4.帰宅
「うーん……それじゃ、ここかなあ……」
『あっ、その手があったんだ……負けました』
あたしは頭を下げて投了を仕草で表した。
「ふむ、アリス様は投了のようですな。リーファ様の勝ちでございます」
「やったー!」
あたしが投了をすると、リーファが身体全体を使って喜びを表現する。
小さい子らしくてかわいいなあ。負けても全然悔しくないもん。
「それにしてもお二人とも、成長が著しいですな」
あたしとリーファが自室でボードゲームをするときは、こうやって執事さんがついてくれている。
勝負の判定とかもなんだけど、あたしがまだ自分で指せないから手伝ってもらっているのだ。
「実力が近いほど切磋琢磨して成長が早いとも言いますし、リーファ様は良きパートナーに恵まれましたな」
「うん、私もアリス大好き! アリスが来てからすっごく楽しいもん!」
普通に言ったら恥ずかしくなるようなセリフでも、リーファは口に出して伝えてくれる。
『あたしもリーファが大好きだよ。優しくて、かわいくて……異世界に来て心細かったけど、リーファのおかげで楽しく過ごせてるから……』
って言っても、あたしの言葉は人間には分からないよね。
だからこそ、こうやって物おじせずに自分の気持ちを言えるんだけどね。
でも、それじゃ伝わらないからあたしは行動でそれを表現する。
リーファの身体に飛び乗り、あたしの身体を擦りつける。
確か猫もこうやって表現するんだよね。
「えへへ、アリスも私のこと大好きなんだ……嬉しいな」
どうやら言葉にせずとも伝わったようで、アリスはあたしをそっと抱きしめてくれた。
「リーファ、今帰ったわ!」
と、突然扉が開き、見知らぬ女性が部屋に入ってきた。
その女性は金髪で、雰囲気はリーファに似ている。
そして、リーファのことを呼び捨てということは……。
「ママ!」
どうやら予想は大当たり。リーファのママのようだ。
「あら、その子がリーファのパートナーの子?」
「うん! アリスって言うの」
「なるほど、リーファはあのお話が好きだったものね。……それじゃあアリスちゃん、わたしはエファ。これからよろしくね」
エファと名乗ったリーファのママは、あたしに向かって右手を差し出す。
あたしも右手を差し出し、エファさんの右手に乗せる。
こういう挨拶はこっちでも一緒なんだな。
「ちゃんと挨拶ができるのね、アリスちゃんは頭がいい子ね」
「ええ、今もリーファ様とゲームをされておられました」
「ゲームを……」
エファさんはテーブルの上に乗った盤を見る。
そして結構接戦だった盤面を確認してこちらに顔を向けた。
「アリスちゃんはリーファの良きパートナーで、良きライバルでもあるようね。ふふ、これから先が楽しみだわ」
「うん、アリスすっごく強いの。勝ったり負けたり……でも、それが楽しいの!」
それにしてもエファさんは盤面を見ただけでそこまで分かるんだ。もしかして結構な強者?
「それならわたしもアリスちゃんと一局いいかしら?」
「うん! それじゃ私がアリスの手伝いしてあげるね」
やっぱりエファさんもこのゲームするんだ……どこまで強いんだろう。
「それでは審判は私が務めさせて頂きます」
「よーし、アリス、がんばって!」
あたしはリーファの激励を受けて、戦いに臨んだ。
**********
『て、手も足も出なかった……嘘でしょ……』
圧倒的なまでの力の差。あたしがレベル1ならエファさんは99と言っても過言ではない。
「むー……やっぱりママ強いー……」
「旦那様より上手ですからなあ……」
『えっ!?』
執事さんの言葉に驚いて思わず声が出る。
そんな目を丸くしているあたしにエファさんが微笑みながら言う。
「でもアリスちゃんはまだ始めて間もないんでしょう? 素質があるわよ」
そしてエファさんはあたしを持ち上げ、健闘をたたえてぎゅっと抱きしめて頭をぽんぽんとしてくれる。
「うふふ、これからもリーファのことをよろしくね」
『は、はいっ……』
でもその前に! 抱きしめるのをやめてください!
リーファさんの大きい胸に顔が埋まって! 柔らかいけど苦しいんですけど!?
その苦しみから逃れようとジタバタしていると、エファさんが察したのかあたしを離してくれた。
「ごめんねアリスちゃん。アリスちゃんがかわいすぎてつい……ね」
「もー、ママー! アリスは私のー!」
エファさんがあたしを床に降ろしてくれると、すぐにリーファがあたしのことを抱きしめた。
あ、もしかして嫉妬?
あたしはそれがちょっと嬉しかった。
そして、リーファの腕の中はやっぱりすごく落ち着く……まるで最初からここがあたしの居場所だったみたいに。
……そういえば、エファさんは今まで家にいなかったけど、何の仕事をしていたんだろう?
貴族の妻が長期間家を空けるなんて珍しいような……外交かな?
でもそれならリーファのパパが行きそうな気もするし。
その疑問は、夕食の時間に解決することになる。
**********
「やっぱり家族そろっての食事は美味しいわね」
「そうだねエファ。ところで討伐任務の方は大丈夫だった?」
討伐任務?
ということはエファさんは冒険者か何かなんだろうか。
「そうね、少し苦戦はしたけど、全員無事に帰還できたわ」
「そうか……それにしても最近は強い魔物が多くなってきている気がするな」
「ええ、もっと遠方に生息しているような魔物も領内に侵入してくるようになったみたい」
魔物……やっぱりファンタジーの世界だからか、そういう存在がいるんだ。
あたしがエファさんの方をじっと見ながら説明を聞いていると、エファさんが顔をこちらに向ける。
「あ、アリスちゃんはわたしの事を知らなかったわね。わたしは元々は冒険者で魔法使いをしていたの。これでもお師匠様に一人前と認められたぐらい強いのよ?」
魔法使いなんだ!
そういえばリーファも魔法が使えるみたいだし、そういう血筋なのかな。
「それで今回は遠方の魔物の討伐依頼をこなしてきたの。魔法攻撃が弱点の魔物だったから今回はわたしが同行したのだけど、普段はここにいるから改めてよろしくね」
「えへへ、ママがいると私も嬉しいな……今日は一緒にお風呂入ろうね!」
「ええ、それじゃパパへの報告が終わったら一緒に入りましょう」
「うん!」
それにしても大変なんだなあ……貴族のお嫁さんが遠征してまで魔物の討伐だなんて。
普通はそんな危ないことはしないと思うんだけど、エファさんはそれだけ強いってことなのかな。
「それじゃアリス、お風呂の前にゲームしよ!」
『うん!』
あたしはリーファの誘いに頷くと、一緒に部屋に戻って行った。
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……おっきい……おおきすぎる……。
さっきあたしを苦しめたエファさんの胸をお風呂場で見た感想は、それしか湧いてこなかった。
……あたし、転生前はぜんっぜん胸がなかったからすっごく羨ましいんだよね……。
あ、でももしかしたらこの動物はワンチャン胸が大きくなるかもしれない。
そう考えるとちょっと希望が持てるかも!
「ママ、今日は私が背中を洗ってあげる!」
「あら、それじゃお願いしようかしら」
……などとあたしが思っている間にも、お風呂場には仲の良い母娘の会話が響いていた。
「ならわたしはアリスちゃんの背中を流してあげるわね」
『お、お手柔らかに……』
とは思ったものの、エファさんの手つきはリーファに似てとても優しく、心地良いものだった。
思わずウトウトしてしまうぐらいに。
「ふふ、洗い方は気に入ってもらえたかしら?」
「ママの洗い方気持ちいいよね? 私ママの洗い方が大好き!」
「あらあら、嬉しいわねえ」
その後、お返しにとあたしもエファさんの背中を洗ってあげたら、『そんな細かい作業ができるなんて、偉い偉い』と褒められて、頭を撫でられた。
あたしは元々が人間だから手を使うのは普通だと思ってたけど、あたしの転生した種族はそうでもないのかな?
でも将来的にパートナーとして狩りを手伝うのなら、おそらくどこかの段階で訓練されるのだろう。
それより早く手を使ってるから珍しいのかな?
そんなことを考えながらゆっくりとお風呂に浸かり、今日も平和な一日が過ぎていった。