第一章 静かな世界で
魔王が死んで、世界はやけに静かになった。
あれほど燃え上がっていた戦場の音が、今ではもう、風のざわめきに紛れてしまう。
この静けさが“平和”と呼ばれるものなら、俺はきっと、その意味を間違えていたんだろう。
勇者レオンがいなくなってから、もう三ヶ月が経った。
人々は彼を「英雄」と呼び、石像を立て、歌を作った。
けれど俺にとって彼は、ただの――友だった。
馬鹿みたいに真っ直ぐで、無茶ばかりして、笑うと子供みたいな顔をする男。
俺は今、辺境の村でひとり暮らしている。
魔法使いユリウス。
昔の肩書きで呼ぶ者はもういない。
村の人々は俺を“変わり者の学者”と呼び、子どもたちはこっそり家の前に花を置いていく。
……魔法の残り香でも嗅ぎたいのかもしれない。
昼間は古い魔導書を修復し、夜は蝋燭の下で文字を追う。
だが、心のどこかではずっと思っている。
あの日の焚き火の匂いが恋しい、と。
火の粉が空に昇っていく夜、レオンがよく言っていた。
――「世界が平和になったら、何して生きようか」
その問いに、俺は答えなかった。
平和なんて、信じていなかったから。
けれど今、その“平和”の中で、俺は生きている。
生きてしまっている。
そして、どうしようもなく――退屈だ。
戦う理由を失った俺たちの友情は、いったいどこへ行くんだろう。
答えを探すように、俺は今日も紙を広げ、ペンを取る。
宛先は、死んだはずの男。
──親愛なるレオンへ。
お前がいなくなってから、笑い方を忘れた気がする。
インクの染みが、涙の跡に見えて苦笑した。
俺はまだ、あの夜の焚き火の温もりを忘れられないらしい。
この手紙を出すつもりはない。ただ、書くことで呼吸しているだけだ。
窓の外で、風が木々を揺らした。
その音が、まるで彼の笑い声みたいで、胸が痛くなった。




