彼の事ばかり。挙句の果てには夢に出る始末、重症だったね」
みゆきの事を思い出した、彼女もこのような依存に苦しんだ一人である。
「で、忘れるために、新しい人と付き合ったの。今度は、同級生の人と」
「その人とは」
「もちろん、上手くいかなかったわ。だって私はあの人に縛られたままだったからね」
だろう、当時の裕子を受け止められる人となると、並大抵な人ではないのは確かだ。
「結局は、そこで救いの手を差し伸べたのは、あいつだったけどね、本人はそのつもりはない
らしいけど」
あれは二年前、私がまだ高校生の時。
「ねぇ、裕子。最近ずっと元気ないよ」
もうこの言葉を何度と無く聞いた。最近っていつからなんだろうか私はずっとこの
メランコリー状態が続いてる。大切な人を自分から手放した時に、このことは覚悟していた
ただ、実際に受けてみると、地獄のような苦しみである。
「彼氏とまたなにかあったの」
クラスメイトが本気で心配してくれるので、答えなければならない
「ううん、ありがとうね。私は平気だから」
彼氏とは上手く行く筈はない、それは当然のことだった。彼に求めていたのは、寂しさを
まぎらす事なのである。裕子はそれに対して罪悪感を感じていた、結局利用だけしている。
もし、私が彼氏に求められてもそれに答えられる自信は無い
「ねぇ、裕子」
「なに。私は平気だよ、だから気にしないで」
そんなに思いつめた顔をしているのかと思った。
「ううん、違うの。和馬くんが呼んでる」
見てみると、教室の出入り口に和馬が立っている。なんだろうと想い駆け寄ってみると
開口一番
「姉貴、今日暇か」
と、聞いてきた。正直何事かと想った。
「暇なことは、暇なんだけど。なに、」
「そっか。じゃあ、ちょっと遠出するけど構わないか」
「遠出って、遅くなるんでしょ。それなら、園長先生に許可もらわないと」
一応、許可があれば門限を越えてもいい事になっている。ただ、あまりに遅くなると怒られ
るが。
「もう、とってあるから。じゃあ、放課後迎えに来るよ」
と言って、去って行った。和馬の意図が解らなかった、しかし誘いにのってみる事にする。
もう、破れかぶれなのかもしれない。
放課後に和馬が迎えに来た。その前に、彼氏が教室に来たが、事情を説明して今日は勘弁
してもらった。
「お待たせ、って。彼氏さんとさっき廊下であったけど、今日誘いに来たんだってな。確かに
強引に誘ったけど、無理しなくてよかったのに」
「いいの、たまには兄弟水入らずもね。それにずっと居るのもよくないし」
多分、和馬も元気の無い私を見て励ますのだろう。しかし、私がそれによって元気付けると
は到底思えない。一通りの時間をすごして、明日にはまた、元のメランコリー状態に戻ってい
るのだろう。
「で、どこに行くの、買い物。それとも制服姿だけど何か食べに行く」
和馬は不敵な笑いを見せる。
「ついてからの、お楽しみってことで」
裕子は、少し怖かった。
さて、どこからおかしいなと想いはじめただろうか。長い時間電車に乗っていた時か。
電車の乗客がだんだん家族連れや、ユニフォーム姿の応援団みたいな人が増えてからか。車窓
からみえる風景に球場が大きく映し出された時だろうか。
駅に着いたときには、その答えが出てしまっている。
「ちょっと、和馬」
「そう、ここ、バイトでチケット貰ってさ、で見てみれば優勝争う瀬戸際の大事な天王山
そうなると、ファンとしたら行って応援しなければと思うのが普通だろ」
「けど、なんで私まで」
「一人じゃつまらなそうだったから。友人誘っても今日は用事あるって言うし」
出鼻くじかれた気分である。ある意味、期待していた自分が恥かしくなる。
「けど、私、制服だよ。目立つし」
それを聞くと、和馬は、手に持っていた鞄の中からあるものを取り出し手渡す。見てみる
和馬が応援しているチームのユニフォームだった。
「これ、着てれば、目立たないって、それにこれも」
次に渡されたのは、メガホン二本、一体どこにこんなものが入ってたのだろうか、疑問に
思ったので訊ねてみる。答えは簡単だった。
「あ、それは、今日教科書持ってきてない」
「じゃあ、今日の授業は」
「ほとんど寝ていた」
あきれて言葉がでない。それで、成績は自分よりいいから頭の構造がどうなってるのか
知りたくなってくる。
和馬に促されて、球場の中に入ると。さすが優勝争い真っ只中、応援団の熱気がここまで
伝わってくるほどの雰囲気であった。
着いた時には、もう試合が始まっており、一回の表、0対0の状態。
貰ったチケットは指定席であり、そこに行くと二人分の席が空いており。自分らは、そこに
座った。
「じゃあ、飲み物買って来るよ、何がいい」
急に言われて、戸惑ったが。いつも通り答える。
「何でもいい、和馬に任せる」
和馬は、「了解」と言って、売店がある方へと向かっていく。
周りを見渡すと、ひいき選手の応援や、罵倒。鳴り物による。今まで自分と縁遠い世界が
広がっている。
裕子は、さすがに制服姿は目立つと想い、ブレザーを脱ぎ、先ほど渡されたユニフォームを
着た。場に馴染んだ気がしたが、まだ違和感はあった。
(ここに来て、よかったのかな)
少し後悔した。自分の心境はそれ所じゃないからだ。不安定であり、それに脆くなっている
いつ壊れてもおかしくない状態なのだ。
「はい、姉貴」
「あ、あっ・・・ありがと」
考え事をしていて、和馬が来たのがわからなかった為急な声で驚いた。渡された紙コップの
中にはコーラが入っている。
「似合ってるじゃん、それ」
ユニフォーム姿の自分をほめられても正直うれしくない、場違いだよって言いたかった。
「和馬は、ここに来るのは何度目」
ここに来馴れている。和馬を見て質問した。和馬はのどが渇いていたのか、紙コップの
ジュースを一口飲んでから。
「二度目かな。新聞配達のバイトでチケットは貰う機会は多いけどね。今度、姉貴のデートの
時プランがここなら貰っておこうか」
「いいよ、遠慮しておく」
正直、野球はよく解らないのである。
「そっか」
しばらく、見ていると、周りのボルテージがあがってきた。応援しているチームがチャンス
を迎えたからだ。周りは、鳴り物。激励などで盛り上がっている。隣に座っている和馬もだ
私は、一歩引いてそれを見ていた。
「ほら、姉貴。さっき渡したメガホンでたたいて」
「たたくって何を」
「だから、二つもって、こう」
と、実践してみた。二つあわせて一組になるらしい。
「周りは、音に合わせてるから」
和馬は、周りと一緒に声を上げてバッターを応援している。五年間一緒に居るがこの様な
和馬を見るのは初めてであった、いつも自分の前では冷静さを気取っている印象が多くその様
な姿は一度も見せたことは無い。もしかしたら、新しい発見なのかもしれない、そう思うと
少し嬉しかった。
周りも、先ほど和馬がやっていたみたく、メガホンを叩いているので、自分もそれに倣う。
結果は、この攻撃で二点取った。
「ほら、姉貴あれ」
この回が終わり、インターバルの時、和馬はこう言いながらバックスクリーンの方を
指差す。
「え、私が映ってない」
「バッチリと」
驚いた。自分の呆けている顔がでかでかと映っているのである。急に恥かしくなってくる
「あれって、テレビに映るの」
「たまに、何かのはずみで映るけど。いいのでは、全国区に放映されても」
「ちょっと、和馬」
こんな顔、全国区に放映されたくはない、本気でそう思った。人に見せられるような顔じゃ
ないのだから。
試合は、和馬の応援しているチームが勝って試合が終わった。
和馬は、もうちょっと燃える試合だったらよかったと言って残念がっていたが、自分は想像
以上に楽しんだと思う。
「姉貴、おなか空かない」
帰り、和馬はそう言い、ラーメン屋に寄った。もちろん言い出した和馬のおごりである。
初めのほうは、割り勘でと渋ったがこれは譲らない、自分がそうしたかったのだ。
今回の野球観戦で私はいい気分転換が出来たのかもしれない。しかし、ひとつだけ確かめ
たいことがある、聞いちゃいけないと感覚的に解っている。だが、そこに私の求めていた
答えがある気がした。
「ねえ、和馬どうして」
「なに」
地元駅に着き、のぞみ園までの暗い夜道を二人で歩いていた。
「何も言わないの」
思いもよらない質問だったのか、少し困ってる。
「どうしてって、何も言う必要はないし」
「じゃあ、なんで今日誘ったの」
「なんでって、チケット貰ったから・・・」
「嘘でしょ」
五年も一緒に居るのだから、考えている事くらいは少しは解る。多分私に気分転換をさせる
為にチケットを譲り受けたのだろう。和馬はそう言う奴なのだから、
少し、黙り。そしてため息を一回吐いた。
「正直、半分本当で、半分嘘。野球は見たかったのは本当の話、あとは想像に任せるよ」
と、言い夜道を歩いていく。
「ねぇ、何も言わないの。大丈夫だよとか、元気になれよとかそんな感じの事」
和馬は、それを聞くと、こっちを振り向く。
「それは、彼氏さんに言ってもらえよ、自分の役目じゃない」
「じゃあ、何を伝えたかったの、今日」
和馬は何か知っている気がする。自分はそれを知りたかった。
「姉ちゃん、今日はどうだった。名前も知らない人と一緒に応援して、美味いラーメンを
食べて」
初め戸惑ったが、正直楽しかった。ラーメンも応援し疲れた後だったの為なのか、美味し
く感じた。
「楽しかった」
「そんだけ伝たわれば、自分はもう言いたいことなんてないよ」
そして、続けざまにこう言う
「美味しいものを食べて、贔屓チームを応援する。楽しまなきゃな、人生」
「和馬・・・」
「せっかく生きてるんだから、人生損するなよ、姉貴」
裕子は、和馬の言いたいことがようやく解ってきた。
「急いで帰ろう、園長先生が心配する」
和馬は前を向き、今度は早歩きで進んでいく。自分はそれについて行った。
「うん、今日はありがとうね」
それは、どんなに辛くても前を向くしかないと言う事なのかもしれない。
「結局、そのときの彼氏とも、それからすぐに別れたの。私は彼氏のことをあの人の
代わりとしてしか見てなかったから。」
「和馬さんの影響でですか」
時計を見ると、そろそろ日付がかわる時間帯である。
「やったことは一方的に球場に連れて行き。ラーメン奢って貰っただけなのにね」
裕子は、思い出したように笑う。
「結局それでよかったのかもしれない、そこで明確な答えが出たら。それにすがって私は
立ち直ってはなかったと思う」
「自分自身の答えは、自分で見つけなさいって事ですね」
「そう。まぁ、そのときの彼氏と別れてから恋愛はしてないけどね。教師になろうという
夢のせいで。勉強が忙しくて」
真希は釣られて微笑んだ。
「きっと、裕子さんなら、いい人が現れますって」
「そうかな、じゃあ、居ない間は、飲みに付き合ってくれるなら信じてあげる」
こう言った冗談も、裕子の魅力であろうと真希は思った。
「じゃあ、メイク落として。お風呂入って寝るね」
「はい、解りました」
それを聞き、真希は後片付けのために、台拭きを手に取る。
「あ、マキちゃん」
裕子は、思い出したように言った。
「その彼、ここに呼んでみればどう。それなら一石二鳥じゃない」
突然の提案で真希は少し驚いた。
「いいえ、それは、ちょっと」
裕子は、その戸惑いを見透かす。
「私なら、クリスマスという特別な日は、好きな人と一緒にすごしたいけどね」
「ちょっと、裕子さん」
「じゃあ、お休み。明日は大丈夫だから」
動揺している、真希を尻目に裕子は去って行った。真希は台拭きを持ったま考え込み固
まっている、 しかし、いくら考えても答えは一向に出てこなかった。
☆
一応、誤字等を直しておきました。結構多くて反省しております(汗
まだまだあると思います 見つけたら随時修正加える予定です