第三十五話 最低最悪の過日の記憶
それはさておき、俺は案の定標的を取り逃がしてしまったわけだ。話によれば動き出した根は再びどこかに根を張るまでアルラウネを産み出すことができないらしいから一応応急処置くらいにはなったのかもしれないが、それでも失敗したことに代わりはない。
初めての依頼達成失敗。まあ挫折とか悔しさとか、そういうのを感じることはない。だって俺のせいじゃないし。予め頼んでおいたうえで、とっさに声をかけても無視を貫き通したこのフレイルとかいう男が悪いのだ。
もはや追跡はままならないし、アルラウネを発生させることもないから改めて探すこともできない。俺はフレイルを一睨みしたあと、ギルドへの帰途についた。
心なしか重い足取りで帰還した俺がギルドの扉を開けると、ちょうど目の前に受付嬢さんがいた。
「あ!お疲れ様です冒険者さん!どうでした?」
笑顔は俺に、視線はフレイルに向けている。受付嬢さんも隠すのが下手だなあ。それとも単に俺が敵意に敏感なだけか?どちらにしろ俺に困ることなどない。今回の依頼をこなしている最中に不審な行動なんてしなかったはずだし、肝心の俺の祝福も恐らく効果は掴めなかっただろう。ある程度推測することはできるだろうが、完璧に当てるのは不可能なはずだ。単に無力化だけして、他に効果のない能力なんて誰が思うだろう?少なくとも俺なら、他に何かあるんじゃないかと疑う。
「ダメでした……。見つけはしたんですが、逃げられちゃって」
それはそれとして失敗は失敗だ。この依頼が俺を審査するだけの形式上のものだったとしても、達成できなかったことに変わりはない。責められることはないだろうが、少し申し訳なく思う。受付嬢さんにはだいぶお世話になっているし、俺のことを疑う気持ちもわかる。もしたまたまこの依頼に俺の監査がバッティングしただけなら、俺は単純に失敗しただけだ。
「気にしないでください、難しめの依頼でしたから……。もともと達成できるとは思ってませんでしたし」
「うぅ……」
「でもでも!見つけられただけでも快挙ですよ!あの擬態を見破れるなんてすごいじゃないですか!」
受付嬢さんのフォローに、俺はそっと目を逸らす。それは俺の手柄ではなく、俺の祝福の手柄である。俺はすごくない。とはいえそんなことを言ってもしょうがないので、薄ら笑いでお茶を濁す。どうせ後で俺の祝福が発動した時の様子を聞くことになるだろうから、今言う必要はない。
「それに!フレイルさんの手を借りずに自分の力だけで頑張ろうとしたんでしょう?その心意気だけでもう十分ですよ!」
「違います!」
俺は強く否定する。いきなり大きな声を出したから、受付嬢さんが一瞬固まってしまった。続けて、愛想笑いが濃くなる。既視感。学生時代にも同じようなことをした気がする。その時は確か俺が当時好きだったマンガを評論家気取りで批判している奴がいたから急に怒鳴ったんだった。当然空気は凍りつき、俺は突然の沈黙に耐えきれず黙り込み、かなり終わっていた学生生活にとどめの終止符が打たれたのである。嫌なことを思い出してしまった。俺が逡巡している間にも、受付嬢さんはいかに俺を刺激せずに場を収めるか伺っている様子だ。
「すんません、急にデカい声出して……」
とりあえずの謝罪。かつて俺にできなかったこと。あの時もこうして話を遮ったことを謝っておけば、あんなことにはならなかったのだろうか。いや、そんなことはないか。そもそもあまり話したことのないクラスメイトに突然怒鳴るような人間とまともにコミュニケーションを取ろうとする気になるわけがない。
「いえいえ、大丈夫ですよ!それにしても、違うって……?」
「この人、俺のことをずっと無視してて。助けを頼んだんですけど聞いてなかったんです」
チクってやった。そうだ、あの時も俺は先生にチクりに行ったんだ。あいつらが俺を無視するんだ、と。今考えてみれば当たり前のことなのに。それに対する先生の答えは、「まあ、お前も少し丸くなるというか、相手のことを思いやるというか……」といった、はっきりしているのか濁しているのかも曖昧なメッセージ。なんてことはない、お前が異常者なのが悪いんだと遠まわしに伝えているだけなのが、当時の俺にはわからなかった。俺は自分よりも温和な人間はいないだろうと思って憤慨したその場を去ったのだが、先生からしても迷惑だったに違いない。問題児に迷惑を受けていると相談を受けるのではなく、問題児そのものに相談されたのだから。
連続して嫌な記憶がよみがえってきて、俺は少々グロッキー状態になる。こんなことなら否定せずに自分の力だけで挑戦しようとしたことにすればよかった。
「本当ですか、フレイルさん?」
怪訝そうな表情で受付嬢さんが尋ねる。嘘偽りない真実だ、奴も否定はするまい。
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