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すずめ饅頭

作者: みくまゆう

「ねぇ、すずめ饅頭って知ってる?」

「すずめ饅頭?」

 知らない、そう答えた後で、マキは何よ突然と加奈子に返した。

 放課後の帰り道。

 加奈子はカバンをくるくると振り回しながらふっくらと微笑う。

「山口の銘菓なの。結構有名なんだけど」

「知らない」

 肩をすくめてマキは問う。

「それがどうしたの?」

「何ですずめ饅頭っていうと思う?」

 マキの一歩先を、器用に後ろ向きに歩きながら加奈子は笑っている。

 マキは小首を傾げながら、雀の焼印がしてあるからとか? と答えた。

「あぁ、惜しい! すずめの形をしてるのよ」

 形? さらに首を捻るマキをよそ目に、加奈子は嬉しそうに隣に並んだ。

「これから買いに行かないっ?」

「これから?」

 山口は遠いわよ、というと加奈子はくすくすと笑いながら、近くに店ができていたのだ、と言った。

「お母さんの好物なの。明後日は母の日でしょう? 丁度いいかな、と思ってさ」

 ああ、加奈子のお母さんは山口県の出身だった。

「最初見つけたときは驚いたんだけどね。でもお店の名前も同じだし、ちゃんとした支店だと思うの」

 他の商品も同じだしね、と加奈子は笑う。

「ついでに一個食べてみない?美味しいよ」

「ん~、いいよぉ。私、和菓子ってあんまり好きじゃないし」

「そんなこと言わないでさぁ。美味しいってホントに」

「だってお饅頭だから餡子入ってるでしょ? 甘いし~」

「じゃあ半分子しようよっ、ね」


「ここ?」

 加奈子が足を止めた場所でマキは見上げる。

 小さな舗だ。入り口の前には小豆色の暖簾。

 看板には『坂田屋』と書かれていた。確かに聞いたことがある店名だ。

 だがこんなところにこんな舗があっただろうかとちょっと首を傾げてしまう。

 ぱっと見は小奇麗そうだが、建物は古い。

「私も最近気づいたのよね」

 そういいながら加奈子は真ん中が擦り硝子になっている引き戸をひいた。

 暖簾をくぐって後に続くと店内はなんとなく薄暗く、古い建物独特の匂いの中に菓子の甘い香りが漂っていた。

 何となくほっと落ち着く、そんな感じ。

「いらっしゃいませ」

 奥からふっくらとした中年の女性が出てきた。

 加奈子について商ケースの前に並ぶ。

 一つずつ個装されている「すずめ饅頭」は五個入り、十個入り、十五個入り…といくつもの個数に別れて箱が並んでいた。目玉商品であるらしいことは一目瞭然だ。

 五個入り九百円。一個売り百六十八円。

「……結構高いのね」

「まぁねぇ」

 加奈子は商ケースの中身に目をやりながらのんびりと答える。

「こすずめ饅頭っていうのもあるじゃない。こっちにしたら? 安いし」

 一回り小さい饅頭のつまった箱を指したマキに、ダメよ~と加奈子は首をふる。

「お母さんは大きいのが好きなんだもん。小さいのは食べた気がしないって言ってたし」

 小さいほうが食べやすそうなのに、と思う。

 ケースの中にはレプリカが飾ってあった。皮は少し濃い目の茶で、中央に顔、羽を広げて飛んでいる雀の形をした饅頭。

 どうしてわざわざ雀の形などにしたのかがとても気になった。丸い饅頭に焼印を押したほうが余程作りやすそうだ。

 加奈子は商ケースの上に置かれていた袋詰めの五個入りの値段が六十円ほど安いことを尋ねていた。

「箱の方は箱代が入っているのですよ」

 とおばさんはふっくらと笑う。

「じゃあ袋の方で!」

 加奈子は迷うことなくそちらを手に取った。

 箱よりこっちの方が可愛いもんね、と笑う。白を基調にところどころ色の入った和紙のような袋で、口を紫の紐で縛ってある。固そうな箱よりは母の日にふさわしい。

「それと、これを一つ」

 加奈子はばら売りの一つを手に取った。

「公園に行って食べようね」

 小さいのにしない、と尋ねるマキに、ダメ~と加奈子は笑う。

 加奈子から受け取った饅頭を小さな紙袋に収めながら、おばさんはマキに向かって笑いかけた。

「お嬢さんはすずめ饅頭は初めて?」

 はい、と答えたマキに、じゃあこすずめをおまけしてあげるわね、と彼女はばら売りのこすずめを一つ、袋に追加してくれた。お得意さんになってくれると嬉しいわ、と笑いながら。

 ありがとうございます、と笑ったマキに、彼女は袋を差し出しながら再びふっくらと笑った。

「こすずめは元気がいいから、気をつけてね」

「え?」

 初めての人は逃がしてしまいやすいから。


「ねぇ、さっきの、どういう意味だと思う?」

 公園のベンチに腰掛けてから、マキは加奈子に問うた。

 夕方だがまだまだ日は高い。公園内には子供たちの笑い声が響き、空は高く青く澄み渡っている。

「えぇ?」

 さぁねぇ、と心ここにあらずな返答をしながら、加奈子はごそごそと袋の中に手を突っ込んだ。

「おまけしてくれてラッキーだったねぇ」

 あ、マキはお饅頭あんまり好きじゃなかったんだっけ。

 くすくすと笑いながら彼女の手のひらにあるものより一回り小さい、こすずめ饅頭を手渡してくれた。

「でも私は大きいの一人で食べれてラッキーねっ」

 一番得をしたのは加奈子ね、というと嬉しそうにうんと頷いた。

「あ、気をつけて開いた方がいいわよ」

 包みを開こうとしたマキの手のひらを加奈子は指差した。

「だからどういう意味?」

 首をかしげるマキに、いいから、いいからと彼女は笑う。

 頬をなでる風が暖かい。

 肩をすくめながら、手のひらの個包装を解いた。

 その時。

「え?」

 開いた包装の中には、小さな雀が一羽。マキの手のひらの上にちょこんと乗っていた。

 驚いて目を瞬かせた瞬間、小雀は小さな眼で一瞬マキの瞳を捉え、そしてさっと向きを変えるとちょこんと地面へと飛び降りた。そして数歩。助走をつけて飛び上がり、翼をはためかせ、そのまま青空へと消えていった。

 ぽかん、と口を開けていたマキは数秒して我に返り、今の何、と加奈子を振り返った。

 加奈子はやんわりと笑っている。

「だから気をつけてって言ったのに。やっぱり逃がしちゃったね」

 私みたいにそっと開けないといけなかったのよ。

 加奈子の手のひらにはそっと封を開けられた包みの中に、羽ばたく雀を模した茶色い饅頭が乗っている。

「マキはほら、逃げられちゃったから」

 指さされた手のひらの上の包みへ視線を向けると、そこにはちょこん、と、雀の形ではないただの丸い形の饅頭が乗っていた。

「大丈夫よ。味は変わらないから」

 いただきます、と手をあわせてから、加奈子はすずめ饅頭を頬張る。

 美味しい、と嬉しそうに笑った。

 マキはただの丸い饅頭を口に運ぶ。

 皮は思ったよりしっとりとしていて、餡も舌触りがよく上品な甘さという表現がぴったりだった。

「今度は気をつけて開けるわ」

 ぽつりと零したマキに、加奈子はそうね、とくすくすと笑った。 

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