5.初勝利!
「……どうやら僕の負けのようだね、おめでとうリーファ」
「や……やったーっ!!」
リーファのパパが投了し、初めて勝てた事に大喜びするリーファ。
「アリスのおかげだね、ありがとーっ!」
リーファはそう言いながら、あたしをぎゅっと抱きしめる。
ふんわりと香る石鹸の残り香に、リーファの匂いが混じりあい鼻孔をくすぐる。
更に顔同士をすりすりされ、こども特有の少し高めの体温が感じられる。
……女の子同士とはいえ、やっぱりちょっとスキンシップ過剰じゃないかなあと思いつつも、愛情を真っ直ぐ向けてくれるのは嬉しい。
「あらあら、これはお祝いにリーファの好きな食べ物を作ってあげなきゃね」
「いいの!?」
「そうだね、お祝いだから何でも好きなものを言ってごらん。それと、次からは勝った回数ごとにご褒美を用意しておこうかな」
「ありがとー! パパもママも大好き!」
リーファが二人に駆け寄り、パパに抱っこされて二人に撫でられる。
二人ともとてもいい笑顔で、娘の成長を喜んでいるのが分かる。
しばらくの間二人はリーファを愛でていたが、あたしの方に向き直った。
「さ、次はアリスの番だね」
『あ、あたしも勝って見せるもん!』
「アリス、がんばって!」
リーファからの声援を受けながら、あたしの対局が始まった。
**********
「……これ以上の対抗策はないね、おめでとうアリス」
『や……やった……!』
「おめでとうアリス、私も嬉しい!」
まるで自分のことのように手放しで喜んでくれるリーファ。
あたしも嬉しくなって、ついついリーファの胸に飛び込んでしまう。
リーファがあたしのして欲しい事を察したのか、そのままぎゅっと抱きしめてくれた。
「あらあら、まるで本当の姉妹みたい」
「そうだね、とても仲が良くていいことだよ」
……しまった、お二人のこと忘れてた。
でもあたしは人間じゃなくて動物。ご主人様に甘えるのは普通……ということにしておこう。
リーファはしばらくあたしを抱きしめてくれた後、あたしを撫でながらこう言った。
「次はママだね!」
『えっ……ええっ……』
あたしが手も足も出なかったエファさんが次の目標……?
ま、まあ目標は高い方が燃えるからいいのかな……?
「あ、わたしよりも強い人がこの家いるから、最終目標はその人になるかしら?」
「ええっ!?」
『ええっ!?』
あたしもリーファも同じようにびっくりする。
それもそうだ、エファさんよりも強い人がいるなんて知らなかったし、エファさんですら全く勝てる気配がないのに……。
「それがこちらです♪」
エファさんが指し示した先にいたのは……執事さん。
嘘でしょ!? あたしたちを見守ってくれてる執事さんが一番強いの!?
「わ、私、誰かと対戦してるところ見た事ない……」
「彼は強すぎて滅多なことでは試合はしないからね、なにせ僕とエファの師匠なんだから強さは折り紙付きだよ」
『ふわぁ……何か凄いことになってきた……』
確かにあたしが代わりに駒を動かしてもらっていた時、手慣れた感じはあったもののまさかそこまでなんて。
思わぬ伏兵にあたしもリーファも驚きっぱなしだ。
「よかったらリーファたちも彼に師事するといいよ。めきめき強くなれるはずだから」
「うん、パパ、ママ、私がんばる!」
『あ、あたしも!』
こうして、あたしたちは執事さんに師事することになったのだった。
「あ、それと……初めて勝てたご褒美にお小遣いをあげるから、明日2人で町に行っておいで」
「わぁ……ありがとう、パパ!」
リーファが目をきらきらさせながら大喜びする。
以前町に行ったときは案内だけだったので、もしかしたらおいしいものが食べられるかも。
そう考えると今からあたしもワクワクしてきた。
「さて、それじゃあ夕食の準備を頼んで来るよ。リーファの大好物のハンバーグだ」
「やったーっ!」
この世界にもハンバーグがあるんだね。
やっぱりあたしより前に転生してきた人たちが広めたのかな? それとも同じように食文化が進化していって……?
でも、あたしもハンバーグは好物だから今から夕食が楽しみになったのだった。
**********
翌日の昼過ぎ、あたしはリーファと執事さんの3人で町へと繰り出していた。
以前とは違う場所で、いろんな屋台が並んでいる。
これはつまり……。
「あたしの好きなもの、アリスも一緒に食べよ?」
なるほど、食べ歩きなんだね。
パパから渡されたお金は1000ガルド。周りの屋台の値段を見るに、1ガルド=1円ぐらいかなあ。
1000円って、こどもには大金だよね。だからリーファがすごくワクワクしてるのが見てすぐに分かる。
ちなみにうっかり落とさないように、お金は執事さんが管理してくれるようだ。
「さて、それではどれに致しましょうか、リーファ様」
「んーとね……おいもと、ブドウのジュース!」
「かしこまりました、しばらくお待ちくださいませ」
へー、ふかし芋とブドウのジュースがあるんだ。
お値段は……どっちも100ガルドかあ。物価も日本と同じぐらいなのかな。
「お待たせいたしました。熱いのでお気をつけて」
「ありがとー! アリス、それじゃ食べよっ」
まずおいもをリーファが一口食べる。
そして、味を確かめるように咀嚼し、飲み込む。
それからおいもをフーフーして少し冷ましてから、あたしの口の前においもを移動させる。
あたしは一旦顔を近づけて熱さを肌で感じつつ、ゆっくりと口を近づけておいもを口に入れた。
まだちょっと熱い……けど、やっぱりそれがおいしい!
「えへへ、おいしい?」
『うん、すっごくおいしいよ!』
「この鳴き声は……喜ばれている時の声ですね。おいしいとおっしゃってますよ」
「やったー! アリスと好きなものが一緒で嬉しいっ!」
そんな些細なことでも喜んでくれるリーファ。
リーファが嬉しそうにしていると、あたしも嬉しくなる。
「それじゃブドウのジュースも分けっこしようね」
『うん!』
その後、あたしたちは交互においもとジュースを食べたり飲んだりしながら、ゆったりとしたひと時を過ごした。
リーファと同じものを食べて飲んで……幸せ……ってあれ?
同じものを、食べて、飲んで……?
こ、これって間接キス……!?
しかも交互にしてるから何回も……!?
それに気づいてしまったあたしは、顔から蒸気が出るぐらい恥ずかしくなってきた。
うう……で、でも、女の子同士だしセーフだよね! そういうことにしておこう!
「アリス?」
『え、あ、うん! な、なんでもないよ!』
急に話しかけられたので若干挙動不審になりつつも、リーファには心配をかけまいと振るまう。
「それじゃ、次はあのお店に行こう!」
リーファが指し示した先にあるのは、アクセサリーショップ。
やっぱりリーファも女の子、こういうのに興味があるのね。
ドアを開けて店内に入ると、宝石の類やかわいらしい動物を模した小物など、たくさんのアクセサリーが棚いっぱいに並んでいた。
リーファはそれらとにらめっこをしながら、おこづかいの範囲ないで買えるものを探しているようだ。
数分後、リーファが選んだものは、赤色の綺麗なリボン。
それを二つ持つと執事さんに会計をお願いし、店員さんに袋に入れてもらった。
「それじゃおこづかいもなくなったし、家に帰ろう」
『そうだね、今日はとっても楽しかったよ、リーファ』
おいしいものを食べて、リーファに似合いそうなリボンも買えた。
リボンを付けたリーファ、早く見てみたいなあ。
そんなことを考えながら、あたしたちは帰路についた。
**********
「おかえり2人とも。今日は何をしたんだい?」
「えっとね、おいもを食べて、ジュースを飲んで……それからこれを買ったの」
「あら、綺麗なリボンね。早速付けてみたらどうかしら?」
リーファがパパとママにリボンを見せると、2人ともそれを付けたリーファが見たいのか、着用を促す。
「えっとね、それなんだけど……1つお願いがあるの」
「分かった、なんでも言ってごらん」
「…………ってことなの」
「あらあら、それは素敵ね、うふふ」
???
あたしがよく分かってないという顔をしていると、パパとママがそれぞれリボンを持ち、リーファとあたし、2人の髪の同じ場所にリボンを付けてくれた。
『……えっ』
「あのね、私……アリスとおそろいのものが欲しかったの。これから一緒に付けてくれる?」
『……もちろん!』
あたしはアリスの胸に飛び込むと、顔を擦り付けた。
こうして、あたしのこの世界での初めての宝物ができたのだった。