2.おとぎ話
「むかしむかし、あるところに魔王がいました」
お風呂から上がり、夕食までの間ベッドの上でリーファにあたしの名前の由来を教えてもらっている。
どうも、おとぎ話みたいなものらしいけど……。
「魔王はとても強く、人間はどんどん住めるところがなくなっていきました」
『勇者が由来なのかなあ……』
「しかし、そこに現れたのは異世界から現れたという魔法使いと、彼女に従う純白の毛を持つ美しい獣でした」
『……あれ? 獣?』
純白の毛……まさかね。
「魔法使いと獣は強大な力を持ち、あっという間に魔王を倒しました。」
『なんかすごい端折ってない!?』
「その魔法使いの名前は『エール』、獣の名前は『アリス』と言い、彼女たちは魔王を倒したことにより崇められるようになり、彼女たちを慕う人々が集まり一つの国ができました。それが今の国の基となる国なのです。めでたしめでたし」
あたしの渾身のツッコミに全く動じず、リーファは凄く短いおとぎ話を話し終えた。
……たぶん、こども用の絵本みたいな感じなんだろうけど。
それにしても、おとぎ話に出てくる伝説の獣が名前の由来なんだ……もしかして、あたし結構期待されてたりするのかな?
それとも、偉い人の名前にあやかって……みたいな感じなのかも。
「さすがですリーファ様。お話を完璧に記憶されているとは」
メイドの人が拍手をしてリーファを褒め称える。
そうだね、まだ7才なんだしこれだけ覚えてるのも凄いかも。
ということであたしも拍手をしてみた……んだけど、肉球があるせいでうまくパチパチと音が立てられない。
「えへへ、アリスもありがとー!」
でも、あたしがやろうとしていたことは伝わったらしく、リーファは喜んであたしをぎゅっとしてくれる。
お風呂に入ったあとの石鹸のいい匂いとリーファの匂いが混じって、あたしの鼻を刺激する。
動物だからか、どうも匂いには敏感なようだ。
(……って、相手は女の子! ドキドキしてどうするのあたし!?)
それにリーファは人間、あたしは動物。
言葉も通じないし、住む環境が違う。
平常心……平常心。
あたしは自分に言い聞かせながら、気持ちを落ち着ける。
「あ、夕食の準備ができたようですよ。いってらっしゃいませ」
「ありがとー。それじゃ、アリスも一緒にいこ?」
『あ……うん』
あたしはリーファの小さな手に引かれ、食堂へと導かれた。
**********
「おいしかったね、アリス」
『そうだね……まさか自分もリーファたちと一緒の食事が用意されてるとは思わなかったよ』
そう、ペット用のエサとかではなく、あたしにも人間と同じ食事が用意されていたのだ。
量こそ動物が食べられる量なんだけど、見た感じ味も人間と同じだと思う。
まあ、ペットフードを食べろって言われなくてよかったなと今では感じる。
「明日は町を案内してあげるね、アリス」
『町、かあ……』
馬車に揺られながら外を見てはいたけど、街灯のようなものがあったり、屋台でいろいろな物を焼いて売っていたり、生活水準は結構良さそうだった。
街灯は魔法のようなもので灯しているのかな?
気にはなるけど、それは明日リーファが自信満々に説明してくれるかも。
異世界に転生してどうなることかと思ったけど、リーファがいてくれてとても嬉しい。
いつも元気で明るくて、そしてあたしにすごく優しくしてくれる。
動物だと分かった時はちょっとショックだったけど、こうしてリーファと一緒に過ごせるなら悪くない……というか、むしろありがたいかも。
と、そんなことを考えていると、リーファの寝息が聞こえてきた。
……そうだね、7才の誕生日だから美味しいものをたくさん食べたし、新しい出会いもあったからちょっと疲れちゃったのかも。
あたしも今日はいろいろあって疲れちゃったし、そろそろ寝なきゃ……。
あたしはまるで天使のようなかわいい寝顔のリーファをしばらく見つめて、そっと目を閉じた。
**********
「えへへ、アリスとおでかけ楽しいね!」
『あたしもリーファが一緒だから楽しいな』
翌日、あたしはリーファとお付きの執事と3人で町にお出かけにきていた。
リーファは貴族の娘だけあってもっと厳重に警備されるのかなと思ったけど、執事の人の能力が高いのか護衛は彼だけのようだ。
さておき、リーファは楽しそうにあたしに色々なことを説明してくれる。
この町はどんなものが美味しいとか。
街灯は魔力で灯しているとか。
それの動力は、魔力を紙に込めた魔符だとか。
リーファも少しだけ魔法が使えるとか。
魔符はとても便利なもので、これを使うことで魔力の少ない人でも魔法が使え、生活の基盤になっているらしい。
ただし魔力の少ない人が連続して使うと魔力が枯渇し、急激に疲れたり、ひどい時には倒れたりもするらしい。
でも、あたしちょっと魔法に憧れてたから嬉しいんだよね。
魔法なんてマンガの中だけのものだと諦めてたけど、この世界に来たことで魔法使いになれるのが実現するなんてちょっと感動しちゃった。
もしかしたら転生特典であたしもすっごい魔力持ってないかな……って思うんだけど、それが分かるのは3年後の儀式と執事さんが言ってた。
あたしたちの種族は3年で大人になるらしく、そこで色々な訓練を受けてご主人様……あたしの場合はリーファの正式なパートナーになるんだって。
そしてパートナーになったら一緒に狩りをしたり、採取をしたり、いろんな仕事をするらしい。
『あたしは狩りをするなら弓がいいなあ……』
元弓道部員ということもあるんだけど、本当は『生き物を殺す感触』を味わいたくないというのがある。
もちろん、矢を射かけても殺すのは同じなんだけど……剣とか槍だと手に感触が残ってしまうから。
元々この世界にいて、思考や常識もこの世界のものと同じなら気にしないんだろうけど、あたしは平和な日本の人間だったから。
この世界の常識だとあたしは異端なんだろうけど……それでもやっぱり生き物を殺すというのは怖い。
「アリス?」
そんなことをあたしが考えていると、心配そうにリーファがこちらの顔を覗き込んでくる。
「新しいことがたくさんあり過ぎてお疲れなんでしょうな。そろそろお屋敷に戻られては?」
「あっ、そうだね。私、アリスのことそこまで考えられてなかった……」
あたしのせいでリーファの表情が少し暗くなる。
大丈夫、リーファのせいじゃないよ……でも、どうしたら伝えられるかな……。
あたしは少し考えて、リーファの顔を舌でペロリと舐める。
「きゃっ。……アリス、励ましてくれたのかな?」
「そうかもしれませんね。お嬢様に似てお優しい子のようですな」
「うん……ありがとう、アリスは私にとって特別な子だよ」
アリスはそう言って、お返しにとあたしのほっぺにキスをする。
『~~っ……!』
たぶん、あたしが人間だったら誰が見ても分かるぐらい顔が真っ赤になってたと思う。
ちっちゃい子なりの愛情表現なんだろうけど……それでもあたし、誰かにキスされるなんて初めてだから。
「ふふふ、仲がよろしいですな」
「うんっ! アリス、それじゃ帰ろう?」
あたしは差し出されたリーファの手を取り、屋敷へと二人で歩き出した。




