*起*
ふすまを勢いよく開け放ち、オレは部屋に入る。そして、
「起きろ、ヴィアン。朝飯だ」
目の前に敷かれた布団に声を掛ける。
すると、モゾモゾと少しだけ布団が動き、
「うーん……あと五分………」
と、その中から男の声が返ってくる。
「それはイイ歳の大人が言う台詞じゃねぇ」
「うーん……僕には構わず、君は先に行くんだ………」
「それはイイ歳の大人が言うべき台詞だが、ここで言うな。戦場で言え」
「……………」
――イラッ。
「……グッドモーニン、グ!」
おそらく腹部があるだろう場所に、オレは鋭い右ローキックをプレゼントする。
「痛いっ!」
見事に決まったプレゼントを受け取りながらも、ヴィアンも布団も大した変化はなく、依然布団の中から、
「いきなり蹴るなんてひどいじゃないか」
と、文句が返ってきた。
「いきなりじゃねぇよ。ちゃんとアイサツしただろ」
「君は何か勘違いしている。グッドモーニングは『これから蹴りますよ』の言葉じゃない」
……確かにそうだ。
確かに“宣言”は大事だ。
なので、
「こーれかーら蹴ーりまーす――」
今度はサッカーアニメのシュートのように、高らかに右足を後ろに振り上げて――
「タイム、タイム、タイム! 今出るから。今まさに出るから」
言われた通り、彼をゴールに叩き込むことをやめた。
オレはルールを守る男だから。
「……………」
「……………」
しかし、目の前の布団の塊に変化はない。
ヴィアンはルールを守らない男だった。
なので、きちんとしたペナルティを、あらかじめ持っていたソレを、少しだけ掛け布団を持ち上げ、
「……プレゼントフォーユー」
中に素早く放り込んだ。
するとすぐさま、
「ギニャアァァァァァッ!!」
爽やかな朝に似つかわしくない絶叫と共に、彼は布団の中から転がり出てきた。
「おぅ、やっと出てきたか」
「き、君は何てモノを投げ込むんだ! 鬼か、君は!?」
涙目で、まるでオレが非道をしたかのように、ヴィアンが訴えてきた。
そんな彼に、
「ただの銀の十字架を投げ込んだだけじゃねぇかよ。それに“鬼”はお前だ」
オレは誠意を持って対応する。
「じ、十字架だなんて……神社の息子がそんなモノを持っていてイイと思っているのかい!」
「いいんだよ、別に。この国には八百万もカミサマがいるんだから、一人二人増えたって分かんねぇし。それに、誰を信じようとオレの勝手だし」
「なんて不信心な発言だい……それに、君はカミサマ信じているのかい?」
「いーや、全然。会ったこともねぇ奴、信じるわけねぇだろ」
「うわ。神社の息子としては、ことごとく不信心な発言だね」
「ついでに言うと、毎日会っててもお前のことは全く信じてねぇから」
「うわ。ついでにひどいことを言うね、君は」
「んじゃ、さらにひどいこと言われる前にさっさと飯に来い」
「はいはーい。今日の朝ご飯は何かなぁ?」
とても親切なオレは、ここらで自己紹介と状況説明をしておくことにする――まぁ、自己紹介はともかく、純和風家屋の一室の食卓で長身の外国人が隣で納豆を美味そうに食っている状況は、是非とも説明するべきだろう。ていうか、説明させてくれ。
オレの名前は薄原智流。津々浦町民であると同時に津々浦第二高校(通称・津々高)の二年生でもある男子だ。
ちなみに、第二と付いているが第一高校は存在しない。その理由は誰にも分からず、津々高七不思議の一つとなっている……まぁ、あくまで余談だけど。ていうか、学校自体が七不思議の一つってのいうは、どうかと思うけど。
で、自己紹介を続けると、実家は夢守神社っていう意外と由緒ある(らしい)神社で、オレはその次期神主でもある。ま、当分先の話だけど――ていうか、本当は継ぎたくはないんだけど、こんな不満を言ったところでなんの解決にもならないし、それどころか問題が増えるということは春休みに“死ぬほど”経験したので、これ以上は言わないでおく。
呼んで字の如く『夢を守る』夢守神社。悪夢で悩む人、不眠症で悩む人、そのほか夢や眠り、そして心の問題で悩む人が全国からやってくる、知る人ぞ知る神社。
その神社の長男が、このオレだ。
そんなオレは今、境内の自宅にて家族揃って朝飯を食べている。
軽く紹介すると、味噌汁をすすっているのが父・直己、沢庵をかじったのが母・美代子、玉子焼きを頬張ったのが姉・凛花、そして未だ納豆に舌鼓を打っているのが問題の居候・ヴィアンだ。
スラリとした長身に、ウェーブのかかった灰色の長髪。そして丈の合わない浴衣(父のお古)を着た年齢不詳(見た目二十代後半くらい)の外国人、それがヴィアンという男だ。
どうしてそんな得体の知れない男がウチに居候しているかをちゃんと説明するには、かなりの時間と労力を使うことになるので、ここでは割愛して、こちらも軽く紹介させてもらうと、春休みに拾った“吸血鬼”がヴィアンだ。
……………。
……まぁ、念のため言っとくと、オレは電波さんでも、ファンキーな脳みその持ち主でもない。
至って普通な男子学生……とも言い切れないのが悔しいが、それでも確かにオレは人間で、ヴィアンは吸血鬼――いや、吸血鬼“もどき”だ。
と、誰に言ってるかよく分からない語りはこの辺にして、朝飯を終えたオレは身支度を整え玄関へ向かった。
そして、
「いってらっしゃーい……」
寝ぼけ眼のヴィアンに見送られ、家を出た。
……あの野郎、また寝るつもりだな。
そんなことを思いながらも、境内から続く石段をやや早足で降りる。
何故か説明口調で長々と語っていたので、なかなかの時間になってしまった。
さすがに二年生初日の始業式から遅刻はマズい。
なので、途中からは一段飛ばしで、石段を駆け降りる。結構危険な技だが、ガキの頃からずっとやっている技なので、何一つ狂いなくオレは降りきった。
そしてそのタイミングで、
「おはよう、智流くん」
と、声を掛けられた。
ガキの頃からずっと知っている人物に。
同じ高校に通う幼なじみ・結城真実に。
今回のお話の対戦相手・いやがるサキュバスに。
――だけど、このときのオレはお約束通り、まだ何も知らない。