第十五話 『変貌』
性描写とかは書いたつもりではありませんが。
微妙な表現がありますので 一応、注意って事で
R15にしておきました。 突然の変更をお許しください。
違和感は、話を聞いていく毎に著しく表われて来る。どちらかと言えば冷静な和馬もその
変貌に狼狽の色を見せていた。
「抱きしめられると、すごく落ち着くの」
恋する乙女は変わると一般的な流布のレベルではない。表面上、誰もが変わろうとしても、
その根本的な部分は変わらないのが普遍的である。
「凄く優しいんですよ」
彼女に何があったのだろうか、
「今、数日後のセンター試験の為に会えなくて。仕方が無いんですけどね。けど、私は良いん
です。これからは、毎日、声が聞けるから。優しい声がね、嬉しい。和馬さん、裕子さん、
本当にありがとうございます」
喜んで礼を言われたが、何時もと違う調子の為に挙動を怪しんでしまう。裕子はその気持ち
をグッと抑えた。
「気にしないで良いよ。実際、そこまで喜んでくれるとは思わなかったけど」
「そうですか、素直に嬉しいと言ったまでですよ」
と言って、クスッと微笑する。
「いつもの真希ちゃんなら、遠慮すると思ってたから。大切に使ってくれよな」
「はい」
いつもの真希ちゃん、それが和馬の本音なんだろう、失言とも想える言葉だが仕方が無い。
「ねぇ。マキちゃん私にも教えて。祐樹君って、」
「先ほど、言いましたよ」
同居している者として、気になり再度訊ねようとするが、言い終わる間もなく釘を刺され
てしまう。
「いや、ほら。女の子同士しか話せない事もあるじゃん、この前みたく。ねぇ、和馬」
急に話を振ったが、戸惑うことなく
「あぁ、そうだな。自分は席外しておくよ」
初めて、男性と付き合うとなると色々と障害があるはず。そこから話を広げてみたかった。
「いいですよ。別に聞かれて恥ずかしいことではないですし」
「でも」
こう、あっけらかんとしていると、自分の恋愛は何だったんだろうと考えてしまう。普通
ではない恋愛だったが、それでも月並みの悩みはあったはずだ。
「それとも、裕子さんが聞きたい事は・・・・」
次の言葉に、場は凍りついた。私ならず、和馬までもが驚きを隠せなかっただろう。
「セックスの事ですか」
「話の途中で悪いけど。自分は、そろそろ寝るよ。明日、起きれなかったら困るし。二人
とも夜更かしするなよ」
流石に和馬は場を察したのか、それだけを言い残し席を立った。
「はい、それではまた明日。おやすみなさい」
マキちゃんは、笑顔で見送ろうとする。
「あっ、和馬」
すぐに口ごもった。出来れば居て欲しい、けど、話題が話題なのだ。
和馬は、自分に目をあわすと。マキちゃんには解らない様に、すぐに出入り口の方へと目線
をずらした。
『今日は、ひとまず引いたほうが良い』
その様なアイコンタクトであろう。しかし、今、この場はのっぴきならない状況なのだ、
放置することは出来ない。
「おやすみ、和馬。湯飲みは私がやっておくね」
提案を拒絶した。
「あぁ、ありがと頼むよ。それでは、おやすみ」
彼もそれを察してか食い下がる事なく、そのまま部屋を去った。急に心細くなる、和馬と
言う精神的な支えが無く、変貌を遂げ何時もと勝手の違うマキちゃんを探らなくてはならない
のだ。孤軍奮闘その言葉が頭の中を過ぎる。
「セックスって、ちょっと、真希ちゃん」
ここまでざっくばらんにその言葉を出されると、殆どの人が狼狽してしまう。大体の女の子
はオブラートに包んだ表現をするのが一般的なんだろう。
「もちろん、しましたよ」
「しましたよって、そんなバカ正直に答えられてもこっちは困るんだけど」
大胆さに戸惑って居ることを伝えるが、たぶん通じては無いと想えた。
マキちゃん位なら、経験はもうあってもおかしくないのだが。正直、葛藤に悩まされての
プロセスを踏んでないのが妙に引っかかった。
テレビでよく、若者の性の概念が軽視されているとしそれが社会問題まで発展しているが、
彼女にも該当するとはどうも考えにくい。
「信じてません。証拠だってあるんです」
と、言い。長い髪を後ろに掻き分け、首元に手を当てる。
「見てくださいよ、ほら」
首に掛かっているハート型のネックレスも気になったが。それよりも指先の示したアザ、
「これ、キスマーク」
真希は嬉しそうに返答した。
「えぇ、そうです。髪で隠さないと目立ってしまって」
私にも経験があるが、これは、他人に見せるものでは無いと思う。ひそかに鏡で確認しなが
ら幸せを噛み締めるものなのだ。
「そっか。ねぇ、マキちゃんは幸せなの」
しかし、注意しても仕方が無い、野暮になってしまう恐れがある。そんな事よりも、優先
する事は沢山あった。
「もちろんですよ、当たり前じゃないですか。私は、今一番幸せなんです」
即座に答えたのが気になりつつも、次の質問をしてみる。
「ねぇ、マキちゃん、その幸せの意味教えてくれない。どうも、私と勝手が違って」
別に、他人からどう思われても、これが一番大切な事であった。
「それは、すべてが満たされていることですよ。想う物すべてが」
「すべてって」
「そう、全てですよ。裕子さん、こう考えた事はありませんか。目の前にある物、全てが虚実
に近いと」
「マキちゃん。突然何を」
まだ、話の途中であるが、もうここいらで断定して良いのだろう。根本的の部分から彼女は
変わってしまっていた。そう、まるで別人がマキちゃんの皮を被っている様であるのだ。
「別に突然じゃありませんよ。前々から不思議と思っていた事なんですから」
一瞬、水を差されたのをまったく気にせず、彼女は続きを話し始めた。
「価値観は、自分ではない他人が決めているんだなと思いません。裕子さん」
「それは」
確かに、彼女の言い分は納得できる。
「今、そこにある湯飲みも誰かが一千万円だと言って、みんながそれを信じれば、その価値
は一千万円になる」
「一概には、言えるのかどうか」
「大体は、そうですよ。ほら、誰かがこれ良いよって少し話題になっただけで。売り上げが
かなり伸びる。面白いものですね、それが本人にとって必要なのかは解らないのに」
無駄な物。その話題の為、人は何度となく掴まされてきたのだろう。
「そう無駄な物なんですよ」
心を読まれたかと思い、一瞬肝を冷やした。
「私が望んでいた物も、虚実に過ぎなかった」
「それは、一体」
望んでいた物とは、一体なんだろうか。彼女は、考え込んでいる自分をあざけ笑う様に
「人との、繋がり」
と、答えを言った。
「所詮、他人は他人なんですよね」
「何を、言ってるの。マキちゃん」
「価値観の違うもの同士は、所詮交じり合うことはありません。話し合って、打ち解ければ
きっと解る。いいえ、そうすれば自分自身が傷つくだけです」
一瞬、マキちゃんの素顔を見た気がした。それは、今まで見たことがない様な、悲愴な顔
である。彼女はマキちゃんであった。自分と和馬、マキちゃんの三人で談笑を楽しみ色んな
表情を振りまいてくれたマキちゃん。彼女に何があったのだろうか、一体、何故、本来の部分
を押し殺してまでも、根本的な部分から変わってしまったのか。そして、
(この、胸騒ぎは一体何なの)
嫌な、予感がする。
「結局、家族も他人だったのですよね」
『家族も他人』冷淡にも取れる言葉に胸が痛む。
「ねぇ、マキちゃん。実家に帰って何かあったの」
結果、そうしか考えられない。先ほどの言葉はそれを指し示している。
「何もなかったって事ですよ、きっと。私は気がついただけですから」
目はこっちを向いてない、自分の内面に話しかけている。
「そんな事を気がつけばどうでも良い様に感じました、なんでも。それに、全てを失っても
私には、祐樹さんが居ますから」
私に微笑みかけてくる。しかし、それは人の笑顔とは言いがたいものであった。まるで、
無機質な物、石膏像が微笑んでいるそんな錯覚を覚える。
「では、私も寝ますね。明日も学校がありますので」
時計を見ると、針は十二時を過ぎている。
「待って、マキちゃん」
呼び止めたが、何を言えば良いのかが解らない。押し黙っていると、彼女は言った。
「裕子さんも、明日は早いのですから夜更かししないでくださいね。では、おやすみなさい」
呼びかけに応じず、それだけ言い残すと、立ち去って行った。
自分は、なんと声をかけようとしたのだろうか。性格まで変えてしまうような重い悩みを
打ち明けて欲しかったのだろうか。それとも、何か別に言う事があったのだろうか。それは、
正直解らなかった。ただ、今、何かをしなければ彼女は手の届かない範囲へと行ってしまう
それだけは如何しても避けなければならない。
和馬が置いていった湯飲みを見た。今回は、彼に助けを求めるべきなのか、それとも一人で
解決するべきなのか、自分がその葛藤の中に居る事自体、自己嫌悪に陥ってしまう。そんな
弱気の自分がとても嫌であった。
次の日、和馬が園に戻ってきて一番に話しかけた。子供達や真希ちゃんは部屋に籠もって
おり、宿題や勉強をこなしている。しばらくは誰も食堂に来ないであろう。
「やっぱ、マキちゃん。おかしいよ」
迷った末、和馬に言う事にした。彼は何か良い解決方法を持っている気がしたからだ。だが
出た答えは、
「おかしくても、今は何も出来ないし。しばらく、様子見たほうがいいだろう」
「なんでさぁ。和馬、マキちゃんが心配じゃないの」
日和見で解決出来るのか、そんな悠長な事で良いのか、自分が出した答えはノーだ。
「心配は心配だよ、けどさ。初めての恋愛は、誰だって不安定になるものじゃない」
「一般的じゃ無いんだよ。おかしいんだよ」
男性と女性は勝手が違う。男性の場合は得るものがあるが、女性の場合は失うものもある。
概念がまったく違うのだ、捧げると言っても良いのだろう。
「だからと言って真希ちゃんは助けを求めていないだろう、逆に現状に満足しているしている
感じがするけどな」
表面上はそうだ、だが、『そうすれば自分自身が傷つくだけです』、昨日話していて初めて
触れた内面が気になってしまう。マキちゃんは、きっと自分らに助けを求めているのではない
のか。
「違うよ、和馬。マキちゃんは、マキちゃんは。何時もそうだったじゃん」
そう、彼女は。
「自分らと居る時も、けっして我侭言わずに、我慢ばかりして」
決して、自我を出すことは無い子。いつも、人の決定を黙って聞き受けそれを実行する。
今回もきっと、内面は助けて欲しいのかも知れない。けど、
「自分もそれは解ってる、しかし、余計なお節介にならないのかい、自分らが顔を突っ込んで
しまえば、それは本意でなくても、反感さえ買ってしまう」
解り切っているそんな事くらい、彼女なりの考えがあれば、それを見守ってやるのが上策と
言えるのだろう。
「けど。」
そのままだと、どこか遠くに行ってしまいそうと勘が訴えているのだ。しかし、それをどう
和馬に表現すれば良いのかは難しい。
自分が押し黙っている傍で、和馬は息を吐くように
「良い案考えておくよ、ただ、今動けば逆効果になるって事は知っていて欲しい」
「和馬」
そして、表情を崩して言った。
「一応、言っておくけど。姉貴と同じように、自分も真希ちゃんの事を心配してるからな」
和馬も同じ気持ちである。それだけ、確認出来ただけでも良かったのかもしれない。
今動けば、逆効果それは解りきっていた事だ。しかし、このまま手をこまねいて彼女が傷つ
いて行くのを待っていたくは無い。ならば、自分に考えがある。
「なぁ。姉貴、一つだけ」
「なに、和馬」
何事かと思い、聞き返してみる。
「あまり、深くは立ち入るなよ」
和馬のその言葉は軽はずみな言葉ではなく、意味深な言葉に聞こえてしまった。すかさず
何故と聞き返してみるが。
「何となく。じゃあ、お風呂入ってくるわ、今日は動いたから汗だくで」
それだけ言い残し、席を立ち去っていく。
『何となく』その言葉に裏があることくらい誰にだって解る。きっと、和馬もマキちゃんの
変貌に戸惑いどうにかしたいという気持ちはあるのだろう。だか、そこにはどうしても温度差
を感じてしまう。変動を待つのと、変動を起こすの、今回はどちらが正しいのかはそんな事は
解らない。ただ、やる事は解っている。
自分の信じる道を進むだけなのだ、後悔しない為にも。