転生者したのに、なんたることだ
里見凛々は転生者である。
羊水にいたころから前世の人格が存在していたタイプの転生者である。
見た目は胎児、中身は大人!嫌だ、そんな胎児!
父よ、母よ、申し訳ない。
いつか消えるだろうと思っていたこの記憶、生まれても成長してもまったく消えなかった。
見た目は赤ちゃん、中身はおばちゃん!嫌だ、そんな赤ちゃん!
本当にごめんなさい、お父さんお母さん。
しかし、せっかく与えられたセカンドライフである。前世の反省を活かしてしかるべきだろう。
ちなみに、私の前世は派遣社員のアラサー独身干物女であった。極めつけに年齢=彼氏いない歴とか残念すぎる。
私には夢がある。
かわいい花嫁になることだ。
前世から漠然と思い描き、果たせなかった夢である。
今世では本気度がちがう。幼稚園の七夕かざりに切羽つまった婚活中女子の気持ちで「およめさんになりたい」と書くくらいには必死だ。
嫌だ、そんな幼児!許してください、ほほえましいと頭をなでてくれたユミ先生。
幸い前世と同じく日本、しかも若干裕福な家に生を受けた私は幼稚園の頃から花嫁修業に邁進するのであった。
ピアノ、習字、華道、茶道、日本舞踊などなどなど。家事は母に教えを乞うた。嫁姑問題に関しては、従姉妹のお姉様方の話に聞き耳をたてた。目指せ、円満な結婚生活!
もちろん、相手がいないと結婚できないことも忘れてはいない。
私の第一希望は恋愛結婚である。
恋愛!
なんて素敵な響きでしょう。
前世では、うっかりし過ぎた私。初恋もした覚えがないのは秘密です。
思えば少女マンガのような恋愛を高校生になったらできると信じていたのが間違いだった。恥ずかしい、恥をしれ!
しかし、今世では、片思い、告白、お付き合いと順調に恋のステップを踏んできた。
それが
「どうしてこうなった…」
目の前の惨状に私は茫然と立ち尽くす。
「す、すみません!主任っ!」
傍らでは資料の手配を賄えなかった部下が、半泣きで謝罪を繰り返している。ミスのフォローのために、ほかの子達は各自関係各所に電話をかけたり、手持ちの資料をひっくり返したりしている。
忘我してはいけない。我が班はいま、年に数回かの修羅場の中にいる。
「いや、いまのは失言。坂口君はとりあえず、ほかに漏れがないか確認しといて」
涙ながらにうなずく部下を送り出すと、溜め息一つ、課長のもとへ現状報告に向かう。
今世のどこで過ちをおかしたか、わかりきっているけど思い返してしまう。
新卒でこの会社に入社してから一ヶ月経って、仮配属された先は魔窟だった。派遣社員が失踪し、次の人が来るまでのつなぎとして投入されたと知ったのは随分あとになってからだ。
もう何日も家に帰っていないだろう人達の中で、私は揉むに揉まれた。
この時ほど、前世の記憶に感謝したことはなかった。ありがとう、ビジネス文書、電話スキル、ストレス耐性!
そして、怒涛の一ヶ月を過ごした。
新しい派遣社員が見つかり、異動になると聞いたときの私はすでに半死半生であった。
うまくすれば来週から他部署だと聞いた私は歓喜した。これで健ちゃん(当時の恋人)に会いに行ける!
しかし、そんな私に、魔窟の王は囁いた。
「里見君、このまま私の部下にならないか」
頭の中が一瞬、真っ白になった。
これは、うなずいてはいけない誘いだ。例え、世界を半分もらえたとしてもうなずいちゃダメなやつだ。
私には、夢がある。
それは、かわいい花嫁になることだ。
そのために二十年も費やした。
でも、私には前世の記憶もある。
派遣社員だった頃の記憶がある。
だから、わかってしまう。今後、こういう上司とは巡り会えない。
現実に、できた上司は滅多にいない。
これを逃せば、あんなに充実した仕事は二度とできない。
そう考えたら、抗えなかった。
あれから十年…。
健ちゃんとは程なくお別れし、その後は
「恋って何それ、おいしいの?」
状態で過ごしている。
さよなら、かわいい花嫁。おかえり、さびしい独身アラサーOL。
里見凛々の来世にご期待ください。
「課長、只今よろしいですか?」
さあ、楽しいお仕事だ。