3.休日
あたしがこっちの世界に来て、初めての休日が訪れた。
この世界も同じように7日で1週間みたいだけど、過去の転生者か誰かが広めたのかなあ。
それとも偶然?
でも、この国の基を作ったエールって人が異世界人ならあり得るかも?
「アリスー、パパのとこ一緒に行こ?」
そんなことを考えていたら、背後からリーファに抱きつかれる。
ちょっとスキンシップ過剰じゃないかなとは思うけど、あたしはペットの身だし、リーファの愛情表現だと思うと微笑ましい。
あたしもそういうのが嫌というわけじゃなくて、嬉しいのは間違いないし。
さておき、リーファのパパのことはちょっと気になってたし、二人は休日はどんなことをするんだろうと思ってたから、早速リーファに連れられてリーファのパパの部屋へと行くことにしたのだった。
「来たか、リーファ。それじゃ始めようか」
「今日こそパパに勝つもん!」
二人はテーブルを挟み、向かい合って椅子に座る。
そして真ん中に置かれているのは……。
『ボードゲーム……かな?』
将棋やチェスのような盤の上に、駒のような物が並べられている。
見た感じ、兵士や魔術師、騎馬兵などがモチーフみたい。
「アリス、見ててね!」
リーファは私を膝の上に置き、パパと試合を開始した。
「うーっ……負けました」
「うん、リーファも段々強くなってきてるね。これならもうしばらくしたら勝てるようになるかも」
「ほんと!? よーし、がんばらなきゃ!」
負けたリーファを励ましつつ、やる気も出させるパパ。結構やり手だなあ。
それにしても……このボードゲーム面白そう。
というのも、こちらの世界に来てから娯楽というものがなくてね……。
リーファと一緒にいるのは楽しいけど、ゲームみたいなものもやりたい気持ちがある。
それに、あたしがこのゲームをできるようになれば、リーファの練習相手にもなれるかも。
「アリス、もしかしてアリスもこれやりたいの?」
「ほう、確かにさっきからずっと見てたしね。駒の動かし方とかを教えてあげてみるかい?」
「じゃあリーファが教えてあげる!」
パパの言葉に反応し、指南役を買って出るリーファ。いい子だなあ。
「えっとね、この駒が重装兵で動き方はこうで……こっちは騎士で……」
リーファがあたしに駒を持たせ、その後リーファがあたしの手を持ち、この駒はこう動くんだよと教えてくれる。
なるほど、将棋よりはチェスに近い感じかも。
チェスはなんか大人っぽくてかっこいい! って感じで少しだけ齧った思い出がある。
盤面も将棋よりも狭くて、プレイしやすいと思った……んだけど、難しくて勝ったことはほとんどない。
「えっと、これで全部かな……?」
「分かりやすい解説だったね、リーファ先生」
「えっ、私……アリスの先生? えへへ、照れるなあ」
教え方のうまさを褒められ、照れながら頭をかくリーファ。思わず愛でたくなるかわいさだ。
「さて、それじゃアリス……やってみるかい?」
『もちろん!』
あたしは頷いて意志を示す。
よーし、リーファにいいこと見せなきゃ!
数分後。
「うーん……初めてにしてはこれは……」
状況は恐らく五分五分といったところ。
あたしがチェスの経験があることを知らないリーファのパパは、若干守りの姿勢に入っているようだ。
「アリス、すごーい……」
すぐ近くで見ているリーファから感嘆の声が漏れる。
よし、このまま行けばいいところまで行けるかも。
「じゃあ僕の手は……ここだね」
『!』
リーファのパパの指した手は、失着に見えた。
これならもしかすると、もしかするかも……!
あたしはその失着を見逃さず、一気に攻め立てた。
「おっと、危ない危ない」
しかしリーファのパパはそれを悉く躱してくる。
そして、気が付いたころには……。
『あ、あれ……? あたしの方が負けてる……?』
盤面はいつの間にかあたしが攻められる側になっていた。
「ふふふ、さっきのは失着と思ったかい? あれはね、わざとなんだ」
『ええっ!?』
いや、本気を出してないのは分かるんだけど、まさかわざと失敗したように見せてたなんて。
「アリスは凄く手堅くしてるから油断がなくてね。だから隙を作ろうと思ってね」
『あ……』
そうだ、あの手の後『ここが攻め時だ』って思って……。
「どんな人でも『勝てる!』と思った時に気が緩んで油断をしてしまうものだ。覚えておくといいよ」
そう言ってリーファのパパが指した手は……あたしの王を詰ませるものだった。
『うう……悔しい……』
あたしは頭を下げ、投了の意志を示した。
「お疲れ様。それにしても初めてでここまでとはね……リーファもいい練習相手が見つかったんじゃないかな?」
「あっ……ねえパパ、それじゃあ私がアリスと対戦してもいいの?」
「うん、リーファの部屋にも盤と駒を用意しよう。これでいつでも対戦できるようになるよ」
「ありがとー! パパ、大好きっ!」
リーファがぱぁっと顔を輝かせながら、パパに抱きつく。
たぶん、今まで休日にしかできなかったゲームが、あたしといつでもできるようになったのが嬉しいのだろう。
もちろんあたしも嬉しい。リーファが楽しそうにゲームをしてるのを見ると、あたしも何だか楽しくなってくるからだ。
……リーファがあたしのご主人様とはいえ、あたし、リーファのことを好きすぎる気がする。
でも、動物なんだからご主人様が好きなんて普通だよね。
**********
「楽しかったね、アリス!」
『うん、あたしも凄く楽しかった』
お風呂に入りながら、今日のことを想い返す。
あの後、すぐにリーファのパパが盤と駒を用意してくれ、更にゲームの基礎知識が書かれている本もプレゼントしてくれた。
あたしは文字が読めるか不安だったけど、知らない文字なのにスッと頭に入ってきて『これが転生特典かぁ』と感謝した。
その後は本を読みながら二人でゲームをして、勝ったり負けたりを繰り返し楽しい時間を過ごせたと思う。
「それじゃあ今日も私が洗ってあげるね」
『お、お手柔らかに……』
リーファの洗い方は凄く優しくて気持ちがいいんだけど、やっぱり他の人に洗ってもらうというのは慣れないもの。
……そうだ!
「はい、おしまい。じっとしてて偉かったねー」
『……よし、作戦決行!』
あたしは両手で石鹸を泡立てると、リーファの背中をゴシゴシと洗い始める。
「ひゃっ。……お返しに洗ってくれるの? ありがと、アリス」
リーファはこちらを振り向きながら、優しい笑顔を見せる。
その笑顔に応えるようにこちらも微笑み返し、どんどん背中を洗い終えていく。
「それじゃこっちもお願いー」
『えっ』
リーファはこちらに身体を向け、一糸纏わぬ姿をあたしに見せる。
さ、流石にそこまでするのはあたしには……まだ早いよぉ……。
結論。洗ってもらうのも恥ずかしいけど、洗ってあげるのはもっと恥ずかしい。
結局、リーファはメイドさんに身体を洗ってもらい、あたしは背中を洗うだけで終わった。
リーファ……無邪気過ぎて強い……。
こうして、初めての休日は楽しい一日となったのだった。