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不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
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不死なる竜の王

 巨壁山脈東麓地方中部にある王城ウラジオ城、その内城は、公務に用いられる外城より高い階層にある。内城のバルコニーに出て東を見渡せば、天気のいい日なら巨壁山脈の東側、地平線の向こうまで続くオストニアの国土が1望できる。バルコニーに立って国王ハベス1世は、ひとりごちた。

「黒竜事件、これがどう出るか。」

国王は、魔の森への東進政策を進めてきた。その中心が緑の道の建設である。魔の森から現れた黒竜の群れは、森の危険性の象徴として東進政策の足を止める可能性がある。一方で、黒竜を撃退し人々の士気が上がっている今こそ、東に進むべきとの判断も可能だ。いずれを選ぶにせよ、舵取りをするのは、国王自身である。国王は足元に目を遣り、活気づく王都の街並みを見た。

「やんちゃ坊主といい、その息子といい、有用なのに使いにくいことだ。」

国王はこれから訪れるであろう困難に思いをはせ、バルコニーから城内に引き返した。


     第13話 不死なる竜の王


 オストニア王国、巨壁山脈東麓地方中部、学園都市エカテリンブルにある、アウレリウス家では、ある問題が持ち上がっていた。

「というわけで、黒竜事件解決の功労者として、2人に叙勲の話が出ているのですよね。」

話の口火を切ったのは、アウレリウス家の現当主で国王直属特務騎士団銀嶺騎士団団長エルヌス(エル)である。

「勲章とか、特にいりません。生きた魔獣さん1年分とかなら喜んで頂戴するところですが。」

「兄貴は、ブレねえな。」

「有り難うございます、マルセル。」

「褒めてねえよ。」

とことん我が道を行く長兄で、黒竜事件解決の功労者でもあるオルティヌス(オッティ)に、次兄で、王立魔法騎士学園高等部飛空船学科の2年生であるマルセルス(マルセル)が、ツッコんだ。

「リルはどうですか。」

「・・・しきてん、たいくつ。」

「リルリルは、叙勲、叙勲の式典が退屈、退屈だからいらないってって。」

相変わらず言葉足らずな双子の妹リッリッサ(リル)の言葉を双子の姉のモカイッサ(モカ)が通訳した。

「やはり、ですか。」

「そういえばエル君はなんて言って叙勲の話を断ってたの。」

案の定という反応を見せるエルに妻で騎士団長補佐でもあるマルガリッサ(マギー)が尋ねる。

「勲位の代わりに、開発予算を増額してもらっていました。僕と親方で、使い切ってしまいましたが。」

「じゃあじゃあ、そのご褒美、ご褒美、私、私が欲しい、欲しい。」

モカが突然言い出した。

「叙勲の話が出ているのはオッティとリルですよ。モカが褒美をもらうんですか?」

するとモカが不満げに、

「パンデモニウム、パンデモニウムを作ったのは私、私だもんもん。私、私だって、事件解決、解決の功労者、功労者だよだよ。」

と言う。

「そう言われればそうですね。それで、モカが欲しいのは、魔力(マナ)転換炉の製法ですか?」

「すごい、パパ。パパ、すごい。何で、何で分かったの?分かったの?」

「以前君に同じものをおねだりされましたからね。それに君の性格を考えれば、作れるものなら、自分で作りたいと思うでしょう。」

「思う、思う。」

父には分かりやすい性格の子供たちの希望などお見通しである。

「転換炉の製法は国家機密ですが、黒竜事件解決の褒美としてなら教えてもらうことも出来るかも知れません。ダメもとですが陛下と交渉してみましょう。」

「やった、やった。パパ、ありがとう。ありがとう、パパ。」

と、話がまとまりかけたところでオッティとリルが衝撃の事実を口にした。

「魔力転換炉の核となる魔法でしたら、僕は知っていますよ。」

「・・・わたしも。」

「えー、えー。嘘、本当?嘘、本当?何で?何で?」

「僕が触れた魔法の呪紋を読み取る力があることは以前にお話ししましたよね。その能力を使って調べたのです。」

「・・・あくまの、ちしき。」

「それじゃあじゃあ、教えて、教えて。」

すると、オッティが困り顔で、

「国家機密に属するものを、教えるのはさすがにできません。すみません、モカ。」

「・・・いか、どうぶん。」

と、答えた。

「ぶー。」

「モカ、無理を言ってはいけません。本当なら僕だって知りたいくらいなんですから。」

「エル君、欲望が漏れてるよ。」

すねるモカをエルがなだめる。

「陛下との交渉次第で、教えていただけるかもしれないのです。そちらに期待していて下さい。」

「分かった、分かった。そうするそうする。ところでところで、コッカキミツって、何何。」

全員がずっこけた。

 翌日、エルは早速王城に参内していた。

魔法騎士(マジックナイト)2人が叙勲を辞退する代わりに、魔法鍛冶師(マジック・スミス)に褒美をよこせ、とな。しかもその褒美が魔力転換炉の製法とは、貴様は相変わらず正気を疑うようなことを平気で言いおるな。」

国王ハベス1世は頭を抱えていた。

「もちろん正気ですし本気です。今回の事件は魔導従士(マジカルスレイブ)パンデモニウムの性能がなければ被害なく収拾するのは、不可能でした。魔導従士の開発はほとんどモカ一人で行ったものです。彼女が本件の第3の功労者であることは間違いありません。それに魔法騎士のオッティとリルは世俗的な物欲や名誉欲というのがあまりない方なので、特に褒章などは必要ないとのことです。そこで、モカに3人分の褒章を賜るとしたら、この程度はお願いできるのではないかと考えまして。」

国王はさらに頭を抱えた。目の前の小さな騎士団長は、やると決めたことはすべて実行してきた。しかも戦技や魔法に秀でるだけでなく、目的のためなら交渉や根回しも怠らない抜け目のなさがある。説き伏せるのは容易ではない。

「貴様は、転換炉の製法を秘匿する重要性については、分かっておるな。」

「言うまでもありません。」

「それを分かっていながらなぜ斯様な希望を述べる。」

「未知の超級魔獣である黒竜8頭の群れ、その討伐の功績と天秤にかければ充分釣り合うと考えます。」

やはり一筋縄ではいかない。

「それに、ここだけの話ですが、我が銀嶺騎士団には、既に転換炉の製法を理解している者がおります。」

「何!それは真か。」

国王が血相を変える。

「はい、真実です。僕たちの能力があれば、正規の手続きを踏まず、転換炉を自作することも不可能ではありません。」

「むう。」

「それに、陛下がお気になさっている機密保持に関しては、銀嶺騎士団が陛下の即位以前から、最新型魔導従士の開発を行ってきた実績があることから、転換炉についても機密を守ることができると、信じていただけると確信しております。」

国王は、反論に窮した。

「機密保持については、その通りなのであろう。」

「でしたら。」

エルが国王に先を促した。国王はこの小さな騎士団長の術中に嵌ってしまったことを自覚しながらも、

「製法までは教えられぬが、銀嶺で魔力転換炉を自作することは許可しよう。」

と、妥協をするしかなかった。

 エルは、その日のうちにスベルドロ砦に戻ると、

「陛下から転換炉製作の許可をいただきました。後はオッティとモカに任せます。」

と、机で相変わらず竜の鱗を見てうっとりしていたオッティに伝えた。

「さすがは、父様です。その交渉術は、僕も見習わないといけませんね。」

オッティはどちらかというと実力行使で横紙破りをするタイプで、交渉は苦手だ。というかそもそもテーブルに着きすらしない。エルとオッティのやり取りを聞いていたモカが駆け寄って来て、

「パパ、パパ、これで魔力転換炉、魔力転換炉が作れる、作れるね、ね。」

といって、エルに飛びついた。エルはモカを受け止めつつ、

「ええ。これはモカの功績でもあるのですから誇っていいですよ。それから、褒章を辞退したオッティとリルへの感謝も忘れないように。」

と言った。

「そう、そうだ。お兄ちゃん、お兄ちゃん、リルリル、ありが、ありがとう、とう。」

「どういたしまして、モカ。」

「・・・もーまんたい。」

「それはそうと、僕はあくまで転換炉の核になる魔法の呪紋しか分かりません。それで大丈夫ですか。」

オッティは魔法に関しては特別な能力があるが、騎士である。物作りの能力はない。

「だいじょぶ、だいじょぶ。魔法、魔法以外は、もう知ってる、知ってるから、から。」

「では材料さえあれば作れますね。モカはどんな魔力転換炉を作るつもりなのですか?」

オッティの問いかけに、モカが固まった。

「・・・むけいかく。」

「マーカスとサーヴァントが完成した後ですからね。新たな転換炉をわざわざ自作する予定はないということですね。」

「パワーアップ、パワーアップするときが来たらたら、自作、自作するよ、よ。」

「当面は、必要ないということですね。まあ、いざ新たな魔力転換炉を作る必要ができたときに、ラボに発注する必要がなくなっただけで、良しとしましょうか。」

エルがまとめた。リルは、そんなひつようないのでは、と思った。


 とある日の昼時、エカテリンブルが学園都市と呼ばれる由来ともなった、王立魔法騎士学園。その高等部飛空船学科の校舎のすぐ脇の長椅子に腰かけ、マルセルは魂が抜けたような顔をしていた。そんなマルセルに声が掛かる。

「おう、マルセル。調子はどうだ。」

声を掛けられたことでマルセルは我に返った。

「意外に早い登場だな、ジャイ。とりあえずまだ、コメディパートだけだぞ。」

「ん?何の話だ?」

「独り言だ、気にするな。」

「?まあいい。どうやら午前の座学で疲れているお前に、俺様からとっておきの情報をやろう。」

ジャイユスは得意満面で、マルセルの隣に腰を下ろした。

「聞いて驚け、俺様はなんと、来春から近衛騎士団飛行連隊の船大工に、内定したのだ。」

「ただの、自慢じゃねえか。でもそうか、お前も今年度で卒業だもんな。そういう時期か。」

マルセルは、幼馴染の意外な進路に、何か感慨深いものを感じた。近所のガキ大将が、近衛騎士団に入るのだ。自分も負けてはいられない。

「お前は俺様が見込んだ男だ。精々情けないことにならんよう頑張るんだな。」

そう言い残すと、ジャイは立ち上がり実習船のドックの方へと去って行った。

「って、やべえ。もうこんな時間だ。午後の授業に遅刻する。」

マルセルも急いで校舎の中に戻った。


 巨壁山脈から吹き下ろす乾いた風が、冬の気配を連れてくる。そんな日の朝、突然それは起こった。

 いつものように同じベッドで寝ていた妹に起こされたモカの目に、妹の焦った顔が飛び込んできた。

「・・・いないの。」

「ほえ?」

「・・・にんげんの、わたし、いないの。」

「へ?へ?私の目の前、目の前にいるよ、よ。」

リルはいつも言葉足らずだが、いつも一緒にいるモカには、リルの言いたいことは大体分かる。だが、今日は意味不明だ。

「・・・わたしは、あくま。・・・いないのは、にんげんの、わたし。」

「えとえと、人間、人間のリルリルと、悪魔、悪魔のリルリルが分かれて、分かれて人間、人間のリルリルだけ、いなく、いなくなっちゃったってこと?こと?」

「・・・うん。」

「えー!えー!」

モカにとっては、人間のリルと悪魔のリルがいて、同化して一つの肉体を共有しているという事実をカミングアウトされたのは、つい最近の出来事だ。それが分裂して、悪魔のリルだけ残されたなどと言われても、さっぱり何が起きているのか分からない。

 分からに事には拘泥せず、自分より頭のいい人を頼るのが賢明だというのがモカの生き方である。モカはとりあえず、

「よく分かんないからから、お兄ちゃん、お兄ちゃんに相談、相談しようそうしよう。」

モカは、手早く着替えを済ませると、リルを連れて1階に降りた。

 いつも通り顔を洗って水汲みを終えると、1階の廊下にいつも通り花の咲くような笑顔のオッティとまだ眠そうなマルセルがやってきた。普段ならこの後リルとオッティは一緒に朝稽古をする。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、大変、大変。リルリル、何が大変?」

「お早うございます。モカ、今日はいつも以上に慌ただしいですね。リルもお早うございます。」

「おはよう、おはよう。お兄ちゃん、大変なのなの。」

「・・・おはよう。」

「ふぁ、おはよう。」

「そうですか、大変ですか。事情はリルから、朝稽古をしながら聞きます。リル、準備して待っていて下さい。僕もすぐ行きます。」

「・・・ん。」

リルは庭に出て準備運動を始めてしまった。モカは、リルがそれでいいならいいかと思い、いつも通り2階の両親の寝室に向かった。

 その日の朝食は、意外に和やかな雰囲気だった。

「リルの中で、人間と悪魔が同化していたのは、先日明らかになった通りなのですが、どうやら人間と悪魔に再び分裂してしまったそうです。」

リルが説明すると時間がかかるため、オッティが説明役をしてくれることになった。

「分裂した原因は不明、というか未だ嘗て悪魔と一度同化した人間が悪魔と分裂した例はないそうです。そして、今ここにいるリルの体には、悪魔のリルの精神だけが宿っていて、人間のリルはいないと、そういうことでいいですね。」

「・・・ん。」

「この世界にとどまるには肉体が必要なので、いなくなってしまった人間のリルは魔界に引きずり込まれた可能性が高いということでしたね。」

「・・・ん。」

「それって、人間のリルと悪魔のリルが入れ替わちゃったってこと?」

マギーが素朴な疑問を口にする。

「母様、そうではありません。悪魔のリルの存在が僕たちに露見したのが最近のことというだけで、リル自身はもう9年くらい前から悪魔と同化していたのです。」

「・・・ん。」

「同化していた期間の長さを考えても、一体化が不十分だったとは考えにくいです。」

「すると、オッティ、君は何者かの介入で2人のリルが分裂させられたと考えているということですか?」

「さすが、父様。話が早くて助かります。ただ、そもそもこの世界の人々に悪魔に関する知識はお伽噺程度しか普及していませんし、下手人は魔界の住人と考えるのが自然ですが、悪魔のリルにもこんなことをする者に心当たりはないそうです。」

「・・・すくなくとも、あくまは、こんなこと、しない。」

一家の中で魔界に関するまともな知識を持っているのは悪魔のリルだけである。そのリルに心当たりがないのでは、どうしようもない。

「僕からの説明は以上です。」

「・・・おねがいが、ある。」

オッティが説明を締めくくると徐にリルが口を開いた。

「・・・もうひとりの、にんげんの、わたしが、もどってくるまで・・・わたしを、りるとして、あつかってほしい。」

すると、家族は口々に言った。

「リルリルとしても何も、リルリルだしね、ね。」

「そもそも悪魔ってやつの実感がねえしな。」

「リルはリルです。悪魔でも人間でも。」

「カワイければOK。」

「そもそも私たちはリルが悪魔という話を今日初めて聞いたんだが。なあ、ティナ。」

「そうね。見たところどう変わったかも分からないし。」

「そういえば、父様と母様は、先日の告白の時、あの場にいませんでしたね。」

と、家族は悪魔のリルを受け入れてくれた。

「・・・ありがとう。・・・もうひとりの、わたし・・・かならず、とりもどす。」

「無問題、無問題。がんば、頑張れ、リルリル。」

「どういたしまして。手掛かりはほとんどないですが、必ず取り戻しましょう。」

そんなこんなで、悪魔のリルが、人間のリルが不在の間代わりを務めることになった。


 堅くてヒンヤリとした感覚に強烈な違和感を覚え、リルは飛び起きた。反射的に、普段枕元に置いてある愛用の槍に手を伸ばすが、槍はつかめず、代わりに堅い岩の感覚が掌に伝わった。周囲を見回すが真っ暗だ。臭いや音もしない。ただ、先ほどまで寝ていたリルの頭があった方向から、とてつもなく巨大な、それこそ超級魔獣並みの生き物の気配がする。敵意は感じない。というか、相手に敵意があったらリルは生きてはいないだろう。

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。五感では感じない、ピンと張りつめたような空気感。感じたことはないが知識にはある。ここは多分、魔界だ。

 知識という単語に行きついた時、リルは自分の中の違和感に気付いた。いるはずのもう1人の自分、悪魔のリルの存在が感じられない。悪魔の知識は残っているが、なぜかいないと感じるのだ。そういえば今リルが着ているのはいつもの黒ロリファッションだ。ちゃんと鱗鎧もある。寝る前に寝間着に着替えたはずだ。

 目を開けると、暗闇に目が慣れてきたのか、微かに周りが見えるようになった。ここは洞窟の中のようで、リルの背後にある洞窟の入り口から僅かばかりの光が入り込んでいるようだった。目の前にいる巨大な何かは、闇に溶け込むような暗い色をしていて、なおその全貌は分からないが、下手をしたら、先日戦った不死なる竜よりも大きいかもしれない。

 リルは「魔法灯火(マジカルランタン)」の魔法で、巨大な生き物を照らした。黒い竜だ。洞窟の大きさに合わせて体を小さく丸めているが、立ち上がり翼を広げれば、先日の不死なる竜よりも確実に大きそうだ。

「目、覚めたらむや。」

声が聞こえた。耳からではない。脳の中に直接響くような声だ。

「我は不死なる竜の王。よくぞ来たる。鍵たる者よ。」

「・・・ふしなる、りゅうの、おう。」

リルの口から鸚鵡返しに相手の名が出た。それにしても鍵たる者とは何だろうか、自分を指しているのだろうか、そもそもここはどこで、なぜ自分はこんなところにいるのか、悪魔の自分はどうなったのか、様々な疑問がリルの頭の中を巡る。緊張しているとき、リルの思考は速くなる傾向がある。

 リルは不死なる竜の王を観察した。黒い鱗で覆われた体は巨大で、後肢に比べるとか弱く見える前肢でさえ、リルの倍はありそうだ。大きな口からはワニの様に尖った鋸状の歯が覗く。2つの目と2本の角。不死なる竜の王の目を見て、リルはなぜか、やさしいめだけどかなしそうだ、と思った。

「ここは我が巣にして、不死なる竜の聖域。賢しき者、汝ら小さき者『悪魔』と呼ぶ存在も、ここには近づけず。」

悪魔の知識にある。不死なる竜は悪魔と対立していたはずだ。悪魔が近づけない場所を聖域とし、そこに王の巣を作る。合理的な発想だ。

「小さき者よ、汝は、我ら不死なる竜の悲願を叶ふる鍵なり。その力を我に捧げよ。」

突然命令された。ただ、リルは、めいれいしてるのに、めはやさしくてかなしそうだ、と思った。

「・・・いや、といったら?」

リルは不死なる竜の王の本心を知りたくなり、抵抗して反応を見ることにした。

「・・・その力を捧げば、汝あるべきへと帰さむ。」

無視された。あるいは答えだったのか。協力すれば帰す、しなければ帰さないということだと理解することにして、リルは質問してみた。

「・・・ひがんって、なに?」

「死なり。」

意外な答えだった。お伽噺の王様は不死の秘薬を求めていた。不死なる竜は死を求めている。ないものねだりだろうか。

「・・・なんで、しにたいの?」

「終はりなき生は、即ち終はりなき苦。死を欲するは、即ち苦からの解放なり。」

この答えを聞いて、なぜかリルは、不死なる竜の王の悲しみに共感できる気がした。理由は分からない。

「・・・どうしたら、いい?」

リルは、少しずつ協力してもいいという気持ちが湧いてきて、話を進めることにした。

「我と契約し、我が婢となれ。」

リルは既に魔界の住人と契約したことがあった。今その存在を感じられない悪魔だ。ただ、あの時の契約は、対等な契約だった。婢になれとは言われなかった。

「・・・はしために、なったら、どうなる?」

「・・・我が命に従ふべし。」

「・・・めいれいに、したがったら、どうなる?」

「・・・汝をあるべきへと帰さむ。」

力を捧げる=婢になるということ以外分からなかった。不死なる竜の王の優しそうで悲しそうな目も変わらなかった。

「・・・かんがえ、させて。」

「待たむ。」

リルは考えた。はやくかえりたいし、はしため?になってもいいかも。それにふしなるりゅうのおう()()は、やさしそうだから、はしため?になっても、わるいことにはならない、きがする。リルは不死なる竜の王様に協力することに決めた。

「・・・けいやくする。」

「然らば、我が前に立つがよい。」

リルは、数歩不死なる竜の王様に近づいた。鼻息がかかりそうな距離だが何も感じなかった。不死なる竜の王様は、地鳴りの様な低い音を立ててうなっている。今度は音が聞こえた。

「契約、成立せり。今より、汝は我が婢。」

また脳に直接響く声。リルは不死なる竜の王様の婢になった。


 契約成立の前後から、リルの中で、不死なる竜の王様に委ねれば全てうまくいく、自分で考えなくていい、という考えが生じていた。多分精神に作用する呪いの類だろう。呪いは魔法と違い精神に作用する。魔法は物質に作用する。僅かに残った理性が、呪いに対する警鐘を鳴らしているが、感情はそれを拒絶する。不死なる竜の王様に全て委ねればいいという考えに占められていく。

 不死なる竜の王様の婢になった時から、暗闇を見渡せるようになっていることに気付いた。「魔法灯火」の明かりを消す。

 婢になることでの気持ちの変化を、リルが感じていると、また頭の中に声が響いた。

「我が一族の不死なる所以は、命なきなり。汝、我が眷属に、命授くべし。」

不死なる竜は、命を持たないから死なないらしい。それにしても、命を授けるとはどういうことか。分からなかったので、リルは聞いてみた。

「・・・いのち、さずける?」

「命なき者に命授くる術を知るべし。汝ら小さき者が使ふ鉄の傀儡がそれなり。」

「・・・くろがねの、くぐつ。・・・まじかるすれいぶ。」

そこで、リルはピンときた。

「・・・らいふ・くりえーしょん。」

創生の秘術ライフ・クリエーション」とは、魔導従士の心臓部、魔力転換炉の核となる魔法である。確かオッティが動物は心臓でエーテルを魔力に変えると言っていた。「創生の秘術」は、人工の心臓に、魔力を作る機能を与える魔法だ。確かに命のない物に、命を授ける術かも知れない。

「然り。我が眷属を呼び出すゆえ、彼の秘術によりて命授けよ。」

そういうと、また不死なる竜の王様は、地鳴りの様なうなり声を出した。意味は分からないが、何かの呪文のような気がした。呪文が終わると、リルの背後に複雑な呪紋が浮かび上がる。リルは振り向いた。あれは門だ。大きい。何かが出てくる。出てきたのは、黒い竜だった。不死なる竜の眷属。竜は呼び出されるなり、暴れ始めた。リルがとっさに飛び退くと、

「鎮まれ。」

と声がして、竜は、まるで時が止まったかのように動かなくなった。

「此れに、秘術を使ふべし。」

リルは、悪魔の知識の中にあった、「創生の秘術」の呪紋を使った。「創生の秘術」には、戦略級魔法並みの魔力が必要である。魔法はちゃんと発動したようだったが、目に見える変化はない。魔力をほとんど使いきったリルは、その場にへたり込んだ。

「うみゅう・・・。」

息が荒くなる。リルの体を、不死なる竜の王様が長い尻尾を器用に使って巻き取ると、背後に匿うように、リルの体を離した。リルはちょうどいい大きさの岩の隙間を見つけると、そこに液体化した猫のようにするりと入り込んだ。

「休むがよい。」

リルは言われた通り、休んで魔力の回復に努めることにした。その間に、不死なる竜の王様は、また地鳴りの様な声で呪文を唱え、門を開いた。リルは、なぜか、その門が気になって、門を構成する複雑な呪紋を観察した。そうしている間に、門の中に、竜が吸い込まれるように消えて行き、門は消失した。1回では全部覚えられなかった。

 リルが休んでいる間、時々不死なる竜の王様が、尻尾の先を使ってリルをナデナデしてくれた。

「うみゅう・・・。」

くすぐったい。思わず声が漏れた。何回かそうしているうちに、リルの呼吸も落ち着いてきた。そうすると、もっと不死なる竜の王様と話がしたくなる。

「・・・ふしなる、りゅうの、おうさま・・・よびにくい。・・・りゅうおうさまでいい?」

「よからう。」

「・・・ずっと、ここに、いたの?」

「然り。」

暗闇が支配する竜王様の巣には何もない。退屈そうだ。

「・・・さっきのこ、どこにいったの?」

「表の世界。」

悪魔の知識では、悪魔はリルがいた世界のことを表の世界と呼んでいた。不死なる竜もそうだとしたら、先ほどの竜は、リルがいた世界に送られたことになる。

「・・・どうなるの。」

曖昧な問いだが意図は伝わった。竜王様が答えた。

「汝は我が眷属を退けし者の片割れ。彼の者は、小さき者どもが使ふ鉄の傀儡にて死を授けられなむ。」

命を授けただけでは、不死ではなくなるだけで、死なない。表の世界に送り、魔導従士に竜を殺させようということのようだ。ただ、竜を殺せる魔法騎士も魔導従士も限られている。竜王様はリルがその片割れと言ったから、先日の黒竜事件のことを知っているのだろう。

「・・・ここからでも、おもてのせかいの、ようすが、わかるの。」

「然り。我が眷属の瞳は、我が瞳。」

竜王様は不死なる竜の目を通じて外の様子が見られるらしい。

「・・・さっきのこ、なにみてる?」

「緑の森なり。」

表の世界のどこに竜が送られたのか知りたくて質問したが、情報が少なくてどこか分からない。ただ、突然街の中に現れるようなことにはならなかったようで、その点は安心した。

「・・・あのこ、おんなのこだった。」

確信があったわけではないが、先ほどの竜を見た時に思った。

「その意を知らず。」

「・・・おんなのこは、こどもをうむ。」

リルの知識では、次世代を生み出す性が雌で、他方の性が雄である。

「然らば、汝の言、的を射つ。」

竜王様は女の子の意味を知らなかったが、先ほどの竜は、確かに雌だったらしい。

 休憩して大分呼吸も落ち着いたところで、リルは体を動かしたくなった。それに、槍の稽古をサボるとオッティの折檻が待っていると、マルセルから聞いていた。

「・・・わたしの、やり。」

「ここは、認識が形となる世界。あるべしと念ぜばあらしむるべし。」

リルは、自分の手に槍があるはずだと念じた。すると、次の瞬間、リルの手に愛用の槍が握られていた。リルは、竜王様の前の広い空間に行き、槍の型を順番に披露した。魔力回復のため「筋力強化(マッスル・ブースト)」の魔法は使わない。

「小さき者、見事な技なり。」

リルは、竜王様に褒められて嬉しくなった。とりあえず稽古のノルマは果たしたし、体を動かして気持ちもよくなったので、もといた岩の隙間に戻り、また液体の猫のように入り込んで休んだ。

 その後も竜王様は、尻尾の先で、リルをナデナデしてくれた。そうしている間に、リルは眠りに落ちてしまった。なぜかお腹は減らなかった。


 リルが目を覚ますと、岩の隙間で液体化していた。前日?の出来事は夢ではなかった。立ち上がって大きく伸びをする。何だか体が重い気がする。自分の中の魔力の流れに集中してみた。魔力があまり回復していない。普通は一晩眠れば魔力はほぼ全快する。眠りが浅かった感じもないので、なにかへんだ、とリルは思った。

 目の前には眠りにつく前と同様、竜王様がいた。リルは、

「・・・まなが、たりない。」

と、現状を報告した。

「汝の回復を待たむ。」

「・・・ごめんなさい。」

「無限の生苦に比ぶれば、刹那の如き時よ。」

と、竜王様は、リルの魔力が回復するのを待ってくれた。

 魔界の時間の流れが、表の世界と同様かは分からないし、ずっと洞窟の闇の中にいると時間の感覚が狂う。自分が魔界に来てからいかほどの時間が経っているのか確認したい。

「・・・わたしが、きてから、どのくらい、たった?」

「瞬きほどの間なり。」

竜王様はとても長く生きているのだろう。竜王様の答えではリルが求める答えにはたどり着かなかった。ただ、リルは騎士として訓練を受ける際、時間の感覚を保つよう、日常をできるだけ同じように送る習慣がついていた。なので、多分1日くらい経ったのだろうと思うことにして、槍の稽古を始めた。昨日と同じ場所で、同じ順序で型を披露する。

「常、巧むは、良き心掛けなり。」

今日も竜王様に褒められた。

 槍の稽古が終わると、特にすることがなくなってしまった。退屈だ。リルは、竜王様にじゃれついてみることにした。巣の床?に丸まって寝ている竜王様の前肢の中指に抱き着いた。竜王様は、リルに優しい目を向けて、尻尾の先で、リルの背中をナデナデしてくれた。

「うみゅう・・・。」

くすぐったくて声が出た。リルは竜王様の指を離して、地面に転がると、竜王様のお腹に、体を擦りつけた。お腹の鱗はヒンヤリして、つるつるしていた。竜王様は、前肢リルに近づけると、爪でリルの小さい体を傷付けないように、指(多分示指だ)で、リルの頭をナデナデしてくれた。リルはその後も、いろんな方法で、竜王様にじゃれついた。その度に竜王様は、リルのことをナデナデしてくれた。リルは、自分が小動物になって愛玩されているような気分だった。可愛がられているようで気持ちよかったが、じゃれつきも半時間もすれば、ネタ切れになってくる。竜王様のナデナデが気持ちよかったのもあって、りるは、ウトウトして、そのまま眠ってしまった。

 目が覚めた。リルは学園の授業中も、もちろん騎士団での勤務中も居眠りなどしたことはなかったので、自分が眠っていたことに気付き驚いた。目が覚めてくると、自分を取り巻く環境が少しずつ頭に入ってくる。たいくつ。この時、リルは、自分で何か決断することの大変さが身に染みた。表の世界にいた時、リルの側には、大抵モカがいた。モカに付き合うなり、モカの行動を観察するなりしていれば、退屈はなかった。騎士団に入ってからは、オッティの指示にとりあえず従っていれば良かった。今、リルは何もない洞窟の中で、竜王様と二人きり。竜王様は、変わらず、体を小さく丸め寝そべっている。何かしないとという思いはあるが、することが浮かばない。結局リルは、竜王様に時々ナデナデされながら、竜王様のお腹の下で、小さくなっていた。何もしなかったのだ。やることがないなら、ぐうたらしててもおこられない、とリルは思った。そうして何もしないまま、本格的に眠りについたのだった。

 その日以来、リルは竜王様の側で、ぐうたら寝て過ごすようになった。竜王様の側にいると、安心できる気がした。

 リルの魔力が完全に回復するまでに、多分5、6日かかったが、そのころにはリルの時間感覚は、洞窟の暗闇と退屈のせいで、完全に麻痺していた。時間の経過が分からないから、槍の稽古もサボりがちになっていた。かえったら、おにいちゃんのせっかん、とリルは思った。

「・・・まな、もどった。」

「然れば、次にて。」

竜王様は、1回目と同様、不死なる竜を呼び出した。現れた竜は、最初の竜と同じ様に暴れたが、竜王様が、

「鎮まれ。」

と言うと、時間が止まったように動かなくなった。リルは、「創生の秘術」を使って竜に命を授けた。リルが秘術を終えて下がると、竜王様は、門を開き、竜を表の世界へと送った。リルは、門を構成する呪紋を見ながら、かえるときに、つかえるかもと思い、呪紋を記憶に留めようとした。2回目でも、全部は覚えきれなかった。オッティなら1回で覚えてしまえるのだろう。悪魔の知識に頼りきりだったリルは、実は新しいことを覚えるのがそれほど得意ではない。

 リルは、呼吸が落ち着いてきたので、竜王様に質問した。

「・・・なんで、あばれてた?」

「知性を失ひたるが故。知性ある者が限りなき時生くるは、出口なき迷宮にて彷徨ふが如き苦なり。彼の者は、其の苦に堪えかねて、自ら知性をこそ捨つなりしか。竜の知性捨てたるは、唯破壊を生む、ケダモノ以下の存在となり果つるなり。」

竜王様の言葉は難しいが、言葉と同時に意思が伝わってくるので、理解には困らなかった。竜王様が言葉と意思を伝えるのに使っているのは、通信機に使われていたのに似た、无属性の魔法だろう。

「・・・なにが、みえる。」

「白き、沙漠。」

さばく、の意味が分からない。意思が伝わっても、知らない言葉の意味までは分からないようだ。

「・・・さばく?」

「水の恵みなき地なり。」

リルが知る限り、西方にもオストニアにも、沙漠と呼ばれる、水のない土地はない。竜が送られた場所は、人跡未踏の地かもしれない。

「・・・あのこたち、しんだ?」

「未だ、其の最期を見ず。」

これまでに表の世界に送られた竜、不死ではなくなったので黒竜と呼ぶことにするが、黒竜は表の世界でも、無人地帯に出てしまった可能性がある。そうすると、死という、不死なる竜の悲願は叶わない。リルは、

「・・・ひとのいるとこに、おくってあげないと。」

と、竜王様に忠告した。

「表の世界、詳らかならず。我が眷属を、何処に送るべきか、能くは知らず。」

竜王様は、表の世界のことを知らないから、黒竜をどこに送るかを制御できない。リルにも解決策が浮かばなかったので、黙ってしまった。


 スベルドロ砦では、オッティがモカに、「創生の秘術」の呪紋を描いて見せていた。いざ改造となったとき、迅速に動けるように今から勉強しておきたいと、モカがオッティにせがんだのだ。

「こんなに、こんなに、大きいの?の?これじゃあじゃあ、転換炉、転換炉の大きさに入り、入り切らないよ、ないよ。」

オッティが描いた「創生の秘術」の呪紋は、転換炉そのものの長径を上回るほどの巨大さだった。しかもとことん複雑。何も見ないでスラスラこれをかけるのは、オッティが魔法の天才であればこそだろう。

「紙に描いてもこの大きさですからね、銀板に刻印するともっと大きくなりますよ。」

「えー、えー。それじゃあじゃあ、どうやって、どうやって転換炉、転換炉の大きさにすの?するの?」

「それが、転換炉の2番目の国家機密です。ミスリルというのを知っていますか?」

「??」

「ミスリルは別名魔法金属とも呼ばれていまして、銀板で作った紋章は、形を変えると呪紋の効果が失われてしまいますが、ミスリルをまず平らに整形して、紋章を刻印し、その後加工して形を変えても、呪紋の効果が失われないのです。魔力転換炉は、ミスリルのこの性質を利用して作っているのですよ。僕は、モカが『創生の秘術』以外の転換炉の製法を知っているというので、ミスリルの製法や、加工法まで理解していると思っていました。」

「知らなかった、知らなかった。」

「そうですか。うーん、僕もミスリルの製法は知らないのですよ。転換炉を1個潰す覚悟があれば解析できないこともないと思いますが。そんな面倒なことをするより、知っている人に答えを聞くほうが早いですね。」

「知ってる、知ってる人?人?」

オッティは、すぐ側で2人を観察していた悪魔のリルを見た。

「リルなら、悪魔の知識で、分かるのではないですか。」

「・・・ん。」

「では、モカにミスリルの製法を教えてあげて下さい。」

「・・・ん。」

オッティの指示に従い、リルは、錬金学で使う組成式を書き始めた。

「待って、待って、リルリル。私、私、錬金術、錬金術、分かんない、分かんない。」

リルは、一通りの組成式を書き終えると、モカに講義を始めた。ただ、リルは極端に口数が少ないので、普段は言葉足らずのリルの通訳係をしてくれるモカも、今回ばかりはリルの言っていることがあまり理解できなかった。講義は遅々として進まず。その間に、リルの書いた組成式を横から見て、オッティが、

「なるほど。銀が主成分で、その他に卑金属数種が配合されていますね。意外と単純ですね。」

と、組成式を見ただけで、ほとんど理解してしまった。

 そんな一件がありつつ、人間のリルがいないアウレリウス家の日常は、案外平穏に過ぎていったのだった。

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