第三章 届かない返事
あの夜、夢を見た。
焚き火の向こうで、レオンが笑っていた。
あの頃と同じ、子どもみたいな笑い方で。
「やぁ、ユリウス」
手を振る仕草まで、まるで本物のようだった。
けれど次の瞬間、炎の向こうにいた彼の姿が霧のように薄れていく。
手を伸ばしても、もう届かない。
目を覚ますと、机の上に置いたはずの羊皮紙が一枚、風に舞っていた。
手紙は書きかけのまま、インクが乾ききっていない。
窓が少し開いていた。夜明けの風が、かすかに草の匂いを運んでくる。
そして――気づいた。
玄関の前に、小さな封筒が落ちていた。
見覚えのない封蝋。
だが、その文字を見た瞬間、息が止まった。
――差出人:レオン。
震える手で封を切る。
中には、羊皮紙が一枚。
たった一行だけ、書かれていた。
> 「また一緒に旅をしよう」
文字は確かに、あいつの筆跡だった。
独特の癖。語尾の伸ばし方。
誰にも真似できない、俺が何度も見た文字。
胸の奥で何かが音を立てた。
現実ではありえない。
でも、この世界では“言葉に魔法が宿る”ことを俺たちは知っていた。
もしかしたら、最後の焚き火の夜に、お前が言った「魔法」は――
“想いが届くこと”そのものだったのかもしれない。
涙が頬を伝う。
笑っているのか泣いているのか、自分でもわからなかった。
けれど確かに感じた。
この一行に、彼のすべてが詰まっていると。
「……バカだな、お前は」
思わず呟いて、声が震えた。
もういないはずの相手に向かって、声を出すなんて、滑稽だ。
でも、どこかで返事が返ってくるような気がした。
風が吹く。
机の上の手紙たちがひらひらと舞い上がる。
それはまるで、焚き火の火の粉が夜空へ昇っていく光景に似ていた。
俺はそっと、レオンの手紙を胸に抱いた。
心臓の鼓動が、確かに“生きている”音を立てていた。
「……旅、か」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥に灯がともった気がした。




