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第十六話 『要因』

 古びた公営団地。


 自分の表現は間違ってはいないだろう、見た目で築四十年以上は経っているのは素人目でも


解る。


 所々のコンクリートは風化の為なのか、ひびが見受けられる。老朽化もかなり進行している


のだろう。ここに来る前、別の棟が解体されているのを見た、いずれここも建て替えられるの


かもしれない。


 裕子は、書き写した住所を頼りに、その目的地へ向かっていた。


「えぇと。六号棟の三○二」


 側面の数字を確認する、『6』の数字が目に入った。


「ここだよね」


 昨日電話連絡した時、今日を指定されてしまった。流石に驚いたが、覚悟を決めなければな


らない。


 その団地に入ると、異様な臭気を感じ取った。


(何これ)


 階段の上には、今では珍しい黒いゴミ袋が行く手をさえぎるように置いてあった。中身は


容易に想像できる、多分生ごみだろう。


 黒い袋で分別をしてなく注意という意味で置いたのか、それとも嫌がらせなのか、それは


解らない。ただ、ここの住人は近所付き合いが上手く行ってない事が表れているのを容易に


汲み取れる。


 それを、避けるように、階段を上がり三階にたどり着いた。


 彼女は幼少時代、こんな環境の悪い所で過ごしたのか。そう思うと、少し切なくなった。


 三○二は、階段から上がって二つ目の部屋だ。標識も間違ってない、覚悟を決める為に息を


搾り出すように吐く。行かなきゃ、その言葉を頭の中に書くと、ドアチャイムを鳴らした。


 チャイム音が鳴り終わると共に、「待って」と女性の声が返ってくる、その声に従い待つ。


 青いペンキに塗られたドアは、所々剥げており、そこから錆が入っている。郵便受けには


新聞がまだ挿されていた。


 冬の寒い冷気がここまで来る。流石の寒さなのでポケットに忍ばしているカイロを手に取っ


た。ドア表札の秋山と言う文字が消えかかって殆ど読めない。知らなければ、ここが秋山さん


宅だとは誰も気がつかないだろう。それから、しばらく待ってると前振りもなくドアが開いた


「待たせたね。えぇと、誰」


 出てきた女性は、マキちゃんの母親である。


「児童養護施設のぞみ園から参りました、高木です。電話でも申しましたが、秋山 真希


 さんの件で」


「そう、真希の件ね」

 

 彼女は、自分を観察するかの様に頭の上からつま先まで一瞥すると。


「入って」


 そう声を掛け、自分を促した。


 マキちゃんの母親と言えども、娘とはまったく似てはいない。マキちゃんは整った顔立ち


に清廉さを感じさせたが、母親のほうはまったく違う。失礼だが、時より見せる目のきつさ


や、装いの節度無さなどが、彼女をマイナスイメージへと誘っているのだろう。


 中に入り、一番初めに目に入ったのは台所に積み重ねられた大量のビール缶であった。洗い


場も何時出されたのか食器が出されっぱなしにされている。一言で表現すれば不衛生なのだ。


「あまりジロジロ見ないで、欲しいんだけど」


 自分の目線が気になったのか、彼女はそれを遮った。


「あっ、すみません」


 流石に問題があっても、他人の家を観察するのは失礼と思い目を逸らす。


 通された先は、四畳半の部屋で、壁に衣装ダンスが並べられており、その中央に座布団二つ


と小さなテーブルが置いてあった。


「ここしか、片付いてないんだわ、座って」


 言われるがままに、彼女に従う。


「はい」


 座ると、テーブル下に置いてあった急須にポットのお湯を入れ、お茶を自分に差し出す。


「いただきます」


 まず、一口頂いた。


「そんで、何の件だい。あいつは何かやったん」


 見届けると、開口一番にそれを吐いた。


「いいえ、そんなことありません。真希さんは園の事もやってくれますし、子供たちの面倒も


 よく見てくれる気が利いた子です」


 実際、マキちゃんが園でやっている事は、今言った以上の手伝いをしているのだろう。自分


だけではなく園長先生もかなり助かっているのだ。


「本当かい」


 目の前いる母親、秋山 明美あけみ は驚きの表情をしている。娘の事は何一つ知らな


いのかそう想うと落胆の色を隠せない。


「えぇ、すばらしい。お子さんですね」


 無意識に、嫌味を込めた言葉を言ってしまった。失言であるが先方は気がついた素振りを


見せてない。内心安心し、話の続きを再開する。


「今日来たのは、真希さんの進路についての相談です」


 娘の進路の話であるが、相変わらず無関心の表情をしていた。


「ふぅん、あいつの進路ね、なんて言ってるんだい。私はね、あいつが高校卒業したと同時に


 うちの店でも手伝わせようとしてるんだけど」


 うちの店。明美がやっているスナックの事だろう。


「ほら、自慢じゃないが、あいつは旦那似で美人だろ、良い客引きになると思わないか」


「いえ。真希さんは、しっかりした考えを持っていますので」


 話に乗らない自分を、面白味にが無いと判断したのか不貞腐れた態度を取る。


「ふぅん、そうかね。大体、うちから娘を奪っておいて今更何を相談すると言うんだい」


 奪っておいて、それは心外だ。そちらが 幼気盛りの少女をネグレクトをしたのではないの


か。その言葉に怒りを覚えざるえなかった。


「園は保護という形式上、監護権の委託と言う処置を取っております。両親が不在ならとも


 かく、健在しているのなら親権はそちらに有るという事を忘れないで下さい」


 明美は、すかさず反論する。


「だったら、旦那に言えば良いだろう。あれが、学費や真希の小遣いまで出しているんだか


 ら」


 マキちゃんの学費等は父親が出していると聞いたことがある。直接の口座に振り込む形でだ


当本人は、愛人と共に行方を晦ましているらしい。


「いいえ、今現在、そちら様の連絡先しか解りませんので」


 納得できなかったのか、自分の話を軽んじる様な態度を取る。


「で、あいつは、どうしたいと言っているんだい」


 昔、マキちゃんから聞いた事を話した。


「地元の短大を進学希望としております。それと将来、保育士になりたいとも」


 普通の夢である。だが、明美はその普通の夢を子供に持たせる事も、合点がいかないらしい


「短大、まだ学校行きたいと言っているのか」


 憤怒の表情を表に出した。


「何か、問題でもあるのですか」


「あるも、なにも。この前帰ってきた時、言ってやったんだ」


 母子の間に進路の相談があって当たり前だ。実際、報告と言う形で母親に言ったのだろう。


「なんと」


 疑問に思ったので、明美に訊ねてみた。何で明美は怒る必要があったのか、常識では解らな


かったからである。そして、彼女は自分では信じられない言葉を吐いた。


「旦那から送られる養育費は、店の資金に使うと。だから、高校卒業したら通帳よこせとね」


 聞き終わった途端、流石に茫然自失になった、彼女はここまで自分勝手なのか。


「待って下さい、秋山さん」


 ネグレクトでは飽き足らず、娘の将来まで奪うつもりなのか、目の前に居る母親は。


 怒りで、机の上に置いてある湯飲み茶碗のお茶をぶっ掛けてやろうと言う衝動に襲われたが


流石に抑えた。


 本来、自分がここに居るのは形式的な物では無いからだ。職員を偽り、彼女から情報を聞き


出そうとしている。もし、今、問題を起こしてしまえばただでは済まされないだろう。


「何だい。大体、あの子だって」


 あの子だって、一体なんだ。目の前の母親とは思えぬ思考の持ち主は、一体、娘をどう見て


いる。


「うちの旦那と同じなんだ、所詮血は争えないんだよ。だから、迷惑料として金もらって何


 が悪いんだい。それに、私は慰謝料もなんも貰ってないんだ。それくらい貰っても罰は当た


 らないだろ」


 父親は、母親のネグレクトを放任していた人だ。あの子供たちの面倒をよく見るマキちゃん


と重なるとは考えられない。


「秋山さん、止めて下さい。娘さんの事を悪く言うのは良くありません」


 もうこれ以上、彼女の罵詈雑言を聞き耐える事は出来ない、それが実母なら尚更であった。


「あんたも、児童指導員か、社会福祉士か解らないが、どうせ、あいつも猫かぶってるんだ


 ろ。それとも、書類ばっか見ていて、あいつの本性を知らんのか」


「知らないも何も、彼女の事は、よく知っているつもりです」


 そうだ、四六時中、寝食共にしている仲間である。


「甘ちゃんだね。そんなんでよく社会に出た物だ」


 露骨には出してないが、多分、表情には出たのだろう。


「ちょっと、流石に失礼ですよ」


 自分の異議申し立てを、明美は難なくいなす。


「甘ちゃんは甘ちゃんなのさ、あいつがここで何やってたのか教えてやろうか」


 何って、自分がそれを知りたかった、根本的な部分変えるまで至った事を。意識はしてなか


ったが軽く頷く。


「男連れ込んで、毎日よろしくやってたんだよ。流石に、私も驚いたわ」


 よろしく、それが示す事は。


「信じられませんそんな事」


 祐樹君と毎日ここに居たのか、


「本当の事さ、その為、あたしは気を使って店で泊まってたんだから」


 完璧におかしいのを超えている。それは、マキちゃんではなく、祐樹君も一緒な事に更なる


驚きを自分に与えた。


「結局、あいつも旦那の血を引いていた事さ、好色家のね。だから良いだろう、迷惑料として


 金貰っても」


 とどのつまり、彼女は家庭崩壊まで至ったのは、全て旦那のせいだと思い込んでいる、それ


はある意味悲しい事なのかもしれない。


 それよりも、気になることはあった。


「それに、男と一緒に帰ってきて、第一声なんと言ったと思う。あいつは」


 想像がつかなかった。


「所詮は、私はあんたみたいな醜い女の子、一生幸せになれない、だから不幸に生きると」


 罵倒とも思える言葉に、自分は驚きを隠せなかった。それを尻目に明美は、声を出して


笑っている。


「悟りきった感じでね。まったく、お笑い種だね、本当に。馬鹿にされてもなんも頭に来


 ない」


 彼女は笑いながら語る、それはまるで他人事を話している様であった。その証拠に明美から


怒りを感じる事は無いのだ。

 

「本当に、言ったのでしょうか」


 すぐに疑問を明美に対してぶつける。まったく考えられないのだ。いくら傍若無人の母親で


あっても、醜い女と言う彼女が。


「あぁ、言ったさ。まったく園では、あの様な教育をしてるのかい。そりゃあ、あたしは真希


 を見捨てたさ、しかし、面と向かって実の母親を醜いとはね」


 本当の事だろう、嘘をついているようには感じない。


「いえ、そんな事はないです」


 幼少時代の怒りが爆発した。いいや、そんな事は有り得ない。では、一体何故。


「秋山さん、その男の人って」


 多分、祐樹君のはずだ。


「背の高い、良い男だよ。知性的でね」


 やはり、十中八、九間違えはないだろう。


「そうですか。彼は一体」


「あいつの後ろについてたよ、一言も喋らずにね。だがね、私は解るんだ、あれは気味の悪い


 男だよ」


 私が持った第一印象とはまったく違う。だが、


「所詮旦那と、一緒さ悪い女、いいや男だったに捕まって一生後悔のうちにおわる。醜い豚と 

 どっちがましなのかねぇ」


「そんな、一体、何故解るんですか」


「解るって、何だ、あんたはあの男と知り合いなのかい」


 迂闊だった。


「い、いえ、知りません」


「私はね、商売柄いろんな男と会う機会があってね」


 そして、明美は話を続ける。


「数多見てきた、男の中で、あの男はどの部類に入ると思う」


 そんな事言われても、自分に解るものか


「いいえ」

 

 首を振り否定した。


「こんな事聞くと言う事は想像出来ないのかね。居ないんだよ、あの男は」


 居ない、その言葉は同意は出来た。


「完全無欠、完璧すぎる男。そう全て教科書通りのね、それがどう言う意味を示すかは」  


 それが示す意味、それは、


「演じているって事だよ、完璧な男を」


「完璧な男」


「そうだよ、悪魔みたいな男さ」


 違和感、それが得たいの知れない悪魔みたいな顔を持ち合わせていると明美は言っている。


クリスマス見せた彼は一体。マキちゃんと祐樹君の間に何があったのだろうか。


 一体何故、マキちゃんは変わってしまったのか、その理由は何だろうか。問題は次々と上が


るが相変わらず答えが出なかった。


 ただし、祐樹君が絡んでいる点を除けば。


 

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