表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

私の幸せな結婚までのお話

美しく咲き誇る桜の木の下、前世で約束した二人が異世界で結ばれるまでのお話です。

以前に短編として投稿した「私の幸せな結婚までのお話」と「僕の幸せな結婚までの話」を一つにまとめて加筆したものです。

大筋は変わっていません。

晴れ渡る青空


今日は私の結婚式


お父様にエスコートされてバージンロードを進む私を待っているのは、満開の桜の木の下、透き通った瞳でまっすぐに私を見つめる最愛の方


聖女に婚約者を奪われた哀れな令嬢と噂する方々もいるけれど、それってとても心外だわ。

幸せな私の結婚までのお話、聞いて下さる?



◇・◇・◇・◇

私はエーヴェル王国のブルク侯爵家当主フロイツの長女のルイーゼとして生を受けました。

お母さまのワイマー大公第二公女のフリーデリケは、難産の末、私を産み落とすと儚くなってしまわれました。


後妻に迎えられたのは、お母様の侍女として付き従った元伯爵令嬢のマリア様です。

お母様に対する並々ならぬ忠誠心と才覚と美貌に加え、何よりも私に向けるその愛情深さを買われ、当主以下使用人一同の熱心な説得の末、フリーデリケお母様の父であるワイマー大公様からの最期の一押しでやっとのことで侯爵夫人となることに頷いてくれたそうです。


ワイマー大公閣下は先王の従兄にあたり、大公妃様亡き後二人の公女様たちを大切に慈しんでいる事は有名でした。

どちらの公女様も大公家を担って行くだけの健康に恵まれていなかったため、大切にしてくれる家に嫁いで子に恵まれればその子を跡取りにとお考えだったそうです。

しかし、私の伯母に当たる公女様は社交デビューを迎える前に感染症により早世され、残されたフリーデリケお母様の出産に際しても当時お母様の侍女だったマリア様と共に大変お心を砕かれていたそうです。

そして再び見舞われた悲しみの中、懸命に愛情を注ぎ守り慈しんでくれるマリア様を見込んで私を託したそうです。


フリーデリケお母様を崇拝するように慕う義母となったマリアお母様に、私は心から慈しまれ愛されて育ちました。

私の生みの母であるフリーデリケお母様がいかに素晴らしい女性だったかをうっとりと語り、その娘である私がどれほど大切な存在かを態度で示し、侯爵であるお父様や使用人たちをも巻き込んで、まるで宝物のように大切に育ててもらったのです。


その愛情はマリアお母様に長男のフリードと次男のデリックが生まれた後も揺るぎなく、私たち姉弟たちは皆同じように慈しみ愛され、世間でよくある後妻や腹違いの兄弟との確執など皆無のとても温かい家庭でした。

また、お祖父様であるワイマー大公家の強力な後ろ盾により集められた家庭教師たちの人選も素晴らしく、侯爵家の令嬢子息として非の打ちどころの無い教育を施す一方、それぞれの才能や興味を酌み、それに相応しい環境も整えてくれました。



あれは忘れもしない三歳のある日、私はやっと座れるようになったフリードをあやすために紙を折って飛ばして遊んでいました。

風に乗って遠くまで飛んでいく紙に周囲の大人たちは目を見張り、驚愕しました。

そして、これは誰にも見せてはいけないと強く諭されたのです。

初めて見る大人たちの真剣な顔が怖くて泣いてしまったことを覚えています。


それ以降、言ってはいけない、見せてはいけないと言われることが増えていく中、下の弟デリックの洗礼式の日、教会の尖塔を見た私がマリアお母様にこっそり囁いた『えんぴつみたいね』という言葉を司教様に聞かれてしまい、聖女特有の言葉だと大騒ぎになってしまいました。

このまま教会に留め置くようにとの要請をお父様とマリアお母様に頑として撥ね付けられ、共に出席していたお祖父様のワイマー大公が娘の忘れ形見である私を抱き上げて出口に向かう様子を見て苛立った司教様は、あろう事かワイマー大公閣下の進路に両腕を広げて立ちはだかり、尊大な態度で脅しの言葉を投げかけました。


「我々に逆らう者には神罰が下る! 大人しく従うのが御身のためですぞ!」


お祖父様は私を抱き上げたまま、不遜な態度でこちらを睨みつける司教様を睥睨して静かに仰いました。


「不敬である」


ワイマー大公閣下の短い言葉が終らぬうちに大公家の護衛達に床に叩きつけられるように取り押さえられた司教様に目を向けることなく、私を抱き上げたお祖父様を先頭に、家族みんな何事もなかったかのように教会を後にしました。


エーヴェル王国ではトマス大司教を中心とした教会が絶大な力を持っています。

教会は古くから聖女召喚の儀式を行っており、聖女の知識を奇跡として広める事で国民からの崇拝と信仰をゆるぎないものにしているのです。

しかし、いくら力を持っていたとしても大公閣下への不敬は許されることではありません。

その日以来、ブルク侯爵邸に滞在しているワイマー大公閣下宛に、手紙を携え面会を求めるトマス大司教様の使者が日参しましたが、ワイマー大公が手紙を受け取り使者へ面会の承諾を与えて地下牢に収監されていた司教様を引渡したのはあの日から十日後のことでした。


その十日間、私の無意識の行動は歴代聖女の奇跡や行動に酷似している事が明らかになった事で「準聖女」として幼いうちに召し上げて家族や世間から隔離したい教会に対し、全力で愛娘を守る姿勢を崩さないブルク侯爵家と後ろ盾であるワイマー大公家、それに加えて教会の力を削ぎたい王家の思惑が一致し、私は第四王子フィリップ殿下の婚約者に決まったのです。


教会との面談は、国王陛下の招集として王宮の謁見室で行われました。

フィリップ殿下と私が並んで王族席に座っている意味を悟って驚愕した司教様たちの「聖女は純潔を失えば力を失う」という必死の訴えを、国王陛下はトマス大司教様を見据えながら「準聖女」は適応外であると退け、王命として宣言されました。


「ブルク侯爵家息女ルイーゼを第四王子フィリップの婚約者とする」


その場にいた全ての人間が最敬礼を執り国王陛下の言葉に従います。

それでもなお諦めない教会側は、国民のために力を発揮するのは「準聖女」の義務であり、王族の婚約者であるなら猶更であるとし、国民のために一刻も早く教会に身を置いて聖女教育を受けるべきだと主張しました。

それを聞いていた王妃陛下からお言葉が発せられました。


「真の聖女は既にそなたらの下におわすではないか」


トマス大司教様は王妃陛下に向き直り答えました。


「聖女の御業を顕現されている以上、我々教会が保護するのが神のご意思だと存じます」


王妃陛下は扇を広げ目を細めて『ほほ』とお声を漏らし、トマス大司教様を見据えて続けられました。


「王家の血を引く高位貴族家の令嬢であり更に王子妃となる事が決まった準王族を『保護』とは、トマス大司教殿はいつから我が王家と肩を並べる地位に就かれたのやら」


そのお言葉にハッとして慌てて頭を下げた大司教様の言葉を待たず、王妃陛下は断じられました。


「準王族を護るのは王家の務め、教会がルイーゼ嬢を『保護』する必要はない。

今代の聖女は降臨された時には既に成人していた。聖女教育とやらは王子妃教育の合間で十分だ」


トマス大司教様は頭を下げたまま絞り出すような声で『御意』と告げられ、漸く面談はお開きになりました。


こうして私は妃教育の合間に教会へ「お勉強」に通う事が決まったのです。

しかし、王家から第四王子妃に割り当てられる近衛騎士たちとブルク侯爵家から派遣できる護衛騎士たちだけでは、教会への「お勉強」に向かう道中に万が一【神の御業】で不慮の事故に巻き込まれたとしても私を守り切れるとは限りません。

そこで、フィリップ殿下と私は次期ワイマー大公夫妻に指名される事になり、大公家選りすぐりの護衛騎士達に幾重にも囲まれた物々しい大所帯で教会へ向かう事になりました。


私は当面の第四王子妃と未来の大公妃教育のため王宮に居室を賜り影の護衛が付くことで【神の啓示】と称した誘拐や拉致から守られ、教会への「お勉強」には婚約者のフィリップ殿下も同行することで【神のご意思】という名の監禁から守られることになったのです。


流石は大司教にまで上り詰めた方、十重二十重に守られフィリップ殿下と言う大公閣下以上の高貴な目の上のたん瘤まで加わり、内心では非常に苦々しく思っている事を微塵も感じさせない慈悲に満ちた厳かなお姿で今日も私とフィリップ様に薫陶を授けておられます。


曰く、聖女を娶りその力を削ぐ事は果たして神の意志に沿うものでしょうか。

曰く、王都に君臨する王家と国の末端隅々まで目の届く教会、一体どちらが聖女の恩恵を広く施せるでしょうか。

曰く、聖女を独占し更にその聖力を削いで民から聖女の恩恵を奪った王家から民心は離れて行かないでしょうか。

曰く、神は拙僧に清らかなお二人を世俗の穢れからお守りするよう強くお望みなのです。


そして最後には必ずこう語られて見送られます。


「聖女の事は長きに渡る歴史を引継ぎ自ら接してきた拙僧が王宮や貴族たちの誰よりも深く理解し良く分かっているのです。どうか神の代弁者たる私の言葉だけを信じ、哀れにも知らぬうちに世俗に汚された周囲の言葉に惑わされず決して耳を傾けませんように。

聡いお二人には、どうすれば良いか言わずともお分かりですね。

我々は賢明なご判断を期待しておりますよ」


帰りの馬車の中で『難しいお話はよく分からないね』と無邪気に笑い合う私たちは周囲の大人たちに温かく見守られていました。


そんなある日の「お勉強」の休憩時間、いつものように教会の中庭でフィリップ殿下と共に侍女の持参したお茶を頂いている時、北の回廊に面した部屋の扉がほんの少し開いている事に気が付きました。

お茶が終り礼拝堂に戻る際、私は中庭のほころび始めた花の香りに混じる微かなにおいに足を止めました。胸が苦しくなるような感情を呼び起こしたそのにおいに、突如『病室のにおいだ』と確信した私が扉へ辿り着くより早く、そばに立っていた聖騎士に扉は閉ざされてしまったのです。

そこは1階の日当たりの悪い回廊の片隅にある小さな部屋です。

この出来事がある前、その聖騎士は私たちのお茶会のために回廊に配備された護衛だと思っていました。

しかしその部屋を護る為に聖騎士が控えているとすれば全く意味は変わります。

この教会内で聖騎士が護衛に就く人物はトマス大司教様を除けばただ一人。

胸が締め付けられるほど強く感じた、決して軽くはない病を得ている状況と聖女様の身分ではありえない下位の居室の位置から、考えられることは一つです。


私は気付いたことを悟られぬよう普段通りに過ごし、帰りの馬車でフィリップ殿下と馬車に同乗する側近たちと、どこかで聞いているであろう影ににそのことを伝えました。

その日の夕食後、私の私室にやって来た国王王妃両陛下に優しく問われてその時の状況をお話ししました。

そして王妃陛下の教会への訪問が秘密裏に決定したのです。


一週間後に迎えた「お勉強」の日、いつものようにフィリップ殿下と私を出迎えたトマス大司教様は、続いて馬車から降りていらした王妃陛下に驚愕していました。

王妃陛下は大司教様の挨拶を手で制し、立ち止まることなく教会の扉を潜るや否や開口一番に仰いました。


「聖女殿をこれへ」


そのまま奥に進んでいく王妃陛下に腰を落として付き従うトマス大司教様は、一瞬の動揺を誤魔化すように眉を落として答えました。


「聖女様は病を得て静養中でございますゆえ、御前に参じる事が叶いません」


そこで足を止めた王妃陛下は、傍らのトマス大司教様に向き直りその顔を見据えながら問いかけました。


「医師を呼んだ記録も形跡すらないが、何の病か」


「気鬱の病でございますれば…」


「医師でないそなたがなぜ診断を下す」


王妃陛下はトマス大司教様の返答を待たずに再び進み始め、迷いなく回廊へ向かう後を慌てて追いかけて来たトマス大司教様や司教様たちの制止を聞くことなく、居室の前に控える聖騎士に扉を開放させました。

そこで目にしたのは想像を超えた質素な部屋でした。

まだ寒さの残るこの時期に火の気もなく、薪桶が無造作に放り込まれている小さな暖炉は長年使われた形跡もありません。

がらんとした部屋にあるのは、窓辺に置かれた小さなテーブルと一脚の椅子の他には質素な寝台だけ。

そして、突然の訪問者にも頭を上げる事すら出来ないほど憔悴した様子でその寝台に横たわっているのは、聖女特有の黒髪と黒曜の瞳を持った女性でした。

王妃陛下は寝台に駆け寄り、女性の手を取って優しく語りかけました。


「聖女様、このような状態になるまで助けられず本当に申し訳ございません。

でももう大丈夫です。わたくしと共に参りましょう」


聖女様は王妃陛下の女性護衛騎士に大切に抱えられ、私たちが部屋を出ようとすると扉の前にトマス大司教様始め司教様たちが入口をふさぐように立ち並んでいました。


「この期に及んで往生際の悪いことだ。

国の宝たる聖女殿を虐げて衰弱させた罪は重い。

大人しく道を開けよ」


この騒動でトマス大司教の一派は聖女様を虐げた罪で糾弾され、破門の上国外へ追放という重い罪で一掃されました。

新たに就任したジョン大司教様は貴族の出身で大変な野心家だと噂されている方でした。

トマス前大司教の長年の虐待と罪深い行いにより聖女様が衰弱して聖力を発揮できないと大々的に知らしめることにより、新たな聖女召喚の大義名分を得たジョン大司教様は、殊勝な態度で聖女様を見舞い気遣いを見せるものの看病の人員や医師の手配などは王家に丸投げのまま、教会内では嬉々として新聖女召喚の準備を進めていらっしゃると、いつになく沈んだ様子の王妃陛下から伺いました。

教会の聖女様の扱いと召喚されて道具のように扱われる待遇に、お心を痛めておられるご様子でした。


それから一年半。

王宮での手厚い看護も空しく、今代の聖女様が王妃陛下に看取られて身罷られると、ジョン大司教様はすぐに新たな聖女召喚儀式が行う事を決めました。

私は教会からの要請で、国王王妃両陛下と共に聖女召喚に立ち会うことになり、お父様とマリアお母様に手を引かれて、普段は固く閉ざされている召喚の間に控えていました。


部屋の中央に魔方陣が現れ、青白い光が立ち上り始めたと思うと、瞬く間に部屋は目を開けていられないほどの光に包まれました。両親は私をかばうように抱きしめ合い、二人の腕の中で私はぎゅっと目を瞑りました。


光が収まり、目を開けると、魔方陣の真ん中に女の子が呆然と座り込んでいました。

「…ホスピスのパジャマ…」

自分の口から零れた言葉に驚いたと同時に意識が遠のき始め、必死の表情で手を握りながら私の名前を呼ぶ両親の顔を眺めながら、ゆっくりと意識が途絶えました。





‥‥◆◆‥‥◆◆‥‥

目が覚めると、明るい調度の心地よい部屋に似合わない点滴のポールが目に入る。

やはりこれだけは部屋にそぐわない質感だなとふと笑みが零れる。

このホスピスに入所してから4日目になる。

来週が48歳の誕生日だが、おそらく年を重ねることなくこの世を去ることになるんだろうな。

さすが有名なホスピス。あれほど苦しんだ痛みがほとんどなく穏やかに過ごせている。


お見合い結婚をして、10歳年上のまじめな夫とのごく普通の結婚生活は穏やかで幸せだったと思う。

大切にされたと思うし、一人娘も素直に優しく育ってくれて、大好きな人と紹介された男性と思い合って結ばれ、孫を抱くこともできた。

がんが見つかってから治療は積極的にせず、余命宣告を受けた次の日に早期退職してきた夫の行動には驚いたが、その日以来ずっとそばで支えてくれ、共に動ける限り好きなことをして行きたいところに行き、食べたいものも食べ、この半年間、人生で初めて思い切りわがままに過ごしてきた。


ホスピスに入ってからは食べる事を楽しみにしている。

今日のお昼は、いつか行ってみたいと思っていた超高級店のウナギをリクエストした。

それはもうにこにこと頬張って堪能していると、買ってきてくれた娘に「そんなにウナギが好きだったんだね」としみじみ聞かれた。一緒に目を輝かせて食べている5歳の孫に、命日にはみんなでウナギを食べてねと言うと、元気に「うん!」と返事をしてくれた。おいしいウナギ=優しいおばあちゃん。刷り込みは完了だ。


うん、思い残すことはないな。


あ、最後にもう一つ。

夕食はこれまたいつか行きたいと思っていた有名割烹の茶わん蒸しを付けてもらおう。





◇・◇・◇・◇

目を開けるとお父様とマリアお母様とが私の手握り、そばに座るお祖父様のワイマー大公が揃って顔を覗き込んでいました。

(茶わん蒸しを食べ損ねた…)

という声が頭の中に響いたと思ったら、一気に48年分の誰かの記憶が流れ込んできました。

私は6歳のルイーゼのはず。手を広げて見てみても顔を触ってみても、明るい栗色の髪をひと房掬って見てみても、6歳のルイーゼに間違いなさそうです。

お父様とマリアお母様は泣きながら私をぎゅうぎゅう抱きしめて、お祖父様のワイマー大公は背をさすりながらよかったと繰り返しています。

一体何が起こってこの状況なのでしょうか。

色んな情報が入り混じって、なんだか頭の整理が追いつきません。


皆の興奮が収まりお部屋の中が少し落ち着いて、お医者様が来てくださったりお話をしたりしているうちに、何が起こったのか、なんとなく思い出してきました。


(ホスピスのパジャマを着た女の子が聖女として召喚されて…)

あら?異界の服の名前をなぜ知っているのでしょうか。

(小学生くらいかな…7、8歳くらい…)

48歳の誰かの記憶は留まることを知らず、聖女様を分析してゆきます。


しかしちょっと待ってください。

48歳って、確か今年で44歳のお祖父様のワイマー大公閣下よりも年上ではありませんか!

恐らく前世であろうこのことは、小さい頃から片鱗を見てきたお父様とマリアお母様とお祖父様に打ち明けて相談するとして、年齢は言わないほうが良いかもしれませんね。


なんとなく。


ずっと私の手を握りしめたままのお父様とマリアお母様に、にっこり笑いかけました。

もう大丈夫です、と。


48歳の記憶と6歳のルイーゼの記憶との折り合いがつきはじめ、曖昧ながら線引きが出来るようになってきて改めて思い出しました。

あの子は、48歳の私が最後に過ごしたホスピスのパジャマを着ていたのです。

恐らく物心がつく頃から闘病していたことでしょう。きっと子供らしく遊ぶこともままならなかったのではないでしょうか。

あのホスピスは待遇もお値段も最高との評判で、人生にほぼ納得できた48歳の私が選んで入ったことと7、8歳の子どもが入ることは大きく意味が変わります。

そこに入るという事は、本人はともかく周囲が治療をあきらめたという事です。

そのことに思い至った私は、亡くなったと思った瞬間に召喚されてきっと混乱しているだろうまだ幼い聖女様のこれからの人生を支えようと決心しました。



召喚の日から十日程経った教会での「お勉強」の日、私は聖女様との面会を希望しました。

するとジョン大司教様は沈痛な面持ちで、聖女様は召喚の日以来誰とも話をせずお食事もほとんど取っていらっしゃらないと話し、すぐに私たちを聖女様の部屋へ案内してくださいました。

本来なら面会など許してもらえないのでしょうが、目に見えて弱っていく少女を持て余した教会は、私が面会を申し出たことで渡りに船とばかりに今度は私や王家に責任転嫁しようとしているのでしょう。

聖女様のお部屋に入った私は、寝台の隅で怯え切って震えている聖女様に日本語で話しかけました。


[もう大丈夫よ、助けに来たわ]


ジョン大司教様やフィリップ様はじめ周囲の驚愕は言うまでもありませんが、そんなことはさておき、泣きながら私にしがみ付いて離れない聖女様を小さな体で抱きかかえ、ジョン大司教様の制止を振り切って王宮に戻りました。

王宮に戻るとすぐに私は勝手に聖女様を連れ出したことを国王王妃両陛下に一生懸命お詫びしました。

泣きながらまだ拙い言葉で、可哀想な聖女様を残して帰ることは出来なかったという私に、王妃陛下は『よくできました』と褒めて下さり、『後始末は大人たちに任せて、あなたは聖女様のお世話をお願いね』と優しく頭を撫でて下さいました。


私の暴挙にジョン大司教様から聖女様の誘拐として厳重な抗議が王室とブルク侯爵家に届いたようですが、憔悴しきった聖女様は王宮医師の診察で極度の栄養失調の診断と絶対安静を指示されたことで、大切な聖女様の命をまたもや脅かしたとして、王家から教会へ厳重な責任追及の沙汰が下され、聖女様は当面王宮管理となったのです。



聖女様は「心美」というお名前でした。

この世界では「ココミ」は発音し難いため、改めて聖女ココ様と呼ばれるようになりました。

外見から7、8歳かと思っていましたがココ様は10歳でした。

生まれた時から病気がちで年齢に体の成長が追いつかなかったようです。

日本では有数の大旧家のお家柄で、健康な跡取りが必要だとして実のお母さんは小さい頃に生家に戻り、後妻さんが嫁いできて以来ココ様は病弱を理由にずっとご家族の経営する小児病院の特別室で暮らしていたそうです。

私が入っていたホスピスと同じ系列の小児用ホスピスに入ったのは1か月ほど前で、ただの転院だと思っていた様です。ホスピスがどういう所か知らずに入ったことには安堵しましたが、ホスピスではみんながとても優しくてご飯がとてもおいしかったことや、病院着ではなく、初めて着た落ち着いた淡いピンクの可愛いパジャマがうれしかったと聞いて、やはり胸が痛みました。





◇・◇・◇・◇

召喚の日から1年、ココ様は王宮で離れて暮らしている私の元へ頻繁に訪れるお父様とマリアお母様と弟たちにも大切にされ、「なんだか私も家族の一員みたい」と楽しそうに過ごせるようになりました。

健康な体で動き回れることが何よりもうれしいと話すときの、はじけるような笑顔がとても愛らしいのです。


さて、無事に回復した聖女様を奪還すべく様々な言いがかりをつけていた教会がそろそろしびれを切らして物理的に何か行動を起こして来る頃でしょう。

その前にココ様の立場を確立しておかなければなりませんね。


ココ様の体調が戻って以来、フィリップ様とのお茶会にはココ様もいつも同席してもらっていました。

理由は、フィリップ様がココ様に一目惚れをしたから。


現在7歳の見た目で意識は48歳の私にとって、見た目年齢が同い年のフィリップ様は嬉しそうにウナギを食べていた孫と同じに見えてしまうのです。

婚約者のいる王子様として一生懸命隠しているけれど、ココ様と話している時の目の輝きは隠せないのです。

ココ様もそんなフィリップ様の気持ちに気付いている様で、戸惑いながらも芽生えてしまった恋心をこちらも一生懸命隠そうとしています。

幼い二人の恋をほほえましく見ている私とは裏腹に、気づいた周囲の大人たちはフィリップ様とココ様をそれとなく引き離そうとしているようです。


おばあちゃまは孫のためにひと肌脱ぐと致しましょう。




◇・◇・◇・◇

私の8歳の誕生日のガーデンパーティの席で、私はちょっとした細工をしていました。

水槽に水を入れ、太陽の光を反射させて虹を出現させるという、理科の実験を応用したものです。

それはパーティーの参加者が見守る中、神託を受けたことを確固たる事実として知らしめるため。

もちろん、お父様とマリアお母様、お祖父様のワイマー大公閣下と国王王妃両陛下には前世の記憶と、フィリップ様とココ様の事も含めて年齢以外の全てを話して協力を仰いでいます。


お祖父様のワイマー大公閣下とは、なんだかお茶飲み友達の様な親近感が心地よく、ちょっと腹黒な相談などを持ち掛ける私を面白そうに眺めていらっしゃいます。

一方、お父様とマリアお母様にはフィリップ殿下との婚約解消が私の心の傷にならないかと、とても心配をかけてしまいました。


でもね、私はきっと大丈夫。



誕生日会当日は、まるで女神様が味方をしてくれているような雲一つない快晴でした。

王家の婚約者であり、「準聖女」でもある私の誕生日を祝うパーティーともなれば、王家を始め主だった高・中位貴族家を招いた大規模なものとなります。

暖かな日差しを受け、華やかに咲き誇る春の花々に彩られたガーデンパーティは和やかに進んで行きました。


その最中、私が皆の注目を集めるように庭の中心でその場に手を前に組んで跪いた瞬間、虹が出現して私の廻りを包みました。

マリアお母様が手ずから銀糸で刺繍を施してくれた純白のドレスに反射した虹は、幾重にも重なったレースを通してキラキラと輝いています。

その様子と8歳の少女らしからぬ落ち着きすぎた佇まいと低い声音により、その場のすべての人々が息を呑み跪きました。

参加していた国王王妃両陛下までもが首を垂れる様子に、ジョン大司教様も神託を否定することが出来ず祈りの姿勢を取っています。


女神様曰く、

侯爵令嬢ルイーゼは聖女ココの助けとするべくこの世に生を授け、聖女様と同じ異世界の英知を与えた。

聖女ココの英知は広く王国民に提供されるものであり、教会の中で奇跡を生み出す類いの物ではない。

聖女ココは王族の伴侶となり、国のためにその英智と奇跡を広く公開するために選ばれた。


そして、聖女の降臨は聖女ココが最後だと。



大司教様が祈りを捧げるように私の前に跪き、私だけに聞こえるように小声で囁いています。


女神を騙る大罪? 神罰が当たる? 地獄に落ちる?


あら、ご自身への予言かしらと呟くと、悪鬼のような表情で睨み据えられました。

まぁ怖い。


私は大丈夫だわ、たぶん。



「お勉強」と称して教会に赴いて得ていた状況から、教会は長年に渡り召喚した少女たちの記憶を奇跡と称して富と名声を得ていることを確信していました。王妃陛下の前聖女様の救出劇から明らかになった長年に渡る教会の悪行。

突然召喚されて行き場もなく頼る者のない少女たちを懐柔し、質素すぎる生活を強いて利用した上、尊厳まで蹂躙する聖職者にあるまじき行為を、私は絶対に許せなかったのです。


私が前世であろう記憶を思い出し、今昔の聖女たちの待遇をおかしいと気づいて、一人だけだとしても助け出せたことこそ、きっと女神様のご意思なのですもの。

この国で不遇のうちに女神様の下に召された聖女様たちの魂は女神様がお救い下さると信じています。


そして国王陛下の命により、既に召喚儀式の間の魔方陣は秘密裏に破壊されています。

そして式の手順を記した巻物はすり替えられて王宮に届けられ、本物は国王陛下の見守る中、王妃陛下手ずから焼き払われたと聞かされました。

信託の通り、もう二度と聖女という不幸な少女を生み出す事のないように。



虹が消え、神託を終えた私はその場で気を失いました。(もちろん演技)

そのままパーティーはお開きになりましたが、この衝撃的な神託の奇跡の噂は瞬く間に社交界中に広がり、その日のうちに私は神託の巫女と呼ばれるようになりました。

そして、女神様のご神託であるココ様の伴侶となる王族のお相手が誰なのかという噂でもちきりとなりました。

現在王国内の未婚の王族は第四王子のフィリップ殿下しかいません。

しかしフィリップ殿下は既に婚約しており、その婚約者であり神託の巫女となったブルク侯爵令嬢ルイーゼ様は一体どうなるのか。

貴族たちは固唾を呑んで発表を待っていました。



フィリップ殿下とココ様は虹が消えて神託を終え、意識のない私が運び込まれた寝室の前で私が目覚めるまで待ってくれていました。

幼い二人に必要以上に心配をかけてはいけませんね。


私が目覚めたと聞いて寝室に案内された二人に、私は明るく声を掛けました。


「お見舞いありがとうございます。

 私、最近の記憶が曖昧でごめんなさい。私たちお友達だったのかしら?

 お名前を伺ってもよろしくて?」


侍女から、第四王子のフィリップ殿下と聖女ココ様ですよと告げられて慌てて礼を執ろうとした私は二人に押しとどめられました。


「こんなに素敵なお二人とお友達だったなんて、私、とっても果報者だったのですね!」


目をキラキラさせて話をする私に、二人は困惑した表情を見せながらも優しく接してくれました。

しばらくお話をしましたが、フィリップ様もココ様も、私がフィリップ様の婚約者だったことは告げずに帰っていきました。




「本当にこれで良かったのか?」


二人と入れ替わりに部屋に入って来たお父様とマリアお母様に抱きしめられ、一緒に入って私の手を握っているお祖父様のワイマー大公閣下にそっと聞かれました。

お祖父様は、フィリップ殿下が孫にしか見えないと打ち明けた時には苦笑いをされたのだけれど、やはり心配そうに顔を覗きこんでいます。


「えぇ、これで良かったのです。

 大丈夫です。頑張った私にはこれから女神さまのご褒美があるかもしれません。」


そう言って微笑んで、安心させるためにちょっとだけ前世の思い出をお話ししました。



後日、神託の巫女であるブルク侯爵家ルイーゼ嬢は、女神に与えられた役目を終えて、聖女に関わる一切とその間の記憶を全て女神様へお返ししたと発表されました。

そして、ルイーゼ嬢の記憶にない第四王子フィリップ殿下との婚約は白紙となり、女神様の神託通りフィリップ殿下は聖女ココ様と共に国の繁栄のために尽くすことになると。




‥‥◆◆‥‥◆◆‥‥

余命宣告後の最期の旅行で、咲き誇る桜の木の下で視線に気が付いて顔を向けると、夫は透き通る瞳でまっすぐに私を見つめて言った。


「生まれ変わったら今度は君と同い年になる。出会った時の君と同じ18歳の春、僕は君にもう一度一目ぼれをして恋をするんだ」


突然の事であっけにとられて返事が出来ずにいたけれど、とても、とてもうれしかった。







◇・◇・◇・◇

今日は私の18歳の誕生日。

その後親友として親交を深めていったフィリップ殿下とココ妃殿下ご夫妻の主催で、桜の咲き誇る離宮の庭園で私の誕生日パーティーが開催されています。


ひときわ美しく満開を迎えた桜の木の下、透き通る瞳でまっすぐに私を見つめる視線に気づきました。


やっと出会えた。


私はその人に桜に負けない華やかな笑顔を向けました。




◎◎‥‥◎◎‥‥◎◎‥‥

今日、最愛の娘が嫁いでいく。

晴れ渡る青空の下、恋をした誠実な青年と、愛し愛されて結ばれる。

彼女もこの結婚式をどこかで見ているはずだ。

きっとあの日の様に、花が綻ぶようなふわりとした笑顔を湛えて。


私がブルク侯爵を継いだのは、幼少の頃から婚約者として家族のように過ごしてきた、ワイマー大公息女のフリーデリケと結婚してすぐの事だった。

父の前侯爵が病で急逝したことによる突然の代替わりであったが、執事や領地管理人が優秀であったことが幸いし、二人で手を取り合って侯爵家を守り立ててゆく目途が立った頃、フリーデリケ懐妊の知らせを受け、邸中の皆が喜びに沸き立った。

丈夫とは言えない体質で、侯爵夫人としての責務や仕事を懸命に熟してくれていた彼女を心配し、義父のワイマー大公を始め、私も周囲も無理をしないよう出来るだけサポートしたつもりだった。

無事に二人揃って子どもを迎え、慈しんで育てていけることを疑っていなかった。

しかし、私の望みは届かなかった。

自分にそっくりな女の子を出産後、最後の力を振り絞って娘を胸に抱きながら二人で決めていた名前を何度も呼んだ。

私に娘を託すと、私と私の腕の中の娘に優しく微笑みながらフリーデリケは旅立ってしまった。


燃え上がるような恋ではなかったが、幼い頃から長い間信頼し合い、お互いに理解をし合って穏やかに家族のような温かい愛情を育んできた。常に隣にいるのが当たり前で、体の一部の様だったフリーデリケを失うことは、魂の一部をもぎ取られたような喪失感を生んだ。

二人の腕の中でルイーゼを愛し慈しんでいくはずだった。

フリーデリケの腕を失って、どうやってルイーゼを愛していけばいいのだろう。

そう途方に暮れて、ルイーゼに手を伸ばす事が出来ない私に変わり、全身全霊をもって慈しみ愛して抱きしめてくれたのがマリアだった。

フリーデリケの侍女であったマリアは、自身の命の恩人であるフリーデリケに崇拝に近い親愛をもって仕えていた。

常々、フリーデリケがこの世の中の全てであり、自身が生きる意味だと豪語していた彼女は、フリーデリケを失った周囲の皆が悲しみに暮れ、暗く沈む中、一人気丈にルイーゼに手を伸ばし、愛情で包み込んでくれた。


ルイーゼの泣き声にふと目覚め、初めて子供部屋を訪れた夜。

月明かりに照らされ、ルイーゼを抱いてロッキングチェアに揺られながら、フリーデリケがどれほどルイーゼを愛していたか、生まれてくる日をどれほど楽しみにしていたか、母親であるフリーデリケがどんなに素敵な女性だったかを歌うように囁いているマリアを見て息を呑んだ。

月明かりの加減か、ロッキングチェアに手を添えて慈愛に満ちた微笑みを湛えてマリアとルイーゼを見つめるフリーデリケの幻が見えた気がした。その視線が私に移り、花が綻ぶようにふわりと笑った。


この二人を必ず幸せにしたい。

そうすることを許してもらえると確信した瞬間だった。


それ以来、私は全身全霊を懸けてマリアとルイーゼ、マリアとの間に生まれた二人の息子を愛し慈しんできた。


ルイーゼには女神の加護ではないかと思われる不思議な記憶があった。

そのことで一時期は教会や王家に振り回され、傷つけられたルイーゼをこの国に置いておくことが許せず、腹に据えかねていた私たち家族は、ルイーゼから聞かされた予言が実際に起こらなければ大公国として独立すると宣言していた義父のワイマー大公の下へ参画し、王国を去る覚悟も準備をもしていたのだ。


果たして予言はその通りに起こり、ルイーゼはこの国で最愛の伴侶を得た。

あの青年と一緒なら、間違いなくルイーゼは幸せになれるだろう。


フリーデリケは安心してくれているだろうか。

どうか私たちの最愛の娘をこれからも見守ってほしい。


最愛の娘ルイーゼにこれからも幸多からんことを。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ