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第四話 『真希』

 「真希ねえちゃん、おはよう」


 さっき、廊下でほうきを持った、陸斗くんに声を掛けられた。


「うん、陸斗くん、おはよう、行って来るね」


「はぁい、行ってらっしゃい」


 言い残し、去っていく。


 ここに来る前、私は両親のネグレクト(育児放棄)を受け、日々を暮らしてきた。正直言う


と親の愛情という概念は、今でもわからない。


 初めの方は、真面目に育ててくれたが、小学校入学の時から、それが崩れ、母親はギャンブ


ルにのめり込み、父親は愛人を作り蒸発してしまう。他人から見れば凄まじい人生だったのか


もしれない。


 ご飯も良くて一日一食、食べれない時もあった。前に居た小学校はお弁当持参だった為、


昼休みはみんなから見えないとことに行き、一人空腹と戦うのが日課であった。無論、担任の


先生は見かねて、お弁当を作ってくれたが、しかし、自分はそれを拒んだ、空腹や寂しさなど


は我慢すれば耐えられる。我慢すれば、大人になれば、きっとこれも終わる。そう想い日々を


耐え忍んで来たが、それも限界を迎えた。授業中倒れてしまったのである。さすがに我慢でき


なくなった担任は、児童相談所に通報し協議の結果、私たち親子は離される事となった。


そして、私は、この街へとやって来たのである。正直言うとこの結果は嫌だったのかもしれ


ない。きっと離されれば、私達親子の関係が終わってしまうそう想ったのだ。たとえ、家庭が


崩壊しても良い、家族と言う場所に身を置きたかったのだ。案の定、母親は一度もここに来て


はいない、父親も姿を消したままだ。初めのほうは、どこで何をやっているんだろうと考えた


が、今は考えなくなった。


 真希は、玄関に飾ってある、一枚の絵を眺めていた、海の絵である。霧がかかった海に、


雲の隙間から太陽の光が差し込み、幻想的な風景を作っている。美術の時間にたくさんの絵を


見ているが、真希はこの絵が一番好きであった。そして、この絵には秘密があった。まぁ、


秘密といってもそんな大それたものではなく、ただ、絵を良く見ると人の姿が見えると言う


ものである。もちろん、心霊の類ではない。幻想的なものを醸し出している霧が、人の形を


作っているだけである。しかし、理由がわからないがそれに神秘的なものを感じ、見入ってし


まう原因ともなっているのだ。


「ごめん、お待たせ」


 先ほど食堂に居た、格好からさらに着込んだ和馬が登場した。厚着をしないとこの冬場は


辛いらしい。自分も学校指定のコートを着込んでいる。


「じゃあ、行こうか、真希ちゃん自転車、車の所に持ってきておいて」


「はい」


 と返事をし、靴を履いた。和馬も履くが、履きにくい安全靴の為、少々時間がかかる。

 

 先に出て、園の自転車置き場から自分の自転車を持ってきておいた。


 ほんの少しの差で和馬もやってきて、車のエンジンをかける。普段なら冬場でかかりにくい


のだが、今日は一発でかかったらしい、すぐに発進するととまってしまうので少しアイドリン


グしておく、それが終わると、真希の所にやってきて、自転車を荷台に積んだ。


「じゃあ乗って、忘れ物はないかな」


 一応聞いてきたので、少し考えた。


「ありません、よろしくお願いします」


 そして、車に乗り込んだ。


 現場で使用している軽トラックと言っても、中は綺麗に使ってある。多分、持ち主の性格上


の問題であろう。独特のタバコ臭いにおいや汗臭い臭いは無く、芳香剤であるラベンダーの香


りがした。 


 乗り込み、しばらく走ってると開けた道に出た。左に向くと、富士山が見える。今は冬場


なので特に綺麗に見える。自転車で通学してる時もうっかり見とれてしまう風景だ。


 右を向くと、和馬がギアチェンジを繰り返しながら、運転をしている。


「あのぉ・・・」


 いつもは、私から話しかける。そして、今日も私から話しかけてみた。


「ん、なに」


 運転してるので、顔はこっちを見ない、声だけの返事が返ってくる。


「和馬さんは、どうして今の仕事を」


 漠然とした質問だったのか、和馬は少し考えてる。


「どうしてって、好きだからだけど、なんで」


 和馬の仕事は、一時期、3Kと呼ばれた、みんなが敬遠する仕事である。自分の周りの男子で


この仕事を選ぶのは少ないであろう、一部では蔑んで見ている子もいる。


「いいえ、昔、裕子さんが言ってて」


 真希は本当にあったことを話し始めた。


「私より、頭がいいのに。何で大学行かないのかなって。同じ建設業なら設計士という道も


 あるのにとか」


 確かに、同じ建設業でも設計士は花形であろう。和馬がやっている施工士は、肉体労働が


主である。


 その時、信号が赤なので車がとまり、とまったと同時に、和馬はこっちを向いてクスっと笑


った。


「頭は良くないよ。まぁ、確かに、設計士の仕事も大切だけど、自分はこっちの方があってる


かなと思ってね」


「え、どうしてです」


 真希は素直に疑問をぶつけてみた、信号が青になったので和馬は前を向く。


「どうしてって、何かを作るのが好きだからかな」


 そして、続けて理由を述べた。


「昔からね、手を動かして物を作るのが趣味でね、まぁそれが理由で、高校時代似合わない 

 

 って言われた美術部に居たんだけど」


 和馬は、昔を思い出したのか少し笑っている。


 真希が好きな、玄関に飾ってあった絵は和馬が書いた絵である。園に持ち帰り、そのうち


処分と思っていたらしいが、牧師先生と園長先生、職員さんに全員に止められ、結果玄関に


飾ることになった。和馬は始め、恥ずかしいから止めてくれとか、言ってたが、今ではもう


諦めたらしい。しかし、思惑とは違ってかなりの好評である。来客で来た人でも、足を止めて


見入る人が多い。


「それが具体的な理由。どうせ作るなら、大きいほうが良いかなと単純な動機だよ」


 単純ではないと素直に想った。きっと、自分の性格を知りえているから選んだ職業だろう


食事のときとか、よく和馬の仕事の話を聞くが、楽しそうに話してるのが印象的であった。


「大学は行ってもいいんだけどね、高校の時これだと決めたし。回り道する理由もないから 

  

 悩むことなく就職したんだけど。そう言えば、」


 和馬は言い終わる前に質問してきた。


「真希ちゃんも、そろそろ進路相談じゃないか」


 三学期になると、一番初めに進路相談が始まる。最近、友達との話題も進路のネタが多い。


「はい。」


「もうどうするかは、決めているのかな」


「えぇ、地元の短大に行って、福祉学科の道に進み。保育士養成課程をとろうかと」


「と、なると、幼稚園教諭か保育士の道に」


「はい、園長先生みたくなりたくて」


 子供の時からの憧れであった。そして、時が経つにつれて憧れから、自分もこうなりたいと


言う願望へと変わった。


「そっか、ちゃんと決めてるのか。大変だけど、がんばって」


「はい」


 意識はしていなかったが、声のトーンが上がってる。


「朝の桃香ちゃんの件良かったと思うよ。ちゃんと考えた結果でね、多分その道は真希ちゃん


 に合ってると思うから」


 正直、嬉しかった。表情には出てはいないが、これほど嬉しいと思ったことは久しぶりかも


しれない。


(かんばろう・・・)


 この選択は正しいんだっと、確証は無いがそんな気がした。


「あの、和馬さん」


 なぜか解らないが、先ほど、言いそびれたことが、言いたかったので口にした。


「私、あの絵が好きですよ」


 和馬は、一瞬固まったが、すぐに気を取り直した。


「ありがとう、嬉しいよ」


 この人は、きっとやさしい人なんだなと改めて実感した。


 自分は、口にも出したことは無いが、前々から思っていることがある、車で送ってもらって


るこの時がきっと、一番幸せな時なんじゃないかと。





 「真希、おはよぅ」


 学校の校門前に付き、荷台から自転車おろされるを待ってると、自転車に乗った同じ部活の


クラスメイト声を掛けてきた。


「おはよう、みゆきぃ」


 彼女は、一瞬、手を上げ振り返ったが、すぐに前を向き学校内へ消えて行った。


今現在、早朝の時間帯にある為に、登校する生徒もかなり少ない。


 和馬は、荷台に乗せていた自転車を下ろし終わり、真希に渡した。


「行ってらっしゃい、部活がんばってな」


「はい、行ってきます」


 和馬は再び車に乗り込み、走り去って行った。それを見送り、自分も学校内へと歩きはじめ


た。



 「かっこいい男に車で送ってもらえるとは、羨ましいね。真希ちゃん」


 みゆきは、自転車置き場に待っていてくれていた。彼女とは、同じ部活であり、一年生から


のクラスメイトだ。フルネームは、川口かわぐち みゆき、と言い。親友と言ってもいい


ほどの仲のよさだ。ショートカットでサバサバした性格である。丁度、園の実穂ちゃんを


高校生にしたら、彼女みたいになるだろう。


「ちょっと、からかわないでよ」


 みゆきは、クスっと笑った。悪気は無いがたまに意地悪な性格になるのだ。


「正直羨ましいな、だって、朝かっこいい人に送ってもらって。この前、別のイケメンから


 クリスマスの誘いうけたんでしょ」


「ちょっと、みゆき」


「正直言うと、どっちが本命かな」


 そう言われても、かなり困る。「・・・・・・」


 しばらく黙ってると、肩をたたいてきた。


「まぁ、冗談だけど、気をつけなよ、真希。この時期になると変な男とか言い寄ってきてるん


じゃないの」


「ううん、それは無いけど」


 かなり前に、しつこい男性に声を掛けられ困った事がある。


「そかそか、まぁ、真希はかわいいからね。それにちょっと初心うぶな部分も」


「ちょっと、みゆきぃ」


 からかわれてる、が悪い気がしない。彼女はいつもこんな感じだ。


「冗談だってば、って かわいいと、初心は本当だけど」


「はぁ」


 ため息ついている、真希にみゆきは促した。


「ほら、部室にいこっ」


「うん」


 自転車に鍵をかけ、二人は部室へと歩き始めた。



 校内を歩いていると、みゆきは、ひとつの疑問をぶつけてきた。


 「和馬さんって、彼女居るのかな」


 思いもよらない、質問でかなり驚いた。


「えっ、解らないけど」


 今朝牧師先生の話題で『何もない』って事は多分いないという事であろう。だが、みゆきに


は解らないと答えた。


「そっか、まぁ。居てもおかしくないよね」


 それは、同感であるが、どうもイメージとして一人でいるのが焼きついている。


「そういえば、和馬さんって後輩たちに人気あるって知ってる、真希」


 それは初耳である。なぜ、後輩たちにと頭の上に疑問符が浮かんだ。


「この前、二人の後輩が声かけてきて、秋山先輩の彼氏ですかとか、しつこく聞いてきて


 違う、施設の人だと言ったら。フルネーム聞いてきたんだけど。ありゃぁ多分、惚れてる


 じゃない、」


 そう言えば、なぜか知らないが、後輩が和馬の事をしってる事があった。犯人はみゆき


だったのか。


「ははっ」


 呆れ笑いをするしかなかった。


「そういえば、みゆき」


「ん、なに」


 前々から聞こうと想った事である。


「彼氏とはどうなの」


 みゆきには、大学生の彼氏が居る。その彼は、来年の頭に海外へ留学をするらしい。留学が


決まった時、かなり落ち込んでいて、自分はフォローに回った。今では落ち着きを取り戻して


いる。


「それは、考えても仕方がないって結論になって。私待つ事にした」


 みゆきは万遍の笑みで言った。


「そっか」


「うん、ごめんね。あの時迷惑ばっかりかけちゃって」


 泣いてばかりだったあの時、本当に辛そうにしてたのだ。


「ううん、気にしないで。元気になってよかった」


「この前ね。俺も女性とは仲良くしないから。おまえも男とはあまり話さないでくれって、


 それを聞いてからかな楽になったのは。私だけを見てくれてるって感じがして。」


 嬉しそうである。本当によかったと素直に思った。


「だから、合コンなんて誘わないでよ、真希」


 そんなことは、一度も無い。それに、合コンなんてあまり行ったことはないし。門限で、


すぐに帰らなくてはならないから行っても意味は無いであろう。その前に、興味が無い。


「みゆき、一度も無いよ、そんな事」


 この子とは、本当に何でも語り合える親友だ。


「あっ、じゃあ、私先に行くね、遅刻しないでよ」


 何かに気が付いたのか、みゆきはいきなり慌てだした。その原因は目の前にいた人物のせい


なのかも知れない。

 

 百八十センチの長身の男性が立っていた。




 「秋山さん、おはよう」


 男性は、整った風貌どおり、丁寧な挨拶から入った。


「おはようございます。なぜここに」


 正直驚きであった。今の時期、三年生は受験の準備で登校する人は皆無に近いからだ。


「学校に用事があってですよ」


 男性の名は、神崎かんざき 祐樹ゆうき 真希のひとつ上の上級生だ。先ほど、


言っていた、クリスマス誘いをしてきた人はこの人の事である。


「にしては、朝早すぎますが」


 まだ、七時少し過ぎだ。たとえ学校に用があったとしても、来るのには早すぎる。


「あなたに、会えるかなと思って、駄目でしょうか」


「いえ、」


 ここまで恥かしげもなく、ストレートに言われてしまうと、照れも出てこない。


「こうしなければ話す機会がないので、それで。出すぎた真似でしたね」


 その理由は、私にあるのだろう。学校でしか話す機会が無いのだ、実は携帯電話を持って


いない。それは、施設に住んでいるという事で、携帯電話の料金までわがまま言えないからで


ある。学校に行かせてもらい、それに部活までやらせてもらっている、それ以上に望むのは


贅沢なのだ。それに、和馬や裕子も。高校時代は持ってはなく、二人とも就職やバイトで


働き出してから持ち出したのだ。自分もそうするべきだと、心の中で決めていた。みゆきや


その他の友達は、直接、園に掛けてくれることが多い、園長先生は、それを疎ましく思ってな


く、快く容認してくれている。


「いいえ、とんでもないです」


 そして、祐樹は本題を語りだした。


「クリスマスの返事を聞きたいのですが、もちろん無理強いはしませんけど」


 返事は決まっている。真希は、言われたときにすぐに返答しなかった事を反省した。


「ごめんなさい、クリスマスはさすがに、園のパーティーに参加しようと」


 これは、揺ぎ無いものだ。


「そうですか、すみません。こちらの都合を押し付けてしまって」


「いえ、とんでもないです。では、部活があるので」


 と、去ろうとしたときに、ひとつの言葉を掛けて引きとめた。意味を理解するには時間が


かかるだろう。


「では、付き合ってくれませんか」


 おかしな事だらけの彼の言葉に、反射的に真意を確かめてみた。


「えっ、付き合うって、どこにです」


「いいえ、違います。平たく言えば、交際を申し込んでるって事です」


 唖然とした。そして一瞬何を言われたのかが解らなかった。それを理解する為に頭の中が


フル稼働で回っているのを感じる。自意識過剰ではないが、別に内容は驚きはしなかった。


だが、唐突過ぎる。話の流れでサラッと言うものなのか。最近のはそんなに軽い乗りなのか。


「ちょっと待ってください。そんな簡単に言わないでください」


 少し、怒り気味な口調になる。これではまるで街中のナンパとなんら変わりがない。


 祐樹は、少し困ったような仕草をした。


「気に障ったのなら、あやまります。もちろん無理強いはしませんので」


「・・・・・」


 普通の人だと、ここで何も言わずに去るであろう。しかし、真希はここから一歩も離れる


ことが出来なかった。


「では、また。部活がんばってください」


 物腰が柔らかそうな感じでここから去った。彼には形容詞に出来ない何かを持っている、


それが、きっと彼の魅力であろう。自分にとって何をもたらせてくれるのかは、真希には解ら


なかった。


 彼の後姿を見送りながら、和馬とは違う、不思議な雰囲気に戸惑いを覚えた。

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