表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

第三話 『朝』

 「それでは、目の前の食材への感謝と、今日一日がみんなにとって良い日であることを


 祈って」


 和馬は、そう言いながら、目を瞑り、指を交差させながら手を組んだ。それを見て、裕子や


真希も同じようにする。


「主よ、この食事を与えてくださった事に感謝いたします、これからいただく私たちを祝福


 してください。御子イエス・キリストの御名によって。アーメン」


「アーメン」


 そうして、三人は祈った。これは、この園の決まりである、食事前の儀式だ。少しの


沈黙後、和馬は時間を見計らったように


「では、いただきます」

 

 と、声を掛けた。裕子や真希は同じように復唱してから、食事をいただく事にする。



 ここ、のぞみ園は。裏にある、プロテスタント系 芹沢教会が運営している民間の児童養護


施設である。国の援助と寄付でまかなっており。小規模ながらも養育システムが組まれてい


るちゃんとした施設だ。


 主にここにいる子は、両親をなくし身寄りがない子、家の経済状況により養育が出来ない子


児童虐待により親から離され児童相談所から紹介された子など、さまざまである。


 無論、心理カウンセラーも定期的に通っており、子供の心のケアも欠かさなく行われてい


る。私もここに来てから、その先生にお世話になっていた。


 保育士の資格を持つ職員も来ており、子供にとって心身ともに健康であることを約束されて


いる場所であろう。


 一時期、十五人もいた時があったが、現在は約半数の七人である。私や和馬は、元ここの


保護対象者であったが、今は別の理由でここに住まわせてもらっており、用件が済んだら出て


行かなくてはならない。


 規則ではないが高校卒業したら、たとえ進路がどうであろうと卒園するのが暗黙の了解で


ある。今横でご飯を食べている彼女、マキちゃんは、高校生なのでまだ対象者だ。


 食事前の祈りは、恒例となっているが、それ以外はそこまで厳しいルールはなく、普通の園


とは変わらない、食材への感謝を忘れずにと言う食育という概念からであろう。


 もちろん、食事の時は、私語もしても良い。


 マキちゃんの部活のことや、友達関係のこと。和馬の仕事のなどの話で盛り上がってる時


食堂に白いジャージ姿を着た、初老の男性が入ってくるのが見えた。


 「牧師先生、おはようございます」


 彼は、今、食堂で自分たちの弁当を作ってる園長の旦那さんで、芹沢 ゆたか と


言う名であり、裏にある教会の牧師である。


「はい、おはよう」


 重みのある声だが、よく通る声を持ち。笑顔を絶やさない人であり、いつも にこにこ笑っ


ている人だ。性格は真面目であるが、子供たちの前では、そういう堅物な所を見せない、いつ


も、冗談を言ってる人という印象であり。その他に、人を愛情で包むという包容力をも持って


いる。まさに、神に仕える人として理想的な人であろう。


「牧師先生、今日も走りにですか」


 『近頃、運動不足で』が口癖であったが、それではいけないと思ったのか。最近になって


早朝ランニングと言うのを始めたらしい。


「もちろんです。近頃また体力がついてきたことが実感出来るのですよ」


 牧師先生は、嬉しそうに話す。


「へぇ、すごいですね」


 私は、大学生になって運動をしなくなった為、正直羨ましかった。


「数年後には、秋山さんと勝負しても、負けないくらいに鍛えてみせますよ」


 と、言いながら、声を出して笑った。


 それを、聞いた真希は遠慮しがちに、「そんなっ」と言いながらうつむいた。


 マキちゃんは、陸上部に所属しており、得意種目は長距離である。大会では結構良い成績を


残しているほどの実力者だ。


「はははっ、そう言えば、もうそろそろクリスマスですね、皆様予定のほうはどうです」


 牧師先生は、いきなり突拍子もない事を聞いてきた。


「クリスマスというとイブのことですか」


 私は、一応聞き返してみた。


「はい、イブです」


 イブは一応、のぞみ園のクリスマスパーティーの筈だが。


「ここのクリスマスパーティーに出ますけど、えっ、それが」


 正直、言っている、意図がわからなかった。『解る?』って言う疑問を二人に目で送ってみ


たが、生憎二人とも同じ表情をしている。


 牧師先生は、少しため息を交えながら言う。しかし、その間も笑顔は絶やしてない。


「いえ、世間は、恋人たちのクリスマスではないのでしょうか」


 解りきっていることだったが、あ、なるほど、っと思った。


「もちろん、パーティーも大切ですが、もし、誘いを受けているのだったら、別に気にしなく


 てもいいんですよ。ここのは神聖なものって感じではなく、忘年会に近いものですから」


 まぁ、確かにそうだけど。反論はしないが、とりあえずそれを聞くのは野暮ですよって


言いたかった。だが、悪気は感じられないので辞めておいた。


「大丈夫ですよ、自分は何もないですから」


 和馬は、呆れ笑いで言う。


「私もです、パーティー楽しみにしてます」


 続いて、マキちゃんが言った。そう言えば、彼女が一番デートの誘いを受けてもおかしくは


ないはずだが。


「私も、もしあったとしても、こちら優先ですよ」


 もしも、そんなことがあったと仮定しても、絶対にこっちを優先するはずだろう、年に一度


の楽しみである。もし、これに対して恋人があれこれ言うのなら、別れてもいいと断言でき


る。


「それに、サークルの何人かも手伝いに来てくれるです」


 去年は、何も話さなかったので、サークルの人は来なかったが。今年は彼氏、彼女が居ない


組の四人が着てくれる予定になっている。一人お菓子作りの得意な子がいるから、料理の


幅が広がって今回はやりがいがあるなっと感じてた所だ。


「そうですか、すいません。変な気を使ってしまって」


 牧師先生の優しさなんだろう。裕子はそう思った。


「いいえ、とんでもないです。ただ、少し野暮でしたね」


 和馬は、フォローを入れるように笑顔で言った。それにつられて、マキちゃんも噴出した様


に笑っている、私もそれに釣られた。


「では、今年も楽しみにしてます」


 牧師はと言い、手を軽く上げこれから走りに行ってくるよっと言うジェスチャーをした。


それが終わると、食堂に向かって大声で


「かあさん、行ってきます、かあさん」


 っと、園長先生に呼びかける。


「・・・・・・」


 返事は、なかった。


 牧師先生もそこに園長先生が居ることは解ってはいる。念を押すようにもう一度


「かあさん、聞こえてますか、かあさん」


 先ほどより、大きな声で呼びかけた。しかし、返事はなかった。

 

 牧師先生は、ため息混じりに


「ありゃあ、聞こえているんですかね」


 言ったとたん、厨房の奥から声が聞こえてきた。


「おとうさん、帰りに歯ブラシ粉お願いしますね」


 なんか、ホームドラマを見ているようで笑えてくる。


「居るなら、返事位してくださいよ、かあさん」


 三人は、その微笑ましい風景に、笑いで対応した。そして、ここに来て良かったなと裕子は


素直に想った。それは、ここに居る、三人とも同じように感じているのだろうと。



 「では、そろそろ行く準備するよ。帰りおもちゃ屋と、スポーツ用品店寄ってくるから」


 食事とその後片付けが終わると、和馬は立ち上がった。時計の針は、六時二十分指してい


る。


「行ってらっしゃい、お金のほうは、OBの会費から出るから。悪いけど立て替えてもらえる


 かな」


 子供たちのプレゼントは、ここを卒園した人みんなからとなっている。


「解った、あ、真希ちゃん」


 和馬は、真希を呼び止めた。真希もそろそろ出る時間の為、席を立ち後片付けをしていた。


「はい。なんでしょう」


「今日は、本社通勤なんだけど、もし良かったら、また乗っけていこうか」


 現場の場合は、逆方向なので無理だが、本社通勤だと真希が通う学校の目の前を通るらし


い。


「よろしいでしょうか」


「いいよ、軽トラックでよろしければの話だけど」


「それでは、よろしくお願いします」


 そう言いながら、頭を下げた。しかし、まぁ、礼儀正しい子だなと感心したくなる。ここに


来たばかり、自分や和馬の妹分として、ずっと一緒に居た時の事を思い出した。


「じゃあ、用意ができたら、玄関で待ってて、すぐ行くから」


 と言い残し、和馬は仕事に行く準備のため自室へ戻った。真希も釣られて


「それでは、裕子さん私も行ってきますね」


「うん、気をつけてね、あ、前にも言ってあるように、今日も遅くなるから、ごめんね」


「はい、解りました」


 と和やかな表情を見せ、去って行った。


(さて、そろそろ子供たちを起こさなきゃ)


 これから、まだ、一仕事が残っているのである。


 


 「ごめん。ユウちゃん、そろそろおばあちゃんの所に行くね」


 厨房から出た、静江は申し訳なさそうしていた。


 「いいえ、気にしないでください。後はやっておきますね」


 心配ないよと言う意味合いを込めて答える。


 自分や和馬が卒園しない理由は、ここにある。園長先生の母親が高齢のため介護が必要とな


ってしまったのだ。その為、監護役としていつも居ていた園長先生は、介護に付きっ切りに


なり、勤務時間外、ここにはだれも居なくなってしまった。もちろん夜中の常傭として、職員


を雇う方法もあるが、日当がかかってしまう。そこで、どうするか考え出された結果自分らが


残ることになった。朝みんなの送り出しは自分の役目、夜中の巡回は和馬の役目となってい


る。もちろん、任せっきりではなく、園長先生は夜中、様子を見に来るし、朝はこうして自分


が出来る事は、なるべくやって行くようにしている。それに、これから先ずっとこうではな


く、一時的なものだと言うことだ。もうそろそろ、おばあちゃんの老人ホームが決まるらし


い。私達の役目はそこで終わりとなる。本来、無資格の私達が子供達の面倒を見ることは事は


やってはいけない事だろう。よくよく考えた末の結果なのかもしれない。『仕方がないよね』『ごめんね、迷惑ばっか掛けちゃって』 っと、老人ホームに入所させる事が決まった時の


寂しそうに言う園長の言葉は、私達二人の胸に突き刺さった。やってはいけないと解っていな


がら、その葛藤と戦った結果だと思う。苦しんで出した結果に私達は何も言えなかった。


「八時に、職員さんがくるから。それと、何かあったら遠慮なくすぐに呼んでね」


「はぁい、解りました」


 園長先生は、それを確認すると、足早に厨房勝手口から同じ敷地にある、芹沢家へと小走り


に走り出て行った。


 時計を見ると針は、六時二十五分を指している。もう子供達を起こさなくちゃならない


リミットだ。




 「はい、海斗くん、陸斗くん、起きて」


 彼らは、菊池きくち 海斗かいとくん その弟の、陸斗りくとくんの兄弟だ。


お兄ちゃんは、小学4年生で弟の面倒をよくみるサッカー少年。弟くんは、一個下の小学


三年生で、甘えん坊でお兄ちゃんの後ろばかりついて歩く子である。


 海斗くんの方は、寝起きがいいのか、起こされ自分の顔を見ると、すぐに気がつき


「裕子おねえちゃん、おはようございます」


 と言った。自分がうらやましく感じるほどの、朝の強さだ。


「はい、おはよう」


 裕子は、笑顔で挨拶を返した。


 陸斗くんは、まだ起きないらしい。布団をさらに被って防御体制をとっている。


「海斗くん、陸斗くんをお願いね、いつも通り集合で」


 海斗は、高床式のベットから飛び降りるとしょうがないなという表情で


「ほら、陸斗、起きろよ」


 体をゆすってる。もうここは大丈夫かなと思い、次の部屋へと行く。


 次の子は、深沢ふかざわ 大輔だいすけくんである。小学六年生で、本が好きなで


あり、クラスでは学級委員長を務めるほどのしっかり者だ。裕子は、多分おきてるかなと考


え、ノックだけにした。


「大輔くん、おはよう、起きてる」


 返事は、すぐに返ってきた。


「はい、おはようございます。起きてますよ」


 彼も、朝が強いのか、しっかりした声で話してきた。


「了解、いつも通り、十分後、食堂に集合ね」


「わかりました」


 もう、ここは平気であろう。それを確認し次の部屋へと足を進める。


 次は、小学五年生の 北村きたむら 実穂みほちゃんである。スポーツ少女で気が


強く、低学年の時よくクラスの子を泣かしていたらしい。だが、今はそんな事はなく、大人し


くなり、美鈴ちゃんや桃香ちゃんのちゃんの面倒を良く見てくれるようになった。


 彼女もノックだけで十分である。


「実穂ちゃん、起きてる」


 大輔と同じように、ノックして呼びかけた。


「はい、おきてます」


 と、言う声と一緒にドアが開き、ショートカットのボーイッシュな女の子が出てきた。


 冬場ではあるが、肌は焼けており、健康的な印象を与える。


「おはよう、今日もいつも通り集合ね」


「おはようございます、はい、解りました」


 ここも、大丈夫と確認し、最後の部屋、桂木かつらぎ 美鈴みすずちゃんと、


柴田しばた 桃香ももかちゃんが寝ている部屋へと足を進めた。


 二人は、直接起こさないと起きないため、ドアをあけてまずは、美鈴ちゃんを起こしてみる


美鈴ちゃんは、小学二年生であり、園ではよく桃香ちゃんの遊び相手となってくれる子だ。


勉強が好きで、成績はかなり良いらしい。

 

 美鈴は、揺するとすぐに起きた。


「おはよう、美鈴ちゃん」


「裕子おねえちゃん」


 朝まだボーっとしているのか、疑問系でたずねてくる


「そうよ、もう、朝、ほら起きて」

 

 急かすと、上半身だけ起こし、頭を立ち上がらせようとする動作をした。とりあえず保留と


思い、桃香ちゃんも同様に揺する。


 桃香ちゃんは、陸斗くんと同じ防御体制をとるので、正面を向かし、もう一回同じように揺


すってみた。そうすると、うっすらと目が開き自分の位置を確かめるようにする


「桃香ちゃんわかる」


「うん」

 

 何とか声を出すが、かなり眠そうだ。


「桃香ちゃん、朝だよ」


「うん」


 まだ、夢と現実の境をさまよっているらしい。裕子は桃香の上半身を起こし再び寝かせない


ようにする。


「わかる」


「うん」


「ここは」


 意識をこっちに戻すために、質問をしてみた。


「のぞみえん」


 何とか答えたので、頭は徐々に立ち上がってるらしい。美鈴ちゃんの方をみるともう起きて


ベットから出ていた。


「ほら、桃香ちゃん、美鈴ちゃんはもう起きてるよ」


 それを言うと観念したのか


「わかった、おきる」


 と、言い。ふらふらっと、ベットから立ち上がった。桃香はまだ眠そうにしており、何とか


立っている状態だ。


「桃香ちゃん、着替え平気かな」


 自分も、そろそろ食堂に戻り、みんなの朝食の準備をしなければならない。


「うん、だいじょうぶ」


 とは言ってるが、少し不安だ。その後ろで美鈴ちゃんは、パジャマから私服への着替えが


終わりかけている。その時、


「裕子おねえちゃん、後は、あたしがやっておきますね」


 と実穂ちゃんが、この部屋に来た。裕子は渡りに船だと想い


「ごめん。お願いね」


 と頼み、後は実穂に任せることにした。


 食堂には、大輔くん、海斗くん、陸斗くんが居る。とりあえず、男子陣は全員ちゃんと起き


れたようだ。


「おはよう、みんな」


「おはようございます」


 陸斗くんは、まだ少し眠いかなという表情である。後のみんなは合格だ。


「元気の良い挨拶、今日はみんな良い日よ」


 っと、自分のジンクスから話し始め、続けて


「女の子は、もうちょっと時間かかるから、男の子はもう朝の掃除始めちゃいましょう」


 と提案する。男子陣はすぐに了解して


「はぁい」


 と声をそろえて、海斗くん、陸斗くんは、駆け足で掃除用具がある廊下へと走って行った。


大輔くんはその後を歩いて付いて行く。


「転ぶから、走っちゃだめだよ」


 一応は言っておくが、多分聞こえてないだろう。


「さて、私もはじめますか」 


 彼らの朝食の支度へと取り掛かる。この後女子三人組も来て、実穂ちゃんは自分の手伝い、


美鈴ちゃんと、桃香ちゃんは掃除へと配置することになった。


 のぞみ園の一日は、子供たちの元気の良い声から始まるのが本来の姿なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>サスペンス部門>「Memory`s」に投票

ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ