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不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
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退屈な世界

     第14話 退屈な世界


 銀嶺騎士団の主要な任務の中には、緑の森建設の護衛というものがある。現在、緑の道建設は、二番砦周辺の開拓の目途がつくまで、休止中であるが、護衛任務の一環として、一番、二番砦を所領に納めたピッマヌス子爵配下の幻獣騎士団への教導が行われていた。これを主に担うのは、第2、第4中隊である。

「魔の森でも比較的浅い部分に生息する魔獣は、ほとんどがオストニア本土でも目撃例がある。だからと言って油断はするな。生態まではよくわからんやつも多い。将来的に街の周辺に耕地が出来た後も、守り切れる実力を今のうちにつけろ。」

第2中隊長エドゥワルス(エド)・ブランクスの檄が飛ぶ。幻獣騎士団の隊員たちは、2番砦の中を何周も走らされていた。息切れしてへばっている者がいようものなら、

「誰が休んでいいと言った。本物の戦場では魔獣は待ってくれんぞ。もう2周追加だ。」

と、これまでも新人騎士たちから鬼教官と恐れられた、エドの本領発揮である。騎士たちの訓練を横目に、第4中隊長グラスィッサ(グレース)・ケリユスは、幻獣騎士団長と、砦の警備体制を話し合っていた。

「エド、張り切ってるわね。で、これから街ができて、移住者が住むとなると、24時間364日体制での警備が必要になってくるわよ。魔の森には夜行性の魔獣もいるわけだし。」

「ふむ、ケリユス中隊長のおっしゃる通り。」

「あと、これまでの生態調査で分かっているのは、やっぱり朱火蟻ファイア・レッド・アントが一番の脅威ね。あの蟻は人間を餌にするし、積極的に襲ってくるわよ。それから畑を作るなら、地面の下。」

「む、下ですか。」

「そ。地中を掘り進む魔獣もいるのよ。人間が襲われなくても、農作物が食い荒らされる心配はあるし。」

魔獣の生態は多種多様である。脅威は必ずしも見えるところにいるとは限らないし、人間が襲われなくても、田畑を荒らされたら開拓の成果がない。

「うーむ。前途は多難ですな。前途といえば、ケリユス中隊長はまだ独身だとか。身を固めるお積りはないのですかな?」

打ち合わせは一段落とみて、幻獣騎士団長が雑談を始めた。グレースはすでに四十路を越えている。10代で結婚も珍しくないオストニアにおいては、完全に行き遅れだった。

「うーん、私はもうちょっと騎士を続けたいかな。子育てしながら騎士をするのはさすがに無理だし。」

グレースは幻獣騎士団長の雑談に応じた。彼女の瞳には、教官役を務めるエドが写っている。彼は相変わらず、幻獣騎士団団員たちをしごいていた。

「誰かさんみたいに、子供の面倒を見てくれる人がいればいいけど。」

グレースは銀嶺騎士団団長補佐の顔を思い浮かべていた。

「左様ですか。」

結婚しても子供は生まない選択肢もあるなどと無粋なことは言わない。実際のところ、オストニアでは騎士は圧倒的に男の多い職業だ。グレースのような経験豊富な女性騎士は、例外の部類に属する。

「さて、雑談はこれで終了。次は、砦据え付けの新装備の使い方のレクチャーよ。」

2人は雑談を切り上げて仕事に戻った。


 魔界に召喚されたリッリッサ(リル)・アウレリウスは、2頭目の黒竜を表の世界に送りだした後、不死なる竜の王、竜王様の巣の中で、時々ナデナデされながら、ぐうたら過ごしていた。今回もやはり魔力(マナ)の回復に時間が掛ったのだ。ただ、表の世界では慌ただしい日常を送っていたリルは、すぐにぐうたら生活に飽きてしまった。たいくつ。リルは、竜王様の巣から出てみることにした。

「・・・いってきます。」

槍を携え、巣の出口の方に向かうが、竜王様は何も言わなかった。

 竜王様の巣の出口は遠くに見えていて、大きそうだと思っていたが、目の錯覚だった。実際には、巣口に向かって短い急な上り坂になっていて、巣口は小さかった。遠近法である。こんなちいさいでいりぐちだと、りゅうおうさま、とおれない、とリルは思った。

 竜王様の巣の外は、森だった。表の世界では見たこともないほどの巨木が整然と並んでいる。巨木はどれも、木といわれれば木の様だし、石の柱といわれるとその様にも見える不思議な質感をしていた。上を見上げると、葉っぱが出ているから、多分木なのだろう。試しに1本に触れてみると、冷たくて、堅くて、木の温もりとは無縁だった。前にオッティが、植物にも魔力があると言っていたが、そんな感じもしない。

 辺りは昼か夜か分からない薄闇。リルは、この魔界の森を散歩してみることにした。しかし、行けども行けども景色が変わらない。巨木は、誰かがそうしたのか、自然とそうなったか、ほぼ等間隔に並んでいる。地面は踏み固められた固い土で、下草や落ち葉もない。早速リルが退屈していると、変化は突然訪れた。ただし、楽しい出会いではない。

「グルルルル。」

リルの匂いを嗅ぎつけたのか、魔界の獣が1頭、唸り声を上げながら近づいてきた。大きい。大型魔獣くらいはありそうだ。毛深い犬のような胴体から、頭が2つ。悪魔の知識では、「双頭犬(オルトロス)」と呼ばれる獣だ。双頭犬は明らかにリルを獲物として見定めたようだった。足の速いリルでも、逃げ切れない。仕方なくリルは、戦うことにした。

 迫る双頭犬にリルは距離を詰めると、槍を一閃。左の首を切り落とした。右の首も、「虚空斬(ヴァニティ・リッパー)」の魔法で切り落とす。2本の首を瞬く間に切り落とされた双頭犬は、ドサリと音を立ててその場は崩れ落ちた。リルは、りゅうおうさまのためにささげるまなをむだづかいしてしまった、と思った。その直後、切り落とされた双頭犬の2つの頭が、グズグズと崩れ、ゴボゴボと蒸発し始めた。同時に、双頭犬の首の傷口から、イモリの足のように、頭部が再生し始めた。双頭犬は首を切り落とされても再生するらしい。また戦いになると面倒なので、リルは、すたこらさっさと、双頭犬が起き上がらないうちにその場を立ち去った。

 竜王様の巣に戻るまで、昼だか夜だか分らない薄闇が続いた。これでは洞窟の中でなくても、時間の感覚をなくしてしまう。竜王様の巣に戻ると、

「外の様子は如何。」

と、声を掛けられた。

「・・・おなじけしきが、つづいてた。・・・たいくつ。」

リルは素直に感想を答えた。それから、すっかりリルの定位置になっていた、竜王様のお腹の下に入り込み、スリスリしてみた。竜王様は、大きな指を器用に使って、リルをナデナデしてくれた。

「うみゅう・・・。」

くすぐったくて声が出た。それから、リルは、竜王様に、

「・・・りゅうのことば、おぼえたい。」

とお願いしてみた。竜王様は人語を解する高い知能の持ち主であったが、発声器官の問題だと思うのだが、人のような複雑な言葉は操れない。ただ、地鳴りの様な竜王様の唸り声にも規則性があることに、リルは気付いていた。言うなれば、竜語とでも呼ぶべきものがあるのだ。リルのお願いを聞いて、竜王様は地鳴りのような唸り声を出した。承諾を得たようだ。その日から、リルの竜語の勉強が始まった。

 翌日。リルの魔力はやはり全快にはほど遠い。槍の型の稽古をしてから、竜王様に

「・・・いってきます。」

と、言い残し、その日も、魔界の森を散歩することにした。また双頭犬に遭遇すると面倒なので、昨日とは別の方向に行ってみることにした。やはり、行けども行けども同じ景色。たいくつ。ただ、昨日と同様、変化は突然だった。あまり歓迎できない出会いだ。

「グルルルル。」

獣だった。やはり大型魔獣くらいの体格で、表の世界にいる熊に形は似ていた。ただし、毛の色が群青色だ。悪魔の知識にもある獣だが、名前は付けられていない。獣は明らかにリルを獲物を見る目で見ていた。今回も多分逃げられないので、戦うことにする。

 リルは、迫る熊型魔獣相手に、距離を詰め軽く跳躍すると、愛用の槍を一薙ぎ。熊は、首から上を切り落とされ、その場にドサリと倒れた。おおきいわりによわっちい、とリルは思った。次の瞬間、熊の頭がグズグズと崩れ、熊が再生を始めた。やはり、首を切ったくらいでは死なないらしい。リルは、すたこらさっさと、その場を後にした。

 竜王様の巣に戻ると、リルは、

「・・・まかいのけもの、しなない。」

と感想を漏らした。

「魔界の獣、皆、不死なり。」

竜王様が解説してくれた。その後は、竜語の勉強だ。竜王様の地鳴りのような唸り声の真似をして、

「うみゃ、みゅう。」

とリルも声を出してみた。よくできていたのか、竜王様は尻尾の先で、リルをナデナデしてくれた。

 そんな調子で数日が過ぎ、リルの魔力も完全に回復した。

「うみゃう。」

準備が整ったことを、竜語で竜王様に報告してみた。竜語の勉強を始めて数日だが、意図は正確に伝わったようで、竜王様は、門を開き、3頭目の不死なる竜を呼び出した。やはり竜は、呼び出されるなり暴れ始め、竜王様の

「鎮まれ。」

の声で、時間が止まったように、大人しくなった。

 リルは「創生の秘術ライフ・クリエーション」を、竜に使って、命を授けた。魔力切れで息が上がるが、初めての時のように、その場にへたり込むようなことはなかった。リルの魔力も少しは成長しているのだろう。場を竜王様に譲ると、竜王様は門を開いて、不死ではなくなった黒竜を表の世界へ送り出した。リルは3度目にして、ようやく門を構成する呪紋の全貌をつかんだ。忘れないように、心に深く刻み込む。

 リルはしばらく休んで呼吸を落ち着けてから、竜王様に質問した。

「・・・いまのこも、おんなのこ?」

リルは、2頭目、3頭目の黒竜も雌であるような気がしていた。

「然り。」

これまでリルが見た3頭の黒竜はみな、雌だったことになる。

「・・・おんなのこばっかり、なんで?」

「我が眷属は、其方のみにて。」

不死なる竜はみんな雌だという。竜王様も雌なのだろう。リルはもう一つ気になっていたことを質問した。

「・・・みんな、そっくり。」

「我が眷属は、皆、我が子なり。」

「・・・じゃあ、おひめさま。」

「意味なきなり。」

竜王様は、長すぎる生に耐えられず知性を失って、ケダモノ以下の存在となってしまった娘たちを、死によって救済しようとしていることになる。知性を失ってしまった娘を見る気持ちも、自分の娘を自分より先に死なせなければならない者の気持ちも、リルには想像するに、余りあることだった。リルは、勝手に共感したつもりになっていた自分を恥じた。

 その後は、竜語の勉強をして過ごした。竜王様にナデナデされて気持ちよくなっている間に、リルは眠りに落ちてしまった。


 魔力の回復を待つ間、リルは、槍の稽古をしてから、森に散歩に出かけ、帰ってきてから竜語の勉強をするのが日課になった。散歩に出るとなぜか必ず魔界の獣に遭遇する。大型魔獣サイズで8本足の軟体動物型の地を這う獣、大型魔獣サイズで蜻蛉のような外見をした昆虫型の飛行する獣、これまた大型魔獣サイズで獅子の胴体から獅子、山羊、鷲の3つの首が、背中から蝙蝠のような皮膜の翼が生え、尻尾が蛇になっているなんだかごちゃごちゃした獣、どれも悪魔の知識にある獣だ。どれも簡単に倒すことができたが、死なずに再生する。リルは、獣に遭遇すると、倒して動けなくなっている間に、すたこらさっさと立ち去って、竜王様の巣に帰った。

 竜語の勉強は、思いのほか順調に進んだ。不死なる竜には人間ほど複雑な声を使い分けられる発声器官がないので、言葉自体は単純で、細かいニュアンスは以心伝心といった感じだった。そもそも不死なる竜の一族が、竜王様とその娘たちしかいなかったからそれで充分だったのだろう。4度目の秘術の準備が整う前に、リルは、ほぼ竜語のみで竜王様と会話できるようになっていた。

「うみゃう。」

リルは、魔力が回復したことを竜王様に伝えた。竜王様は、門を開き、4頭目の不死なる竜を呼び出した。やはり竜は、呼び出されるなり暴れ始め、竜王様の

「鎮まれ。」

の声で、時間が止まったように、大人しくなった。

 リルは「創生の秘術」を、竜に使って、命を授けた。魔力切れで息が上がる。場を竜王様に譲ると、竜王様は門を開いて、不死ではなくなった黒竜を表の世界へ送り出した。

 リルは休憩して、呼吸を整えた後、竜王様に質問した。

「み?」

竜王様は地鳴りのような唸り声で答えた。まだ、表の世界に送りだした4頭の黒竜は全て生きているらしい。竜語の勉強が必要なくなって、リルはまた退屈になってしまった。そうすると、早く終わらせて帰りたいという気持ちが出てくる。

「みゅう?」

リルがあとどのくらいで終わるのか竜王様に尋ねると、竜王様は地鳴りのような唸り声で答えた。あと18頭もいるそうだ。リルは何とかして早く終わらせる方法はないか考えた。考えている間も、竜王様は、尻尾の先でリルをナデナデしてくれた。思わず、

「うみゅう・・・。」

と、声が漏れた。考えているうちに眠くなってきて、そのまま眠ってしまった。

 翌朝、リルは突然閃いた。魔力の元は大気中のエーテルで、動物は心臓でエーテルを魔力に変換しているとオッティに教えられたことがある。魔界に来てからというもの、魔力の回復に時間が掛っていたが、多分魔界の大気は、表の世界よりエーテルの濃度が薄いのだ。それなら、エーテルではなく、魔力そのものを集めればいいのでは?幸いにして、悪魔の知識の中に、その方法があった。「魔力吸収(マナ・ドレイン)」という魔法である。この魔法は、悪魔が人間に教えていない負の属性式(エレメント)を核とする上級魔法で、文字通り対象から魔力を奪い取ることができる。リルは、まだこの魔法を使ったことがなかったが、今日散歩のときに、魔界の獣にあったら試してみようと思った。

 いつも通り、槍の稽古を終えた後、森に散歩に出かける。相変わらず代わり映えしない風景が続く。そこへ

「グルルルル。」

と、鳴き声を出しながら、獣が近寄ってきた。今日はいろんな獣をごちゃまぜにしたみたいな獣だった。名前はない。リルは、とりあえず獣の心臓があると思われる獅子の胴体の中心付近を槍で貫いた。獣は倒れて動かなくなった。ただ、もう傷の再生が始まっている。リルは「魔力吸収」の魔法を、倒れて動かない獣に使った。ある程度の時間で、リルはお腹いっぱいになった。心なしか、獣が一回り小さくなっている気がする。魔力を満たしたリルは、獣が動きを再開しないうちに、急いで、その場を離れた。

 竜王様の巣に戻ったリルは、竜王様に、

「うみゃう。」

と、魔力が回復したことを報告した。竜王様は、門を開き、5頭目の不死なる竜を呼び出した。やはり竜は、呼び出されるなり暴れ始め、竜王様の

「鎮まれ。」

の声で、時間が止まったように、大人しくなった。

 リルは「創生の秘術」を、竜に使って、命を授けた。魔力切れで息が上がる。場を竜王様に譲ると、竜王様は門を開いて、不死ではなくなった黒竜を表の世界へ送り出した。竜王様は、地鳴りのような唸り声を上げながら、リルを尻尾の先でナデナデして、早々に魔力を回復させたことを褒めてくれた。

 さすがにリルの魔力量でも「創生の秘術」を使った後、上級魔法である「魔力吸収」を使うのは無理なので、その日は、そのまま休むことにした。

 それ以来、リルは、森で散歩中に遭遇した魔界の獣から魔力を奪い、お腹いっぱいになったら、竜王様の巣に戻って、「創生の秘術」で不死なる竜に命を授けるのが、日課になった。1日1頭のペースで、黒竜を表の世界に送りだせる。魔力の回復に何日も掛かっていたころとは、明らかにペースアップした。リルは、これならはやくおうちにかえれる、と思った。と同時に、ぜんぶおわったら、りゅうおうさまはどうするんだろうと疑問を抱いた。


 暮れも差し迫ったある日、スベルドロ砦では、双子の姉のモカイッサ(モカ)に対して未だに悪魔のリルによる魔法金属ミスリルの錬成法の講義が続いていた。モカも理解力が低いわけではないが、錬金学の基礎知識がないうえに、リルの教え方が極端に不親切だったのだ。もちろんリルはモカに悪意があって、不親切な教え方をしているわけではない。普段から無口なため口下手なだけだ。

 モカがミスリル錬成の実験をしている間に、リルは横目で長兄で直属の上官でもあるオルティヌス(オッティ)の様子を伺った。何かの呪紋を描いている。よく見るとそれは「魔力吸収」の、呪紋だった。リルは驚愕した(無表情のままだが)。「魔力吸収」の核となる負の属性式は、悪魔が人間に教えていないものである。何故オッティはそれを知っているのか。術式まで完璧にコピーできたのはなぜか。疑問は尽きない。リルの様子に気付いたオッティが、

「新しい魔法を開発しました。先日不死なる竜と戦った時に新発見をしまして、この呪文の核になっている属性式、『負』の属性式と名付けようと思うのですが、これを黒炎さんの吐息(ブレス)から発見したんです。この新しい属性式を応用して、人間にも使えるよう術式を調整しました。この魔法、名付けて『魔力吸収』は、対象から魔力を奪い取ることができるんですよ。」

と、嬉しそうに告げた。オッティには触れた魔法の呪文を読み取る特殊能力があるが、それを使って、不死なる竜の吐息の呪紋まで読み取っていたようだ。リルは、

「・・・それ、あくまの、まほう。・・・かんぺき。」

と、オッティを称えた。オッティは、

「おや、悪魔の知識にはもうあったのですね。それでも教えてもらえなかったということは、何か理由があるのですか?」

と、尋ねてきた。

「・・・ふの、えれめんとは、きけん。・・・だから、にんげんには、おしえなかった。」

「そうですか。危険ですか。でもそれを言うなら他の魔法も使い方次第では危険になるのですから、隠す理由にはなりませんね。一応発表の是非は、ラボに審査してもらいましょう。」

オッティはいつもの調子を崩さなかった。リルは、やっぱりおにいちゃんはてんさい、と思った。

 数日後、その日は騎士団の仕事納めで、翌日からは年末年始の休暇に入る。

「やた、やった。出来た、出ー来た♪」

ようやくミスリルの錬成に成功したモカが、全身を使って喜びを表している。リルも一仕事終えてほっとした。オッティは竜の鱗を眺めてうっとりしている。

「年内に片が付いてよかったですね。オッティ、年明けからモカに頼む用事はありますか?」

騎士団長で父でもあるエルヌスから問われたオッティは、いったん竜の鱗を机に置くと、エルの方へ向き直り、

「いえ、残りの研究は僕とリルだけでも進められますよ。」

と、答えた。

「では、モカには一時的に第0分隊専属から開発チームに戻ってもらって、僕と親方の新しい企画を手伝ってもらいます。」

「新しい、新しい企画、企画って、変形、鳥、鳥、変形。」

「そうです。いよいよ試作機の開発に着手しますよ。ところで、オッティはずっと竜の鱗を眺めていましたが、仕事は進んでいますか。」

サボりの常習犯であるオッティに対して、エルが進捗状況の報告を求めた。

「はい。今は竜さんの鱗に魔力を通して伝導性を調べていたところです。どうやら竜さんの鱗は、銀に匹敵する、あるいはそれ以上の導魔力性がありそうです。」

「なるほど、サボっていたわけではないと。それで導魔力性を調べるのが君の仕事とどう関係するんですか?」

エルの疑いは簡単には晴れない。

「錬金学の世界では、物質の性質を調べることは、その物質を錬金術で再現するための基本です。導魔力性の調査や、目視による観察もその一環ですよ。」

「分かりました。君のことだから、仕事をサボる口実に、竜の鱗を使っているのかと疑っていましたが、杞憂だったようですね。すみません。」

「いえいえ、僕の日ごろの行いがよくないことは自覚しています。父様が謝ることではありません。」

自覚はあっても、改善する気はないのがオッティである。

「さて、来年の方向性も決まりましたし、今年はこれで仕事納めにしましょう。皆さん、お疲れさまでした。」

「おつかれー」

騎士団長補佐でエルの妻のマルガリッサが、いつも通りエルに後ろから抱き着いたまま、能天気なあいさつで締めくくった。


大晦日には、例年通り一家揃って先祖代々の遺骨が眠る地下納骨堂に参拝した。悪魔のリルは、人間のリルがこれまでしていたように、子孫繁栄を先祖の霊に祈ったが、死と無縁の悪魔が死者の霊を祭る場所で祈るのは、それはそれで皮肉なことだと、感じた。


 年が明けて、西方歴2693年。仕事始めを迎えたスベルドロ砦で、オッティは、リルに確認していた。

「さて、僕たち第0分隊は、現在竜さんの鱗を錬金術で再現し、魔導従士の外装を革新するという、研究に取り組んでいるわけですが、リルは、錬金学の基礎については問題ないですね。」

「・・・ん。」

「僕は、リルがほかの仕事をしている間、竜さんの鱗を非破壊検査で調べられるだけ調べ、その組成を絞り込んでいました。魔獣さんも生き物ですから、生き物の体内で作られそうな物質という条件も加えれば、相当程度、真相に近づいています。」

リルは、オッティの話を聞いて、さすがおにいちゃん、と思った。

「ところで話は少しずれますが、昨年、不死なる竜さんの群れと遊んだ時に、不死なる竜さんの鱗の強化魔法は、術式が今まで見たこともないくらい複雑でした。骨格強化の魔法もそうです。解呪で竜さんの肉を切った時には、鱗は飛び散っただけで、切断はできませんでした。これは、不死なる竜さんの鱗も、僕たちの世界の竜さんの鱗と同様、物質として頑丈で、強化魔法なしでも相当高い防御力を持っていることを意味します。」

リルは、おにいちゃんはめのつけどころがちがう、と思った。

「不死なる竜さんの鱗の強化魔法の研究はいずれするとして、話を僕たちの世界の竜さんの鱗に戻すと、もともと判明していた高い耐刃性、耐貫通性に加えて、比重が軽くてよくしなるということが判明しました。リル、いつもの鱗鎧は着ていますか?」

「・・・ん。」

「竜さんの鱗のよくしなる性質のおかげで、ほとんど動きを制限されないと思いますがどうでしょう?」

「・・・ん。」

リルが毎日着ている竜の鱗で作った鱗鎧は、なるべく動きを制限しないように鱗の配置を考えて作ったものだが、言われてみれば、確かに鱗のしなりのおかげで、予定以上に動きの自由度が高い防具に仕上がっていた。

「よくしなる、というのは、良いことでもあり悪いことでもあります。良いところは、強度の高さです。変形しても壊れず、元の形に戻るわけですから、繰り返しの動きに強いと言えるでしょう。金属疲労によりあまり長く使えなかった現在の鋼鉄製の外装より長持ちするかもしれません。悪いことは、形を保つのが難しいということでしょうか。内骨格構造の従来の魔導従士(マジカルスレイブ)なら問題にはなりませんが、マーカス・オブ・ザ・ヘルの外骨格構造とは相性が悪そうです。」

リルは、しなることだけでこれだけいろいろわかるおにいちゃんすごい、と思った。

「後は、薬品等を使って、組成を特定して、錬成方法を考えることになるわけですが、竜さんの鱗は、有限なので、無暗矢鱈に実験するわけにもいきません。そこで、僕たちの世界の竜さんと不死なる竜さん、魔獣さんと魔界の獣さんという違いはありますが、鱗の性質には似ている部分があると仮定して、不死なる竜さんの非常に複雑な鱗の強化魔法の存在から、竜さんの鱗について分かることがないかと考えているのです。リル、悪魔の知識で何か分かりませんか?」

「・・・ふしなるりゅうも、おもてのせかいのりゅうも・・・あくまはくわしくない。」

「そうですか。何か手掛かりがあればと思ったのですが、空振りですね。では、僕は不死なる竜さんの鱗の強化魔法についての研究を進めてみます。読み取った呪紋を描きだしますのでリルも手伝ってください。」

リルはコクリとうなづいた。いつの間にか、竜の鱗を使った実験の話が飛んでいる。リルは、おにいちゃんにはわたしなんかじゃわからないかんがえがあるんだろう、と思った。

 オッティが、描きだした不死なる竜の鱗の強化魔法の術式は確かに非常に複雑だった。核になるのはほかの強化魔法と同じ地の属性式。それを取り囲む術式は、拡大、維持、連結など、とにかく無数の術式が組み合わさっている。なぜか、分離の術式もあった。規則性も一見して見当たらない。リルは、連結と分離という真逆の効果の術式が1つの魔法に含まれるのは何故か考えた。すると、悪魔の知識の中に、それと関連するかもしれない事実があることに気付いた。

「・・・まかいのけもの、まなのりょうで・・・おおきくなったり、ちいさくなったり、する。」

それを聞いたオッティが、

「なるほど、不死なる竜さんも魔力量に応じて体の大きさが変わるなら、大きさに合わせて術式を連結したり分離したりする必要がありますね。連結式と分離式が混在するのには、そんな理由があったのですね。」

と反応した。オッティはそれからしばらく考えてから、言った。

「魔力量に応じて大きさが変化するなら、鱗そのものも大きくなったり小さくなったりしないと変ですね。ただ、鱗自体からはこの強化魔法しか読み取れませんでした。鱗の大きさを変える魔法は、竜さんの別の部位に隠されていた可能性が高いですね。それにしても魔力量に応じて小さくなるのは、興味深い性質です。この世界の魔獣さんは成長して大きくなることはあっても、小さくはなりませんからね。体が魔法的な何かでできているのでしょうか。この仮定が正しければ、不死なる竜さんの鱗を再現できる可能性がグッと高まるのですが。」

リルには、体が魔法的な何かでできていると再現できる可能性が高まる理由は分からないが、オッティが言うなら多分そうなのだろう。それから、表の世界の竜の鱗を再現する話がいつの間にか不死なる竜の鱗を再現する話にすり替わっているが、気にしないことにした。

 その後も、オッティは強化魔法の術式を見ながら何やら考え込んでいたが、リルは、これ以上は自分の手には負えないと、早々に諦め、モカの仕事を観察していた。モカはほかの鍛冶師たちと一緒に、親方の指示の下、魔導従士の内骨格をくみ上げていたが、見たことのない位置に関節が増やされていた。あれが変形機構だろうか。

 翌日、オッティは出勤早々リルに話しかけてきた。

「不死なる竜さんの鱗の強化魔法についてですが、あの魔法は、鱗とその下の皮膚の接着を強めるだけで、鱗自体の強度を増すものではありませんでした。あの竜さんの鱗の強度は、素材それ自体の強度ということになります。研究素材として欲しくなってきました。もう1回出てきてくれないでしょうか。」

リルは、ふしなるりゅうとたたかうのは、もういや、と思った。

 不死なる竜について分かることは、現状オッティが読み取った数種の魔法くらいしかないので、結局実物がある表の世界の竜の鱗の研究に戻ることになった。ただ、オッティは研究素材を破壊する方法に抵抗があるようで、何とか非破壊検査でもう少し分かることがないか、考え始めた。そして、竜の鱗を見るなり、うっとりとした表情を浮かべた。平常運転に戻ったようだ。リルは特に思いつくことはないので、モカの仕事を観察していた。新型試作機の内骨格の組み上げが終わったようだ。親方が人工筋肉(アーティ・マッスル)の張り方を鍛治師たちに指示していた。

その日、オッティ宛に国王からの命令書が届いた。

「『負』の属性式及び『魔力吸収』の発表を禁ず。ですか。使い方さえ間違えなければ便利な魔法なのに、残念です。」

「君は、許可されると思っていたのですか。」

「いえ、今回はダメ元でした。ただ、僕の研究、あまり発表の許可が貰えませんね。」

「それは、君の研究分野が偏っているからです。」

父と兄のやり取りを横で聞いていて、リルは、あくまのちしきでもかなわない、おにいちゃんはやっぱりとくべつ、と思った。

 それから数日は、あまり変化なく日常が続いた。リルはモカの仕事を観察していた。新型は日々、少しずつ形になってきている。オッティは竜の鱗を眺めてうっとりしていた。エルは騎士団長の雑務をこなしながらも、新型の仕上がり具合が気になっているようである。そういえば、今年の人事考課もリルはオッティに全項目満点にしてもらった。

 動きがあったのは、翌週に入ってからであった。モカが鍛冶師たちの集団から分かれて何かを作り始めた。その翌日モカが、出来上がったものをリルのところに持ってきた。

「リルリル、見て見て。」

リルはモカが持ってきた物を見た。小手のようなものと、脚装のようなものが1組ずつ。

「・・・?」

「とりあえず、とりあえず着けてみてみて。」

リルは言われるがまま、小手と脚装を着けてみた。小手の方は、外見の指の位置より、随分手前に、指を入れる5つの穴があった。脚装もふくらはぎ辺りまでしか足が入らない。

結果、リルの手足がかなり延長された形だ。

「・・・あんばらんす。」

「だねだね。でもでも、これで、リルリルでもでも操縦桿、操縦桿とかペダル、ペダルに手足が届くよ。パパ、パパがね、ね、今、今作ってる、作ってる試作機、試作機が出来たらたら、リルリルに試験操縦、試験操縦を、やって、やってもらうってって。それでね、それでね、試作機、試作機は量産、量産型になる予定、予定だからから、直接操縦ダイレクト・コントロールじゃなくて、じゃなくて普通、普通の操縦方法で、動かして、動かしてほしいんだってだって。」

「・・・ふつう。」

「その時、その時に、その半甲冑、半甲冑を使ってねてね。人工筋肉、人工筋肉が入ってるからから、指、指とか、足首、足首も、動かせるよ、よ。」

リルは、半甲冑の中で自分の指を動かしてみた。半甲冑の指もリルの指の動きをトレースするように動いた。多分強力従士の手足と同じ原理だ。足首の動作も良好。

「うん、うん。動作確認、動作確認オッケー、オッケー。じゃあじゃあ、リルリル、脱いで脱いで。」

リルは、半甲冑を脱いだ。

「第1倉庫、第1倉庫にしまっておくからから、使うとき、使うときは、そこからから、持って、持っていってね、ね。」

そういうとモカは工房のすぐそばの第1倉庫に半甲冑を片付けてしまった。

 倉庫から戻ってきたモカは、今度は椅子のようなものを作り始めた。あれは多分試作機の操縦席だろう。椅子に何か可動部を組み込んでいるようだ。リルは、あれなんだろう、と思った。


 とある日の昼時、王立魔法騎士学園の高等部飛空船学科の校舎のすぐ脇の長椅子に腰かけ、アウレリウス家4兄弟の次兄マルセルスは魂が抜けたような顔をしていた。そんなマルセルに声が掛かる。

「おう、マルセル。調子はどうだ。」

声を掛けられたことでマルセルは我に返った。

「このパターンは、ジャイか?」

マルセルの幼馴染で1年先輩のジャイユス(ジャイ)が、立っていた。

「俺様も、来週からの最終試験が終わったら卒業だからな。お前の様子を見に来てやったぞ。」

「そうか、卒業か。年を取るほど1年が短く感じるっていうけど、本当だな。」

「お前は春の実習飛行はどこになった?」

「ああ、今回は航空士だ。」

「ほう。なかなかやるじゃないか。それでこそ俺様が見込んだ男。」

「ま、いつぞやのときみたいに、魔獣に襲われんよう頑張るさ。」

「ああ、この俺様直々に活躍を祈ってやる。感謝しろ。」

「相変わらずの上からだな。しかしこのパターンもこれで最後か。」

「王都とここの距離だ。気にするな、心の友よ。」

「だからそれは禁止だ。」

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