第2話:魔王城の休日
1:姫の朝、意外なマナー講座
魔王ゼファーの城の来賓の間。朝の鐘が鳴り響き、フリルのカーテンが優雅に開かれる。リアナ姫、つまり女装した勇者リアンは、天蓋付きのベッドで目をこすりながら、ため息をつく。金髪のウェーブヘアが乱れている。
リアナ(心の声)「くそっ…。朝からこのフリフリの檻かよ。姫の生活って、寝るのも一苦労だぜ…」
そこへ、メイド服を纏った侍女が入室。人間に近いが、耳が少し尖った魔族の女性が、優雅に頭を下げる。
侍女「リアナ姫、おはようございます。まもなく朝食の時間ですわ。今日は侍従長グレイ様による“上級貴族式テーブルマナー”を勉強なさいますのよ」
リアナはベッドから起き上がり、髪を整えながら怪訝な顔。
リアナ(心の声)「テーブル…マナー? そんなの、食うだけじゃねぇのかよ…」
場面は食堂へ。長いテーブルの上には、ナイフとフォークがずらりと並び、皿の横に小さな水の入ったボウル。侍従長グレイ、灰色の髪を後ろで束ね髭を生やした厳つい魔族の男が説明する。
グレイ「姫様、本日は“上級貴族式テーブルマナー”をお教えいたします」
リアナ「な、なんですか?この武器庫は!?」
グレイ「武器ではございません。こちらはスープ用、魚用、肉用……そして最後がデザート用です。決して間違えませぬよう」
リアナは混乱しながらも、なんとかナイフとフォークを使い分けようとするが、目の前の小さなボウルに気づく。
リアナ「これは……飲み水ですね?いただきます!」
喉が渇いていたリアナは、思わず両手で持ち上げ、ゴクゴクと飲み干す。
周囲の侍女たちが凍りつく。グレイの顔が青ざめ、口をぱくぱくさせる。
グレイ(心の声)「フィンガーボウルの水をお飲みに…!? 姫様、これは手洗い用で…」
そこへ、ゼファーが入室。赤い瞳がテーブルの異変を捉える。
ゼファー「……リアナ、何をしている?」
リアナは慌てて服を整え、赤面。
リアナ「え、あ、いえ! マナー講座で、水を飲む作法だって…」
ゼファーは一瞬何かを考えてから、自分の座る席のフィンガーボウルを手に取り、ゆっくりと飲む。
ゼファー「ふむ、悪くない。爽やかだな。皆も続け」
侍女たちがポカンとする中、グレイは心の中で絶叫。
グレイ(心の声)「陛下ぁぁ! なぜ合わせるのですか!? これで城中のマナーが台無しに…」
こうして、“魔王式マナー”としてボウルの水飲みが定着。リアナは内心でニヤリ。
リアナ(心の声)「へへ、なんかよく分かんねぇけど、魔王の威光でごまかせたぜ」
2:捕虜の開放
城の中庭。捕虜にされた人間の兵たちが跪いている。魔族の兵士が報告する。
兵士「魔王様、捕らえた人間どもをどうなさいますか?」
リアナ(心の声)「どうせ牢屋行きだろ……」
ゼファーは捕虜の人間たちを一瞥し、静かに語る。
ゼファー「……彼らを解放せよ。食事と水を与え、国境まで送り届けろ」
リアナ&兵士たち「……えっ?」
リアナ「ちょ、ちょっと待って! それじゃ裏切られるかもしれないじゃない!」
ゼファーがリアナをまっすぐ見据え、呟く。
ゼファー「恐怖だけでは、支配は長く続かぬ。人は飢えれば牙を剥くが、満たされれば敵対心を鈍らせる」
リアナ(小声で)「……まるで、人間の王様みたい」
リアナは魔王が単なる魔物ではないことに気づき始める。
3:厨房の手伝いに挑戦
昼下がり、リアナは「姫らしく家庭的なところを見せなきゃ!」という考えと好奇心から厨房に潜入。エプロンを付け、玉ねぎを刻むが、すぐに目がしょぼしょぼ。
リアナ「うわっ、目がっ! 涙が止まらない…」
大柄な料理長のトロル(人間のシェフそっくりだが、鼻が大きい魔族)が慌ててフォロー。
トロル「姫様、無理なさらず! 私が代わりに…」
そこへ、ゼファーが通りかかる。書類を抱え、厨房の喧騒に足を止める。
ゼファー「泣きながら料理する姫とは、珍しい光景だな」
リアナは涙目で睨み、手で頰を拭う。
リアナ「泣いてないわよ! この野菜が悪者なの! 魔王様こそ、こんなところで何してるの!」
ゼファーはそっと近づき、指でリアナの頰の涙を拭う。温かい感触に、リアナの心臓がドキンと跳ね顔が真っ赤に。
ゼファー「…戦場で流す涙は見慣れているが、台所で姫が流す涙は初めてだ。意外と愛らしい」
リアナ(心の声)「愛らしい…!? やめろ、そんな目で見るな! 俺の心が揺らぐじゃねぇか…。任務だ、任務!」
その近くを通ろうと、新人の侍女が火にかけていた鍋を運ぶが、足を滑らせ熱湯がリアナに飛び散りそうに。
トロル「わっ、危ない!」
ゼファーが素早くリアナを抱き寄せ、身を挺して庇う。ゼファーの腕に熱湯がかかり、湯気が上がる。
リアナ「……ゼ、ゼファー!?腕が…! なんで庇ったのよ、馬鹿!」
ゼファーは平然と腕を振る。
ゼファー「放っておけるものか。…たとえそれが敵だとしてもな」
侍女が泣きながら跪く。
侍女「お、恐れ多くも……。陛下、罰を…。私の不注意で…」
ゼファー「罰など要らぬ。人は誰しも過ちを犯す。だが、その後どう立つかが価値を決める」
リアナは無言で包帯を探し、ゼファーの腕に巻き始める。指先が震え、ゼファーの赤い瞳がじっと見つめる。
リアナ(小声)「…あなたって、思ってたより優しいのね。魔王なのに」
ゼファー「優しさなど、私のような者には似合わぬ言葉だ」
その後、夕食の席で二人は出来上がったシチューを黙って一口。ほんのり甘く、温かい味。リアナの胸に、何かが灯る。
リアナ(心の声)「この味…なんか、懐かしい。こんな調子で、弱点なんか探れねぇよ…」
4:バルコニーでの対話
夜の魔王城、星空の下。リアナが部屋の外に出て夜風にあたっている。魔王が背後から現れる。
ゼファー「眠れぬか」
リアナ「……昼間のこと、ありがとう。でも、どうしてそんなに人間に優しいの?」
少し間をおいて、答える。
ゼファー「……昔、私も人間だった」
リアナ(驚いて)「……え?」
ゼファー「だが、それは遠い昔の話だ。裏切りと血に染まった夜を経て、私はこの姿になった」
リアナ(心の声)「この人にも、痛みがある……それを隠してるんだ」
ゼファーが星を見る横顔に向かって、リアナが少し微笑み呟く。
リアナ「……あなたが魔王でなければ、きっと立派な王様になってたと思う」
ゼファーがわずかに笑う。
ゼファー「もしも、という言葉ほど、残酷なものはない」
5:夜の舞踏会
数日後、人間界からの貴族たちが魔王城を訪れ、盛大な舞踏会が開かれる。
表向きは“和平の儀”だが、参加する貴族たちは心の底で魔族を見下している。
リアナは煌びやかなドレスに身を包み、魔王と共に入場する。ゼファーの手を取る瞬間、少しだけ震える指先。
リアナ(心の声)「これが……“女として”見られてるってことなの?」
舞踏の途中、ある人間の貴族が嘲笑を漏らす。
貴族A「人間の姫が、魔族の王に仕えるとは滑稽だな。まるで飼い犬だ」
貴族B「まったくですな。あの魔族ども、人間の兵士を捕まえて拷問したとかいう噂ですぞ」
リアナ「……それは違います」
リアナが一歩前に出る。ざわつく貴族たち。
リアナ「私は見ました。彼は捕虜を解放し、食事まで与えました。あなたたちの言葉は、真実ではありません」
場が凍りつく。人間の貴族の一人が口を開く。
貴族C「そ、そんな……魔族の味方をなさるのですか、姫様!?」
リアナ(静かに)「真実の味方をしているだけです」
リアナがゼファーをじっと見据え、口を開く。
「それに…彼は“血の通わない魔物”ではなく、“この世界を背負う者”です。私の誇りです!」
場が静まり返る。ゼファーは微かに目を細め、リアナを見る。
ゼファー(心の声)「……こいつ、なぜここまで私を……?」
貴族たちはヒソヒソと囁き「なんということだ…」「姫は気がおかしくなったに違いない…」と口々に呟く。
リアナ(小声で)「私……どちらの世界の人間なんだろう」
舞踏会は再開されるが、ダンスの終盤、リアナが足を踏み外しかける。その瞬間、ゼファーがすかさず抱きとめる。距離、ゼロ。
リアナ(赤面)「……っ!」
ゼファー「……お前、いつか私を滅ぼすかもしれんな」
リアナ「だったら、その時まで踊りましょう」
静寂の中で、二人は再びステップを刻む。周囲の視線など、もうどうでもよかった。
6:近づく二人の距離
夜更け。城のバルコニーで星を見上げるリアナ。
リアナ(心の声)「魔王の瞳に映っていたのは、闇じゃなかった。孤独と、優しさだった…。これから、どうすればいいんだ、俺…?」
風が吹き、リアナの髪がなびく。そこに、ゼファーが隣に立つ。
ゼファー「今日の振る舞い……見事だった」
リアナ「ありがとうございます。でも……私、どっちの味方なんでしょうね。人間でも魔族でもない気がして…」
静かな風が吹く。ゼファーの表情に一瞬の優しさが表れて、リアナの髪に触れる。
ゼファー「ならば、私の隣で“リアナ姫”として生きろ。今はそれでいい」
夜空に二人の影が寄り添う。
7:エピローグ
一方、魔王城を脱出し、付近の街で潜伏しながらリアナと接触する作戦を練っている、勇者リアンのパーティーたち。街の酒場で食事をとりながら、話し合っている。
僧侶ソニアが、悪寒に襲われ体を少し震わせる。魔法使いエリーザは冷静な表情だが、心配そうに問う。
エリーザ「どうしたの、ソニア?体調悪いの?」
ソニア「いいえ、大丈夫です。なんだか、勇者さまの身に何か起こっているような予感が…。私たちから離れていってしまうような…」
エリーザ「それは僧侶としての予言?それとも女のカンかしら?」
ソニアが顔を赤らめて反論する。
ソニア「女のカンって!そんなんじゃないですってば!」
バレーノは酒のジョッキを持ち上げながら、冗談っぽく呟く。
バレーノ「ハハハ! リアン、姫として魔王の弱点を探りに行くはずが、逆に魔王に心を奪われてるんじゃね!?」
ソニアの瞳が光り、拳を握りしめリアンの無事を祈る。
ソニア(心の声)「勇者さま、大丈夫かな…。勇者さまの心は、私だけのものなんだから!」
バレーノがソニアの只者ではないオーラにビビる。
バレーノ「な、なんか、いつものソニアじゃないような…」
エリーザ「フフ、女は色々な顔を持ってるのよ。それじゃ、リアンの救出作戦を練るわよ!」
こうして勇者一行はリアンの救出と魔王討伐の作戦を考える。だが、リアナ姫として潜入中の彼は、魔王ゼファーの過去を知り、さらに葛藤することに…?(つづく)




