証拠なき魔法
「全てお前が悪いんだ……。お前が私の妻を殺さなければ……」
「嫌だ……。許してくれ……。頼むから!!」
「奪われる苦しみを知れ」
「あぁぁあああぁぁああああ!!」
◇◆◇
「今日の事件はなかなかに手強いぞ……」
「証拠が全くないなんて……」
私はそんな会話を聞きながら屋敷の廊下を走った。
師匠はどこだろう。
多分事故現場の部屋だと思うけど。
人がやけに集中してる部屋がある。
ここかな。
「師匠!!」
「おぉ、マリー。遅かったな」
「師匠が早いんですよ。お手洗いに行く間、待っててくださいと言ったじゃないですか」
「急いでたんだ」
師匠の前には見慣れた警察の人達がいた。
この国の治安維持部隊、すなわち警察だ。
私は敬礼をした。
「お久しぶりです、ダイナス警部」
「マリーか。久しぶりだな」
ダイナス警部は私の顔見知りの警察だ。
師匠の同級生で、よく事件で師匠と話しているのを見る。
「今日の事件はかなり酷いが……大丈夫か?」
ダイナス警部が私に聞いてきた。
私はこんなふうに事件に首を突っ込んでいるが、実は十五歳だ。
だから心配されているのだろう。
だけど、私は事件現場の死体を見ても怖いとは感じない。
「平気ですよ。私を誰だと思ってるんですか?今回は何で殺されたんですか?」
「それがな……」
ダイナス警部と師匠が顔を見合わせて、私を死体の場所まで連れて行った。
そこには、心臓を見事に貫かれたこの屋敷の主人のアイリルス伯爵がいた。
刃物で刺されたにしては傷が大きすぎる。
「魔法?」
「ご名答。これはかなり高度な魔法だ」
「魔法であれば戸籍を確認すれば……」
私が提案すると、ダイナス警部は首を振った。
どうしてだろう。
この国では魔法を使える人は片手で数えるほどしかいない。
魔法で殺されたのであれば、その人達のアリバイを調べれば分かるはずなのに。
「国で魔法を使える者のアリバイは全て証明された。この国の魔法使いではない」
「うーん……」
私は死体に近づいて手をかざした。
ゆっくり目を瞑る。
何も感じない。
ただ分かるのは、強い殺意と悲しみ。
魔力は残ってない。
「なにか感じるか?」
師匠は私に問いかけた。
私は目を開けて首を振った。
「ここまで完璧に魔力の残骸を消すなんて、かなり凄腕ですよ」
「……魔法暗殺者か?」
ダイナス警部が言った。
「可能性はあります」
魔法暗殺者。
普通の暗殺者とは違い、人を殺す際に魔法を使う暗殺者。
魔法暗殺者は普通の暗殺者よりも捕まりやすい。
それは魔法の使用後、その場に魔力の残骸が残ってしまうからだ。
だから、最近は暗殺者協会への魔法暗殺者の導入が減っているらしい。
「暗殺者協会に行ってみるか」
「私が行きますよ。あそこもマスターとは顔見知りですし」
「そうだな。頼むよ」
◇◆◇
ガラの悪い人達が蔓延るスラム街に私は足を踏み入れた。
目立たないように長いローブを羽織った私は警戒しながら歩いていた。
奥に行けば暗殺者協会の本部があったはず。
「おいガキ」
私の目の前に大きな男が立ちはだかった。
腰には剣が差されており
普通の暗殺者だろう。
「ここはお前みたいなガキが来るところじゃねぇんだよ。とっとと帰れ。それとも、殺されてぇのか」
「そこを退いてください。邪魔です」
「喧嘩売ってんのかこのガキ!!」
男の拳が私に一直線に飛んできた。
私はそれを片手で受け止めた。
「なっ!」
「邪魔だと言っている」
私は手を離して、男の横に移動した。
そして、男の横腹を殴った。
男は派手に吹き飛び、建物の壁にぶつかった。
「ぐあっ……」
「全く、最近の暗殺者は人を見た目で判断するのか」
私は再び歩き始め、暗殺者協会の本部に入った。
私が入った瞬間、暗殺者達の動きが止まった。
ここにいる暗殺者はAクラスやSクラスの暗殺者だ。
そんな彼らとは私は知り合いだ。
「ノワールじゃねぇか!!」
「おい!親方!ノワールが戻ってきたぞ!!」
全員が騒ぎ出した。
相変わらずフリーだとやかましい奴らだ。
「そんなに騒ぐな。それに、私は暗殺者協会に戻る気はないと言っているだろ」
「釣れないな。久しぶりの再会なのに」
グレンが私の方に腕を置いた。
グレンは私の暗殺者時代の友人だ。
「グレン、いい加減ベタベタするのをやめろ。気色悪い」
「ノワール、お前はいつも釣れないな。親方が来るまでこうしてようぜ」
「離れろ。殺すぞ」
「冗談に聞こえない」
「安心しろ。いたって本気だ」
「相変わらずだな、ノワール」
あれは……。
私はグレンの腹を肘で殴った。
階段からゆっくりと降りてきたのは暗殺者協会のマスターだ。
マスターは私の父親だ。
久しぶりに再会した父は少し老いぼれていた。
「お父さん、久しぶり」
「久しぶり。さっき男を吹き飛ばしただろ」
「相談があるんだけど」
「話を聞け」
「吹き飛ばしたけど、相談があるの」
「流すな」
お父さんはため息をついて私の目をまっすぐに見た。
「相談とは?」
「ここ最近、アイリルス伯爵の暗殺依頼は入った?」
「いいや」
「……そっか。じゃあ、暗殺者協会にいる魔法暗殺者の名簿が欲しいの」
お父さんは目を細めた。
なぜそんなものを要求するのか分からないんだろう。
私は暗殺者協会を裏切ったも同然の者だ。
多少警戒するのは仕方ない。
「大丈夫、変なことには使わないから。禁忌を犯したものが出てきたら、その人は警察に突き出すだけ」
「……ついてきなさい」
お父さんは少し悩んでから私を連れて、執務室に連れて行った。
ここももはや懐かしいと感じる。
この暗殺者協会での禁忌、それは”依頼されていない人を殺すこと”だ。
ここでは、犯罪を犯した人物の暗殺しか引き受けない。
依頼に関係ない人を殺した場合、そいつは警察に突き出される。
他の暗殺者協会は国に睨まれているが、なんだかんだ黙認されている。
私は元々、ここのSクラスの暗殺者だった。
「マリー。ロレンスは元気か?」
ロレンスというのは師匠の名前だ。
お父さんも師匠と知り合いだ。
「元気だよ」
「そうか。……なぜ暗殺者名簿が必要なんだ?」
「まだ公になってないけど、アイリルス伯爵が魔法で殺されたの」
「アイリルス伯爵が?」
「魔力の残骸はなかった。それに、国で魔法を使える者のアリバイは全て証明されている。
つまり、戸籍の登録がされていない暗殺者が怪しい」
お父さんは少し悩んだ。
私だって十年一緒にいた人達を疑いたくない。
でも、魔法暗殺者を扱っているのはここだけだから。
「……俺は誰でもないと思う」
お父さんは執務室のドアを開けた。
中には数冊の分厚い書類ファイルが並ぶ棚がある。
お父さんはその棚から書類を取り出し、一枚一枚慎重にめくり始めた。
「……これが最近の魔法暗殺者の名簿だ」
名簿のページには、名前、得意な魔法、過去の依頼内容、そして”戸籍の有無”が記されていた。
どれも見慣れた名前ばかりだ。
この国では五歳になったときに魔力鑑定を受ける義務がある。
それを受けずとも、魔力持ちの魔力は自然に開花する。
だから、戸籍がなければその義務は果たさなくていいし、勝手に開花した魔力を伏せることもできる。
つまり、魔法暗殺者以外の暗殺者も、もしかしたら魔力を持っている人がいるかも知れない
「ここに名前がない人も、魔法暗殺者の可能性があるよね?」
「その通りだ。普通暗殺者の中にも魔法を使えるものがいる可能性もある。お前が言う通り、アイリルス伯爵を殺した魔法暗殺者はそういう連中の中にいるのかもしれない」
私は胸の奥がざわついた。
ここに登録されている暗殺者は千人以上いる。
その中からたった一人を探すなんて。
「……どうやって探すつもりだ?」
「……」
「やはりそれが問題だな。魔法が使えることを隠している暗殺者は、協会の網の目から逃げている。お前の昔の仲間だって疑わしい。…だが、手掛かりは必ずどこかにある。お前達はそれを見逃すな」
「分かった。師匠やダイナス警部にも協力を頼む。必ず犯人を捕まえてみせる」
「やる気があるなら、犯人が誰であろうと逃がすなよ。ノワール」
父は深く頷いた。
今お父さんが話しかけているのは暗殺者としての私、ノワールだ。
私は立ち上がり、執務室を後にした。
「終わったか?」
協会の出口で待っていたグレンが煙草をふかしながら言った。
私はフードを深くかぶり直す。
「暗殺者協会で依頼をこなしていた暗殺者を全て洗い出す。依頼の内容、身長、関係性」
「で、これからどうするんだ?」
「そいつらと会ってアリバイを探すんだよ」
「無茶苦茶だな。暗殺者はここだけでも千人いるんだぞ」
「やるしかないんだよ。私は暗殺者協会のマスターの娘で元Sクラスの魔法暗殺者。そして、王立騎士団特別部隊隊長のロレンスの弟子だ」
私は一歩踏み出す。
今私は、かつての仲間を疑う立場にいる。
ダイナス警部は言わなかったけど、私にも容疑がかかっているだろう。
仲間を疑うと同時に、かつての自分もまた疑われる側にいる。
逃げられないし逃げたくもない。
◇◆◇
暗殺者協会を出た私はそのまま警察本部へと向かった。
その頃には夕方になっていたが、警察署内の雰囲気は異様に緊迫していた。
入り口の警備員が私を見ると、無言で頷いて通してくれる。
「おっ、マリー。ちょうどよかった。一人怪しい人物を捕まえた」
「怪しい人物?」
「名前はアディン」
聞き覚えのある名前だった。
私と同じSクラスにいた暗殺者。
「やつは魔法暗殺者なのか?」
「ううん。魔力を持たない一般的な暗殺者」
私は取り調べ室の窓から中を覗いた。
無表情のまま椅子に座るアディンと目が合う。
「……入ってもいいですか?」
ダイナス警部は少し迷ってから頷いた。
「お前なら、なにか引き出せるかもしれん」
ダイナス警部は取調室のドアを開けて私を中に入れてくれた。
アディンは私を見て溜め息をついた。
「……ノワール」
「久しぶり。アディン」
「随分と丸くなったものだ。お前が捜査官だなんてな」
「茶化さないで。ねぇ、答えてアディン。事件の日、あの屋敷の近くにいたのはなぜ?」
アディンはしばらく黙ってから、決意を固めたように私の目を見返した。
「……あの屋敷には俺の妻が住んでいたんだ」
「アディン結婚してたの!?」
「三年前に籍を入れて、一ヶ月前に別れた。ノワールが知らないのも無理ない。……俺はどうしても妻を忘れられなかった。だから見に行ったんだ。あの人が、幸せかどうか……」
私は言葉を失った。
まさか、アディンの身にそんな事が起こっていたなんて。
「まさかアイリルス伯爵が……?」
「関係ない。あいつが彼女を奪ったわけじゃない。頼む、ノワール。信じてくれ。俺は暗殺者協会に誓ってアイリルス伯爵を殺してない。
私は彼の瞳を見つめた。
嘘はないように思えた。
「でも、一つだけ言える。あの殺しには怒りと悲しみが混ざっていた。俺じゃない。俺にはそんな感情はもう残ってない」
◇◆◇
取り調べ室を出ると、ダイナス警部が待っていた。
「どうだった?」
「....…彼は犯人じゃない。感情が空っぽだったからね。犯人にはもっと強い感情があった」
「ふむ。じゃあ次はどうする?」
「もしかしたら普通暗殺者の中に魔力持ちが隠れているかも知れないんです。私はそっちを探します。ダイナス警部はアイリルス伯爵のことを調べてください」
犯人はかなり強い怒りを持ち、一方で強い悲しみを抱いていた。
つまり、アイリルス伯爵が犯人に何かした可能性がある。
「なるほどな……。マリー、お前はその犯人が仲間だった場合、そいつを逃がすか?その可能性があったとしても追い続けるか?」
「……たとえ仲間でも、やってはいけないことがある。私は逃げない」
ダイナス警部は一だけ微笑んだ。
「立派になったな。マリー」
その言葉がなぜか少しだけ胸に刺さった。
ダイナス警部は暗殺者時代の私を知っている。
だからこそ刺さったのだろう。
「にしても、ここ最近の事件だと、これが一番難解じゃないか?」
「そうですね」
暗殺者か一般人かわからない。
ただ分かっているのは魔法が使えるという特徴だけ。
「マリー、気をつけろ。お前の近くに犯人がいるかもしれないからな」
◇◆◇
私は警察署を後にして、夜の街を歩いていた。
犯人が私の近くにいるかもしれない……か。
ダイナス警部の言葉が頭から離れない。
つまり、警察、協会、あるいは……。
師匠の周囲にも疑わしき人物がいるということ。
考えるほどに、嫌な予感が膨らんでいく。
ポケットの中の通信石が震えた。
私はすぐに応答した。
「ダイナス警部?どうされました?」
あれから三十分ほどしか経っていないというのに、ダイナス警部は焦ったような声で言った。
「マリー、大変だ。今すぐ戻ってこい」
これはただ事じゃないな。
私は急いで警察本部へ戻った。
そこにいたのはダイナス警部と部下の人達だ。
ダイナス警部は思いつめたような顔で私を見た。
そして、ゆっくりと私に近づいてある紙の束を渡した。
「……っ!!これをアイリルス伯爵が……?」
その紙に書かれていたのはアイリルス伯爵が犯した罪だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アイリルス伯爵は行きつけの酒場で働く女性に惹かれた。
彼はその女性を側室として娶ろうとしたが、女性はそれを拒絶した。
それが気に入らなかったのか、アイリルス伯爵はその女性を殺害。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
要約するとこんな内容が書かれていた。
一枚めくると、見覚えのある顔が貼り付けられている紙があった。
エリーさん……。
それは師匠の妻の名前だった。
師匠……。
思い返せば、師匠はあの日家にいなかった。
最近、師匠は様子がおかしかった。
エリーさんが帰ってこないのも出張だとしか言ってなかったのに、まさかアイリルス伯爵に殺されていたなんて……。
「おそらく、アイリルス伯爵はロレンスが……」
「…………」
私は長い沈黙の故、顔を上げた。
「師匠のところに行こう」
「……マリー、ロレンスの居場所は?」
「街が綺麗に見える丘の上だと思う」
私は警察本部を駆け出した。
そして、馬を借りてすぐ出発できるように準備した。
ダイナス警部は他の部下にその場で待機するように指示してから私についてきた。
「行きましょう」
◇◆◇
私達は馬に乗って丘に向かっていた。
「なぜロレンスは殺人など……」
「分かりません。ただ、恋は盲目といいます。それもあるかもしれないです」
「……ロレンスは魔法が使えないはずだが、どうして魔法が使える?」
「それは……。本人に聞かないと分かりません」
気がついたら丘に着いていた。
そこには師匠がいた。
師匠は私達に気がついたのか、ゆっくりと振り向いた。
「おや?ダイナス、マリー、どうしたんだ?」
人の良さそうな笑みを浮かべた師匠は人殺しだ。
油断するな。
「師匠がアイリルス伯爵を殺したんですか?」
「やっと気がついたのか。そうだ、俺がアイリルスを殺した。奴は罪を犯したからな」
師匠は不気味に笑った。
ダイナス警部はかなり驚いているようだ。
私は歯を食いしばった。。
ここからはマリーとしての質問や言葉ではない。
元魔法暗殺者のノワールからの言葉だ。
「なぜ魔法が使えた?」
「それには気づかなかったのか。残念だよ、ノワール」
「答えろ、ロレンス」
師匠は胸ポケットからペンダントを取り出した。
そのペンダントは暗殺協会のものだった。
「SSランク?まさか……」
お父さんの暗殺協会では最高がSランクだ。
しかし、一人だけSSランクの魔法暗殺者がいたと聞いたことがある。
その暗殺者は魔力の残骸を消せると聞いたことがある
だから魔力の残骸がなかったのか……。
それに、年の離れたお父さんと師匠が知り合いだった理由が分かった。
「俺は暗殺協会元SSランク、魔法暗殺者。ノーマンだ」
「なぜアイリルス伯爵を殺す必要があった」
「あいつは俺の妻を殺した」
「馬鹿なのか?確かに私達の所属していた暗殺協会は依頼された人物は殺しても構わないというルールだ。だが、私情で人を殺すなどあってはならないことだ」
「もう暗殺協会は引退したのに?」
師匠は暗殺協会を引退したら人を殺しても罰せられないと思っているのか。
師匠の目はひどく冷たい。
「ノワール、お前は変わったように見せているが、何も変わっていないよな」
師匠は私の背後に移動した。
早い!
見えなかった!
これがSSクラスの魔法暗殺者か。
「お前は何も変わってない。人の命なんてどうでもいいという意識は治ってないだろう?」
「そんなこと……」
「お前は信じてもらいたいだけだろ。なぁ、人殺し姫?」
心臓が大きく鳴った。
「馬鹿っ!ロレンス!なぜマリーを煽った!」
「これが俺の望みだ」
◇◆◇
私は殺し姫と呼ばれ、他の協会に所属する暗殺者は私を恐れた。
なぜ私は恐れられているのだろう。
それがずっと分からなかった。
裏社会でも、表社会でも、私は怖がられていた。
唯一私を怖がらないでくれたのは、暗殺協会のみんなだけだった。
お父さんには家業を継ぐ必要はないから、辛かったらやめてもいい。
そう言われた。
でも、そんなことしたら、裏切り者を出した協会だと馬鹿にされる。
お父さんはそれを考えていないんだろうか。
いつしか依頼をこなすだけの日常に飽きていた。
そんな時に私は師匠に……。
ロレンスさんに会った。
「こんにちは」
「……」
「あれ?見えてる?」
「…………何で暗殺協会に所属していない者がここにいる?」
その時の私は、とにかく周りに冷たく、楽しそうにすることなんてなかった。
暗殺協会に所属していない師匠が、協会内にいて驚いた。
「俺は君のお父さんの知り合いだよ」
「そう。上にいるから用があるなら行けば?」
「……君は冷たいなぁ」
「あなたは表社会の人間だろう?私が怖くないのか?」
私は表社会でも名の知れた暗殺者だ。
暗殺をする時に使う狐の面をしたら、表社会の人間は私の周りから消える。
外していてもごく数人気づく人はいる。
父の仇だと言って襲ってくる者もいた。
だから、こいつもそうだと思った。
だって、今の私は狐の面をしているから。
師匠はその時、なぜか笑って言った。
「どこが?」
「……は?」
「君に恐れるところはないだろう?君はそれを生業にしてるだけで、暗殺の依頼が入らない限り君は無害だ」
初めて私を理解してもらえた気がした。
私は座っていた椅子から立ち上がって、父のところへ師匠を連れて行った。
「お父さん、私暗殺者をやめます」
「……ノワール。ロレンスに許可を得たのか?」
「今取ります」
私は師匠に向き合った。
「私をあなたの弟子にしてください!!」
◇◆◇
「マリー、マリー!もういいんだ!」
ダイナス警部の声で、私は我に返った。
「あ、れ?」
私今、暗殺するときの感覚に陥っていた?
私は暗殺するとき、過去を見る。
過去を見ているから、暗殺しているときの記憶がない。
「ダイナス警部。師匠は……?」
「……」
ダイナス警部は私の足元を指さした。
「……っ!!」
私の足元には、瀕死の師匠がいた。
まさか……。
これ、私が……。
私は膝をついた。
「師匠!師匠!」
私がいくら揺すっても、師匠は起きなかった。
◇◆◇
――一ヶ月後
その後、師匠はすぐに病院に運ばれ、一命を取り留めた。
でも、あれから目を覚ましていない。
ダイナス警部は私のせいじゃないと言ってくれた。
けど、私は自分のせいだとしか思えなかった。
師匠が犯したことに罪がないとは言えない。
でも、ダイナス警部はアイリルス伯爵にも罪があると考えていたから、師匠の罪は少し軽くなったと言ってた。
「師匠、起きてくださいよ。早く起きないと、罪を償えないじゃないですか」
師匠は何も言わない。
意識があるのかどうかも分からない。
「罪を償ったら、また一緒に暮らしましょう。あなたからしたらエリーさんがいない家なんて変える価値がないかもしれない。でも、私もその気持ちは同じです」
「マリー!事件が起きたから来てくれ!」
「はーい!……それじゃあ師匠。行ってきます!」