*承*
「おはよう、智流くん」
「おはよ、結城。急がないと遅刻すんぞ」
「それは智流くんもでしょ」
「つーか、珍しいな。お前がこんな時間に登校なんて」
「まぁね。今日はちょっと寝坊しちゃって……」
「ふーん。そりゃ珍しい」
品行方正・学業優先・優等生。
しっかり・きっちり・すっきり。
そんな言葉が、隣を歩く結城真実には、よく似合う。
いつも通りの、しっかり校則を守った制服。
いつも通りの、きっちりまとまった三つ編み。
いつも通りの、すっきり無駄のない黒縁眼鏡。
いつも通りの、ぴっかり色を添える桜の花の髪留め。
……………。
……あれ? 一個、多くね?
つーか、『ぴっかり』って何よ?
つーか、髪留めって何よ?
スクールバックにアクセサリーを付けることも、スカートの丈を短くすることも、もちろん髪を染めることも、それどころかオレが学校にゲーム機(携帯用じゃなくて家庭用の)を持っていくのも、NGだった結城が『飾りの付いた』髪留めをしている。
……え? 何? もしかしてアレ?
天変地異の前触れ?
確かに地球温暖化がひどいとか聞くもんなー。
今年は例年より桜が早く咲いたもんなー。
……………。
つーか、そうだよな。
春だもんな。新年度だもんな。
いくら真面目・生真面目・大真面目の結城だって、少しは浮かれるもんな。
天変地異とかは言い過ぎだな。
と、プチ反省していると、
「ヴィアンさん、だっけ?」
思い出したように結城が言った。
「ん? 誰が?」
「今、智流くんチに泊まってる人」
「あー、そんな人もいたような気が……」
「そんな人って、智流くんの恩人でしょ。貧血で倒れてるところを助けてもらったんでしょ」
「あー、そんなこともあったなぁ。懐かしいなぁ」
……………。
“貧血”ね。
確かに、あのときのオレは血を失ってたな。
血が足りてなかったな。
物は言いよう、とはこのことだ。
もちろん、そんな事件を知らない結城は、気にせず話を続ける。
「もー。懐かしいって、ついこのあいだじゃない。しっかりしてよね、今日から二年生なんだから」
「あー、来年はもう大学受験かよ。ついこのあいだ高校受験したっつーのに……」
「……はぁ。春休みは懐かしくて、去年はついこのあいだ、なのね。智流くんのその時間感覚が私は心配になるわ」
そう言って中指でこめかみを押さえる――困ったり悩んだときの結城の癖。
これもガキの頃から見慣れた光景。
確か、中学校の頃から……。
「そういや、中学の卒業式のときもお前、寝坊してたな」
「え? そうだっけ? 忘れちゃったよ、そんな昔のこと」
「おいおい。それも去年のことだぞ。人のこと言えねぇじゃねぇかよ」
「いいの。今は智流くんの話をしてるんだから。ていうか、そんなことよく覚えてたね」
――智流くんなのに。
と、ボソッと呟く結城。
「ちょい待て。今、聞き捨てならねぇセリフが聞こえたぞ」
「え? 幻聴じゃない? 気のせいだよ。そういう風に思ってるから、そういう風に聞こえるんだよ」
「……まぁ“思えば”聞こえるってのは認めるけどよ」
つーか、認めざるをえないけど。
“思えば”そう感じる。
“思うこと”で現実となる。
それは、ついこのあいだの春休みに実体験ありありのことだから。
「で、よく覚えてたね、そんなこと。何か記憶に残るようなことあったっけ?」
「ありありだ。その日に初めて、お前が津々高に入るってオレは知ったんだから」
まさか小中学校に続き、高校まで一緒になるなんて思ってもみなかったし。
「つーかさ、なんで津々高なんか入ったんだよ? お前の成績なら隣町の進学校とか行けただろ」
津々浦第二高校は部活動関係は有名だが、お勉強の方はイマイチな学校だ。
さらにオレは帰宅部で、成績も中の中。
だけど結城は同じ帰宅部でも、成績は上の中。
中学校のときも勉強ができたヤツだ。
それが何故、オレと同じ高校に?
「……智流くんだけにホントのこと言うと、遠くの学校に行くの面倒だったの。毎日バス通学とか疲れそうだし」
――ウチのお母さんには内緒ね。
と、小さく舌を出す結城。
……………。
……えらくカワイイじゃねぇかよ。
これが幼なじみじゃなければ、軽く萌えてるとこだった。
つーか、世間は『幼なじみ』のイメージを間違えてる。
ほとんど家族みたいなモンだから、フラグなんか立たねぇっつーの。
そして、そんなノーフラグな結城が続けて言う。
「だけどさ、まさか高校まできて別々のクラスになるなんてね。今まで全部同じクラスだったから、逆に不意打ちって感じ。神様って案外ノリ悪いんだね」
「いやいや、ノリで運命決められても困るし」
「でも今日から新クラスだから、また一緒になれるかもね」
「あぁ、そうだな――ていうか、そうだとイイな」
そう言い切った直後、結城の歩みが止まった。
だけどオレがそれに気付いたのは、彼女から数メートル離れてからだった。
「ん? どうした? 結城」
オレも立ち止まり、半身だけ彼女の方を振り向いた。
「い、いや、智流くんがあまりにも素直だったから、世界の終わりがくるのかとビックリして……」
「それは言い過ぎだ」
天変地異より言い過ぎだ。
「第一、オレきっかけでラグナロクなんか起きるわけねぇし」
そんなこと起きたら、カミサマ適当過ぎだし。
「いや、もし同じクラスになったら、また宿題写させてもらおうかと思って」
オレがそう言うと、一拍置いてから、
「一教科につき千円頂きます」
と、眼鏡の位置をクイッと直して言った。
「そこに『幼なじみ割』適用で!」
「ダメです。『学割』との併用はできません」
「なんと!? まさかの割引の落とし穴!」
「さらにクーポンも併用不可です」
「クーポンあったの!? つーか、よく考えりゃ学生以外は宿題なくね?」
「『学割』適用で一教科千円。これ以上は鐚一文まけられまへん」
「ちょい待て! 急に変な関西弁入れんな! お前の優等生キャラ崩れるから!」
――などと戯れていたせいで、二年生初日の始業式のこの日、二人仲良く遅刻することになった。