12.王亀
「まさかこんな所に王亀が出るなんて……!」
突然のランクAの魔物の襲来。
あたしたちはその大きさにただただ茫然としていた。
『これ……人が倒せるようなものなの……?』
5階建てのマンションほどもある大きさを、普通の人間が……?
エファさんやリースさんは魔法が使えるから? それとも上位の冒険者ってこれを普通に物理攻撃で……?
いや、そんなことを考えてる場合じゃない!
早く何か対抗策を考えないと、町が……!
王亀の一歩一歩は確かに亀のように遅い。
しかしその大きさでの一歩で進む距離は50メートルほどある。
このまま放置すれば、すぐに町まで到達し、町を破壊してしまうだろう。
「ど、どうしよう、アリス……」
泣きそうな顔をしているリーファ。
あたしはそれをなだめ、落ち着かせながら出発前のことを思い出していた。
『……そうだ!』
あたしは狼煙を上げるための火種を、執事さんから渡されていたのだ。
『リーファ、これに火をつけて!』
「う、うんっ!」
あたしは火種をリーファの前に置くと、リーファも狼煙のことを思い出したのか、火魔法で火を付ける。
火種はすぐに燃え上がり、煙が立ち上り始める。
『これで執事さんが気づいてくれるはず……でも、どうにかして足止めをしないと……』
『アリス、あの王亀の弱点は炎と……それと頭よ』
『しかし、オレたちの武器でも、おそらくアリスの弓でも届かない。どうにかして王亀を転ばせることはできないか……』
転ばせる……か。
……そうだ!
『リーファ、魔力をあたしに!』
あたしはリーファに両手を差し出す。
リーファは何をしたいのか分かってくれ、あたしに魔力を供給してくれる。
これで、狩りで使った分の魔力は戻った……それなら!
あたしは風の魔符を手にすると、王亀の方に駆け出した。
「アリス、きをつけて!」
王亀は巨大だ。
万が一踏みつけられでもしたら、そこであたしの人生は終わり。
だから、木々を忍者のように飛び移りながら、王亀に接近する。
『ここよ!』
王亀の真正面に立ったあたしは、台風の時のような突風をイメージしながら、風の魔符を全魔力を籠めて発動させる。
リーファの家の中庭で放ったような生易しい風ではない。
木々も圧し折るような突風が王亀を襲う。
すると、王亀の身体が風に押され、徐々にバランスを失っていく。
そして、上体が傾き、やがて地面へと沈んでいく。
ズシン! という大きな地響きと共に、王亀は仰向けに地面に倒れた。
『これであとは頭を狙えば……!』
あたしは弓に矢をつがえ、王亀の頭へと駆け寄っていく。
ライさん、レイさん、ギィさん、フィリーさんも王亀が倒れたと同時に急所の頭へと急いだ。
戦闘経験のないリーファも少し遅れてはいるものの、火魔法の準備をしながらみんなに続く。
そして、4人の攻撃が頭に届く……その時だった。
「嘘だろ……!?」
ライさんがあり得ない光景を目撃したかのように固まってしまう。
「魔物が……魔符を使ってる……ッ!?」
王亀の身体がふわりと浮き、再び立ち上がったのだ。
まるで、風が王亀の身体を起こしたような……。
レイさんの言うように、王亀が風の魔符を使って自分の身体を浮かせたとしか見えない光景だ。
あたしの放った渾身の一手は、完全に無に帰した。
しかし落ち込んでいる暇はない。あたしは一旦みんなの所まで退いた。
「ご無事ですかリーファ様!」
そこに執事さんが駆けつける。どうやら狼煙を見て早馬でここまで来てくれたようだ。
「まさかこちらにも王亀が出現していたとは……リース様のところに早馬を送ってもこちらに戻られるには半日はかかります」
「そんな……」
絶望に駆られるライさんたち。
執事さんも強いらしいけど、攻撃を仕掛けられない所から判断すると執事さんでも恐らく敵わないのだろう。
そうこうしているうちにも、王亀は町の方へと歩を進めていく。
「アリス……どうしよう……っ」
涙を浮かべながらあたしの手を引くリーファ。
あたしはリーファを抱きしめて落ち着かせながら一人呟く。
『もしかしたら……一つだけ方法があるかもしれないけどっ……』
それを実行するにはあたしだけじゃ無理だ。
そして、その作戦を実行しようにも、言葉が通じないから……。
「アリス……て……」
『え?』
「アリス、その方法を教えて……!」
『!?』
ど、どういうこと?
あたしの言葉が……リーファに通じてる……?
『もしかして……あたしの言葉が分かるの?』
リーファはこくんと頷く。
どういった理屈かは分からないが、リーファにはあたしの言葉が分かるようだ。
それなら!
『リーファ、魔法はあと何回使えそう?』
「たぶん……あと3回……」
『それなら大丈夫! それじゃ、あたしの作戦をみんなに伝えて!』
**********
「各自、散開!」
「はっ!」
執事さんの号令でライさんたちが散らばり、王亀の足を攻撃し始めた。
王亀がそちらに気を取られているうちに、あたしはリーファをお姫様抱っこして王亀の後ろへと回り込む。
『本当にいいの?』
「うん! だってこれしか方法がないもん!」
リーファは自分の服をナイフで切り、その服の切れ端で矢じりの先に火の魔符を固定する。
『それじゃあさっき伝えた通りにね』
「うんっ!」
あたしは弓に矢をつがえ、引き絞る指には風の魔符を持つ。
『……リーファ、今っ!』
「アリスっ!」
王亀の動きが止まった一瞬を狙い、あたしは王亀の頭に向かって、一直線に矢を飛ばすように風の魔符を発動させる。
そして同時にリーファも火の魔符を発動させ、矢は炎を纏って王亀へと迫る。
この速度の矢と炎を頭に受ければ、いくら王亀でもひとたまりもないはずだ。
「『いっけええええええっ!』」
あたしとリーファはシンクロしたように叫ぶ。
そして、あたしたちの放った矢は王亀の頭に――。
『ッ!?』
王亀の頭に矢が突き刺さる寸前、矢の起動が変わり、矢は上空へと放り出された。
そして、王亀は勝ち誇ったかのようにこちらに顔を向ける。
……あたしたちの作戦がバレていたんだ……。
「そんな……」
『弱点の頭を守るために、頭にも風の魔符を……』
あたしはリースさんの言葉を思い出していた。
「どんな人でも『勝てる!』と思った時に気が緩んで油断をしてしまうものだ。覚えておくといいよ」
そう、油断していたから。
王亀の身体が、ふわりと宙に浮いた。
『ガァァァッ!?』
『リーファ!』
「うん、アリスっ!」
あたしは火の魔符を取り付けた短剣を持ち、駆け出した。
リーファに言って、火が5秒後に発動するように魔符を起動させ。
そして、倒れてきた王亀の頭に短剣を力の限り突き立てた。
『グギャアアアアッ!?!?!?』
そして、それと同時に火の魔符が発動し、王亀の頭を焼き尽くす。
王亀はもう2回魔符を使った。魔力のない者は魔符の使用は2回程度が限界のはず。
持っているのかは分からないが王亀は顔の火を消火するための魔符は使えず、地面をのたうち回り、そしてしばらくの後完全に動かなくなった。
『や、やったの……?』
「アリス、アリスっ……!」
リーファがあたしの元に駆け寄り、あたしをぎゅーっ……と力強く抱きしめてくれる。
あたしもリーファを抱き返し、あたしの顔をリーファの顔に擦りつける。
「まさか、我々だけで王亀を倒すことができるとは……」
「5人分の風の魔符を同時に使い、王亀をひっくり返すとは大胆な作戦でした」
「これもリーファ様のおかげですね」
「ううん、私じゃなくてアリスの……アリス?」
あたしは魔力を使い過ぎた反動か、段々と意識が薄れかけていっていた。
でも大丈夫、少し眠るだけだから……安心してね、リーファ。
「魔力切れのようですな。大丈夫ですリーファ様、眠りから覚めれば回復します」
「アリス……ありがとう、おやすみ」
こうして、あたしたちは王亀を倒すことができ、町には平和が訪れた。
あたしは魔力切れの反動で1日ぐらい寝ていてたのだけど、リーファがあたしたちを率いて王亀を倒したという噂はすぐに広まり、町ではお祭り騒ぎが起きていたのだとか。
確かに、初めての狩りでランクAの魔物を倒しちゃうとか普通じゃ考えられないもんね。
そんなこんなで波乱になったリーファとの初めての狩りだったけど、無事に町を守ることができ、また平穏な日常が戻ってくるのだった。