第一話 『裕子』
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あなたは私。
あなたの記憶も、私の記憶
あなたの心の痛みも、私の心の痛み。
あなたの涙も、私の涙。
あなたは私。けど、私はあなたではない。
私はあなたの事を知っているが、あなたは私のこと知らない。
それでいい、そして、これからも、知らないで欲しい。
それが、私の望みだから。
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昨日は、少し飲みすぎたのか、少々頭が重く感じる。それと共に、
目覚ましの音にいやいや起こされたのか、なんとなく気分が悪い。
高木 裕子は、寝ぼけた頭を立ち上がらせる為、
上半身を起こし、そのまま、窓に手を伸ばした。
触った瞬間その手を横にスライドさせると、冬場の寝起きにはきつい冷気が
部屋の中に入ってくる。
(今日は、休もうかな・・・・)
低血圧の部類に入る自分は、どうも朝は弱気になる。『よし、やろう』と
なるまでもう少し時間がかかりそうだ。
しかし、この状況で甘えて、このまま二度寝をする事は出来ない。
みんなは、しょうがないよって言いながら、笑ってくれるかも知れないが
私自身はそれを許さないからだ。一度やるって決めたことだ自分の体に鞭を打って
でも動かなくてはならない。
裕子は、時計を見た。時計は五時十分、起きてからもう十分が経っている。嫌な事は時間が
経つのが速い。
その時計の針をみた為なのか、過去に決めた使命感が、私の体を急きたてた。
「よし、やろうか」
自分でやっと聞こえるくらいの声で呟きながら、起きる決心をして、名残惜しい
布団の温もりから離れた。
「おはようございます」
朝の挨拶一つで、一日の善し悪しが決まると私は思う、元気よく挨拶できたの
なら、その日はなんとなく良い日である。無論、自分自身のジンクスなのだが。
「おはよう、ユウちゃん、今日はさすがに疲れ気味かな」
園長である、芹沢 静江は見透かすように言った。
やはり、今日はいまいちで終わるらしい。
「あはっ、やっぱり解りますか」
「もちろん、誰が見たって一目瞭然」
静江は、朝食の支度をしていた。話しながらでも手を止めていない。
私は、出入り口横のフックにかけてある、自分のエプロンを手に取った。
「そこの、おかずはもう出来てるから、順に盛り付けお願いできるかしら」
装着したのを目で確認してから、静江は、さっそく裕子に指示をした。
「はい、解りました。」
今日の朝食は、焼き鮭とプレーンオムレツらしい。裕子は、並べられている
お皿に順々と盛り付けていった。一方、静江は、おみ御付けの製作に取り掛かっている。
朝はいつもこの様な感じだ。園長先生の料理を手伝うところから私の一日が始まる。
「昨日の結婚式はどうだった」
ふいに、訊ねてきた質問に戸惑いながらも、落ち着きを取り戻すと
「まぁ、それなりに盛り上がってました。」
と言い、くすっと笑った。
「そっか、それだけかな」
想った通りの答えが返って来なかったのか、もう一度聞き返してくる。
多分この事だろう、
「えぇ、ウエディングドレス綺麗でしたよ」
「でしょう、女の子の憧れだものね」
「何時かは、着てはみたいですけど」
「うんうん」
何故か、この話をするときだけは、園長先生はかなり嬉しそうに話す。
「けど、結婚はまだまだ早いかな」
これは、前々から伝えてある意思である。これを聞くとやはりと言う表情で
「確かに、ユウちゃんの世代ではまだ早いかな、二十歳じゃ」
「えぇ、周りのみんなは何人かしてますけど」
「じゃあ、学校卒業して、少ししたらの話になるって事ね」
「はぃ、そうなるかと、もちろんいい人がいればの話ですよ」
会話は進んでいるが、手は止めてない。言われたとおり、盛り付けを終わらせ、
ご飯が出来上がっているかを確かめる為に、炊飯器のタイマーを見た、あと十分
で炊き上がるらしい。ついでに壁に掛けてあるを見ると、五時半前を指している。
そろそろ二人が起きてくる頃だ。
「ユウちゃんなら、きっと見つかるわ」
なぜ、こんな話をするのかは、理由は知っている。ボランティアのお母さん達に、
自分の見合いを勧められているからだ。もちろん、園長先生は断ってはいるが。ただ、
あまりのしつこさなのか、多少の思想が移ってしまったらしい。こっち側から向こう
側の考え方になってしまった。自惚れではないが、じぶんをそう評価してくれるのは、
正直嬉しい。ただ、結婚はとなると身を引きたくなる。
「ははっ、まぁ縁ですから」
「そうだよね。おばさんはね、ユウちゃんに幸せになって欲しいの、もちろん園の
みんなもよ。けど、特にユウちゃんに対してはその想いが強よくて、ほんの少しだけ
ほんの少しだけよ、えこ贔屓してるの」
「ありがとう、ございます」
人に想われることは、正直嬉しい、素直な気持ちで礼を言った。
「教師になるって夢も大切な幸せだしね、がんばりなさいよ、応援してるから」
「はい」
言葉で言われると感慨深いものがある。
「ただ、結婚も女の幸せだからね」
もちろん、落ちも忘れてはいない。
「それは、そうですが」
裕子はそう言いながら、苦笑した。
「おはようございます」
厨房で食事の準備が終わりかけた頃、若々しい声が食堂の方から聞こえてきた。
そちらの方を向くと、高校の制服姿でロングヘアの女子が立っている。
「マキちゃん。おはよ、昨日はごめんね」
「いいえ、いいんです。それより、昨日はどうでしたか」
「ちょっと疲れたかな、流石にね」
と言いながら、肩に手を置く素振りをみせた。
真希は、少し笑った仕草を見せて、出入り口横のエプロンに手を掛けたが、
裕子がそれを遮った。
「いいよ、もうすぐ終わるし、食堂でテレビでも見てゆっくりしておいで」
「でも・・・」
真希は、少し困ったような表情をした。それを見た、園長先生は自分の発言を
を助けるように
「そうよ、真希ちゃん、これから部活の朝練なんだから少しでも体力温存して」
それを聞いた真希は少し考え、
「すみません」
と言いながら、軽く会釈をした。
「お弁当も作っておくね」
弁当と言っても、昨日のあまり物とそれプラス何品かである。昨日は、夜居なかった
ので詳しくはしらないが、きんぴらごぼうとコロッケだったらしい。
彼女、秋山 真希は、地元の進学校に通っている、高校二年生だ。
高校生と言っても最近の高校生とは違って、彼女は大人しい方だろう。だからと
言って根暗ではなく、日本美人という慎ましさを持っていると解釈したほうが良い。
こうしてみると、ナチュラルメイクで一見かわいい印象があるが、もう少し時がたてば
美人の仲間入りになると断言できる。そして私自身も、少し羨ましいなと思う時もあった
ほどの麗しさを彼女は持っているのだ。
「ありがとうございます、じゃあ」
と言いながら、食堂の方に去った。
「気の利く、良い子ね」
園長先生は、自分が想った通りの事を言った。
「えぇ、そうですね。けど、お見合いはまだまだ早いですよ」
一応、冗談で釘を刺しておく。まぁ、彼女なら将来私と同じ、いいやそれ以上に薦められ
る存在になるだろう。
「あら、早いって事はないわ。私だって、今の旦那と結婚を決めたのは十八の時だし」
「・・・・(しまった、やぶへび)」
「縁はどこから降って沸いてくるか解らない、そうでしょ」
「えぇ・・・ 確かに」
この話をさせると、長くなりそうだ。
「ほら、早くしないと、みんなおきてきちゃいますよ」
裕子は、長くなりそうな話を遮るために言った。
「あら、ごめんなさいね」
園長先生は、笑っている。
(マキちゃん、早く彼氏作った方がいいよ・・・・)
裕子は、心の中でこう願うしかなかった。
チェックしやすいように、間隔をあけて書いてみました。 読み難かったら
ごめなさい。 書いていくうちにどんどん修正を加えていくので遠慮なく言ってくださいね




