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*結・続*


 そこはウチの、夢守ゆめもり神社の境内だった。

 ただし、空には太陽が高く登り、そして神木がまだ立派にそびえていた。

「これは……オレが小学生くらいの景色だ」

 中学に入ってすぐ、神木は雷で焼けている。

 だからこれは、それ以前の光景だ。

「ふぅん。これが彼女の『夢』――『想い』がある風景か」

 やっぱりね、と隣に立つヴィアンは呟いた。

「まぁ、ガキの頃は結城ゆうきもずっとここで遊んでたからな」

「……本当に君は、なーんにも分かってないんだねぇ」

 ホントやれやれだよ、とまた肩をすくめるヴィアン。

「なんだ、また呆れてるのか?」

「いいや、今回は少しバカにしてる。だけど、そんな君でも僕の言ってることをすぐに、まさに身をもって、知ることになるよ」

 そう言い切ると、まっすぐと前を見た。

 オレも、バカにされたことにムカついたが、その方向を見据えた。

 広い境内の真ん中に『彼女』は立っていた。

 いつも通りの、しっかり校則を守った制服。

 いつも通りの、きっちりまとまった三つ編み。

 いつも通りの、すっきり無駄のない黒縁眼鏡。

 そして昨日からの、桜の花の髪留め。

「……結城?」

「へぇ。君には、そう見えてるのか」

「……人のセリフ、パクるなよ」

「あぁ、失礼。僕には『金髪グラマラス美人』に見えてるものだから、ついね」

「は? 黒髪黒眼鏡のいつも通りの結城じゃ――」


「私のこと、無視しないでくれる?」


 結城がそう言うや否や、黒い『何か』をこちらに飛ばしてきた。

 瞬時にオレはそれに反応し、横にかわす。

 しかしヴィアンはその場から動くことなく、

「――ぅぐっ!」

 『何か』に胸を突き刺され、貫かれた。

「あれ? お一人様、もうおしまい? あはははは、つまんないのー」

 そう笑う結城の後頭部から『何か』は生えていた。

 黒く艶やかな髪の三つ編み。

 それが人間の髪とは思えないほど瞬時に伸び、ありえない鋭利さでヴィアンを貫いていた。

「あははは、弱すぎー。一体こんなとこに何しに――」


「なんちゃって」


 貫かれたままのヴィアンがそう笑うと、代わりに結城の笑顔が消え、その凶器を伸ばしたときと同じ速さで引き戻した。

 そして音もなく、血もなく、ヴィアンの身体は“元に戻った”。

「な、なんで死んでないの、アンタ!?」

 黒縁眼鏡の奥の瞳を丸くして、結城は訊いた。

「こんな程度じゃ僕は死なない――いや、死ねない。僕はヴァンパイア“もどき”――いや、こちらの世界では“ほぼ”ヴァンパイアだから。その最たる特性の『復元』は回復や治癒なんてレベルじゃないから、そんな攻撃じゃあ傷一つどころか、血一滴すら流せない」

 と、ヴィアンが質問に答えると、あははは、とさっきまでと同じく結城は笑い出した。

「なぁんだ、同族じゃないの。だったら分かるでしょ? 私の邪魔をしないで」

「そんな怖い目で睨まなくても、君の邪魔をする気はないよ、僕は」

 そう言うと、ヴィアンは数歩離れたところにいるオレを見た。

 それにつられて、結城もこちらを見た。

 だけどそんなことは気にせず、オレはズボンのポケットから『武器』を取り出した。

 サイズは、開いたケータイと同じくらい。

 楕円の円柱のようなフォルム。

 年季の入った朱塗りのカラーリング。

 ちょうど真ん中には一本の切れ目が入っている。

「あはっ、何それ? 短刀? 小太刀? それにしても短すぎない?」

 そんなんじゃ私まで届きませんよー、と不愉快な声で笑い続ける結城。

 ……いや、結城はそんな顔で、そんな笑い方はしない。

 ――こいつは、サキュバスだ。

「『無太刀(むだち)言乃刃(ことのは)』」

 そう唱えて、オレは刀を抜く。

 すると、一瞬だけ警戒の表情を見せた後、

「あはははは、やめて、お腹痛いってば。何それ? 短刀でも小太刀でもないじゃん。肝心の『刀身』がないじゃん」

 ないないない、と一層不愉快にサキュバスは笑う。

 ……確かに、そうだ。

 オレが両手に持っているのは、鞘と柄だけだ。

 『無太刀』は、そういう刀だ。

 だけど刀身は――『言乃刃』は、今はまだ、あいつに見えていないだけだ。


「へぇ。お前には、そう見えんのか」


 そう“宣言”してから、オレは右手の柄を大きく横に振る。

 すると、長く直線的な刀身が、鞘のサイズに合わない刃が、現れた――いや、そういう風にサキュバスにも今、見えているはずだ。

「ど、どこからそんな刀身が出てきたの!?」

 狙い通り、サキュバスはそう驚いた。

 ――よし、“宣言”は有効化してる。

 そう確信すると、オレはサキュバスに向かって駆けた。

 一気に斬り込みに向かった。しかし、

「あはっ、遅いわよ!!」

 鞭のようにしなやかに、槍のように鋭い黒い三つ編みが、オレに向かって飛ぶように伸びていた。

 とっさにそれを『言乃刃』で上へと弾く。

 しかし、それはまるで意思を持っているように再度、上からオレを貫こうとした。

 紙一重で二撃目をかわすと、オレは大きく何度か後ろへ跳んで距離を取った。

 サキュバスもそれを見て、一度その凶器を素早く引き戻した。

 『言乃刃』を構え直す。剣術を習ったことがないので我流だが、それでも自分に一番合ったスタイルで。

「ねぇ、この髪留め、気付いた?」

 唐突に、サキュバスはそう訊いてきた。

 だけど、その表情も声も結城のものだった。

「……毎日のように会ってんだ、気付かないわけねぇだろ」

「ふぅん……じゃあ中学校の卒業式の日のこと、覚えてる?」

「……お前がオレと同じ高校に――」

「――違うわよ!!」

 結城がそう叫ぶと、再び黒い髪の槍が飛んできた。

 それを今度は『言乃刃』で右に受け流すと、そのままオレは再び結城に向かって駆けた。

「あの日は私が初めて髪を下ろしてみた日! 三つ編みは子供っぽいかなって思ったの!」

 背後から、受け流した槍が迫る。

 振り返ってはいない。気配で感じる。

 だからその気配が最大になった瞬間、その場で円を描くように回転し、背中で仰け反るようにかわす。そしてその勢いを殺さず、オレは駆け続けた。

 一方、結城は自分に向かってきた槍を大きく舌打ちしてから一度引き戻し、

「小学校高学年のとき、恥ずかしいからって智流さとるくんは私のこと苗字で呼ぶようになった!」

 叫びながら、再度オレに放った。

 ――速いっ!

 まっすぐと今までの比でなく速く、オレの心臓を目掛けて飛んでくる黒い槍。

 弾く、受け流す、そして駆ける。

 一瞬にしてその全ての選択肢を捨てた。

 立ち止まり、『言乃刃』の腹で受け止めることを選択した。

 ガキン、と金属同士がぶつかるような音を響かせ、オレを数メートル押し戻して、槍はようやく止まった。

 力が、抜けない。完全に拮抗している。

 鋭い槍の切っ先の一点だけに、神経を集中させる。

「高校に入って、初めて別のクラスになって、授業中に智流くんの寝顔が見られなくて寂しかった。こっそり起こしてあげられなくて悲しかった」

 少しずつ少しずつ、槍に込められた力が増していく。それと共に、オレの身体は押されていく。

「だからね、気付いたの」

 力を加えてるようにはまるで感じさせない平然とした口調と表情で、結城は続ける。


「あぁ、私は、もうこんなにも、智流くんのことが――好きなんだって」


 その瞬間、力のバランスは完全に崩れた。

 しかし、オレは後ろに倒れることはなかった。

 むしろ、逆。

 オレの身体は前に倒れていた。

 槍に込められた力が抜かれ、それはただの三つ編みの髪に戻っていた。

 だが、この程度なら予想範囲内だ。瞬時に対応できる――はずだった。

 混乱してさえいなければ。


 ――結城は、オレのことが、好きだって?


 だって結城は、ただの幼なじみで、家族みたいな存在で、いつもオレを助けてくれるヤツで。

 なのに?

 だから?

 なんで?

 ホントに?

 あはは、本当に。


「男は皆、バカばっかり」


 そう言って、サキュバスが笑った。

 刹那、目の前の三つ編みがバラバラにほどけ、なんとか踏み止まったオレの上半身を縛り上げた。

「――っ!」

 反応したときにはすでに遅かった。

 腕も、首も、腹の辺りまで縛られ、そのありえない力で動けなくなっていた。

 ――なんとか右手だけでも!

 『言乃刃』を持つ右手に力を込める。

 せめて『言乃刃』が使えれば、この髪を切れる。

 しかしその瞬間、

「あはっ、させるわけないじゃん」

 右の手首を強く締め上げられた。

「――っ!」

 痛みのあまり、柄が手からこぼれた。

 唯一の武器を、失った。

 それを嬉しそうな目で見ると、サキュバスは後頭部の髪を自在に操り、新しい三つ編みを編み上げて、二本目の槍を作り出しながら、

「ねぇ、智流くん、大好きだから――」

 結城の顔と声で、


「ここで死んで!!」


 サキュバスは、笑った。



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