11.初めての狩り
「アリス、起きて。アリスっ!」
『ん……んぅ……』
あたしはリーファの声が聞こえたことに気付き、まだ眠っていたいという未練がある重たい瞼を開く。
……あ、あれ? あたしよりリーファの方が早く起きてる……?
まだ朝日の陽射しがそれほど射し込まない、あたしがいつも起きるよりも早い時間に?
「えへへ、楽しみ過ぎて早起きしちゃった。アリスより早く起きるのは初めてかも」
『確かにそうかもね。いつもリーファを起こすのはあたしの仕事だし……』
なるほど、リーファは楽しみなことがあると早起きするタイプなんだ。
あたしは前日にわくわくし過ぎて眠れないタイプだから真逆だなあ。
「ね、ね。早くあの服に着替えたい!」
『あー……あの狩り用の服。いつもとはまた違うタイプなんだよね』
普段のリーファはフリルの付いた服にスカートといった、お嬢様っぽい服を着ている。
でもそれでは狩りは危険……たとえばスカートが枝などに引っかかってしまって転んでしまったり、動きづらいから行動が遅れてしまったり……そのため、動きやすい服装をリースさんたちが選んでくれたのだ。
あたしはリーファのパジャマを脱がせて下着一枚にすると、昨日用意しておいた服を入れてある箱を開ける。
……こうやって着替えの時に見る下着はドキッとはしないけど、この前の風魔法を使った時に見えたのはドキッとしたんだよね。やっぱり状況なんだよね。
などというどうでもいい考察をしながらも、箱から服を取り出し、リーファに着せていく。
本来はメイドさんの仕事なんだけど、そのうち数日かかる依頼や仕事をするかもしれないとリースさんは考え、メイドさんから着替えさせ方を学ばせてもらった。
こうやっていると、リーファはあたしにとって妹のような感じもあるなあ。
そんなことを考えつつ、リーファに衣服をてきぱきと着せていく。
うんうん、特訓の成果が出てる。
「アリス、ありがと! えへへ、この格好するとなんとなく気が引き締まるね」
確かに。狩りに出る正装みたいなものだからね。
長いブロンドの髪はツインテールにしてまとめ、スカートではなくスパッツを穿いて動きやすく。
上着もフリルなど華美なものはついておらず、これから冒険に出るような地味なもの。
……これはこれでかわいいなあ。リーファの別の魅力が出る感じで……。
っと、だめだめ。初めての狩りで危険もあるんだから、あたしはしっかりしなきゃ。
まあ、ランクCの魔物も楽勝のライさんたちの実力からすると、あたしはどちらかと言うと足を引っ張ってしまいそうな側だけど……。
それでもあたしがやることはリーファを守ること。絶対に傷一つ付けさせない。
そう決意しつつ、まずは朝ごはんを食べて鋭気を養わなきゃ。腹が減っては戦ができぬと言うしね。
**********
「今日はリーファの初めての狩りの日だね、がんばっておいで」
「うんっ! パパとママのためにおいしいお肉を獲ってくるね!」
「うふふ、楽しみにしてるわね」
リーファはリースさんとエファさん、2人から激励されて張り切っているようだ。
「あと、今日は僕とエファはちょっとした用事があってね」
「なにー?」
「ええ、西の方に王亀と呼ばれるランクAの魔物が複数出現したという報告があったの。そこでわたしとリースが討伐に出ることになったのよ」
「きんぐたーとる?」
亀の王様かあ……王様が複数っていうのも何か変だけど、ランクAってかなりの強敵なんじゃ……?
「この家よりも大きい身体を持ち、剣も槍も通さないような固い甲羅を持つ魔物だよ。西の村が襲われて壊滅的な打撃を受けたと聞いてね……幸い死者は出てないようだ」
「本来はこの辺りで出現するような魔物ではないんだけど……しかも複数確認されるのは異常だわ」
「そこで僕たちが調査と討伐をすることにしたんだ。領民を守るのが僕たちの仕事だから」
領主って言うと、あたしの中では後方から指示を出しているイメージだったんだけど、リースさんたちは自分たちが前線に出るんだね。
でも、もしトップの人に万が一ということがあったらと考えると、怖い感じもある。
「正直、王亀ならエファ1人でも余裕なんだけど、複数確認されているから念のため僕も付いていくことにしたんだ。現場を見てみないと分からないこともあるしね」
えっ。
エファさん1人でランクAの魔物を?
エファさん、どれだけ強いの……。
「パパ、ママ、気をつけてね……?」
少し不安そうな顔で2人を見るリーファ。
ランクAと聞いてやはり気になってしまうのだろう。
「大丈夫だよ、愛する娘の初狩りの獲物が楽しみだからね。何事もなく帰ってくるよ」
「そうそう、リーファは自分のことに集中して。……まあ、アリスがしっかりしてるから大丈夫でしょうけどね」
「うんっ! アリスがいるから大丈夫!」
リーファはあたしの腕に抱きつく。
少しプレッシャーがあるのは間違いないけど、頼りにされてるのは嬉しいな。
「さて、それでは僕たちは先に出てくるよ。ライたちは別室に待機してるから、出発する時は声をかけてあげて欲しい」
「リーファ、お互いがんばりましょ」
「うんっ!」
こうして、あたしたちは初めての狩りに出ることになった。
**********
「ふぅ、何事もなく終わりましたね」
「ええ、しっかりとした連携ができていました。流石はリーファお嬢様です」
「えへへ、ありがとうライ、レイ、それからギィとフィリーも!」
「勿体ないお言葉です」
ライとギィ、レイとフィリーが獲物を追い込み、リーファが魔法で足止めをして、あたしがそれを射る。
たくさん練習した甲斐もあり、初めての実戦にしては上出来な連携だったと思う。
あたしが獲物を射止めた瞬間、リーファの喜びようはすごかった。
それだけ初めての狩りが成功したのが嬉しかったんだろうね。
『……動くものに矢を当てる、というのは簡単なものじゃない』
『しかも当てた場所が頭という急所。流石はランクAの弓使いね』
ギィさんとフィリーさんもあたしのことを褒めてくれる。
弓道で射るのは動かない的だから、動くもの……動物を射るのはこれが初めて。
それでもどこに撃てばいいかが何となく感覚で分かった。もしかしたら凄まじい転生特典なのかも?
「それでは血抜きを行いましょう。その後の解体は私たちが手伝います」
「リース様とエファ様においしく食べて頂けるようがんばりましょうね、リーファ様」
「うんっ!」
ふぅ、とりあえずこれで一段落かな。
今は成功して肩の荷が下りた感じだ。
……ズシン。
ん? なんだか今揺れたような……小さい地震かな?
……ズシン。……ズシン。
いや、間違いなく揺れてる。しかも等間隔で。
地震……自然の現象じゃない。何かが……いる……?
『ギィさん、フィリーさん、今地面が揺れていませんか? そして……何か聞こえませんか?』
『ああ、オレにも聞こえた』
『ええ、ワタシにも……』
あたしたちは音がした方向に目と耳を凝らす。
地響きとともに、木が折れるような音がどんどん近づいてくる。
ライさんたちもそれに気づいたようで、警戒態勢を取る。
そして、それが視認できる範囲に入ってきて、あたしは目を見張った。
5階建てのマンションほどある大きさ。
そして身体には甲羅のようなものがある。
これは、まるで……。
「キ……王亀……ッ!?」
ライさんの言葉にあたしたちは絶句する。
嘘でしょ……西にいるはずのランクAの魔物が、町のこんな近くに……!?
突然のランクAの魔物の出現に、あたしたちは大きな決断を迫られることとなるのだった。