1.ペットになりました
「パパ、私この子ペットにする!」
『ええええええっ!?』
お父さん、お母さん、あたし……転生したら幼女のペットになっちゃいました。
数分前。
眠りから覚めるように重い瞼を開けつつ、今日は目覚ましより早く起きたぞと、手探りで目覚ましを探していた。
しかし、手に当たった感触はふんわりとした毛のようなもの。
おかしいな、あたしの家はペットなんて飼ってなかったはずなんだけど……と、目を開くと眼前には白い毛並みの犬のような猫のような……見た事もない生き物がいた。
びっくりして目を見開き、辺りを見回すと同じ生き物がたくさん存在している。
『あ、あれ……? あたし、寝ぼけすぎてペットショップに来ちゃった……?』
そんなはずはないだろうと、寝ぼけまなこを擦り……あれ? 瞼に当たる指の感触がいつもと違う……?
咄嗟に指を離し、じっと見つめると指には白い毛が生え、肉球が存在していた。
『え? え?』
更に視線を落とし、足を見てみるとやはりふさふさの白い毛並みが広がっている。
その特徴は周りにいた生き物たちと同じで。
『そんな……まさか……?』
あたし……周りにいる動物みたいになっちゃってるー!?
いや、これは夢なんだ。なんか感覚とかも普通なんだけど、きっと夢なんだ。
そう思いながら、マンガでよくやるような行為……ほっぺをつねってみた。
『…………痛い』
嘘でしょ? これ、現実……?
そんなマンガのようなことをしていると、ドアが開いて3人の人間が入ってきた。
金髪で背が高く、優しそうな雰囲気の男の人。
その足元で男の人の足にしがみついている、同じく金髪で髪の長い女の子。
そして2人の後ろに控える、白髪の老紳士。
日本では見かけないような、親子と執事のような組み合わせだった。
「さあ、今日はリーファの7才の誕生日だから、この中からパートナーを選ぼう」
「うんっ!」
リーファと呼ばれた子が嬉しそうに頷き、あたしたちの方を見る。
そして、その子は一直線にあたしの元へ駆け寄ってきてこう言った。
「パパ、私この子ペットにする!」
『ええええええっ!?』
ペット……ということは、やっぱりあたしは周りの動物と同じような容姿をしているわけで……。
ホントに……動物になっちゃったんだ……。
「もっとみんなを見て回らなくていいのかい?」
「うん! 私この子がいい!」
「リーファお嬢様は以前から直感が優れていましたからのう……何か感じるところがあるのかもしれません」
「確かに、この子はそういう面は優れているね。……それじゃあリーファ、その子を連れて家に帰ろう」
リーファのパパは、あたしを軽々と抱き上げ、あたしを柵の中から出してくれる。
そしてリーファの近くにあたしを優しく降ろしてくれた。
「ほら、これからリーファのパートナーになる子なんだ。ちゃんと挨拶しなきゃね」
「はじめまして! 私リーファ! あなたのお名前は?」
『あたしは……アリス。東雲有栖……だけど、言葉は通じないよね……』
満面の笑みで挨拶をしてくれたリーファにあたしも応える。
でも、あたしにはリーファたちの言葉は分かるけど、リーファたちにはあたしの言葉は通じないんだろうな……。
あたしがこの世界の人間の言葉が分かるのは、話しているのが日本語、もしくは日本語に聞こえるからだ。
こういう転生系のお話って自動翻訳とかされるものも多いし、あたしがもらったチートなのかもしれない。
できるなら……もっとすごいチートがいいんだけど。
まあ、これからペットとして過ごすのなら、言語チートだけでも問題はなさそうではあるかな。
「ちゃんと挨拶できて偉いねリーファ。家に帰ったら名前を付けてあげようね」
「あのね……実はもう決めてるの」
「ほっほっほ、リーファ様はこの日のために私どもに相談されておりましたからな……」
「そうだったのか、それじゃリーファ。この子に名前を付けてあげて」
あたしは東雲有栖。転生したっぽい今でもそれは変わらない。
でも、今日からは別の名前かぁ……割り切らなきゃなぁ……。
この名前は17年一緒だったということもあって愛着もある。
できることなら同じ名前がいいんだけど……言葉も通じないし、ダメ……だよね。
「あのね、この子の名前はね……」
でもこんなかわいい子が付けてくれる名前なんだから、早く慣れてあげなきゃ。
「アリス! この子の名前はアリスっていうの!」
『ええっ!?』
ど、どういうこと!?
この子、もしかしてあたしの言葉が分かるの……?
「ほう、その名前は……ふふふ、家に帰ったらその子にあのお話を聞かせてあげるといいかもね」
「そうですな、自分の名前のルーツを知ってもらうのも良いでしょう」
「えへへー……それじゃあよろしくね、アリス!」
リーファの小さな両手があたしの手をぎゅっと握る。
その天使のような笑みに、同じ女の子なのにドキッとして、思わず胸が高鳴ってしまう。
『こちらこそ……よろしくね、リーファ――』
**********
「アリス、ここが私のお家だよ!」
『うわぁ……おっきい……リーファは貴族の娘か何かなのかな?』
馬車に揺れられながら10分程度すると、リーファの家に到着した。
小高い丘の上に建つ、豪華なお屋敷だ。
馬車を降りると、20人程度の使用人と思われる人たちがリーファと父親、執事を出迎える。
『使用人がこんなにいるんだ……やっぱりリーファってすごい子なのかも』
そう考えるとリーファのペットになれたのは幸せなのかも。
道中も馬車の中で「だいじょうぶ? よってない?」って気を利かせてくれたし。
知らない世界でひとりぼっちだけど、リーファとパパ、執事さんが優しい人でよかったなあ。
「リーファ様、まずは湯浴みへどうぞ」
「うん、アリスもしっかり洗ってあげなきゃ!」
『へ……? 湯浴みって……もしかしてお風呂?』
それもそうか、あたしは売られてた動物だし、そのまま家に上がったら家が汚れちゃう。
おとなしくお風呂に浸かろうかな。
『ひゃ、ひゃあああ……くすぐったいよ、リーファってばー!』
「ほら、動かないでアリス。ちゃんと洗えないよー?」
前言撤回。おとなしくなんてできなかった。
あたしが自分で身体を洗えないからって、全身を洗ってくるんだもん。
修学旅行とかで背中の洗いっこはしたことあるけど、そこ以外も洗ってくるし……。
……でも、優しく洗ってくれてるのはなんとなく感覚で分かる。
「ふふふ、リーファ様は妹を欲しがってましたからね」
「うん、アリスは私の妹のようなものだもん! 私がしっかりしなきゃ!」
リーファとあたし……こどもだけで入って溺れないようにと付き添ってくれているメイドさんは、リーファが妹が欲しかったと言った。
そっか、確かにあたしも一人っ子だったから妹や弟が欲しいのは分かる気がする。
『でも……年齢的にはあたしがお姉ちゃんなんだけどなあ……』
そう、あたしは17歳っていう記憶がある。
確かにこの動物の身体はリーファよりちっちゃい年齢なのかもしれないけど、精神的にはあたしの方がお姉ちゃんなはず。
……まあ、対抗意識を燃やしちゃってる時点で同レベルなのかもしれないけどね。
それに、妹ができたって喜ぶリーファの笑顔を見られるなら、そんなことは些細なことだと思う。
「えへへ、お風呂から出たらお話、聞かせてあげるね」
お話……? そういえば、自分の名前のルーツって執事さんが言ってたような。
アリスって名前がこの世界の有名なお話に関わってくるのかな?
あたしは胸を期待に膨らませながら、リーファとのんびりお風呂に浸かるのだった。