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*承・更*


 放課後。夕暮れ。屋外プール横。

「あー、腰痛ぇ」

 上半身を大きく後ろに反らしてストレッチをしていると、

「おつかれ、智流さとるくん」

 オレの目からは天地逆になった結城ゆうきが声を掛けてきた。

「草むしり、終わったの?」

 素早く上半身を戻して振り返ると、続けてそう訊いてきた。

「おう、完璧。魚住うおずみさんもこれなら文句ねぇだろ」

 オレは辺りを見渡す。

 キレイな地面と、三つのゴミ袋。

 数時間前まで草が生い茂っていたとはとても思えない。

「つーか、結城、なんでまだ学校いんだよ?もうすぐ夜になるぞ」

「あ、いや、あの手紙の全員にお断りしてきて、気付いたらこんな時間に……」

「え? マジで? 全員に会ってきたの?」

 全五十三人(手紙を教室に持っていって二人で数えた)に?

「うん。相手が想いを伝えてくれたんだから、私もちゃんとそれに応えないとと思って」

「しっかりしてるな、お前は。でも、そのしっかりついでにさっさと帰れ、暗くなる前に。オレも魚住さんに報告したら帰るから」

「あはは、今日は私が注意されちゃった。それじゃあ、お父さんの言う通り、急いで帰りますか」

「誰がお父さんだよ」

 せめてお兄ちゃんにしとけよ。

 いや、ただの幼なじみだけど。

「じゃあ、また明日」

「おう、また明日」

 そうして今日は、結城と別れた。

 ――いや、別れたはずだった。



「お、チルチルくん。今、帰りかい?」

 完全に日が落ちれば、闇に溶け込んでしまいそうな服装の男――つまりヴィアンに会ったのは、ちょうど校門を出たときだった。

「なんでお前がこんなとこにいるんだよ? つーか、そのあだ名やめろ」

 そのまま足を止めず、帰り道を歩き続けるオレ。

 ヴィアンもそのペースに合わせて隣を歩く。

「えー、君にぴったりだと思うんだけどなぁ」

 さとる、智流、チル、チルチル。

 最初は単なる読み違いのあだ名、だったんだけど。

「で、僕がここにいる理由は、急遽おつかいを頼まれたから」

 と、手に持ったエコバック(確かにウチの)をオレに見せるヴィアン。

「本当に美代子みよこさんはドジっ娘だよね。カレーを作るのにカレールーを買い忘れるなんて」

「人の母親を下の名前で呼ぶな。人の母親をドジっ娘って言うな。次言ったら殺すぞ」

「物騒なこと言うねぇ、最近の若い子は。だけど“殺せる”ものなら是非ともお願いしたいねぇ」

 と、ヴィアンはニヤニヤと笑う。

 ……うわぁ、本気で殺してぇ。

 その方法は思いつかないし、あるかどうかも分からないけど。

「で、君はこんな遅くまでどうしたんだい? 学校から出てきたから、また病院に寄ってきたわけじゃなさそうだし」

「あぁ、ちょっと罰当番をな」

「なるほど。だから僕は登校前に散々言ったんだよ、そんな全身クロヒョウ柄の――」

「着てねぇよ! 超普通の学ラン着てるだろうが! お前の目は何を映してんだよ!?」

 つーか、クロヒョウ柄って黒一色じゃねぇか。

 学ラン=黒。あながち間違いでもないけど。

「まぁ、それはさておき。この辺り、何かイイ匂いがするねぇ」

 あからさまな話題転換で、鼻から空気を吸い込み、ヴィアンは目を細める。しかし、

「は? しねぇよ、そんな匂い。バッグの中のカレーの匂いじゃねぇの? もしくはお前が腹ペコなだけか」

 オレは否定する。一応香ってみたが、空気は無味無臭だ。

「まぁ、僕が腹ペコなのは認めるけど、カレーみたいなスパイシーな匂いじゃないよ。もっと甘くて魅惑的に匂いがするんだよ」

「なるほど。目だけじゃなくて鼻までイカレてるんだな、お前は」

「うわ。相変わらずのS発言だね。そんなサディスティックな性格だから、いつまでたっても彼女が出来ないんだよ」

「うるせぇよ。つーか、ついこのあいだ会ったばかりのヤツにそんなこと言われたくねぇよ」

「ほら、そういう言葉遣いもいけないんだよ。さらに君は『すすきはらさとる』でイニシャルまでSSなんだから、ドSどころかXSなんだよ」

「お前、それは身長の話か!? オレのサイズがXSだって言ってるのか!? 違うぞ、オレはMだ!」

 確かに、長身のお前から見たら小さいだろうけど!

 確かに、クラスでも背の高い方ではないけど!

「いやいや、僕はそんなこと言ってないよ。自意識過剰ってヤツだよ。そういう風に思ってるから、そういう風に聞こえるんだよ。それこそついこのあいだ、経験したばかりだろう?」

 それから、と周囲を一瞥してからヴィアンは言葉を続ける。

「今の最後のセリフは、大声で言うもんじゃないよ。誰か知らない人が聞いたら、完全に変態の発言だよ」

 ――オレはMだ、って。

「はっ!!」

 オレは慌てて周囲を見渡す。

 ほとんど日が落ちて暗くなっているが、辺りに人影はない。

 ……良かった。

 ここはもうウチの近くだ。

 変な噂をされても困る。白い目で見られても困る。

 彼女が出来るどころか、ご近所さんがいなくなる。

 まぁ、家族に聞かれるくらいなら、変な誤解をされることもないだろうけど。

 あと、ファミリーみたいな存在の結城も。

 ……あ、そうだ。

 結城のこと、ヴィアンに訊こうと思ってたんだ。

 結城の“異常”のことを。

「あのさ、ヴィアン」

 と、口を開いた直後だった。

 宵の口の闇を切り裂くような、悲鳴が聞こえたのは。

 よく聞き慣れた声の、よく聞き慣れない声。


 ――それは確かに、結城真実まみの声だった。



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