9.魔符
『ふぅ……疲れたなあ』
あたしは訓練を終えて帰宅する途中、一人ふらりと町を歩いていた。
『魔符、かあ』
街灯を見て呟く。
初めてリーファと町へお出かけした際に説明してもらった魔符。
その魔符のおかげで魔力の少ない人や、魔法が使えない人でも魔法が行使できるアイテムだ。
この街灯の光も、その魔符を使って灯している。
そして、あたしも今日の訓練で初めて魔符を使った。
火、土、水、風の四大属性の魔法が籠められた紙……魔符に働きかけ、それぞれの魔法を使う訓練だ。
属性にも個人個人で相性が違うらしく、あたしは風が得意魔法だと診断された。
火だったらお風呂を沸かしたり、夜営に使ったり、洞窟内部を探索する際に明かりにしたり……色々と便利だったんだけどなあ。
でも、風も風でいいところはある。
例えば、矢を放つ際に風の魔法を解き放つことにより、矢の飛距離が伸びたり、矢の速度が上がって威力が上がったりと、弓を使う上では相乗効果が期待できるわけだ。
他にも、風で相手のバランスを崩し、そこを狙って矢を放てば命中率も上がる。
などなど、いろいろと応用が利きそうでいい感じだよね。
あたしはこれからこの風属性とどう向き合っていくかを考えながら、ゆっくりと帰り道を進んで行った。
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「おかえりアリス。……なるほど、アリスは風属性が得意属性なんだね」
「リーファは火属性が得意だから、相性はバッチリね、アリスちゃん」
火と風って相性がいいんだ……それは嬉しいな。
属性が被っちゃってたら普通に魔法が使えるリーファの方が強いし、相乗効果のある属性で良かったと思う。
「リーファもこの事を聞けば喜ぶと思うよ。もうそろそろ帰って……」
「アリスー! 今帰ったんだって? ねえねえ、アリスの属性は……?」
「こらこら、家の中を走っちゃダメでしょ? 転んだら大変よ?」
「あ、ごめんなさい……アリスの事が気になり過ぎちゃって……」
あたしのことを気にしてくれるのは嬉しいけど、リーファがケガをしたら大変なのでエファさんの意見にあたしも頷いて同意する。
「アリスの属性は風だよ。リーファとの相性は抜群だね」
「……! やったー!」
リーファがいつものようにあたしに抱きついてくる。
あたしはリーファをしっかりと抱きとめ、頭を撫でて落ち着かせる。……何回もやってるから慣れたものだなあ。
「ねえアリス、私アリスの風魔法を見てみたい!」
あたしも見せてあげたいところなんだけど、もう散々魔符を使っていて魔力が残ってないような感覚がある。
これ以上使って倒れちゃったら心配かけちゃうし……どうしよう。
「ダメよリーファ。アリスちゃんは訓練後だから魔力が空っぽだろうし、また魔力が回復してからにしなさい」
「……いや、一つ手はあるよ。リーファの魔力をアリスに移してあげれば、アリスの魔力は回復するはずだ」
「なるほど、魔力供給の練習ね。リーファの勉強にもなるし、アリスちゃんは大丈夫かしら?」
エファさんの言葉にあたしは頷いた。
リーファの勉強にもなるなら協力してあげたいし、あたしももっと魔符を使う練習をしたいから、お互いに利益になるはずだしね。
「それじゃあ中庭に行きましょう。わたしはリーファに魔力供給の方法を教えるから、あなたは風の魔符を用意してちょうだい」
「了解したよ。僕もアリスの魔法が気になるからね、2・3枚ほど用意しよう」
「えへへー、アリスの魔法楽しみだなあ」
こうして、あたしは風の魔法をみんなに披露することになった。
**********
「それじゃリーファ、魔力供給の説明をするわね。まずは2人で手を合わせてちょうだい」
「うん!」
『えーっと……こう、かな』
あたしはリーファと向かい合い、お互いの手のひらを合わせあう。
すると、何を思ったかリーファはあたしの指に自分の指を絡ませてきた。
こ、これって……いわゆる恋人繋ぎ……!?
たぶんリーファは無自覚なんだろうけど……あたしはちょっと恥ずかしくなって、顔が上気するのが自分でも分かる。
「あら、勘がいいわねリーファ。その繋ぎ方は一番効率よく魔力が供給できるのよ」
「えっへん!」
胸を逸らしてドヤ顔をするリーファ。
繋ぎ方に関しては偶然なんだろうけど、リーファの反応が可愛らしくてあたしはつい頬が緩む。
「それじゃ次は目を閉じて集中して……リーファの中の魔力を、アリスに手渡すイメージをして」
「むむむ……」
思わず言葉が出るリーファが微笑ましいと思いつつも、あたしも目を閉じて集中する。
あたしの方でも、リーファから魔力を受け取るイメージをしながら……。
すると、リーファの手のひらから、あたしの中に熱いもの……魔力が流れ込んでくるのを感じる。
「すごい! 初めてで成功させるなんて! さすがわたしの娘ね」
「おやおや、にぎやかだね」
風の魔符を手にやってきたリースさんがエファさんに微笑む。
「ええ、リーファが初めてで魔力供給を成功させたの。明日はお祝いをしなきゃ」
「ほう……流石エファの娘だね。明日はリーファの好きな物を作ってあげなきゃね」
「私、ハンバーグがいい!」
何年経っても変わらないリーファの好物。もちろんあたしも大好きだ。
元から好きではあったんだけど、リーファが美味しそうに食べているのを見てもっと好きになったのだ。
「それじゃあ明日はそうしようね。……さて、アリス。これを使ってリーファに魔法を見せてあげて。威力は抑えてあるから危険性はないよ」
リースさんはあたしに風の魔符を手渡してくれる。
もう使い方は分かっている。魔符に働きかけ、どういう風に使いたいかをイメージして……解き放つ!
すると、中庭に一陣の風が駆け抜けた。
草木を揺らし、枯れ葉が舞い、そして……。
「きゃっ!?」
ふわり、とリーファのスカートが捲れ、あたしの目にリーファの純白の下着が映る。
事故! 事故です!
いや、普段から着替えとか手伝ってあげてるし、見慣れてはいるんだけど……シチュエーションがシチュエーションだけに、少しドキリとしてしまう。
「ふむ……威力は抑えているとはいえ、なかなかの強さだな……」
「アリスちゃんは教え甲斐がありそうね……わたしも訓練所に一緒に行きたいわ」
「アリス、すごーい!」
あたしの風にスカートを捲られた当の本人は、のんきにあたしのことを褒め称える。
なんだかすごい罪悪感があるんだけど……喜んでくれたのならまあいっか……?
その後、リーファも自慢の火魔法を見せてくれて、『いつか合体魔法が使えるようにがんばろうね』と約束することになった。
火と風の合体魔法かあ……すごく強そうだなあ。それに凄くパートナーしてる感がある!
こうして次の目標ができて、更にがんばろうと思える一日になったのだった。