8.ペットからパートナーへ
……あたしがリーファのペットになってからそろそろ3年になる。
あたしの身体は転生時は小型犬や猫ぐらいの小さなもので、リーファにも抱き抱えられるぐらいの大きさだったが、今ではもうリーファよりも大きくなっていた。
リーファは『私の方がお姉ちゃんなのに、いつの間にかアリスの方がお姉ちゃんになっちゃった……』と残念がっていたが、あたしは前世の年齢も加算すると20歳だから、あたしがお姉ちゃんで正しいんだけどね。あたしの中では。
しかし、あたしもここまで成長するとは思っていなかった。
お揃いのリボンは大丈夫だけど、ネックレスが首にかけられなくなってしまい、直してもらわなければならなくなってしまったぐらいの大きさだから。
ちなみに胸の方は……少しだけ膨らみがあるぐらい……で、でも、前世よりは大きくなったからいいもん!
(でも、これでリーファの役に立てるようになるんだよね……)
明日から、あたしはリーファのパートナーになるための訓練が始まる。
武器を使ったり、魔法の適正を調べたり。
どうか、リーファの役に立てる適性でありますように……と思うと少し緊張してきた。
「アリス、一緒にお風呂入ろう?」
と、そんなことを考えていたらリーファがレッスンを終えて部屋に帰ってきた。
そうだね、お風呂に入って気持ちを落ち着けようかな。
『うん、それじゃあたしは着替えを持っていくね』
あたしはクローゼットから着替えを出すと、リーファと一緒にお風呂に向かって歩幅を揃えて歩き出した。
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「アリス、身体を洗ってあげるから座ってー」
『もうあたしも自分で洗えるんだけどなあ……』
などと言いつつも、あたしは椅子に座ってリーファのしたいようにさせてあげる。
身体を洗ってあげることで、お姉ちゃん感を出したいのが分かっているから。
「……いいなあ、私も早く大人になりたいな……」
『ひゃっ!?』
リーファが突然背中に抱きついてくる。
「いつの間にか私をおんぶできるぐらいおっきくなってるんだもん、ずるいよぉ」
ずるいっていうのはあたしが言いたいんですけど!
だって、今こうやって背中から抱きつかれて……当たってるんだもん。柔らかい二つのマシュマロが。
まだ10才なのに……あたしよりもおっきいんだもん……エファさんの遺伝なのかなあ……。
「でもでも! そのうち追い越してみせるんだから!」
もう胸は追い越してるんだけどね。大人になったら悲しいほどの戦力差になりそう……。
リーファは言いたいことを言って気が済んだのか、その後はちゃんとあたしの身体を洗ってくれた。
もちろん、こどもの頃からのお決まりで前の方も……今でも恥ずかしいけど、リーファのお姉ちゃん度を満足させるため、したいようにさせてあげたい。
ちなみに、あたしも大きくなって手を人間だった頃みたいに自由に使えるようになったので、リーファのことを洗ってあげている。
ちょっとくすぐったいとか言われるけど、リーファの洗い方もくすぐったいからお互い様だ。
身体を洗い終えると、湯船にゆったりと浸かる。これで一日の疲労が回復していくのを感じる。
「明日からアリスは訓練なんだね……寂しくなるなあ」
『うん……でもリーファの役に立つためだからがんばるよ』
そう、訓練所はこの屋敷から離れた所にある。
そのため、ずっと一緒だったリーファとは少しの間離れ離れになってしまう。
……と言っても、訓練は夕方までだから数週間会えないとかではない。
それでもやっぱり喪失感はあるかな。
「でもでも、帰ってきてからはずっと一緒なんだからね!」
リーファはそう言ってあたしに抱きついてきた。
なんだか、少しの時間会えない分、スキンシップが更に過剰になりそうだなあ。
などと思いつつ、二人の時間をゆっくりと過ごした。
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「さて、明日でリーファは10才、アリスちゃんも3才ね。そこでお話なんだけど……」
「『契りの儀式』についてのことだ」
『契りの儀式』かあ。たしかリーファが風邪をひいたときに聞いた気がする。
「パパ、ママ、その『契りの儀式』って何?」
「そうね……まず、わたしたちとアリスの生きられる長さが違うのは知っているわね?」
「うん……アリスの種族は長く生きられても20年って……」
そうなんだ……やっぱりそれだとリーファを悲しませちゃうな……。
「でも『契りの儀式』をすれば、同じ時間を生きられるようになるんだ。もっとも、この儀式を成功させた人は数少ないんだけど……」
「アリスと一緒にいられるなら、私やりたい!」
「そうね、リーファならそう言うと思っていたわ。まず、この儀式をすることで2人の魂を同調させ、2人の寿命を長い方に合わせることができるの」
「でも、簡単には儀式は成功しないんだ。『2人が心の底から相手を想っていること』が条件なんだ」
なるほど、リーファもあたしも、心から相手を愛してないとダメなんだ。
簡単には成功しないのは、言葉も違うし種族が違うから本当に愛しあってるかどうか分からないからかな?
それでも、今まで成功例があるのはいい知らせなのかも。
「だから急ぐ必要はない。まだまだ2人は心も身体も成長期だからね。いつかその時が来たら行うといい」
「ちなみにこの儀式はとても神聖なものとされていて、儀式の邪魔や儀式後に2人を引き裂こうとするなどしたら天罰が下ると言われているわ」
「この儀式を作ったのは……エール様だからね」
エール様……確かこの国の基となる国を造った異世界人だよね。
そのパートナーがあたしと同じ名前のアリス。
……そっか、エール様とアリスもお互いを愛し合ってて、きっと寿命の差をなくすためにこの儀式を作ったんだ。
「えへへ、アリスも同じ時間を生きられるんだって、嬉しいなあ」
リーファはそう言ってあたしに微笑みかける。
もう成功するのが当たり前だと思っているぐらい、あたしのことを好きでいてくれるんだな。
そんなリーファをあたしは愛おしく感じたのだった。
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『そんな……まさか……』
そして翌日、あたしは現実を知ることになる。
適性検査を受けた所、魔力は人並み、武器の扱いは弓だけがAランクで他はさっぱり、錬金術も才能はないと判断された。
狩りや採取に出るなら弓と護身用の短剣がいいだろうということだ。
リーファが魔法を使うと考えると2人とも後衛職だから、前衛職の人と組むのがいいみたい。
弓に関しては3年も触っていなかったのに、前世より扱いが上手くなっていた。
これももしかして転生特典なのかな?
リーファたちの言語が分かるのと、弓に関しての能力が転生特典かあ……ちょっと地味ではあるけど他の子は弓の扱いがDランク以下ばっかりだから、恵まれてるのかもしれない。
ちなみに他の子の胸をこっそり確認したけど、大きい子は普通に大きい。
つまり、あたしは種族的な特性で小さいわけではなく、普通に小さいだけだった。
……知りたくなかったなあ、泣いちゃうよ?
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「アリスちゃん、凄いじゃない!」
『え? え?』
てっきりがっかりされるものだと思っていたのに、帰ってきた瞬間エファさんが熱烈に出迎えてくれる。
「実は弓の適正がAランクなのは初めての快挙だったんだ。今までは最高でもCランクまでしか出ていなくてね」
「アリスすごーい! 私も嬉しい!」
リーファも自分のことのように喜んでくれている。
思っていたのとは違う光景に、少し涙が出そうになってしまう。
「アリスはその弓の才能をこれからもどんどん伸ばして、リーファの良きパートナーとなって欲しい」
「アリスちゃん、わたしからもお願いするわ。リーファをよろしくね」
『はい……っ!』
「アリス、よろしくね!」
リーファはあたしの胸に嬉しそうに飛び込んでくる。
こうして、あたしとリーファはペットとご主人様の関係から、パートナーの関係へとなったのだった。
できないことを悔しく思うよりも、自分のできることでリーファの役に立とう。
そう思ったあたしはリーファを抱きしめ返し、誓ったのだった。