第1話:乙女の愛の夢
1:勇者救出作戦
平和な王国が魔王軍の侵攻によって一変して数年、勇者リアン一行は魔王の居城を目指して旅を続けていた。しかしある時、魔王軍の奇襲に遭い、リアンが捕虜として捕らえられてしまう。
勇者一行のパーティー、僧侶ソニア、戦士バレーノ、魔法使いエリーザは、リアンが連れ去られた直後、森のキャンプで作戦を練る。
女僧侶ソニアはリアンの無事を願い、震えながら呟く。
「勇者様が連れて行かれるなんて…」
屈強な男戦士バレーノは、勇者を守れなかったことに責任を感じ、地面に拳を打ち付ける。
「くそっ、俺がもっと早く動いていれば…!」
気丈な性格の女魔法使いエリーザが、仲間たちを鼓舞しようと勇者の救出作戦を考える。
「落ち着いて。とにかくリアンを救い出さなきゃ。真正面から魔王城に突っ込んでも返り討ちよ。何か方法を考えないと…」
一行の間に重苦しい沈黙が流れる。すると、ソニアが口火を切って語り出す。
「……そういえば噂で聞いたことがあります。魔王は『美しい乙女を姫として献上した者に、褒美を与える』と触れ書きを出していると」
バレーノは怪訝そうな顔で聞き返す。
「はぁ?それが勇者救出と何の関係があるんだ?」
エリーザがニヤリとして不敵な笑みを浮かべる。
「つまり、“乙女”のふりをしてリアンを魔王城に潜り込ませれば、魔王の側に近づける…って訳ね」
ソニアが目を輝かせ、拳をグッと握り締める。
「そうです! 勇者様を助け出すには、それしかありません!」
2:地下牢での変身
魔王ゼファーの城の薄暗い地下牢。石壁に鎖の音が響き、松明の炎がゆらめく。勇者リアンは、鎖で繋がれた手首をガチャガチャ鳴らしながら、牢の床に座り込む。
金髪に青い瞳、凛々しい顔立ちの青年だが、鎧も剣も奪われ、ボロボロの服だけ。魔王の軍勢に奇襲され、捕らえられて三日目だ。
リアンが苛立ちながら独り言を呟く。
「くそっ…。こんなところで足止めくらってる場合じゃねぇ! 仲間たちは無事か…?」
そこへ、鉄格子の向こうに三つの影が現れる。戦士バレーノ、僧侶ソニア、魔法使いエリーザが姿を現す。鉄格子の錠前を外し、リアンを鎖から解放する。
バレーノがニカっと歯を見せ豪快に笑う。
「おっ、リアン! 生きてたか! さすが勇者様、しぶといぜ!」
ソニアは涙目になりながら、リアンを心配そうに見つめる。
「勇者様、怪我はない!? なんて酷い目に…!」
エリーザは冷静に杖をくるりと振りながら呟く。
「ふん、元気そうじゃない。…でも、この状況、かなりマズいわよ」
リアンは仲間たちの無事に安堵しつつ、眉をひそめる。
「お前ら、よく潜入できたな! けど、どうやって外に脱出するんだ? 魔王の城だぞ!」
エリーザが羊皮紙を取り出し、魔王の触れ書きを読み上げる。
「『美しい乙女を姫として我に献上した者には、金銀財宝と領地を授ける』…だって。魔王ゼファー、なかなか趣味がいいわね」
リアンが怪訝そうな顔で呟く。
「それが何だよ? 脱出と何か関係あんのか?」
バレーノがエリーザと目配せし、ニヤニヤしながら語りかける。
「なぁ、リアン。お前のそのイケメン顔、ちょっと化粧すりゃバッチリ美人になるんじゃね?」
リアンが顔を真っ赤にして絶叫する。
「は!? ふざけんな! 俺が女装!? 頭沸いてんのか!?」
ソニアが慌ててフォローする。
「勇者様、落ち着いて! エリーザさんの作戦なの! あなたを姫として魔王に献上すれば、城の内部に潜入して弱点を探れるって!」
リアンは腕を振り回しながら必死に反論。
「ありえねぇ! 俺は勇者だ! 魔王をぶっ倒す男だぞ! 姫になるとか…死んでも嫌だ!」
エリーザが魔法で幻影の鏡を出現させ、リアンの顔を映す。自信満々の表情で語り出す。
「リアン、あんたの顔は素材として最適。私の魔法とメイクで、魔王も落とす完璧な“お姫様”に仕上げるわ。これが唯一の脱出法よ!」
バレーノが笑いながら追い打ちをかける。
「ハハハ! リアン、お姫様やってみろよ! 絶対ウケるぜ!むしろ他に方法があるなら言ってみろ!」
ソニアはオロオロしながら小声で呟く。
「二人とも、勇者様の気持ちも考えてあげて…」
だが、リアンの顔を見つめつつ、ソニアは頬を赤らめながら呟く。
「でも……勇者様ならきっと、とても美しいお姫様になれるはずです……♡」
リアンは頭を抱えるが、仲間たちの熱意に押し切られ、渋々承諾。ため息をつきながら決意する。
「…わかったよ。やるけど、絶対バレねぇようにしろ! 俺の人生終わらせんなよ!」
エリーザがニヤリと笑い、魔法の準備を始める。
3:リアナ姫、誕生
地下牢の奥で、エリーザが魔法の化粧道具を広げ、リアンを変身させる手はずを整える。
エリーザが杖を振ると、リアンの金髪が一気に伸び、サラサラのウェーブヘアに変形。リアンが「うわっ、髪が目に入る!」とパニックになる。
エリーザは化粧道具でメイクを開始。リアンの青い瞳に長いまつ毛を付け、頬にピンクのチークをポンポン。唇にはグロスと口紅を塗り重ねる。
リアンがじたばたと抵抗しながら声を上げる。
「やめろ、エリーザ! こんなの塗るな! 俺の顔が…顔が変になる!」
エリーザが手を動かしながら楽しげに呟く。
「変になる? ふふ、逆よ。完璧な美女になるの! ほら、じっとしてなさい!」
バレーノが巨大なフリフリの付いた赤いドレスを持ち込み、ソニアがリアンに着せる。リアンは慣れない衣装に顔を赤らめながら叫ぶ。
「ちょ、そこ引っ張るな! なんだこのフリフリはぁぁぁ!!」
ドレスの胸元にパッドを仕込む際、リアンが「それ何!? いらねぇだろ!」と絶叫。
バレーノは「これがないと姫感ゼロだぜ!」と大笑い。ソニアが申し訳なさそうにフォローするが、目がキラキラと輝いている。
「勇者様、きっと素敵になるから…! 耐えて!」
エリーザが仕上げに幻術をかけ、リアンの声を高く、柔らかく調整。完成した「リアナ姫」は長い金髪、透き通る肌、優雅なドレス。まるで絵画の姫君だ。
エリーザが満足げに鏡をリアンに向ける。
「似合う似合う。はい、鏡を見てごらん」
リアンは鏡に映る自身の姿に呆然。
「……誰だコイツ。嘘だろ…この超絶美人が俺!? 」
ソニアは赤面しながら口に手を当て呟く。
「か、かわいい……♡」
バレーノは急に大人しくなり、耳まで赤くしながら目を逸らしつつチラ見する。
「……」
リアン「なんか言えやぁぁぁ!!」
バレーノが気を取り直して、爆笑しながら煽る。
「ハハハ! リアン、完璧じゃねぇか! これで魔王の城、落とせるぜ!」
ソニアは感動と嫉妬で興奮気味。
「勇者様…。私、女として負けた気分…。ずるい!」
エリーザが「さぁ、姫の仕草を練習よ!」とリアナ姫に課題を出す。
4:お姫様修行
まずは歩き方。エリーザが「優雅に!」と指示するが、リアナは猫背な上にガニ股でドスドス歩く。
エリーザが呆れながら指導する。
「リアナ、それじゃ魔王も幻滅するわよ! もっとこう、しなやかに! 滑らかで流れるような動きで!背筋伸ばして、肩落として、顎を軽く引いて!」
リアナが顔を真っ赤にしながら反論。
「ちょっ!? 指示多すぎだろ!ふざけんな! そんなのできねぇ!」
バレーノが「ハハハ!こうか!?」と大げさに腰を振って歩いて見せ、リアナは「やめろ、参考にならねぇ!」と叫ぶ。
仕方なく、エリーザの魔法で強制的に優雅な歩き方をする呪いをかけられる。リアナが半泣きで「勇者として情けねぇ!」と涙を腕で拭うが、ドレスの裾を踏んでコケそうに。
ソニアが慌てて支えながら励ます。
「勇者様、がんばって! ほら、こう…おしとやかに!」
次に、言葉遣いの練習。エリーザが「リアナと申します。お初にお目にかかります、魔王様」と言うよう指示。
リアナが「俺…じゃねぇ、リ、リアナは…、ま、魔王様に…うっ」と噛みまくる。
バレーノが「ハハハ! 勇者様、姫感ゼロ!」と煽り、リアナが「黙れ!」とキレる。
エリーザが杖でリアナの頭を軽く叩き、「集中!」と一喝。
何十回もの練習の末、リアナはなんとか「姫らしい」振る舞いを習得。ドレスの裾を持ち、優雅に一礼しながら「お初にお目にかかります…」と言えるまでに。
リアナが疲れ果てて床にへたり込みながら呟く。
「…もういいだろ? これでバレねぇよな? な!?」
エリーザが満足げな笑みを浮かべる。
「完璧よ、リアナ姫。魔王も絶対メロメロになるわ。さぁ、任務よ! 魔王の弱点探って、ついでに私たちの脱出ルートも確保してね!」
リアナはうなだれながら「俺の尊厳…返してくれ…」と力なく呟く。
ソニアがリアナに寄り添い、優しく語りかける。
「勇者様、ありがとう。世界を救うためにここまでする勇者様は、本当にすごいよ!」
リアナは「褒めてるんだか貶してるんだか…」と複雑な表情。
バレーノがリアナの肩をバシンと叩き「お姫様、行ってこい!」と送り出す。
リアナは「二度とお姫様と呼ぶな!」と叫びつつ、覚悟を決める。
5:魔王との対面
魔王城の謁見の間。豪華な赤い絨毯、巨大なシャンデリアの広大な空間。玉座に魔王ゼファーが鎮座する。
リアナ姫は、黒いローブとフードを纏った3人の侍従と衛兵に連れられ、謁見の間に足を踏み入れる。ドレスの裾を踏まないよう必死に歩き、内心では「バレるなよ…」と祈る。
玉座に座る魔王ゼファーは、黒と赤を基調とした貴族服に身を包み、20代に見える端正な顔立ち。銀色の長髪に赤い瞳が燦然と輝き、リアナを捉える。
ゼファーが感嘆の声を上げる。
「ふむ…なんと美しい姫か。まるで月光をまとったようだ」
リアナはゼファーの声にゾクッと背筋が震える。その瞳があまりにも深く、まるで魂まで見透かされそう。リアナは内心で「任務、任務!」と自分を奮い立たせるが、顔が熱くなる。
リアナはドレスの裾を少し持ち上げ、ぎこちなく礼をする。震える声で、練習の成果を絞り出す。
「お、お初にお目にかかります、魔王様。リ…リアナと申します。貴方の…妃となるべく参りました…」
ゼファーが玉座から立ち、ゆっくりとリアナに近づく。リアナは後ずさりそうになるが、慌てて踏みとどまる。ゼファーがリアナの手を取り、手の甲に口づけする仕草をする。リアナの心臓がバクバク跳ね、顔が真っ赤に。
ゼファーが微笑み、囁くように語りかける。
「リアナ姫、君の可憐な姿は私の心を奪う。…その瞳、まるで吸い込まれるようだ」
リアナはゼファーの温かい手に触れ、ドレスの重さと香水の匂いも相まって、頭がクラクラしそうになる。
(ヤバい、こいつの声…なんでこんなにドキドキするんだ!? 落ち着け、俺! こいつは魔王だぞ!)
ゼファーはリアナをじっと見つめ、唇に微かな笑みを浮かべる。
「ほう……面白い。今まで見たどの乙女よりも、目の奥に炎を宿しているな」
リアナがドキッとして視線を逸らす。
(バレたか!? いや、まだ耐えろ……!)
だが、ゼファーはさらに一歩近づき、リアナの髪に触れながら、低く、意味深に呟く。
「リアナ姫、この城で過ごす時間が、君をさらに輝かせるだろう。…私は、君を決して離さない」
リアナは(離さない!?)と内心パニック。任務を思い出し、声が裏返りそうになりながら、なんとか平静を装う。
「ま、魔王様…。そ、そのようなお言葉、恐れ多いです…!」
ゼファーがフッと笑い、離れた所で跪く黒いローブとフード姿の侍従たちに目をやる。
「ご苦労であった。そなた達には褒美を遣わす。下がっても良いぞ」
侍従たちが一礼し、謁見の間を後にする。コソコソとした声で「うまくいったな…」「しっ!静かにして!」と呟いている。
6:勇者と魔王の勝負
ゼファーは自らリアナ姫を客室に案内する。豪華絢爛な内装だが、どこか少女趣味を感じさせるデザイン。リアナが恥ずかしさに顔を赤らめながら独白。
(な、なんで俺がこんなフリフリ部屋に……! クッションがハート型!? ベッドが天蓋付き!? やめろぉぉぉ!!)
ゼファーの声が部屋に響く。
「姫よ、気に入ったか? ここが君の新しい居場所だ」
リアナが引きつった笑顔で必死に取り繕う。
「と、とても気に入りましたわ。ありがとうございます…」
ゼファーが部屋からの去り際に、振り返って呟く。
「リアナ姫、今宵はゆっくり休むがいい。…明日から、君と多くの時間を共にしたい」
リアナは部屋に一人残され、ベッドにドサッと倒れ込む。ドレスの裾が広がり、布団に突っ伏したままリアナが呻く。
(くっ、殺せ!勇者として生を受けて17年…。こんな辱めを受けるなんて…)
だが、脳裏に浮かぶ魔王ゼファーの深い瞳の奥や、リアナの手や髪に触れる魔王の手の温もりを思い出し、なぜか胸が高鳴る。
(…なんだあの魔王! 絶対何か企んでる! けど、なんで…心臓バクバクしてんだよ、俺!?くそっ...どうしてこうなった...)
一方、魔王の私室でゼファーが一人、ワイングラスを手に月を見ながら微笑む。
ゼファーは既に、リアナ姫の正体に気づいていた。体に残る剣の傷跡、変装しても隠し切れない、勇者の持つ凛々しい気配。
だが、内心ドキドキしながらも懸命にリアナ姫を演じる勇者の姿に、既に心を奪われつつある。
ゼファーが楽しげに独り言を呟く。
「勇者リアン、か。面白い策略だ。…だが、その姿、確かに美しい。どこまで姫を演じられるか、楽しませてもらおう」
グラスを傾け、月に向かって呟く。
「リアン、この勝負、私が勝つ。…いや、君の心を勝ち取る、かな?」
7:エピローグ
侍従を装い魔王城を抜け出した勇者の仲間たちは、黒いローブを脱ぎ捨て、城の外でリアンの潜入成功を祝いつつ次の作戦を立てる。
エリーザは普段の冷静な表情だが、瞳にイタズラっぽい光が輝く。
「リアン、がんばってるわね。…でも、魔王のあの目、めっちゃ本気だったわよ?」
バレーノは笑いながら冗談っぽく呟く。
「ハハハ! リアン、姫として魔王の心をガッチリ掴んじまうんじゃね?」
ソニアは心配そうにリアンの無事を祈る。
「勇者様、大丈夫かな…。私たち、ちゃんとフォローしないと!」
次回、リアンは「姫」として魔王の城で振る舞い、弱点を必死に探る。だが、ゼファーの甘い言葉と行動に、リアナ姫の心はさらに揺れ動く…!?(つづく)