「セガが本当に“みんなで遊ぶ”で弱かったのか」
# 10人で遊べたのに、なぜセガは「みんなで遊ぶ」が弱く見えたのか
私がセガについて時々考えることがある。
任天堂やソニーのゲームハードに比べて、セガハードでは、みんなで集まってワイワイ遊ぶということを、あまりした覚えがないのだ。
セガは、本当に「みんなで遊ぶ」のが弱かったのだろうか。
考えてみると、答えはむしろ逆なのかもしれない。
セガは、アーケードでは人を集めることに強かった。
レースゲームの筐体が並び、隣の人と勝負する。
格闘ゲームでは、知らない人同士でも腕を競う。
UFOキャッチャーの前には人が集まり、プリクラでは友達同士が楽しむ。
セガには、「人が集まる場所」を作る力があった。
ところが、それが家庭用ゲーム機になると、少し事情が変わる。
セガサターンには、最大10人で遊べる『サターンボンバーマン』があった。
十人で一つの画面を囲む。
誰かが爆弾を置く。
別の誰かが逃げる。
「お前、そこに置くなよ!」
「うわ、やられた!」
そんな声が飛び交う。
これ以上ないくらい、「みんなで遊ぶゲーム」だ。
それなのに、
「友達が集まったら、とりあえずセガで遊ぼう」
という印象は、任天堂ほど強く残っていない。
では、なぜなのだろう。
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任天堂を思い浮かべると、その違いが見えてくる。
『マリオカート』。
『マリオパーティ』。
『大乱闘スマッシュブラザーズ』。
こうしたゲームでは、勝つことだけが面白さではない。
「今の何だよ!」
「お前だけずるい!」
「うわ、最悪!」
そんなやり取りまで含めて楽しい。
ゲームを遊ぶことと、友達と騒ぐことが一つになっている。
もちろん、セガにもみんなで遊べるゲームはあった。
だから問題は、マルチプレイの有無ではない。
**「みんなで遊ぶこと」そのものを、家庭用ゲーム機の魅力として定着させること。**
そこでは、任天堂のほうが強かったのではないかと思う。
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そもそも、1990年代の子供が全員、自分のゲーム機を持っていたわけではない。
ゲーム機も高い。
ソフトも高い。
だから、友達の家に遊びに行く。
すると、その家にはゲーム機がある。
その家が、ちょっとしたゲームセンターになる。
ゲーム機を持っている人と、ゲームを遊んでいる人は、必ずしも同じではなかった。
一台のゲーム機が、一つの小さなコミュニティを作っていたのだ。
持ち主の家に何人も集まる。
順番を待つ。
横で見る。
負けたら交代する。
ゲーム機は、単なる機械ではなかった。
友達が集まる場所だった。
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UNOも似ている。
「ドロー4!」
「え、今使うの!?」
ルール以上に、その場で騒ぐことが楽しい。
『桃太郎電鉄』でも、誰かにキングボンビーがつけば、それだけで場が盛り上がる。
勝敗だけではない。
**誰と遊ぶか。**
そこが大きい。
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一方で、セガを代表するゲームには、少し違う空気があった。
『バーチャファイター』。
『デイトナUSA』。
そこには、
「俺に勝てるか?」
という感覚がある。
もちろん、セガのアーケード文化が競争だけだったわけではない。
ただ、セガを象徴するゲームとして強く記憶に残っているのは、最新のゲームに驚き、腕を磨き、もう一度挑戦するようなゲームだったように思う。
その空気が、家庭用にも残ったのではないだろうか。
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そして、これはメーカーだけの問題でもない。
遊ぶ側にも好みがある。
少なくとも私は、そうだった。
セガのゲームを遊ぶとき、誰かと一緒に騒ぎたいわけではなかった。
一人でテレビの前に座る。
コントローラーを握る。
「もう一回だけ」
そう思って、もう一度始める。
気がつけば、窓の外が暗くなっている。
それでも、
「あと一回だけ」
と続けてしまう。
私は、そういう遊び方が好きだった。
だから、セガを「みんなで遊ぶのが弱かったメーカー」と言われると、少し違和感がある。
少なくとも私にとってのセガは、
**一人で夢中になれるゲーム機だった。**
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任天堂との違いを考えるなら、ポケットモンスターも分かりやすい。
通信ケーブルでポケモンを交換したり、対戦したりする。
大事なのは、通信できたことだけではない。
**通信が、「友達に会う理由」になったことだ。**
「そのポケモン持ってる?」
「交換しよう」
「じゃあ今度、持ってきて」
ゲームの機能が、現実の人間関係につながっていく。
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もちろん、セガも人をつなげようとしていた。
ドリームキャストでは通信機能を大きな特徴とし、『ファンタシースターオンライン』では、世界中のプレイヤーと一緒に遊ぶことができた。
セガは、人をつなぐことが苦手だったわけではない。
ただ、その方向が少し違ったのだと思う。
任天堂には、「友達に会って、一緒に遊ぶ」という記憶が強く残った。
セガには、「すごいゲームを遊ぶ」「腕を競う」「遠くの人とつながる」という記憶が強く残った。
どちらにも、人をつなぐ仕組みはあった。
違ったのは、どんな「つながり方」が、そのハードの象徴として残ったかだったのではないだろうか。
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だから、セガの弱点を、
「みんなで遊ぶゲームを作れなかったこと」
とするのは違うと思う。
サターンには10人で遊べるゲームがあった。
アーケードでは、人を集めることに強かった。
ドリームキャストでは、オンラインで人と人をつなごうとした。
それでも任天堂ほど、「友達の家に集まって遊ぶゲーム機」という印象は強く残らなかった。
私は、その理由を、
**「みんなで遊ぶ」という価値を、家庭用セガハードの代表的な魅力として定着させることができなかったから**
ではないかと思う。
そして、その違いはゲームの種類だけでは決まらなかった。
どんなゲームが作られたのか。
どんな人がそのハードに惹かれたのか。
その人たちが、どんな遊び方を好んだのか。
そうしたものが重なって、「このハードはこういうゲーム機だ」というイメージができていったのだと思う。
だから、私にとってセガは、「みんなで騒ぐためのゲーム機」ではなかった。
一人でテレビの前に座る。
コントローラーを握る。
「もう一回だけ」と始める。
気がつけば、外が暗くなっている。
そんな時間が好きだった。
セガには、「みんなで遊ぶ」がなかったわけではない。
ただ、私にとってのセガは、
**一人で夢中になることを、何度でも繰り返したくなるゲーム機だった。**




