*転*
「サキュバス」
開口一番、ヴィアンはそう言った。
そして続けて、
「何度も言うようだけど、僕は専門家じゃないから正確な情報じゃないかもしれないけど、それは承知しといてね」
と、例によって例の如くオレかあるいは他の誰かに言い聞かすように、言った。
「そんなこと分かってるから、さっさと本題に入れ」
「はいはい。本当に君はせっかちさんだね。でも、あんまり早い男の子は女の子に嫌われちゃうよ?」
「うるせぇ、黙れ。意味分かんねぇこと言うな」
「あれ? 分からなかった? そんな君は是非とも『お父さんやお母さんに訊いてみよう!』」
「やめろ! 親子関係ギクシャクするわ! ホントにやる子がいたらどうすんだ!」
「ん? 『ホントにやる子』って誰のことだい?」
「うるせぇ、黙れ、殺すぞ」
「“殺せる”ものなら是非」
と、ニッコリと笑うヴィアン。
「……………」
それに対して、オレはあからさまに不機嫌な表情で黙る。
こういう場合は、こういう態度が効果的。
ついこのあいだ出会ったばかりでも、そのくらいはもう知っている。
だからヴィアンは、やれやれ、といった感じで肩をすくめると話を続けた。
「サキュバス。言い換えると夢魔や淫魔。その名の通り、夢あるいは現実世界に相手の理想の女性像で現れ、その姿で魅了し、最後には淫らな行為で男性の精を絞り尽くす悪魔」
「……その『サキュバス』に結城が取り憑かれてるっていうのか?」
「いやいやいや、こっちも何度も言うようだけど『取り憑かれてる』なんて人聞きの悪い言葉、使わないでほしいよ。“僕ら”はそういうことはしない――いや、できない。“僕ら”はそういう存在だからね。だから今回も、彼女がそう在りたいと願ったから、そうなったんだよ。つまりニュアンスとしては『取り憑かれてる』より『宿している』の方が近い言葉だね」
「はー……まぁ、どうでもイイや」
“僕ら”の存在意義に関わることだからどうでもよくないよ、と訂正するヴィアンを無視して、オレは話の核心を切り出す。
「で、結城を助ける方法はあるのか?」
すると少し間を開けてから、
「それは、サキュバスを取り除く方法、と考えていいのかい?」
と、ヴィアンが答える。
「当たり前だ。それ以外ないだろ」
「そうかい? 今まで僕が出会ったサキュバス“もどき”は誰もが皆、人生を謳歌していたよ? だってモテモテ人生だよ? 相手を利用すれば、金も権力も名誉さえも思いのままだよ?」
「そんなこと知らねぇよ。それこそ、どうでもイイ。オレは今、結城を助けたいんだ」
――あいつの悲鳴なんか、二度と聞きたくねぇんだ。
「ふぅん、君は相変わらずの利己主義者だねぇ」
と、ニヤニヤとヴィアンは笑う。
「……悪いかよ?」
「いいや。人はそう在るべきだと、僕は思ってるよ」
と、今度はニッコリとヴィアンは笑う。
「だからこそ、彼女は望んだんだ。願ったんだ。サキュバスを、求めたんだ。そして、宿したんだ」
「……………?」
サキュバス、の説明は分かった、けど、
「だけど、理想の女性像で現れる、ってのは叶ってねぇじゃないか。実現してねぇじゃないか。見た目は普通に結城だったぞ」
「お、君もなかなか分かってきたね。その通りだよ。結局のところ『サキュバス』なんて悪魔、存在しないんだよ。いるはずなんて、ないんだよ」
――だからサキュバス“もどき”なのさ。
「なのに彼女は求めた。だから中途半端に叶った。姿形は変わらないけど、フェロモンの異常分泌くらいは実現した――ただし、相手は無差別に」
「だから突然告白されたり、さっきみたいに男に襲われそうになったのか……」
「その通り。さっきの暴漢くんも多分フェロモンに――サキュバスの“魅了”に当てられたんだろう。暴漢くんはおそらく今ごろ、自分が何をしていたのかなんて忘れている頃だろうよ」
――言わば彼は加害者じゃなくて、被害者だったんだよ。
「で、具体的に何をすれば結城を元に戻せる?」
「うーん、そこが問題なんだよなぁ」
「なんだ? 何が問題だ?」
「普通はね、もっとサキュバスの力が表面化している――いや、させてるんだよ。何せ、モテモテ人生だからねぇ」
羨ましい限りだよ、と無駄な感想を一度挟んで、
「それで本来なら僕が『ガブリ』とするだけで終わるんだけど、彼女はそうじゃない。彼女自身がそれを拒んで、封じ込めている。ま、完璧には出来てないから、力が漏れてるけどね」
サキュバス“もどき”の“もどき”だね、とヴィアンは笑う。
「望んだくせに、拒んでる。一体、何がしたいんだか僕には分からないよ。チルチルくんの話を聞く限り、まったくもっててんでさっぱり皆目見当も付かないほど全然到底、僕には分からないよ」
「? 分かんねぇくせに偉そうだな」
「……はぁー。わざわざ嫌みで言ってるのも、君には分からないか……」
やれやれ、とまた肩をすくめるヴィアン。
「? よく分かんねぇけどオレのこと、バカにしてんのか?」
「バカに、というより呆れてるんだよ。君はもっと人の心を理解すべきだ、って」
「そんなもん簡単に理解できたら苦労しねぇよ」
「君の『能力』なら出来るじゃないか。というか、早速その『能力』をまた使ってもらうよ」
「……結城の『夢』に入り込むのか?」
「その通り。さすがに二度目となると、察しがイイね」
「……はぁ。またあの『能力』を使うことになるとはな……」
やっぱり超普通の人間には戻れないんだろうな――いや、元々普通じゃないのか、オレは。
「だけど、ようやく三戦目にして『夢魔』とはツキが向いてきたね。『夢』は君の得意分野だもんね。さぁさぁ、早くサキュバス退治に行こうじゃないか」
「? このあいだと違ってずいぶんノリノリだな」
「そりゃそうだよ。サキュバスは低レベルの割に美味しいんだ。特に若い女の子は格別に美味しい」
と、ニヤニヤと笑うヴィアン。
「……その表情で今の最後のセリフは、かなりエロいぞ、お前」
多分、ウチの家族が見ても引くわ。
「あぁ、失礼。久々の食事なんで嬉しくてたまらなくてね」
そして、白い歯を見せて笑いながら、
「何せ、僕は腹ペコなんだ」
と、続けた。
鋭く長い八重歯を――吸血鬼“もどき”の牙を見せて笑いながら。




