婚約破棄されたので、王子様をざぁこ♡扱いしていたら冴えないおじさんに拾われました
「メイ・フローレンス。私はこの場をもって、君との婚約を破棄する!」
王城の大広間に、第二王子レオンハルトの声が響いた。
楽団の演奏が止まる。グラスを傾けていた貴族たちが一斉にこちらを向き、私はその中心でぱちぱちと瞬きをした。
「婚約破棄?」
わざとらしく首を傾げる。
レオンハルトは勝ち誇った顔をしていた。
隣には、聖女候補だとかなんとか言われている儚げな男爵令嬢がいる。彼女は潤んだ瞳で私を見て、被害者みたいに胸の前で手を組んでいた。
ふーん。そういう遊びね。
「いいのー? そんなに簡単に婚約破棄して」
「なに?」
「だって、第一王子殿下は病弱。第三王子殿下はまだ十歳。王女殿下は他国へ嫁入り済み。で、第二王子様が婚約者の公爵令嬢を公衆の面前で捨てるんでしょ?」
私はにっこり笑った。
「王家、スカスカになっちゃうけど?」
レオンハルトの頬が引きつった。
「そ、それは君が心配することではない」
「そう? でも王子様一人で大丈夫? 夜会の挨拶順、また間違えない? 隣国大使の名前、覚えられる? 南部伯爵家と東部侯爵家を同じ卓に座らせちゃだめって、ちゃーんと分かってる?」
「き、君は……!」
「ねぇ、第二王子様。メイちゃんがいなくなったら誰があなたを『次の王様』って、認めてくれるのかな?」
大広間が凍った。
レオンハルトの顔から血の気が引いた。隣の男爵令嬢が小さく震える。たぶん意味は分かっていない。ただ言ってはいけないことを言ったのだと空気で察したのだろう。
「お、お前……!」
「あはっ♡ 怒った。王子様顔真っ赤〜。みんなの前でだめだめなところバラされて、焦ってるんだ? みっともな〜い」
「メイ!」
「なぁに? 泣いて謝れば許してやる、とか言う?」
レオンハルトが言葉を詰まらせた。
私は口元に指を当て、わざと驚いた顔をする。
「え〜図星? 強気なこと言って、本当はわたしのこと分からせたいんだぁ」
「ち、違う!」
「違わないよ? そうやって意地悪して、好きな女の子に言うこと聞かせたいんだよねー? 自分の方が上だぞって、みんなの前で見せつけてやりたいんでしょ。そうしないと不安なんだ。かわいそ〜♡」
私は彼の胸元の勲章を指先でつついた。
「謝るわけないだろ、ざーこ♡ 頭スカスカ、プライドつよつよのハリボテ王子♡ 器ミトコンドリア♡ これでメイの事、好きに出来ると思った? ざんね〜ん」
その瞬間、レオンハルトの隣にいた男爵令嬢が「ひどいです」と泣き出した。
うわぁ。可哀想かもと思ったけど、こっちも周り見れないざこ。ある意味お似合いかも。でもメイ、泣くだけの女の子嫌ーい。
「聖女ちゃんもよかったねー。王子様に選んでもらえて。メイのお下がりだけど、大事にしてあげてね?」
「え……」
「王子様は誰かに支えてもらわないと、自分で歩けない赤ちゃんなの。だからぁ、ちゃーんとヨシヨシしてあげてね? 聖女様♡」
男爵令嬢は真っ青になった。
レオンハルトは何か言おうとして、何も言えなかった。
「あーでもぉ……そうなるとメイ、一人ぼっちかあ」
大広間の出口へ向かいながら、わざとらしく肩を落とす。
「さみし〜なぁ。誰かメイのこと拾ってくれる人いないかなあ」
ちらっ。
視線を流した先で、黒い礼服の男が一歩前に出た。
氷のような美貌。冷えた灰色の瞳。北方辺境を治める、若き辺境伯ヴィクトル・ラウゼン。
「それでは、私がいただこう」
大広間がまたざわついた。
顔がいい。家柄もいい。領地も強い。たぶん普通の令嬢なら、ここで膝から崩れて感謝する場面だ。
私は満面の笑みで言った。
「ばーか♡」
ヴィクトルの眉がわずかに動いた。
「偉そう辺境伯♡ 火事場泥棒♡ 婚約破棄された令嬢を拾ってやる俺かっこいい、って顔してるぅ」
「……君を救うと言っている」
「救う?」
思わず口の端が吊り上がる。
「誰が誰を救うのかなぁ? メイ知ってるよ。辺境伯の態度が冷たいからって、婚約者に二回も逃げられたこと。一人ぼっちが寂しくて、私の事欲しくて欲しくてたまらないのに、『お願いします』も素直に言えないざぁこ♡」
ヴィクトルの顔から表情が消える。
「あ、もしかして怒っちゃったの? 年下の女の子に痛いところ突かれて、ムッとしちゃったんだぁ?」
「君は自分の価値を理解していない」
「してるよぉ。だから値段をつけられるの嫌いなの」
「私は君を尊重する」
「上から?」
黙った。みっともない。
「はい、沈黙いただきましたぁ。尊重って言いながら、拾うとかいただくとか言っちゃう勘違い男、だーれだ♡」
ヴィクトルの唇がわずかに歪む。
そのとき、静まり返った大広間の端から、絞り出すような情けない声が聞こえた。
「メ、メイちゃん!」
全員が一斉にそちらを見る。
そこにいたのは、貧乏貴族の一人息子だった。よれた礼服。少し出たお腹。完璧じゃない髪。顔だって、王子や辺境伯みたいに綺麗じゃない。緊張のせいか額は少し汗ばんでいる。
何度か顔を合わせて話したことはある。貴族の集まりでいつも周りに溶け込めずに浮いていた彼を、みんな少し馬鹿にしていた。でも、彼は大して気にもせず、誰のせいにもしなかった。
パーティでもみんなが煌びやかな宝石や権力に惹かれる中で、彼だけは周りから少し離れたところで、花を愛でたり、庭の小鳥に餌をやったりする。そんな人だった。
そんな素朴な男が、なぜか今、私の名を大声で叫んでいる。
「ぼ、僕が……僕が、メイちゃんを幸せにしましゅ!」
噛んだ。
大広間のあちこちで堪えきれない笑いが漏れた。王子と辺境伯を歯牙にも掛けない令嬢に求婚する、身の程知らずの冴えない男。そんな空気が漂う。
でも、私はぱっと顔を輝かせた。
「あっ、おじさん来た♡」
男の顔がさらに赤くなる。
「かんじゃってみっともない♡」
「う、うん……ごめん……」
「謝るの早ぁい♡ でもいいよ。勇気出せて、えらいえらい。……そうだ、じゃあ二人のうちどっちか、ちゃーんとお願いできた方を考えてあげる」
私はヴィクトルとおじさんを交互に見た。
「ねぇ、メイのこと欲しいんでしょ〜。それじゃあみっともなく無様にお願いしろ♡ 『メイ様に忠誠誓わせてください』ってヘコヘコして、情けなく懇願しちゃえ♡」
貴族たちが息を呑む。
ヴィクトルは動かない。彼の瞳は冷たいままだった。けれどその奥で何かが揺れている。屈辱。困惑。理解不能。
「……本気で言っているのか。その男と私、どちらが君に釣り合うかは明白ではないのかね」
「本気だよ? 私、自信だけで格好つけたがる男は嫌いなの。欲しいのに素直に欲しいって言えない人、メイつまんなぁい」
「君は私を選ぶべきだ」
「……はぁ」
私は首を傾げた。
「まだ上からなんだ。ばーか。身の程知らず♡」
ヴィクトルの喉が動く。
「くっ……」
「くっ、だって。いただきましたぁ、冷血イケメン辺境伯のくっ。顔がいい男って悔しがり方までテンプレなんだぁ。ざーこ♡ スパダリ未満♡ 勘違いイケメン♡」
おじさんは泣きそうな顔で私を見ていた。
私は指で床を示す。
「……おじさんは? おじさんもメイの事、救ってやる、って思ってるの?」
彼は一秒も迷わななかった。
「お願いしますメイ様ぁぁぁ!」
その場で膝をついた。
「僕にあなたを幸せにする許可をください! 情けなくても、あなたが笑ってくれるなら何でもします! 毎日紅茶を淹れます! 嫌なことがあったら聞きます! 寂しい時はいつも、そばにいます!」
おじさんの震えた絶叫に、大広間が大きくどよめいた。
笑われていることも分かっている。貴族たちが軽蔑していることも分かっている。それでも、彼は床に膝をついたまま顔を上げていた。
みっともない。情けない。
でも、メイの事をトロフィーじゃなくて、一人の女の子として大事にしようとしてる。そんな目だった。
「……おじさん、そんなにみっともなくお願いして、恥ずかしく無いの?」
私はゆっくり近づき、彼の前にしゃがんだ。
「ほら……立ちなよ。みんな笑ってるよ」
「周りなんか関係ない。僕はメイちゃんが好きだから」
「メイけっこう面倒くさいから、素直になれなくてすぐ煽るよ。優しくされても、たぶん馬鹿にするよ」
「知ってます」
「……本当に寂しい時は、一晩中側にいてもらうんだから。どこにいても飛んできて、メイが腰掛ける、椅子になってもらうんだから」
「それは……まだ知らなかったです」
「じゃあ今約束して」
「誓います。永遠に」
「……ばぁか♡」
おじさんのくせに、そんなにメイの事大事なんだ。
情けなくて、みっともなくて、周りにクスクス笑われても土下座しちゃうくらい。
本当、バカ。生意気。……ずるい。
「はい、結論でたぁ♡」
私は立ち上がってヴィクトルを見た。青くなってるのに、この期に及んでプライドを捨てきれない男の顔してる。なっさけない。
「辺境伯、おじさんに負けて、今どんな気持ち? ざぁこ♡ 顔だけ男♡」
ヴィクトルは初めて、少しだけ傷ついた顔をした。顔はいい。でもそれだけ。
私はおじさんの手を取った。汗ばんでいて、震えていて、指先が冷たい。でもあったかい。
だっさ。
ほんと、だっさ。
でも、ちゃんと握り返してくれるんだね。
「メ、メイちゃん……本当にいいの?」
「なにが?」
「僕で」
私はわざと目を伏せた。
「メイ、王子様にフラれて傷付いちゃった♡」
静まり返った大広間で、私はおじさんの手を引いて自分の頬にそっと当てた。
「ねえ、おじさんは何してくれるのぉ?」
おじさんの喉が鳴った。
顔は真っ赤。目は泳いでいる。けれど、逃げない。
「……そばにいる」
「それだけ?」
「大切にする」
「ふーん」
「メイちゃんが辛くなった時は、一緒に泣く」
「泣かないけど?」
「うん」
「うん、じゃないよ。ざぁこ♡」
「何があってもこれから先、一生、僕がメイちゃんを守る」
私は少しだけ黙った。
おじさんの手は震えている。私の頬に触れたまま、壊れ物でも扱うみたいに力を入れない。でも自分から振り解こうとはしなかった。
「……合格」
小さく呟くと、おじさんが泣きそうな顔になった。
「泣くの早ぁい♡」
「ご、ごめん」
「すぐ謝っちゃう。ざぁこ♡」
「あっ」
「でも今日は許してあげるね。メイ様、実は今、ちょっとだけ傷付いてるから」
そういっておじさんの腕に肩を預けた。
ふふっ、太い。もちもちしてる。
その時。
「待て! 待ってくれ、メイ」
背後からレオンハルトの声が飛んだ。
振り返ると、王子様は青ざめた顔でこちらを見ていた。男爵令嬢は彼の腕に縋っている。けれどレオンハルトは、その手をほとんど意識していなかった。
「何? まだいたの?」
「……本気で、その男を選ぶのか」
「何、まだおじさんより上だと思ってるの? 煽る価値もない可哀想な王子様、どうぞお幸せになって下さいませ」
「違う。私は……私は、君を失うつもりなどなかった」
心の中で乾いた笑いがこぼれる。
「婚約破棄しておいて?」
「違うんだ。君なら分かってくれると思った。少し懲らしめれば、君は……」
「戻ってくると思った?」
その沈黙が答えだった。
「だってメイがいないと、なーんにも出来ないもんね。王子が貴族の名前を間違えた時、いつもフォローを入れてあげてたのは誰だっけ?」
辺りを見回すと、見覚えのある顔がチラチラと目を背ける。
「派閥が揉めた時、裏で手を回して暴動が起こらないようにしてあげたのは誰だっけ? あなたが自信満々で出した無茶な政策が失敗した時、謝らなくても済むように泥をかぶってあげたのは誰だったかなぁ?」
そう言って、おじさんの腕に頬を寄せるとレオンハルトの目が情けなく揺れた。
「ほら。王子様、誰だったか言ってみて。便利で、怖くて、手放せないくらい大好きな女の子の、な・ま・え」
「メイ……」
「泣いて謝ったら?」
レオンハルトの膝が震えている。
「王子がみんなの前で『メイ様ごめんなさい、捨てないで〜、僕が悪かったです〜』って、ちゃーんと情けなくお願い出来たら、もしかしたら戻ってあげるかもよ?」
「私は王族だ……そんなこと、できるはずが」
「あっそ。別にいいよ。じゃあね」
即答して王子を見た。
悔しさや羞恥心や未練、それが全部ぐちゃぐちゃに混ざって、彼の綺麗な顔がひどく歪んでいる。
「……すまなかった。君を試すような真似をした……君がいなければ、私は……」
「なにー? 声ちっさ〜、聞こえなーい♡」
私はさらに強く、腕をぎゅっと抱く。
「や〜ん♡ メイ、おじさんのものになっちゃ〜う♡」
「メイ様、ごめんなさい! 捨てないでください! 僕が悪かったです!」
大広間中に第二王子の声が響いた。
ようやく、少しだけ胸の支えが取れた。
「よく出来ました。やれば出来るじゃん」
レオンハルトの顔に、わずかに希望が差す。
「あー、スッキリした。じゃあ行こっか」
レオンハルトが目を見開くと同時に、おじさんが小さく息を呑んだ。どうやら少しだけ不安だったらしい。
「遅いよ♡ ざーこ♡ そんな事よりおじさん。なにか甘いもの食べたい」
「いいよ。何でも好きなもの食べよう」
「膝枕もしてほしいな?」
「なんなりと!」
「頭なでなでは?」
「いつでもするよ」
「あと、メイが王子様の悪口言っても嫌いにならない?」
「なるわけ無い」
私は満足げに笑った。
「ごうかぁく♡ イェーイ、王子様見ってるー? メイ、今からおじさんに分からされちゃいまーす♡」
そして、もう一度だけ王子を見る。
「じゃあね。次はちゃんと女の子大事にしなよ」
呆然と膝をついて見送る王子の視線を無視して、私達は腕を繋いだまま大広間を出た。
広間を抜けると、おじさんが遠慮がちに口を開いた。
「メイちゃん。手痛くない?」
「ごめん、強かった? あ……痛いなら痛いって言えばいいじゃん、ざーこ♡」
「痛くないよ」
「……じゃあ黙って握られてて」
慌てて握る力を緩めると、おじさんは恥ずかしそうに笑った。
情けなくてみっともなくて、でもちょっと誇らし気な顔で。
私は前を向いたまま、もう一度その手を握り直した。
「……今日は、離したら減点だから」
「はい、メイ様」
「ふふっ、馬鹿なんだから。おじさんのざぁこ♡ 大好き♡」




