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心が疲れた時に読むメスガキ作品集(わからせ無し)

婚約破棄されたので、王子様をざぁこ♡扱いしていたら冴えないおじさんに拾われました

作者: モコナッツ
掲載日:2026/05/27

「メイ・フローレンス。私はこの場をもって、君との婚約を破棄する!」


 王城の大広間に、第二王子レオンハルトの声が響いた。


 楽団の演奏が止まる。グラスを傾けていた貴族たちが一斉にこちらを向き、私はその中心でぱちぱちと瞬きをした。


「婚約破棄?」


 わざとらしく首を傾げる。


 レオンハルトは勝ち誇った顔をしていた。

 隣には、聖女候補だとかなんとか言われている儚げな男爵令嬢がいる。彼女は潤んだ瞳で私を見て、被害者みたいに胸の前で手を組んでいた。


 ふーん。そういう遊びね。


「いいのー? そんなに簡単に婚約破棄して」

「なに?」

「だって、第一王子殿下は病弱。第三王子殿下はまだ十歳。王女殿下は他国へ嫁入り済み。で、第二王子様が婚約者の公爵令嬢を公衆の面前で捨てるんでしょ?」


 私はにっこり笑った。


「王家、スカスカになっちゃうけど?」


 レオンハルトの頬が引きつった。


「そ、それは君が心配することではない」

「そう? でも王子様一人で大丈夫? 夜会の挨拶順、また間違えない? 隣国大使の名前、覚えられる? 南部伯爵家と東部侯爵家を同じ卓に座らせちゃだめって、ちゃーんと分かってる?」

「き、君は……!」

「ねぇ、第二王子様。メイちゃんがいなくなったら誰があなたを『次の王様』って、認めてくれるのかな?」


 大広間が凍った。


 レオンハルトの顔から血の気が引いた。隣の男爵令嬢が小さく震える。たぶん意味は分かっていない。ただ言ってはいけないことを言ったのだと空気で察したのだろう。


「お、お前……!」

「あはっ♡ 怒った。王子様顔真っ赤〜。みんなの前でだめだめなところバラされて、焦ってるんだ? みっともな〜い」

「メイ!」

「なぁに? 泣いて謝れば許してやる、とか言う?」


 レオンハルトが言葉を詰まらせた。

 私は口元に指を当て、わざと驚いた顔をする。


「え〜図星? 強気なこと言って、本当はわたしのこと分からせたいんだぁ」

「ち、違う!」

「違わないよ? そうやって意地悪して、好きな女の子に言うこと聞かせたいんだよねー? 自分の方が上だぞって、みんなの前で見せつけてやりたいんでしょ。そうしないと不安なんだ。かわいそ〜♡」


 私は彼の胸元の勲章を指先でつついた。


「謝るわけないだろ、ざーこ♡ 頭スカスカ、プライドつよつよのハリボテ王子♡ 器ミトコンドリア♡ これでメイの事、好きに出来ると思った? ざんね〜ん」


 その瞬間、レオンハルトの隣にいた男爵令嬢が「ひどいです」と泣き出した。


 うわぁ。可哀想かもと思ったけど、こっちも周り見れないざこ。ある意味お似合いかも。でもメイ、泣くだけの女の子嫌ーい。


「聖女ちゃんもよかったねー。王子様に選んでもらえて。メイのお下がりだけど、大事にしてあげてね?」

「え……」

「王子様は誰かに支えてもらわないと、自分で歩けない赤ちゃんなの。だからぁ、ちゃーんとヨシヨシしてあげてね? 聖女様♡」


 男爵令嬢は真っ青になった。

 レオンハルトは何か言おうとして、何も言えなかった。


「あーでもぉ……そうなるとメイ、一人ぼっちかあ」


 大広間の出口へ向かいながら、わざとらしく肩を落とす。


「さみし〜なぁ。誰かメイのこと拾ってくれる人いないかなあ」


 ちらっ。


 視線を流した先で、黒い礼服の男が一歩前に出た。


 氷のような美貌。冷えた灰色の瞳。北方辺境を治める、若き辺境伯ヴィクトル・ラウゼン。


「それでは、私がいただこう」


 大広間がまたざわついた。


 顔がいい。家柄もいい。領地も強い。たぶん普通の令嬢なら、ここで膝から崩れて感謝する場面だ。


 私は満面の笑みで言った。


「ばーか♡」


 ヴィクトルの眉がわずかに動いた。


「偉そう辺境伯♡ 火事場泥棒♡ 婚約破棄された令嬢を拾ってやる俺かっこいい、って顔してるぅ」

「……君を救うと言っている」

「救う?」


 思わず口の端が吊り上がる。


「誰が誰を救うのかなぁ? メイ知ってるよ。辺境伯の態度が冷たいからって、婚約者に二回も逃げられたこと。一人ぼっちが寂しくて、私の事欲しくて欲しくてたまらないのに、『お願いします』も素直に言えないざぁこ♡」


 ヴィクトルの顔から表情が消える。


「あ、もしかして怒っちゃったの? 年下の女の子に痛いところ突かれて、ムッとしちゃったんだぁ?」

「君は自分の価値を理解していない」

「してるよぉ。だから値段をつけられるの嫌いなの」

「私は君を尊重する」

「上から?」


 黙った。みっともない。


「はい、沈黙いただきましたぁ。尊重って言いながら、拾うとかいただくとか言っちゃう勘違い男、だーれだ♡」


 ヴィクトルの唇がわずかに歪む。


 そのとき、静まり返った大広間の端から、絞り出すような情けない声が聞こえた。


「メ、メイちゃん!」


 全員が一斉にそちらを見る。


そこにいたのは、貧乏貴族の一人息子だった。よれた礼服。少し出たお腹。完璧じゃない髪。顔だって、王子や辺境伯みたいに綺麗じゃない。緊張のせいか額は少し汗ばんでいる。


 何度か顔を合わせて話したことはある。貴族の集まりでいつも周りに溶け込めずに浮いていた彼を、みんな少し馬鹿にしていた。でも、彼は大して気にもせず、誰のせいにもしなかった。


 パーティでもみんなが煌びやかな宝石や権力に惹かれる中で、彼だけは周りから少し離れたところで、花を愛でたり、庭の小鳥に餌をやったりする。そんな人だった。


 そんな素朴な男が、なぜか今、私の名を大声で叫んでいる。


「ぼ、僕が……僕が、メイちゃんを幸せにしましゅ!」


 噛んだ。


 大広間のあちこちで堪えきれない笑いが漏れた。王子と辺境伯を歯牙にも掛けない令嬢に求婚する、身の程知らずの冴えない男。そんな空気が漂う。


 でも、私はぱっと顔を輝かせた。


「あっ、おじさん来た♡」


 男の顔がさらに赤くなる。


「かんじゃってみっともない♡」

「う、うん……ごめん……」

「謝るの早ぁい♡ でもいいよ。勇気出せて、えらいえらい。……そうだ、じゃあ二人のうちどっちか、ちゃーんとお願いできた方を考えてあげる」


 私はヴィクトルとおじさんを交互に見た。


「ねぇ、メイのこと欲しいんでしょ〜。それじゃあみっともなく無様にお願いしろ♡ 『メイ様に忠誠誓わせてください』ってヘコヘコして、情けなく懇願しちゃえ♡」


 貴族たちが息を呑む。


 ヴィクトルは動かない。彼の瞳は冷たいままだった。けれどその奥で何かが揺れている。屈辱。困惑。理解不能。


「……本気で言っているのか。その男と私、どちらが君に釣り合うかは明白ではないのかね」

「本気だよ? 私、自信だけで格好つけたがる男は嫌いなの。欲しいのに素直に欲しいって言えない人、メイつまんなぁい」

「君は私を選ぶべきだ」

「……はぁ」


 私は首を傾げた。


「まだ上からなんだ。ばーか。身の程知らず♡」


 ヴィクトルの喉が動く。


「くっ……」

「くっ、だって。いただきましたぁ、冷血イケメン辺境伯のくっ。顔がいい男って悔しがり方までテンプレなんだぁ。ざーこ♡ スパダリ未満♡ 勘違いイケメン♡」


 おじさんは泣きそうな顔で私を見ていた。


 私は指で床を示す。


「……おじさんは? おじさんもメイの事、救ってやる、って思ってるの?」


 彼は一秒も迷わななかった。


「お願いしますメイ様ぁぁぁ!」


 その場で膝をついた。


「僕にあなたを幸せにする許可をください! 情けなくても、あなたが笑ってくれるなら何でもします! 毎日紅茶を淹れます! 嫌なことがあったら聞きます! 寂しい時はいつも、そばにいます!」


 おじさんの震えた絶叫に、大広間が大きくどよめいた。


 笑われていることも分かっている。貴族たちが軽蔑していることも分かっている。それでも、彼は床に膝をついたまま顔を上げていた。


 みっともない。情けない。


 でも、メイの事をトロフィーじゃなくて、一人の女の子として大事にしようとしてる。そんな目だった。


「……おじさん、そんなにみっともなくお願いして、恥ずかしく無いの?」


 私はゆっくり近づき、彼の前にしゃがんだ。


「ほら……立ちなよ。みんな笑ってるよ」

「周りなんか関係ない。僕はメイちゃんが好きだから」

「メイけっこう面倒くさいから、素直になれなくてすぐ煽るよ。優しくされても、たぶん馬鹿にするよ」

「知ってます」

「……本当に寂しい時は、一晩中側にいてもらうんだから。どこにいても飛んできて、メイが腰掛ける、椅子になってもらうんだから」

「それは……まだ知らなかったです」

「じゃあ今約束して」

「誓います。永遠に」


「……ばぁか♡」


 おじさんのくせに、そんなにメイの事大事なんだ。


 情けなくて、みっともなくて、周りにクスクス笑われても土下座しちゃうくらい。


 本当、バカ。生意気。……ずるい。


「はい、結論でたぁ♡」


 私は立ち上がってヴィクトルを見た。青くなってるのに、この期に及んでプライドを捨てきれない男の顔してる。なっさけない。


「辺境伯、おじさんに負けて、今どんな気持ち? ざぁこ♡ 顔だけ男♡」


 ヴィクトルは初めて、少しだけ傷ついた顔をした。顔はいい。でもそれだけ。


 私はおじさんの手を取った。汗ばんでいて、震えていて、指先が冷たい。でもあったかい。


 だっさ。


 ほんと、だっさ。


 でも、ちゃんと握り返してくれるんだね。


「メ、メイちゃん……本当にいいの?」

「なにが?」

「僕で」


 私はわざと目を伏せた。


「メイ、王子様にフラれて傷付いちゃった♡」


 静まり返った大広間で、私はおじさんの手を引いて自分の頬にそっと当てた。


「ねえ、おじさんは何してくれるのぉ?」


 おじさんの喉が鳴った。

 顔は真っ赤。目は泳いでいる。けれど、逃げない。


「……そばにいる」

「それだけ?」

「大切にする」

「ふーん」

「メイちゃんが辛くなった時は、一緒に泣く」

「泣かないけど?」

「うん」

「うん、じゃないよ。ざぁこ♡」

「何があってもこれから先、一生、僕がメイちゃんを守る」


 私は少しだけ黙った。


 おじさんの手は震えている。私の頬に触れたまま、壊れ物でも扱うみたいに力を入れない。でも自分から振り解こうとはしなかった。


「……合格」


 小さく呟くと、おじさんが泣きそうな顔になった。


「泣くの早ぁい♡」

「ご、ごめん」

「すぐ謝っちゃう。ざぁこ♡」

「あっ」

「でも今日は許してあげるね。メイ様、実は今、ちょっとだけ傷付いてるから」


 そういっておじさんの腕に肩を預けた。

 ふふっ、太い。もちもちしてる。


 その時。


「待て! 待ってくれ、メイ」


 背後からレオンハルトの声が飛んだ。


 振り返ると、王子様は青ざめた顔でこちらを見ていた。男爵令嬢は彼の腕に縋っている。けれどレオンハルトは、その手をほとんど意識していなかった。


「何? まだいたの?」

「……本気で、その男を選ぶのか」

「何、まだおじさんより上だと思ってるの? 煽る価値もない可哀想な王子様、どうぞお幸せになって下さいませ」

「違う。私は……私は、君を失うつもりなどなかった」


 心の中で乾いた笑いがこぼれる。


「婚約破棄しておいて?」

「違うんだ。君なら分かってくれると思った。少し懲らしめれば、君は……」

「戻ってくると思った?」


 その沈黙が答えだった。


「だってメイがいないと、なーんにも出来ないもんね。王子が貴族の名前を間違えた時、いつもフォローを入れてあげてたのは誰だっけ?」


 辺りを見回すと、見覚えのある顔がチラチラと目を背ける。


「派閥が揉めた時、裏で手を回して暴動が起こらないようにしてあげたのは誰だっけ? あなたが自信満々で出した無茶な政策が失敗した時、謝らなくても済むように泥をかぶってあげたのは誰だったかなぁ?」


 そう言って、おじさんの腕に頬を寄せるとレオンハルトの目が情けなく揺れた。


「ほら。王子様、誰だったか言ってみて。便利で、怖くて、手放せないくらい大好きな女の子の、な・ま・え」

「メイ……」

「泣いて謝ったら?」


 レオンハルトの膝が震えている。


「王子がみんなの前で『メイ様ごめんなさい、捨てないで〜、僕が悪かったです〜』って、ちゃーんと情けなくお願い出来たら、もしかしたら戻ってあげるかもよ?」

「私は王族だ……そんなこと、できるはずが」

「あっそ。別にいいよ。じゃあね」


 即答して王子を見た。

 悔しさや羞恥心や未練、それが全部ぐちゃぐちゃに混ざって、彼の綺麗な顔がひどく歪んでいる。


「……すまなかった。君を試すような真似をした……君がいなければ、私は……」

「なにー? 声ちっさ〜、聞こえなーい♡」


 私はさらに強く、腕をぎゅっと抱く。


「や〜ん♡ メイ、おじさんのものになっちゃ〜う♡」

「メイ様、ごめんなさい! 捨てないでください! 僕が悪かったです!」


 大広間中に第二王子の声が響いた。

 ようやく、少しだけ胸の支えが取れた。


「よく出来ました。やれば出来るじゃん」


 レオンハルトの顔に、わずかに希望が差す。


「あー、スッキリした。じゃあ行こっか」


 レオンハルトが目を見開くと同時に、おじさんが小さく息を呑んだ。どうやら少しだけ不安だったらしい。


「遅いよ♡ ざーこ♡ そんな事よりおじさん。なにか甘いもの食べたい」

「いいよ。何でも好きなもの食べよう」

「膝枕もしてほしいな?」

「なんなりと!」

「頭なでなでは?」

「いつでもするよ」

「あと、メイが王子様の悪口言っても嫌いにならない?」

「なるわけ無い」


 私は満足げに笑った。


「ごうかぁく♡ イェーイ、王子様見ってるー? メイ、今からおじさんに分からされちゃいまーす♡」


 そして、もう一度だけ王子を見る。


「じゃあね。次はちゃんと女の子大事にしなよ」


 呆然と膝をついて見送る王子の視線を無視して、私達は腕を繋いだまま大広間を出た。

 広間を抜けると、おじさんが遠慮がちに口を開いた。


「メイちゃん。手痛くない?」

「ごめん、強かった? あ……痛いなら痛いって言えばいいじゃん、ざーこ♡」

「痛くないよ」

「……じゃあ黙って握られてて」


 慌てて握る力を緩めると、おじさんは恥ずかしそうに笑った。

 情けなくてみっともなくて、でもちょっと誇らし気な顔で。


 私は前を向いたまま、もう一度その手を握り直した。


「……今日は、離したら減点だから」

「はい、メイ様」

「ふふっ、馬鹿なんだから。おじさんのざぁこ♡ 大好き♡」

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