第四章 そして、また焚き火の前で
旅の支度なんて、久しぶりだった。
埃をかぶったローブを払い、古びた杖を手に取る。
刃こぼれの残る短剣も、腰に差した。
もう使うことはないと思っていたのに、手に馴染む感触が懐かしい。
村の子どもたちが不思議そうにこちらを見ていた。
「どこへ行くの?」と誰かが訊く。
俺は少し考えてから、答えた。
「……焚き火の続きをしに、だ」
意味なんて、誰にもわからなくていい。
俺にだって、まだはっきりとはわからない。
けれど、もう止まっているわけにはいかなかった。
レオンの手紙を懐に入れる。
封筒の角が心臓の鼓動に合わせて微かに揺れる。
そのたびに、生きている実感が胸の奥で鳴った。
夕暮れの空が、赤く染まっていく。
あの日と同じ色だ。
世界が終わる前も、こんな空を見た。
けれど今は、終わりではなく、始まりに見えた。
丘を越え、風を受け、街道を歩く。
遠くに見える山脈の影が、焚き火の煙みたいに揺らめく。
足取りは軽くもなく、重くもなく。
ただ、“確か”だった。
夜になって、小さな野営地で火を起こした。
パチパチと薪が弾ける。
橙色の光が揺れて、影が踊る。
その光の中に、ふと、もう一つの影が見えた気がした。
「……おい、また無茶するつもりか?」
思わず呟くと、風が笑ったような気がした。
焚き火の火の粉が空へと舞い上がる。
手紙の文字が天へ昇っていくように。
俺はそっと、レオンの手紙を炎の前に掲げた。
紙が光を受けて透け、文字が赤く染まる。
> 「また一緒に旅をしよう。」
その一行が、夜の中でやけに鮮やかに見えた。
「……ああ、そうだな」
ゆっくりと呟く。
答えるように、風がひとつ吹いた。
焚き火が揺れて、影が二つになった。
それが幻でも、夢でも、もう構わない。
友情というのは、きっと――
生きている者の中で燃え続ける焚き火みたいなものなんだ。
火が落ちる前に、もう一度だけ呟く。
> 「レオン、またな。」
炎が消え、夜が深くなる。
けれど不思議と、暗くはなかった。
星々が空いっぱいに瞬いて、
世界そのものが“焚き火の続きを”しているみたいだった。




