姉と妹 1-2
「起きて…起きて…起きて」
誰かが僕を呼ぶ声がする。誰かが僕を悪夢から覚ましてくれようとする声が聞こえる。
僕は導かれるままに、その声の⽅向へ辿っていく。
すると、僕の重い瞼がゆっくりと開いた。
「やっと起きてくれたね」
⽬の前には先ほど僕を⽩い光で包んでくれた女性がしゃがんでこちらを⾒ていた。
女性は僕を⾒てにっこりと微笑んでくれた。
彼女の黄金色に輝く瞳がこちらを優しく見つめる。
風通しの良い場所にいるのか、彼女のゴールドに輝く髪が少しだけなびいていた。
(この人…味方…なのか?)
その⼈に⼿を伸ばして助けを求めようとした時、体の⾃由が効かないことに気づいた。
そこで僕は、⾃分が拘束されている状態だということを自覚した。
「こ、これは…どういうことですか。なぜ僕はこんなことに…」
「ごめんね。君が誰なのか不明で、なぜ君が存在しているのかがわからない。とにかく我々にとって危険⼈物である可能性があるから、申し訳ないけど、そうさせてもらっているの。本当にごめんね」
「危険⼈物?」
「うん、君はこの世界の住⺠なのか、異世界の者なのかがわからない」
「異世界?…何⾔って…」
僕がひどく動揺している様を⾒て、彼⼥は困った表情を⾒せた。
「この世界の住⺠なのに、記憶を⼀部無くして今どういう状況なのかが掴めていない、または、異世界の住⺠で、この世界の存在を知らないから何を⾔っているのかがわからない…その⼆択かな?」
その⼈の問いかけに、僕が当てはまるのは後者であるとすぐにわかった。
そのことを⽬の前の⼈に正直に話そうとした瞬間、頭の中に何者かの声が流れた。
“あきがくいん そこに いた と ⾔え”
この声は…
先ほど僕を襲おうとしてきた和と同じくらい美しい⼥性の声だった。
僕は恐る恐る重たい⼝を開き、頭に流れてきた⽂章をそのまま告げた。
「あきがくいん…そこに…いたま…しした」
声が震えてうまく喋れなかったが、なんとか伝えることができた。
それを聞いた⽬の前の女性は動揺した。
「え?そこの⽣徒だって?…でもその学校はこの世界でトップを誇る名⾨校。その⽣徒を私や王が知らないわけが…」
“それ以外 何もわからない そこにいた気がする と ⾔え”
「それ以外…何もわからないまません…そこいいいた気がする…です」
緊張でスムーズに頭に流れてくる言葉をうまく告げることができず、毎回おかしな⽂章になってし
まう。
しかし、目の前の女性には意味は伝わっているらしく、さらに困った表情をした。
「ん…まぁ、そこの学校の⽣徒名簿の管理は私がしているわけでもないから、もしかしたら知らない⽣徒もいたのかもしれない…けれど、そこにいたのなら、学籍番号と⽒名くらいは⾔えるね?」
“名前は 永井冷⼈ 学籍番号は AA415”
「…名前は、ナガイレイト、学籍番号はAA415…です」
「AA415!?…未来を担う亜紀学院の三年⽣ではないか…。亜紀学院の三年⽣の名前は全員熟知しているつもりだ…それなのになんで私はこの⼦を知らないんだ…?まぁいい、とにかく冷⼈くん、君は今から王によって裁きを受けることになる」
「え…?」
「判決は王が下す。君は王の、神の信仰者だ。神の⾔うことは絶対だ。万が⼀のことがあっても、神のお許しとみなし、それを受け⼊れるように」
(王…神…何を⾔っているんだこの⼈は。頭いかれてるんじゃないか?)
僕の⼿⾸にかけられた⼿錠が⿊マントを羽織った一人の男性によって外された。
そして、別の⼿錠をかけられ、強引に彼らの進む⽅向へ引っ張られた。
(意味わかんねぇ!大人しく連れられてたまるかよ!)
僕は必死に抵抗するも、その⼒は彼らにとって小さな虫レベルの⼒とでも言わんばかりの様⼦でびくともしなかった。
大きな扉の前につき、その扉を別の⿊マントを⽻織った男性⼆名によって開かれると、扉の向こうには薄暗い空間が広がっていた。
目を擦ってじっくりと見渡すと、最奥に玉座のようなものにずっしりと座っている男性らしき人影が見えた。
その少し離れたところに、僕と年が近そうな⻘年が薄暗くてもわかるくらいこちらを睨みつけながら⽴っていた。
「歩け」
僕は右側にいた⿊マントを⽻織った男の⼈にそう指⽰され、前⽅へと進んだ。
中に⼊ると、後ろの扉がスッとなくなり、その瞬間、僕の周りを囲うようにフワッと⼈影が現れた。
その人影も全身黒ずくめで、自席でこちらを伺っているような感じがした。
そして、ゆっくりと個々の⼈影に光がさし、黒ずくめの者たちの姿がはっきりと⾒えるようになった。
しかし、全員フードをかぶっているせいで、顔がよく⾒えない。
すると、右側前⽅に座っている⼈が⽴ち上がった。
「これから、裁判を始める。裁きにかけるのは、中央にいる⻘年、自称永井冷⼈と発言した者だ。彼は⾃分の⽒名と、学校名、学籍番号しか覚えていない、とのことだ。さて、彼は本当に亜紀学院の三年⽣であるのかを証明するために、当学校を指揮・管理をしている七札より、釈明をしてもらう」
それを聞き、僕は「終わった」と思った。
僕は殺されるに違いない、だって、僕はその名⾨校の学⽣かどうか以前に、この世界の住⼈ですらないのだから。
司会の男性から指名された“ナナフダ”という者が左側前⽅の椅⼦から⽴ち上がる。
ナナフダはフードを脱ぐと、⼀瞬、僕の顔をなぜか睨んだ。
(あの人って…確か…)
ナナフダと呼ばれた女性は、僕の部屋に突如訪れた和と同じくらい美しい女性であることを認識した。
ナナフダは呆れた表情で僕を見つめながら釈明をした。
「彼が真実を語っているか否かを⽴証し、その是⾮を認めてもらうために、この資料を注⽬していただきたい」
ナナフダがそういうと、後方に巨⼤なスクリーン映像が映し出された。
そこには学籍番号らしきものと、そこに所属している⽣徒らしき表記があった。
「A A 列の上から 415 番⽬、ここに、永井冷⼈と記されているのが⾒えるだろうか。そこに名があるということは、紛れもない事実であるということを意味する。この表記は個⼈が意図的に改ざんできるものではないのは⼗分承知であろう」
そこには確かに、“永井冷人”と記されていた。
そして、彼⼥がある動作をすると、僕がとある学校の制服を着⽤している映像が出てきた。
それを見た人たちからは納得の声が上がったが、一人の女性は立ち上がって反論した。
「確かに…あなたの言う通り彼は紛れもなく神からの恩恵を受け、神に命を捧げる誓いをした者である。しかし、なぜ君は別世界にいたのだ?説明しなさい」
彼女の鋭い指摘に対し、ナナフダは冷静に対処した。
「神に命を捧げ信仰することを約束したはずが、神を裏切り異世界へ逃亡しようとしたのかと思い、私は札の⼒を使って彼を消そうとした。」
(え?消そうとした…?)
「しかし、永井冷⼈は先日の超大型時空バグに巻き込まれただけであった。ログにそう記されていたから間違いない。」
「そのバグについては私も確認しているわ。だけど、あなたは非人道的なところがある。あなたぐらいの戦域がある者であれば、バグを利用して異世界から人を連れてくることもできるかもしれない。」
女性のその言葉にどよめきが生じた。
ナナフダはピクリと眉を動かし、反論を述べる女性を真っすぐ見つめた。
「さっきから言う君の”異世界”というのは、私たちが札使い候補生であった時にワープした試験場のことか?もしそうなら異世界というものは存在しない。あれは王の創作した世界であるためこの世に存在しない。存在するはずのないものが目の前にいるわけがないだろう。」
「存在するかどうかはそこまで重要じゃないわ。今目の前にいる永井冷人と名乗る人物は、あなたが創作した人物で、私たちはそれを幻視させられているんじゃないかと思っているの。」
すると、再び場がざわつき始め、先ほどよりもシビアな雰囲気になった。
「あなたの言っていることが本当なのか、目の前にいる人物は本当に実在する者なのか。その真偽を王により釈明していただくのが一番早いわ。仮に偽っていた場合、亜紀へ嘘をついていることになる。…その場合、あなたは死刑よ。」
(し、死刑…?)
僕はギョッとしてしばらく硬直した。
(おいおいおい冗談だろ…なんなんだよこの狂った世界は…王を神として崇めるし、全員服装が真っ黒で変だし、簡単に死刑なんて単語出すし…)
僕は左前の席に大人しく座っているナナフダへ視線を移した。
(そんなのへっちゃら、みたいなすまし顔だな…悪いけど、僕は慶東高校の生徒で、亜紀なんとかがっこうの生徒じゃないし、僕の名前は似てるけどちょっと違う!…この世界の住人かどうかって聞かれると、この人たちめちゃくちゃ日本語使ってるし、ここは日本のどこかなのか??…いや、考えられないな。これも多分物凄く壮大でリアリティな夢に違いない。)
僕は両手でほっぺを思いっきり叩いてみた。
(ん…痛い。なんだか目が覚める気がしない…)
何度も頬を叩くので、はたから見れば僕の行動はかなり意味不明に見えるだろう。
そんな僕の様子を見たナナフダは、呆れた様子で口角をあげた。
「いいだろう。私は清廉潔白であると証明してみせよう。」
自信満々にそう言い放つと、美しい女性は立ち上がり、階段を登って王の足元へとひざまづいた。
「我が王よ。生誕よりこの命尽きるまで信仰を恒久不変とせん。」
美しい女性がそう詠唱すると、彼女の額に緑色の光が現れた。
その光は彼女を包み込み、やがて白色の光に変わって儚く消えていった。
「…そんなはず…!」
先ほどから反論を続けている女性は、光が白色になったことが予想外だったのか、勢いよく立ち上がって声を上げた。
「なんだ?二札。神のご意向に問題があると言いたいのかい?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
ムキになってそういい返すと同時に、彼女は深くかぶっていた黒いフードを潔く脱ぎ払った。
(あ、あの人…さっき僕が目を覚ました時にそばにいてくれた人じゃないか…)
ニフダと呼ばれた彼女のゴールドカラーの髪は薄暗い部屋の中でも美しく輝いていた。
(名前…ニフダっていうんだ…それに、あの和と同じくらい綺麗な人はナナフダって呼ばれていたな…もしかして役職名なのか?)
「あなたがナナフダに就任してから怪しい行動ばかり目立つから、私はそれを心配しているだけよ!」
「ほう。だが、今は目の前にいる青年”永井冷人”について議論する時間だ。論点を誤るな。」
「な…なんですって…!!」
ナナフダが煽りまくるおかげで、ニフダは更にムキになった。
すると、司会を務めていた男性がスッと立ち上がった。
「静粛に!王の目の前だぞ。世の最高機関の幹部同士が醜く争って何になる?」
司会の男性はフードを脱いで二人を睨みつけると、二人の言い合いは収まった。
(最高機関の幹部って…この二人が…?齢は僕とさほど変わらないように見えるが…)
「ゴホンッ!…王のご意向もいただいたことだ。よって、我々は永井冷人と名乗る青年を亜紀学院の3年生として存在することを認めるとする。異論はないな?」
司会の男性の言葉に誰も反論することなく全員口を閉じた。
「それでは裁判を終了とする。新星の君、永井冷人氏を外の待機場へと連れて行きなさい」
「承知いたしました。」
先ほど僕をこの会場へ無理やり連れてきた黒いマントと黒いフードをかぶった男性が再び僕の前に現れる。
「歩け」
新星と呼ばれた男性がそう指示すると同時に僕は強引に引っ張られ、こけそうになった。
(さっきもそうだったけど、この人なんなんだよ。どうにも気に食わない…)
その男性は僕を待機部屋へ連行し、手錠を雑に外しその場から立ち去った。
「なんなんだよあいつ…夢だとしても出てきて欲しくないね」
僕はそうボソッと言うと、背後から冷えた声がした。
「夢なんかではない。現実だ」
「ぅわわ!びっくりした。」
突然ナナフダに声を掛けられたので、僕は飛び跳ねるように驚いた。
「ええ、夢じゃないって、どーいうこと…ですか」
「夢ではない。ただそれだけだ。夢だと思うのは君が現実を受け入れたくないと強く願うからだ」
「現実を…受け入れたくない…」
「よほど受け入れ難い現実があるのだろうな」
ナナフダにそう言われると、僕はハッと我に帰った。
(そうだ…この場所に連れ去られる前、僕のいた街全体が大災害の後のように…)
全てを思い出した僕は、居ても立っても居られなくなった。
「あ、あの…僕…家が…地元がおかしくなっちゃったんです…その…何かにやられたような感じで…僕どうしたら…!!」
血走った目でナナフダに助けを求めると、ナナフダは目を細めて真実を語った。
「あぁ、あれは君をここに移送する上で仕方のない犠牲だったんだ。」
「は?…何言って…」
「だが、それは君の努力次第で、あの現実を本当に夢とすることができる。」
「………」
全く何を言っているのかがわからなかった。
僕はあいた口が塞がらず、呆然とナナフダを見つめた。
「あの現実を現実でないものとするために、君はここで修行し、あの悲劇止めて見せよ。」
「修行って…本当に意味がわからないんですけど…」
「お前は特異点だ。お前の行い次第で全てが変わる。いいか?君がその使えないクソみたいな脳みそでいくら考えようが、今この状況で全てを理解することなんて不可能だ。使えない脳みそってことは自分が一番わかっているであろう?」
「……」
僕はなにも言い返せなかった。
(…確かに僕は頭が悪いから、慶東高校でクラスメイトに補欠合格者だと揶揄されるのはしょうがないことだ。僕は自惚れてたんだ。僕には頭脳明晰な茂巳や、世界一可愛い和がいるから大丈夫だって。でもそんなの、そんなのカッコ悪いだろ…僕、いつか和にプロポーズするんだろ?こんな他力本願で、和を幸せにすることができんのかよ…)
「で、どうなんだ。君はここでくたばって死ぬか、修行して未来を変えるか」
「僕は……」
(茂巳ならどうする…?ここに和がいたら…いや、そんなの関係ない。これは僕の問題だ。今度こそ、僕だけの力で問題を解決して、和を…幸せに……!)
僕は目を決意のこもった目でナナフダを睨みつけた。
「未来を、自分を変えられるなら何だってする…お前のその修行ってやつにも全力で向き合う…だから、僕に……生きる術を教えてくれ……!」
僕は全力でそう告げた。
ナナフダは目を細めて僕を見つめた。
「ふう……良かろう。今より君は私の指示に従い、成果を出して見せよ」
「成果…?」
「そうだ。君は私の指示にのみ従えばいい。この世界で情などいらん。情で勝手な行動をした時は、お前の命が尽きる時だ。」
「……」
「そして、私はナナフダではない。七札だ。私のことはそう呼べ」
「…はい。わかりました」
「それでは、着いてこい」
七札はそういうと、円を描くように空を指でなぞり、手のひらをかざした。
すると、そこから紫色の空間が現れた。
七札は僕に構わずその紫色の空間の中へと入っていった。
目の前の光景が何なのかわからず戸惑ったが、僕は七札についていくと決めたので、疑問はここに置いていき、僕も紫色の空間の中へと入っていった。
「あの、七札さん…ここはどういう空間なんですか…?」
そういうと、七札さんの歩くスピードが少し緩まった。
そして、チラッとこっちを⾒た。
「ここは私だけが知る、私の領域内だ。許可なく勝⼿にこの領域に⾜を踏み込むことはできん」
「…す、すごい…ですね。あの会議に参加していた他の⼈たちも、こんなことできるんですか?」
「…これは札の能⼒で、札を有し、⼀定のレベルに達しない限り展開することはできない」
(札を有する…⼀定のレベル…?さっきから思ってたけど、まるでここは、魔法使いの世界みたいじゃないか…)
そんなことを思っていると、七札さんはうっすら笑みを浮かべた。
「魔法使いか。あながち間違っていないかもしれんな」
心の中で思ったことに対して七札は反応してきたので、僕はビクッとした。
「ええ…?どうして考えていることが…」
「知る必要はない。魔法というアバウトな単語で状況を理解してもらっても構わん」
「…」
(ということは、僕が知るライトノベルでよくありがちな感じではないんだ。でも、そうだよな。理解できない限りそれは魔法だもんな)
僕は考えることをやめ、淡々と七札さんの後ろを⼩⾛りでついていく。
彼⼥の背中を⾒ると、やはり何だか懐かしい気がするんだ。
落ち着くような、暖かさを感じるような。
それと同時に、何だか…
冷たい、寂しさを感じる…。
「ひょっとして七札さんは、出会いたて当初、僕を襲うふりをして、助けてくれたんじゃないですか…?」
そういうと、彼⼥の⾜がピタリと⽌まった。そしてそのまま彼⼥は僕の⽅へ振り返った。急に立ち止まられたため、僕は急いで⾃分の⾜に急ブレーキがかけた。
「なぜだ?」
「え…いや、その…。全く怖くなかった、というのは嘘になりますが、殺意というものがあまり感じ取れなくて…その…優しい⽅なんじゃないかな?って思います。 」
予想外の言葉だったのか、七札は首を傾げた。
(もしかして、僕の発⾔が意外だったのかな…?)
しばらくなにか考え事をしていたようだが、七札は何のアクションも起こさないまま、前を向いて再び歩き出した。
ずっと無⾔のまま歩いていると、どこかの街中に到着した。
すると、紫⾊の空間がじんわりと無くなり僕達の姿が周りの⼈から⾒えるようになった。
さっきまで楽しそうにしていた⼈たちが僕達を認識した途端、いや、⽬の前にいる七札さんを認識した途端、恐怖に満ちた表情で逃げ出す⼈、悲鳴を上げ出す⼈が続出した。
その一瞬で、みんなの反応が何を意味しているのかがわかった。
七札さんは威厳を持つ⼈。その中でも彼⼥は、恐れられている存在なのだということを。
僕が状況を理解した時、彼⼥は僕の⽅を振り返って⾔った。
「先ほど君が私に言った言葉だが、訂正するかい?」
優しくそう問いかけてきたが、偽善者を⾒るかのような⽬で彼⼥は僕にそう⾔った。
確かに、この状況を知って、彼⼥に対するイメージが変化したのは確かだ。
でも、だからといって僕が彼⼥に対し優しいと思ったことに偽りはない…。
「そ、そんなことは…!」
「構わん。でも、そんなことを⾔ってもらえたのは、久しぶりだ」
僕は何も⾔い返せなかった。
この状況で何を⾔っても、気遣いで⾔っている⾵にしか捉えてくれないと思ったからだ。
僕は周りの⼈から敬遠されながら、ある場所にたどり着いた。
「ついたよ。ここが君が通う亜紀学院だ」
⽬の前にあるのは、巨⼤な建物だった。
ざっと 20 階建くらいの建物の⾼さに、両端がわからないほど横幅のある学校だ。
学校というより、どこかの財閥の豪邸そのものだった。
「目の前のゲートをくぐれ。そしたら奥で⼀年⽣の“タマ姉妹”が待っている。二人の話をよく聞くように」
そう⾔い終わると、七札さんは僕の後ろ側へと下がった。
「あ、ありがとうございます。あ、あの、ところで七札さんの本名って…」
僕が後ろを向きながらそういうと、質問したいことを⾔い終える前に彼⼥はいつの間にか姿を消していた。
あまりのいなくなる速さに、僕は空いた⼝が塞がらなかった。
僕は気を取り直し、学校へと向かった。
僕はゲートを通過すると、前⽅に同じくらいの背丈の⼥の⼦が⽴っていた。
⼀⼈は怒ったような表情をしており、もう⼀⼈の気弱そうな⼥の⼦は⼼配そうに僕を⾒つめていた。
僕の存在に気づいた片方の⼥の⼦は鬼の形相で僕の⽅に向かって歩き出す。
彼女は僕の⽬の前で⽌まり、いきなり僕の胸ぐらを掴んできた。
「ぇぇなんですか!」
「冷⼈!お前ってやつは…一体何をどうしたらこんな有様になるのだ!?」
「えっ??」
「何をとぼけている!⼀昨⽇私たちは超大型時空バグに戦士として向かう予定だった!…にもかかわらずお前は……私に恥をかかす気か!」
⽬の前のポニーテールの⼥の⼦はひどく怒っている。
何のことを⾔っているのかさっぱりわからなかったので、僕はひたすら謝る他なかった。
すると、後ろにいたお下げヘアの⼥の⼦が僕の⽅へ歩み寄ってきた。
「冷⼈くんはね、⼀⽇眠っていて、今朝ようやく⽬が覚めたの。そのあと裁判を受けたばっかりだから…」
そう気弱そうな⼥の⼦が僕に⾔ってくれた。
(僕は、あの⽇から⼀⽇眠っていたのか…。)
女の子は続けて僕に説明してくれた。
「私たちはね、数ヶ月前から予想されていた巨大な時空の歪みを阻⽌することが⽬的だったの。全校⽣徒がそれに向かったんだけど、予定より早くそのバグが一昨日の夜起きちゃったの」
「バグの…阻⽌?」
(⼀昨⽇がバグの発生日で、その夜にバグが起こってしまった…。僕がちょうどこの世界に⾶ばされた時期と⼀致している…。ということは、本当に僕はそのバグに巻き込まれたってことか?)
「こっちを見なさいよ!私は今ものすごく怒っているんだから!」
「ご、ごめんなさい…」
ポニテの女の子はお下げの女の子に比べてかなり理不尽な様子だ。
(にしてもなんなんだこの⼈は。⼈が話しかけてくれている時は相⼿の⽅⾒て聞くのは当然じゃないか…)
「…もう良い。私たちの研究室に戻るぞ」
「わ、わかりました…」
僕はとりあえず彼⼥のあとをついていくことにした。
⻑い廊下を渡り、階段を上がって 3 階に着く。
また⻑い廊下を歩いていくと、ポニテの⼥の⼦はとある教室の前で⽌まり、ドアに向かって⼿をかざす。すると、ドアの周りがうっすらと光出し、スゥっとドアが開いた。
どうやらこの世界に「鍵」なんてものはなく、それは⾃分⾃⾝なんだと感じた。
そのポニテの⼥の⼦を先頭に、僕たちは教室内へ⼊った。
「…さっきは感情的になってすまない。どうしても抑えなられなかった…」
僕に対して理不尽に怒っていたポニテの⼥の⼦から急に謝罪された。
「え…あいやその…こちらこそごめんなさい…?」
「君が謝る必要はない。実は七札様から真相を聞いている。君が一昨日の夜発⽣した超大型時空バグの⼀部に巻き込まれ、記憶喪失になってしまったって」
先程の裁判でも、僕は記憶喪失の設定で事が進んでいた。
確かに記憶喪失ってことにしておけば⾊々都合がいいのかもしれない。
でも、僕は元々この世界の⼈ではない。そして、この⼈たちのチームの⼈でも知り合いでも何でもない。
(…ん?)
僕は⼀つおかしなことに気づいた。
(何かしらの方法で七札さんが僕をこの世界の住人に見立てるために嘘の名前を僕にくれたもんだと思っていた。だけど、この人たちの反応を見る限り、永井冷人という人物はずっと前からこの世界に実在していたような素振りだ。となれば、僕をこの世界の人だと見立てるために、本物を…)
そんなサスペンスドラマのようなことを想像していると、急に横から花秋が大声を出してきた。
「まさか冷人、私のことまで忘れていたりしないだろうな?」
「……いや、その…えっと…」
言葉が詰まった様子を見せると、花秋は諸々察して大きくため息をついた。
「参ったな…では改めて⾃⼰紹介をさせてくれ、私の名前は多摩花秋だ。」
「私はその妹の多摩咲花!よろしくね!」
気の強そうな花秋の次に続けて気の弱そうな咲花さんがそういった。
(そういやこの⼆⼈は、七札さんが⾔っていた通り、姉妹だったな…)
「他にもあと⼀⼈のチームメイトがいる。まぁ、そのお⽅は札使いなのだが…」
「札使い?」
「…そんなことも忘れてしまったのか…。まぁ仕⽅ない。説明してあげよう。札使いとは、世界防衛最高機関の名称であり、二札、五札、七札の三つの札位に別れる。特例ではあるが、七札様のご判断で私たちのチームだけ二札様が付くことになっている。」
「え?なんで」
「近年バグが増え続けて、その元凶を突き止めるため…らしいが、深い理由までは私も知らない。でも、札使いを私たちの側に置くということは、この亜紀学院に何かしらの手がかりがあるのかもしれないな。」
「なるほど…そのさっき僕をここまで案内してくれた方は七札さんって言ってて…てことは、彼女も札使いでえらいひと?ってことですよね。」
恐る恐るそう聞くと、花秋は「何当たり前のことを言ってるんだ」とでも言わんばかりの呆れ顔を見せた。
「あぁ。七札様は札使いの中で最も位の高く、最も強い戦士だ。」
「で、ですよねぇ…」
(やっべぇえ…!僕七札さんに結構な態度取っちゃったよ。大丈夫かな??…でも、向こうからふっかけてきたし、僕に罪はない…よね?)
ジワジワと出てくる冷や汗を拭いながら、僕は浅く笑って誤魔化した。
「冷人。本当に記憶喪失になっているようだが、何か覚えていることはあるか?」
「いや、本当に何も知らないんだ…(知ってるわけねぇだろ…!)」
「そうか…それではこの世の中のことをあらかた教えるから、とりあえずそこに座りな。」
僕は椅子に座り、花秋の話をじっくりと聞いた。
話を聞く限り、どうやらここは僕のいた世界とは本当に全くの別世界のようだ。
日本語を使っているように見えるが、実態はおそらく別のもので、魔法のような何かで自動翻訳されて耳や目に入ってくるみたいだ。
まず、僕の世界に亜紀学院なんて存在しないし、“亜紀”という王も宗教も存在しない。
この世界にいる人たちも何だか日本人のようで日本人ではないような見た目をしているし、髪色や瞳の色も十人十色だ。
それに、全員が俳優並みに美形である。
この世界に命を授かった者は⽣涯王に守られる⾝としてその恩恵を受け、亜紀のために使命を果たす。
僕のいる世界だと、自分のやりたいことを第一に考えて人生を歩んでいくというのが一般的だが、この世界はどうやらその使命とやらが各人の人生のようだ。
王のために幼少の頃からバグと呼ばれる世界の歪みと戦うために特殊な訓練を受け、この世界(王)のために命を懸ける、つまり、王のために死ぬってことだ。
なぜこの人々はなぜそこまでするかと言うと、神(王)を信じその使命を果たすことこそが自身の幸せへと繋がるから…らしい。
少しでもその信仰心に亀裂が入ると、その者は悪に染まり、世界に大きな歪み、いわゆるバグが生じ、破壊現象を引き起こしてしまう。
すべてにおいて王の命によりこの世界は成り立っていると言える。
信じる者は救われる、と言う言葉を体現したような世界だ。
「この完璧に等しい社会に不服そうな顔だな、冷人」
花秋が不思議そうに僕にそういう。
「いや、完璧を 100%実現しているということは、人類が⼀番の課題としていることだ。それが実現できているのは、⼤変魅⼒的…だと思う」
現実での僕は、美⼈な⼥の⼦から罵倒されるほどのクソ学⼒で、キリッとした男らしい顔ではなく、運動も何かに特化したスポーツができるわけでもない凡⼈中の凡⼈だ。
だが、この世界は全員が平等に優秀である。
僕でも天才になれる…だなんて、元々望んでたことじゃないか。
なのになんで、なんで不服に思うんだ…?
「けれど、正直気持ち悪いと思ったよ。活気がないというか、みんな何かに洗脳されているみたいで、個⼈の⾃由が逆にないって思った」
そういうと、花秋は苛⽴った表情を⾒せた。おそらく、⾃⾝の信仰している神の⾏いを否定され、気分を害したのだろう。
しかし、咲花はなぜか⽬を輝かせていた。
僕の⾔葉を聞いて、なんらかの感銘を受けた咲花が僕の⽅へ近づいてきた。
「冷⼈くん…私もそう思うの。私も、縛られていた気がして気持ち悪かったの…」
そう⾔いながら僕の両⼿を握った。
すると、咲花が僕の⼿を繋いだまま、急に教室から⾶び出して⾏った。
「え、えぇ?!」
「ちょ、どこへ⾏く!待ちなさい!」
花秋さんがびっくりしながら僕にそう叫んだ。
「ご、ごめんなさい〜〜〜!…ちょ、待ってよ咲花さん…!」
僕はちらっと後ろを向くと、花秋さんは不思議そうな顔をして僕を⾒つめていた。
きっと僕は、呆れられたんだ。…そう思った。
咲花は気弱そうなのに、パワーは僕の数倍強く、びくともしなかった。
「嬉しいの!…やっと、やっと会えたよ理解者に」
咲花は嬉しそうに⾛りながらそう⾔い、後ろをちょこっと⾒てニカっと笑った。
僕たちが⾛っている状況を⾒て、周りにいる⽣徒たちがびっくりしている。
(なんだ、こんなに⾛っているのがそんなに珍しいのか?)
咲花に連れ去られるがままに⾛っていくと、ある場所へ着いた。
「着いたよ冷⼈くん!ここは冷⼈くんが今⽇から宿泊する場所なの!」
「えぇ…宿泊?僕の?」
「うん!」
僕がいる場所は、さっきいた建物より少し離れた別館⼀階の角部屋だ。
存在感が薄く、⼈通りも少ない場所にあるため、宿泊するには最適な場所だと思う。
「この部屋は図書室付きだよ。奥にあるから、たくさん本を読んでね。」
咲花がそういうと、魔法を使ったのか⽩っぽい光に包まれて⽬の前から消えた。
図書室付きの宿泊所、とても贅沢すぎるな…。
でも、この世界について何もかも未知な僕にとって、本は有益な情報だと思う。
この世界のこと、あの⼈(七札)のことをもっと理解するために…。
しばらくすると、花秋が猛ダッシュしながら駆けつけてきた。
「ちょっと、勝⼿にどこいくのかと思ったら…」
「ご、ごめんなさい…その、勝⼿に⼿を――」
咲花に⼿を勝⼿に引かれて連れてこられたことを⾔おうとしたら、花秋さんが最後まで僕の話を聞かずに、説教の時間を5分ほど⾷らってしまった。
「とにかく、亜紀学院に来て初⽇だからかもしれないが、今日の君は少し変だぞ?」
「変?…僕がさっき、神への信仰のことを悪く⾔ってしまったから…ですか?」
「…そこじゃなくて…まぁそこもだけど、とにかく今⽇のガイダンスは以上とする。まあなんとか宿泊先の前に着いたんだし、これで解散とする」
そう⾔って花秋さんがこの場を⽴ち去ろうとした時、花秋さんは何かを思い出したかのようにクルッとこちらを振り向き、再び僕に近寄った。
「忘れてた。この部屋の奥が⾵呂場、洗⾯台になっている。全て移動することなく⽣活を送ることができるようになっているから、安⼼しろ。何かあったら私はこの別館の 3 階のAC13 ルームにいるから、訪ねてこい」
そう⾔って彼⼥は咲花のように、⽩⾊の光に包まれてその場から消えてしまった。
花秋さんの話を聞いて、僕は“変”だと思った。
咲花さんの話では、この部屋の奥は図書室になっていると聞いた。しかし花秋さんの話では、この部屋の奥は⾵呂場とかがあるって…。
どういうことだ?
僕は不信感を抱きながら、部屋の中に⼊った。
すると奥には…
「え…」
・・・
常々思っているのですが、季節に秋がなさすぎて秋服が着れずに毎年終わってるんですよね。
なんで、秋服だけ洗濯して着れずに終わってしまいます。
もう秋服買わない方がいいのでしょうか……
引き続きよろしくお願いいたします!!




