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第二話 『のぞみ園』

 ある程度、朝食の準備を終わらせ、食堂に戻ると、真希が一人でニュース番組を見ていた。


もう一人は、まだ起きてないらしい。


「マキちゃん、和馬かずま は、まだ来てないの」


 真希は、テレビからこちらに目を移し、


「はい。けど、先ほど洗面所で見ましたよ」


 大方、顔でも洗って目を覚ましているだろう。裕子は、そのシーンを想像しただけで


なんとなく微笑ましくなった。


「そっか、とりあえず、起きてはいるって事ね」


「えぇ、ただ・・・」


「ただ」


 裕子は、真希の言葉に疑問を乗せ返した。真希は、その映像を思い出すかのように


「見た感じ、洗面台に寄りかかって、半分寝てたような気がして」


 なんとなく、想像が出来る。頭の中に浮かんだ瞬間、少し噴出してしまった。


「あははっ、和馬も朝は弱いからね」


 真希は、それを聞き少し笑った仕草を見せてから、テーブルの上にある急須を手に持ち


「裕子さん、お茶要りますか」

 

 と訊ねてきた。裕子は、椅子に腰を掛けてから、好意に甘える。


「うん、ありがとう、お願いね」


 それを聞くと、茶筒から適量のお茶っぱを、きゅうすの中に入れてから、ポットから


 お湯を注ぐ。その風景をみて、ふいに、『マキちゃんの旦那さんになる人は、幸せ者だな』


 と思ってしまった。


 テーブルの上に伏せておいてあった、湯飲みを用意してお茶を注いだ後、裕子の前に差し


出す。


「ありがと」


 そう言い、早速一口いただいた。食堂と違い厨房は暖房が行き届かない為か、体は冷え


切っていた。一口の熱いお茶は、それを温めるには十分である。


「しかし、寒くなったよね。」


 マキちゃんも、自分用にお茶お入れ、一口飲んでから言った。


「今年と来年の頭は、例年以上に冷えるらしいですよ」


 それを、聞くと頭が痛くなってくる。冷え性の自分はどうも冬場は苦手なのだ。


「はぁ、きつい季節にか。そう言えば、マキちゃんも冷え性だったよね」


「はい、そうですけど」


「冷え性対策とかしている」


「一応、寝る時だけですが、毛糸の靴下と電気アンカーだけ」


「そっか。私も電気アンカー買おうかな」


 昨年の冬も、そう思ったが、結局買わずに春が来てしまった。


「毛糸の靴下は、結構お勧めですけど」


 友人も、寝る時、愛用しているって聞いたことあるが、私にはどうも


「毛糸の靴下は、パスかな、ごめんねせっかく薦めてくれたけど」


「どうしてです」


 彼女は、素直に疑問をぶつけて来る。


「寝てるとき、靴下はいたままだと脱いじゃって、どっかに投げちゃうらしいんだ」


「無意識にですか」


「うん、無意識に」


 そして、自分の悪癖も暴露した。


「冬場はそんな事ないんだけどね、たまにだけど、寝ながらパジャマとブラ脱いじゃう


 時があって。起きたらとんでもない姿ってこともあるんだけど」


 真希は、それを聞いて少し驚いている。


「それって大丈夫なんですか」


「大丈夫って、えっ、なに」


「いいや、えっと、その・・・」


 少し、言いづらそうにしている。返しちゃいけないことだったのかなと反省した。


「見られることはないしね」


 と、言い。先ほどの質問を打ち消す。


「確かに、そうですけど」


 「ほら、新聞」


 「はっ、」「えっ。」


 二人は、驚きの声をあげた。話に夢中になっていた為なのか、横に作業着姿の男性が立って


いる事に気がつかなかった。




 

  「おはようさん」


 と、言いながら、男性は手に持っていた朝刊をテーブルの上においた。そして、厨房の方に


行くと中で作業している園長先生に向かって挨拶をした。

 

「園長先生、おはようございます」


「おはよ、カズちゃん。もうすぐ出来るからね、お弁当も」


「はい、ありがとうございます」


 それを、確認してから、再び自分らがいるテーブルへと戻ってきた。


 一応、聞かれて困ることではないが、訊ねてみる。


「和馬、今の話し聞いてたの」


 質問の内容に、不思議と感じたのか、男性は、少し考え言葉を選んだ。


「なんの事」


 別に聞かれて困ることではないが、少し安堵の息が出た。女性同士の会話は立ち入っては


いけない。たとえ、どんな内容でもである。


「そっか、ならいいけど」


 と、この話題から離れようとした時、男性は先ほどの答えを言う。


「人の会話を盗み聞きするほど野暮ではありませんので。別に毛糸のパンツと腹巻愛用して

 

 いようが、姉貴の悪癖がどうであろうが」


「聞いてるんじゃん」


(・・・それに、なんか違うよ、なんかが。)


「そんなもん、自分だって、股引き愛用してるんだから、別に変わりがないだろ」


 と言いながら、作業ズボンのすそを少しあげた。見てみると靴下の上は脛の肌色は見えなく


白い生地が見える。本人曰く、寒い冬はこれが一番らしい。


「それに、姉貴の癖は、前々から知ってるし」


 その発言には、さすがに驚いた。女性はともかく、男性には誰にも話したことはないので


ある。それは、今までの彼氏であってもだ。


「あんた、見たの」


 男性は、少しため息交じりの声で言った。


「姉ちゃん、それ高校の修学旅行でやっただろ」


 裕子は、過去の記憶を手繰った。そういえば、そんなことがあったような無いような。


「あの時、同室の子が内緒で俺に相談してたぞ。いつもあんな感じなのか、っと」


 そう言われた時、はっきり思い出した。確かに朝起きたら下一枚であった時が。


 あの時は、ばれては無いと思って誤魔化したはずだったのだが、どうやら違ったらしい。


それを思い出すと、なんだか恥ずかしくなり顔が火照って来る。


(なんで、和馬に言うのよ。まったく・・・)


「真希ちゃん、ごめん、目の前の急須取ってくれるかな」


 話を黙って、目で追っていた真希は、突然名前を呼ばれた為なのかはっとした表情をする。


 「あ、はい、私が淹れますね」


 と、マキちゃんは言いながら、先ほどの一連の作業を繰り返した。


 彼、瀬戸せと 和馬かずまは、私と同じ二十歳の青年である。背は成人男性の平均


ほどで、顔立ちは、母親似の整った風貌であるが、言われなければ気がつかない。なぜかと


言うと、風貌よりは印象が先行する性格だからだ。それはさまざまあり、人によって印象は違


う。彼とは苗字が違うが、私達はお互い兄弟として助け合っている関係であり、同学年では


あるが生まれが二ヵ月早い私が、姉として接している。


「すまない、ありがとうね」


「和馬は、今年の仕事はいつまで」


 裕子は、自分にとって恥ずかしい、この話題を打ち消すため、あえてわざと変えてみた。


「多分、順調に行けば二十八日で終わるけど、まぁ、かかっても二十九日には終わるんじゃ

 

 ないかな」


 和馬は、真剣にテレビの天気予報を見ていた。天候に左右される仕事のため真面目に聞いて


いる。


「はい、淹れました」


「ありがとう」


 と言いながら、真希が入れたお茶を手に取り、一口熱そうに飲んだ。無論、その間も天気予


報はやっていたため、テレビから目は離してはいなかった。


 一通り、見終わると、今度は質問を返してきた。


「姉貴と、真希ちゃんは、いつから休み」


「私は、もう休みに入っているよ」


 今日は、十二月二十一日、普通の大学なら冬休みの時期だ。


「ただ、休み明けのレポートとサークルで一応学校には行くけど」


 それと、家庭教師のバイトがある。年末を実感するのは、和馬と同じ二十八、九、からに


なるだろう。


「私もです。この前、期末試験終わったので、授業はありますが学校は実質休みになってます


 ただ、部活と学校の冬期講習で。三十日まで通いますが」


「そっか、今年もみんな同じ、年末も忙しいって事になるか」


 その時、裕子は思い出したように、言葉を重ねるように言った。


「あ、そういえば、マキちゃん。みんなからプレゼント何にするか聞いた」


 真希は、それを聞き


「はい、聞きました、けど、ひとつ問題が」


 と、言葉を濁らせ。ブレザーの内ポケットから生徒手帳を取り出し、そして、メモ用紙の


ページを開くと私に手渡した。


「どれどれ」


 和馬も気にはなっていたのか、私の後ろから覗いてくる。メモ用紙には綺麗な字でこう


書かれていた。




 海斗くん サッカーボール。   陸斗くん ゲーム機(DS)


 美鈴ちゃん 熊のぬいぐるみ   桃香ちゃん        


 実穂ちゃん 野球グローブ    大輔くん 文庫本



 これは、二十五日の朝に配られる、クリスマスプレゼントだ。子供たちみんなによる、


サンタクロースへのお願いが書いてある。


「あれ、桃香ちゃんは、空白だけど」


 私は、ふとその疑問をぶつけてみた。確か、前の時は、美鈴ちゃんと同じぬいぐるみを


欲しがっていたはず。


「私も聞いてみたんですけど、いらないと一点張りで」


「なんでだろ、去年は、美鈴ちゃんと同じの欲しがっていたはずなんだけど、ほらあの子たち

 

 仲がいいから」


 確か、色違いのイルカのぬいぐるみをもらって、二人一緒に喜んでたはずだった。


「理由は、聞いてみたのかい」


 次は、和馬が真希ちゃんに質問した。


「はい、一応聞いてみたんですけど」


「うん」


「ママに会いたいし、頑張ってるから、いらないと・・・・」


 私は、すぐに原因が理解できた。多分、和馬も解ったのであろう。ただ、一個疑問がある


頑張ってるっていったいなんだろうか。


「正月休み、会えなかったからか」


「えぇ」


 マキちゃんは、そう言うと暗い表情をした。


「姉貴、次回の正月休みはどうなるんだ」


 和馬は、一応、内状に精通している、私に聞いてくるが。


「わからない、ただ、例年通りだと」


「会いにくるって、予定になってることか」


「そう」


 と、言いながら、裕子は頷いた。


 どうしようもない、状況である。しばし、三人は黙っていたが、それを真希は打破した。


「私は、今回も美鈴ちゃんと同じでいいと思うけますけど」


「でも・・・」


 マキちゃんは、考えをまとめるように話し始めた。


「いいんではないでしょうか、クリスマスプレゼントは、一年間いい子にしていた、ご褒美な


 んだし。少なくても、桃香ちゃんはいい子にしていました。」


 確かに、掃除も手伝ってくれるし、言うことも素直に聞いてくれる。


「お母さんに、会いたいって言うのも、ある意味ご褒美かもしれない。けど、欲張っちゃいけ


 ない事はないんだし」


「けど、マキちゃん、もしお母さんが来なかったらどうするの。そうなれば、桃香ちゃん、ま


 た傷ついちゃうよ」


「その時は、その時です。桃香ちゃんは聞き分けのいい子です。お母さんが、自分の為に頑張


 ってるって事は、子供心ながらわかってると思います」


「確かに、けど」


「人の家庭環境をあれこれ言うのは、失礼にあたりますが。桃香ちゃんの場合、普通の家庭と


 は違います。いずれは、我慢する事を覚えなきゃいけない、そうでなければ幸せにはなれな


 いとのではないかと」


「マキちゃん、六歳の子にそれを求めるのは」


「そうですが」


 そして、少し考え話を続けた。


「桃香ちゃんの母親って、客観的に見てどうでしょうか」


 ふと、和馬の突然の質問に戸惑った。二人だけでしゃべってるので、気になってマキちゃん


の方をみたが、彼女も考えている。


「わからないわ、どうかって」


「自分は、桃香のお母さんは、一生懸命、桃香ちゃんを見ていると思います」


「うん、確かに」


「桃香ちゃんは、それに気がついてるんじゃないかと」


「と、言うと」


 正直、真希がこのような考え方を持っていたことは、驚きであった。


「母親は自分の為に頑張ってるだから、プレゼントもいらないといったんじゃないかと。


 ストイックに自分を追い込んで、自分も頑張ろうって」


「確かに、一理それもある、でも」


 自分は、六歳の子供が、そこまで考えているとはどうも信じられなかった。


「わがままは言っちゃいけない、その心理状況をプレゼントに置き換えてるとしたらどうで


 しょうか」


「あっ・・・」


 子供の目線で言われると初めて、靄がかかっていたものが晴れた様な気がした。


子供の心理状態は、私たち大人が言うほど単純ではない。それは、よく言われてる事である。


「桃香ちゃんも、私たちが思う以上に、成長しているって事ね」


「はい」


「お母さんと、会うということは、二人一緒の御褒美ってことか」


 和馬もすべて悟ったようだ。


「そうです。けれども、クリスマスプレゼントは サンタ、イコール、のぞみ園の贈り物だか


 ら。遠慮することはないかと、それでもしも、渋るようでもうまくフォローすれば解ってく


 れると思いますよ。きっと、」


 自分は、それを聞くと、何となく安心した。


「解った、じゃあそうしようか、プレゼントはいつも通り、美鈴ちゃんと一緒。何か言う


 ようなら私と真希ちゃん、必要なら和馬も入れてフォローする。こんな感じで」


「はい」 「解った」


 多分、前々からこの問題に直視して、一人で結論を出したんだろう。意見が通って、ほっと


した表情をしている。


 それにしても、真希の別の一面を見て、正直驚いた。一見、引っ込み思案であるが、案外


芯の強い子なのかもしれない、そして、思慮深さも持っている。それは、呆気にもとられた


し、違う一面が見えて嬉しくも感じる発見だった。


「ほら、小さい子供が起きてくる前に、大きな子供は早くご飯食べなさい」


 話しているとき、厨房から園長先生の声がした。


「はぁい、解りました。マキちゃん。」


 と、言い真希を促した。


「はい、」


 真希は、それを聞くと、席から立ち上がった。


「テーブル拭いとくよ」


 和馬は、そういいながら、テーブルの上おいてある台拭き用雑巾をもって。手洗い場がある


廊下へと歩いていく。


「お願いね」


 距離があったので、聞こえたか聞こえない解らないが、一応伝えておいた。


 厨房に入ると、園長先生が弁当を作っている。弁当箱は3つ、私と、マキちゃん、和馬の


分だろう。


 もちろん、弁当は私やマキちゃんが作ってもいいが、園長先生はそれを遠慮した。『お弁当


作るのすきなのよ』の理由でである。


 食べてくれる人を想って作っているのか、なんだか楽しそうだ。


 裕子は、食器棚から、3人分のお椀と、お茶碗を取り、お茶碗だけを真希に渡した。


「ご飯のほう、お願いね」


 頷きながら、それを受け取り、大型炊飯器に備え付けてある、しゃもじを手に取りご飯を


よそっている。


 自分は、味噌汁三人分をお椀に注ぎ、お盆にのせほど居た食堂へ持って行った。食堂では


和馬がテーブルを拭いている拭き終わったのを確認すると3人分並べた。それに続いて、


真希もよそったご飯を持ってきた。


「おかず、持ってくるよ」


 和馬は、手に持っていた、雑巾を雑に折りたたみ、テーブルの端においてから。厨房へと


歩いていくと、思い出したように、裕子は引き止めた。


「あっ、和馬、お盆お願いね」


 と、言い。自分を真希が持ってきた、お盆を手渡した。この平和そうな風景は毎朝行われて


いる事だ、そして、今日も一日が何も変わりなく始まるのだ。




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