第十三話 善意大天使は着替も余る
宿から数分で、その看板は見えてきた。正面に堂々と「大浴場」の文字が躍っている。しかも筆文字。
日本でもそうそう見ないが、こんな異世界で見ることになるとは思わなかった。
とりあえず入るか、と扉を開けようとした矢先、俺はとんでもないことに気がつく。
着替えがない。
異世界に身一つで飛ばされて、最初に着ていたジャージしか持っていない。服を買おうにもどこに
服屋があるのか知らないし、手持ちのお金で足りるかもわからない。まさか詰んだ……?
ゴブリンの罠にハメられて、危うくオークに殺されそうになった時と同じくらいの絶望。ここまで来て
俺は入浴することすらできないのか……?
今着ている服は既に汗やら魔物の涎やらで使い物にならなくなっているし、なんならこれを着て店に入るのも
正直憚られる。一体どうすればいいんだ……。
悩んでいる俺の顔面に、扉がブチ当たる。ずっと扉の目の前で突っ立ってたんだから当然だ。
「おや、すまない……!大丈夫か!?」
しかしその男は俺に謝る。悪いのは俺なのに、爽やかに心配してくる。というか、こいつは……
「あ、さっきの新米くん!ケガしてないかい?」
門のところで助けてくれたいい人だ。顔も良ければ性格もいい。チート能力を持っているとすれば、
こんな奴なんだろうな……。俺は遠い目でそいつを見る。
「大丈夫です、こちらこそすんません……」
「そういえば君、大浴場は初めてかい?」
「!? はい!」
心を読まれたかのような質問に、驚きを隠せない。
「いやなに、よくあることだよ。新人が初めて入る施設に入りにくそうにしているのは」
うっ…………自分のおかれた状況を客観的に説明されると、少し恥ずかしい。
「良かったら軽く案内しようか?疲れも溜まってるだろうし、さっさと汗も流したいだろう?」
渡りに船。だけど、俺には――
「すいませんが、俺は着替えを持ち合わせてないんです。この一着しか持ってなくて……」
着替えがないのだ。
「着替え?僕ので良かったら貸すよ?ちょうどたまたま余分に持ってきちゃってたんだ」
「お願いしますッ!」
頭を直角に下げて頼み込む。こいつ、前世は聖人か何かだったんじゃないだろうか。もしくは神の遣いとか。
「そんなに頭を下げないで!ほら、早く行こうじゃないか」
眩しくて顔が上げられない。俺は手を引かれるままについていく。中はほとんど銭湯と似たような構造で、初めて来るのに郷愁を感じる。
「あっちの更衣室から入って、そこから大浴場に入れるから。貴重品とかあったら預かっとくよ?」
「あ、じゃこれを…………」
俺はとりあえず財布を渡す。それ以外に何も持ってないし。
「ここで待っとくね。これ、着替え」
そう言って、着替えを渡してくれる。これで脱ぎ着の仕方もわからないような服を渡されたらどうしようと思ったが、普通のシャツのような服だ。
というか、見た感じまんまシャツ。この世界の服飾はどうなっているんだろう?
「あ、これ一人分ね。あっちの彼の分」
俺がまじまじとシャツを見ている間に、そいつは俺の分を払ってくれていた。善意が服を着て歩いているのか?
俺は会釈をしつつ、更衣室へ向かった。大事な着替えに臭いが移らないように気を付けながら。
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