幕間 後悔
幕間 後悔
なんであんなことしちゃったんだろうと、今では後悔してる。
私の夢は、世界で最強の魔導従士を作ることだった。なんでそんのことを考えるようになったかというと、私のパパ、銀嶺騎士団団長で、騎士の中の騎士と呼ばれてる、エルヌス・アウレリウスが、最強の魔法騎士であると同時に、最強の魔導従士ダモクレスを作った技術者でもあったから。パパは、魔導従士のことが大好きで、いつもいろんな魔導従士の話を聞かせてくれた。私は物作りが好きだったから、いつか、パパが作ったダモクレスより強い魔導従士を作りたいと思うようになってたの。あのころはまだ、こどもだったから、そういう風に簡単に考えてた。
まだ小さかったころ、パパが砦の中を見学させてくれたことがあった。砦の中には、本物のダモクレスがあって、ママ、銀嶺騎士団団長補佐のマルガリッサのシルフィもあって、実物を見れて、本当に嬉しかった。私には双子の妹のリッリッサがいるんだけど、二人ではしゃぎまわってたと思う。他にもスコピエスとか、ピクシスとか、いっぱい魔導従士の実物が見られて、最強の魔導従士を作ろうっていうのは、その時から、ただの夢じゃなくて、ちゃんとした目標になってた。
私には、魔導従士と同じくらい、好きな人がいる。私のお兄ちゃん、オルティヌス。お兄ちゃんは、強くて、優しくて、男の子なのに可愛くて、物知りで、とにかく最高のお兄ちゃん。お兄ちゃんは魔法騎士を目指していたから、私の作る最強の魔導従士には、お兄ちゃんに乗ってほしかった。
9歳になって、王立魔法騎士学園の初等部に入学する時も、迷わず鍛冶師学科を選んだ。鍛冶師として勉強をして、それで魔法鍛冶師にならないと魔導従士は、作れない。もちろんパパみたいに、魔法騎士なのに魔導従士の開発に関わっちゃうすごい人もいるけど、そういう中途半端な気持ちじゃ、私の目標には、たどり着かないと思ってた。
学園に通っている間、いつも私の後ろに、リルが着いてきてた。あの子は騎士学科だけど、剣も魔法も強すぎて、騎士学科の授業を免除されてたんだって。だから、いつも2人揃って、授業を受けてた。リルはなぜかすごい物知りで、授業を受ける必要がないくらいだった。そういえば、学園に入る前も、リルの方が先に読み書きを覚えてた気がする。魔法も最初は私の方が才能があったけど、ある時突然追い抜かされた。種明かしを聞いて分かったけど、みんな、悪魔の力だったんだって。悪魔って、お伽噺の中にしかいないと思ってたけど、こんな近くにいたなんて、びっくりしちゃった。
学園の勉強はとっても順調だったから、4年で中等部まで卒業できた。同じタイミングで中等部の騎士学科を卒業したリルと一緒に、私たちは銀嶺騎士団に入った。普通魔法鍛冶師になるには、高等部の魔法騎士学科魔法鍛冶師専攻で、専門の教育を受けるんだけど、騎士団で見習いをしながら、魔法鍛冶師になる勉強をさせてもらえるように、パパがしてくれたの。
騎士団に入ってからは、鍛冶師隊に配属されて、隊長の親方(そういえば親方の本名って何だっけ)の言うことを聞くように言われた。親方は、私が中等部の時に作った強力鍛冶師のマンティス君改を見て、
「大型新人現る。」
みたいなことを言ってた。その時は、私ってまだ13歳だったし、同い年の子たちの中でも小さいほうなのに、なんで大型なんだろうって、思った。
ちょっと脇道に反れるけど、私は、魔導従士以外でも、物作りは何でも好き。最初に覚えたのは手芸だった。お祖母ちゃんに教えてもらったの。
手芸を覚えるまでは、ママが買ってくれた服を着てた。リルとお揃い。でも、私はママが選ぶ可愛い服ばかりじゃなくて、格好よかったり、活動的だったり、いろんな服を着てみたかった。だから、自分で作ることにしたの。お小遣いを貯めて、糸を買ったり、布地を買ったり、針を買ったりした。私一人のお小遣いじゃ足りないときは、リルが分けてくれた。欲しいものがないんだって。リルは相変わらずママが選んだカワイイ服ばかり着てたけど、他の服も着てみたいと思わないのかな。
それから料理も頑張って覚えた。お祖母ちゃんもママも、料理は得意だったから、料理は女の嗜みってやつ?本当は、もっと小さいころから、料理をしてみたくて、朝ごはんの支度をしてるお祖母ちゃんに、
「お手伝い、お手伝いする、する。」
って言ってみたけど、学園に入るころまでは、料理のお手伝いはさせてもらえなかった。包丁を使ったり、火を使ったり、料理って危ないから、小さいうちは手伝わせてもらえなかったんだって。
話を戻すよ。魔法鍛冶師になるには、まず魔導従士の構造を知らなくちゃいけない。ここからはちょっと専門的になるけど、我慢して読んでね。
魔導従士は、全身鎧を着た騎士をモデルに、それを5倍スケールに拡大した外見をしている。もちろん張りぼてじゃないから、ちゃんと動くよ。その秘密が、人間の筋肉を模倣して作った人工筋肉。人工筋肉は、魔力を通すと縮む性質のある繊維質の素材を束ねて作るの。素材は錬金術で作るらしいんだけど、私は錬金術の勉強をしてないから詳しく知らない。人の骨格をモデルにした鋼鉄製の内骨格に、人工筋肉をつないでいく。つなぎ方も、人の筋肉の配置をモデルにしてる。鋼鉄の骨格を持つ巨人の出来上がり。すごいでしょ。
でもこれだけだとまだ動かない。魔力の供給源が必要だよ。それが、魔力転換炉。魔力転換炉は、大気中のどこにでもあるエーテルを吸気口から取り入れて、エーテルを魔法で魔力に変換して、排気口から余った空気を出す、っていうのが基本原理。でも肝心のエーテルを魔力に変える魔法っていうのがコッカキミツだから、教えてもらえない。コッカキミツって何だろう?
魔力転換炉は、文字通り魔導従士の心臓なんだけど、内殻装甲っていう魔導従士内部にある殻で守られている部分には、他にも魔法騎士が乗るコックピットと、魔導演算機っていう部品が乗るの。魔導演算機は、魔法騎士の操縦を助けるための呪紋がいっぱい入っている部品で、魔法騎士が両足のペダルを踏みっぱなしにするだけで、魔導従士が交互に左右の足を前に出して歩いたり、簡単な操作で複雑な動きをさせられるのは、魔導演算機の中にある呪紋のお陰なんだって。ちなみに、出来たばかりのころの魔導従士は、魔導演算機も単純な構造だったから、歩く、曲がる、止まる、剣を振る、くらいしかできなかったんだって。今では、魔導従士は魔法騎士の身体の延長なんて言われるけど、ほんとにそれくらい動きの自由度が上がったのは、今から400年くらい前なんだよ。それまでは、魔導従士にいろんな動きをさせては、魔導演算機を書き換えたり書き足したりして改良を重ねてたの。このころまでの魔導従士を、オストニアでは第1世代型、400年くらい前から、パパが人間にはない背中の補助椀を動かす呪紋をつくって魔導演算機に搭載して、魔導従士が人間を超える動きができるようになるまでの機体を、第2世代型、背中の補助椀を動かせるのが第3世代型っていうんだよ。だから、パパは第3世代型魔導従士の全部の生みの親なの。すごいでしょ。それから、第3世代型はオストニアで作られたから、巨壁山脈より西の国では、「東方様式」って言葉も使われるんだって。
魔導従士の頭部には、目の役割を果たす単眼っていう部品が入ってるの。単眼も錬金術で作るから私はどんなものか詳しく知らない。単眼で見た光景は、コックピットの中の魔晶映写機に映るよ。魔法騎士は魔晶映写機の映像を見て戦うの。ちなみにコックピットの中は、魔力転換炉の給排気音で五月蝿いから、聴覚は当てにならないんだって、パパが言ってた。
コックピットの中には、他に、操縦席と腕を操作する2本の操縦桿、足を操作する2つのペダル、それから、機種にもよるけど、2から5個のボタンがついてるの。意外と単純でしょ。これで動かせるんだから、魔導演算機様様だよね。あと、操縦席の後ろに、荷物を置いて置くスペースがあるよ。リルから教えてもらったんだけど、このスペースには、作戦中に孤立した場合に備えて非常食とか毛布とかを入れるんだって。リルは、槍も入れてあるって言ってたよ。この槍、私がリルのために作ってあげたものなんだよ。
これで中身は完成。後は鎧になる外装を付けたら、一丁上がりってね。他にも、魔導従士サイズ、つまり人間用の5倍に拡大した剣とか槍とか戦槌とか、格闘武器や、盾も作るよ。
忘れちゃいけないのが、魔法兵装。魔法騎士は魔導従士に乗っているとき、操縦で手一杯になるのが普通だから、攻撃魔法の呪紋を予め銀の板に刻印した「紋章」っていうのを付けた筒を用意して、紋章に魔力を通すだけで魔法が使えるようにするの。魔法兵装を背中の補助椀に持たせたのを、肩部砲っていって、スコピエスやピクシスの標準装備になってるね。パパのダモクレスにもついてるよ。でも、お兄ちゃんやリルは、操縦しながら魔法も自力で使えちゃうから、肩部砲は要らないんだって。
肩部砲とセットになるのが蓄魔力素材。人工筋肉が少しだけだけど魔力を溜める性質があるから、第2世代型までは、魔力を溜めるのに特化した素材は必要なかったんだけど、第3世代型が作られる過程で、人工筋肉の出力を上げる束ね方が開発されたり、肩部砲が開発されたりで、簡単に言うと魔導従士は、魔力をたくさん食うようになったの。それで、魔力転換炉をアイドリングしている間に生成される魔力を溜める蓄魔力素材が、必要になったんだなあ。蓄魔力素材と外装を一体化した蓄魔力装甲も開発されて、スコピエスのおなかや太ももに使われてるよ。
史上最初の魔導従士が出来たのが、1000年くらい前のこと。作った人はその名も「狂人N・ボナペトゥス」。すごい人なのになんで、狂人なんて呼ばれるんだろう?
魔導従士の基本構造が分かったら、これをどうやって強くするのか考えなくちゃいけない。
その前に一つ、私の目標は、騎士団に入った時に、ダモクレスより強い魔導従士から、ダモクレス・シルフィードより強い魔導従士に上方修正された。まだ見たことないけど、パパのダモクレスと、ママのシルフィは合体するの。合体状態は銀嶺騎士団の切り札で、超高速機動空中戦能力と、ダモクレスの肩部砲2門、刃付魔法兵装2丁、シルフィの魔法兵装を全てつぎ込む6連装形態は、火力のお化けって、親方が言ってた。
前にパパにダモクレスの強さの秘密を聞いた時、魔力転換炉の出力の高さだって言ってた。それも間違いじゃないと思うけど、私は、パパの謙遜が入ってると思った。ダモクレスが強いのは、最強の魔法騎士であるパパ専用に設計されたから。
パパは、初めて魔導従士に乗った時、操縦桿やペダルに手足が届かないから、直接操縦という方法を編み出した。私もパパにやり方を教えてもらって、マンティス君をマンティス君改に改造する時に、直接操縦を取り入れたけど、あの状態はもう無敵って感じ。自分の脳と魔導演算機が一体化して、思考だけで機体を動かしたいように操れるから、普通の操縦方法では出来ない動きもできるし、機体形状を把握してれば、人間にない部位ですら思うままに動かせちゃう。それで、思ったのが、ダモクレスの高出力を制御するには、魔法騎士側が直接操縦をマスターしていることは必須で、普通の操縦法ではムリってこと。
量産型の転換炉は、中型魔獣の心臓から採取した魔力結晶を触媒として使うんだけど、転換炉は、触媒の魔力結晶の純度が高くて大きいほど、最大出力が上がるの。普通、中型魔獣より大型魔獣の方が、高純度で大きい魔力結晶を持っているんだけど、大型魔獣の魔力結晶を転換炉に使わないのは、魔力の最大出力が大きすぎて、普通の方法だと制御しきれず暴走、なんてことも起きかねないから。ダモクレスの最大出力は量産炉搭載機の10倍以上って話だけど、これを制御できるのは、パパの実力と直接操縦があってこそ。
そんなわけで、私が作る最強の魔導従士には、直接操縦をマスターした魔法騎士が必須なの。ダモクレス・シルフィードみたいな合体をさせるなら2人も。その候補者は、お兄ちゃんとリル。お兄ちゃんはパパ以上の天才かもって言われてたし、リルも悪魔的な(というか悪魔そのものの)魔法能力があった。ただ、今振り返るとこのころから、私は、魔法騎士を魔導従士の部品みたいに考えるようになってた。
騎士団に入って最初の大仕事は、リルの乗るピクシスの改造機を作ることに決まった。いろいろ考えたけど、専用機は、魔法騎士の得意分野を伸ばす方向で改造するのが一番。リルは魔法が得意だったから、法撃戦用に改造することにした。それから、リルの希望で、軽量で速い機体ってのも取り入れたよ。出来上がった機体は、南に生えてる椰子の木のイメージに似てたからパーム・ツリーって名前にしたけど、みんなピンと来てない感じだった。何でかなあ?
パーム・ツリーを実戦で使う機会は、魔の森調査飛行の時だけだった。結果は大成功だったと思う。高出力の魔力転換炉が供給する莫大な魔力で、リルが戦術級魔法を使って、1人で厄介な魔獣の巣を全滅させたんだって。この成功で自分の考えに自信がついた私は、お兄ちゃんの機体と、リルの機体の再改造、二つの設計を同時に進めていくことにした。もちろん、合体させるよ。
お兄ちゃんの機体は、格闘戦と法撃戦の両にらみ。お兄ちゃんは格闘も魔法も得意で、魔法兵装なしでも、戦術級魔法を複数同時展開できる。たくさん魔法を使って、高速機動をしても魔力が枯渇しないように、魔力転換炉は高出力、蓄魔力素材もできるだけたくさん。あと、お兄ちゃんは格闘のとき、パワーよりスピードと急所を確実に突く技術を重視しているから、速くて繊細な動きができる機体を模索した。リルの機体はパーム・ツリーの長所を更に伸ばす方向で。
結局、設計が出来上がったのは、お兄ちゃんが外骨格構造というヒントをくれたから。内骨格を省略して、軽くて内部構造の自由度も高い設計ができる。ちなみに、強力従士は、中に人が乗るスペースを確保するために、内骨格がないから、外骨格構造という選択肢も、気付いてしまえばそれほど突飛な発想じゃなかった。
高出力の魔力転換炉にも当てがあった。お兄ちゃんが退治した超級魔獣の陸王亀と大顎王。それから、砦に保管されていた魔王の心臓。ただ、全部足しても、ダモクレス・シルフィードの最大出力に届かない可能性が残ってた。それで、考えてた時に閃いた、閃いてしまったのが、オーバーブーストだった。機体の転換炉の出力を、魔法騎士自身の魔力と引き換えに、一時的に高める。使い方を誤れば、お兄ちゃんが危険に晒されるけど、その時の私は、もう魔法騎士を部品のようにしか見てなかった。
新型機が完成間近になった時、リルが珍しくわがままを言った。機体の塗装と、名前についてだった。私は、お兄ちゃんの機体はショッキングピンクにするつもりだったし、パーム・ツリーは、明るい紫のままにするつもりだったんだけど、リルは強情に黒系の塗装を主張した。リルはママと同じくらいカワイイものが好きだから、ちょっと変だなと思ったけど、珍しい妹のわがままなので聞いてあげることにした。名前は、完成してからびびっと来る名前にしようと思ってその時はまだ考えてなかったんだけど、リルが事前に考えてくれたならそれでいいかってことで採用。でも「地獄の侯爵」と「悪魔の使い」って、変だよね、悪役っぽいし。リルが悪魔だって分かった今なら、そういうことかって、納得してるけど。あ、侯爵にしたのは、多分、ママの実家が侯爵家だからだよ。リルのことだから、間違いない。
マーカス・オブ・ザ・ヘルとデモン・サーヴァントが完成した直後、黒竜事件が起こった。パパとママの不在を狙って。私は、私の魔導従士こそ最強だと、証明するチャンスだと思って、お兄ちゃんにオーバーブーストを使ってもらった。結果、黒竜の群れは全滅させたけど、お兄ちゃんは魔力の使い過ぎで危険な状態になってたらしい。リルが応急処置をしてくれなかったら・・・。私は、私の身勝手で、お兄ちゃんを危険に晒してしまったことをとってもとっても後悔した。お兄ちゃんが無事で本当によかった。それから、最強を求める過程で、魔法騎士を部品みたいに考えるようになってた自分に気付いて、愕然としたし、反省もした。
私は今、マーカス・オブ・ザ・ヘルの内殻装甲の内側の部品を全部取り出している。内装をはがすと、精密に呪紋が刻印された銀箔が出てくる。この呪紋が、オーバーブーストという機能の核だ。あと、魔法騎士の生血が触媒として要る。何でこんな呪紋思いついちゃったんだろう。私、お兄ちゃんと違って、新しい魔法なんて作ったこともなかったのに。それこそ悪魔が囁いたとしか思えないけど、一番身近な悪魔のリルは、知らないっていうの。だとしたらこれが私の才能?でも、お兄ちゃんを危険な目に合わせるような才能なら、なくてもいい。銀箔を全部はがし終えると、内装や部品を元に戻した。これでもうオーバーブーストは使えない。銀箔は高価な素材なので、何かに再利用されると思う。
もうこんな思いをしなくていいように、最強に囚われるのは今日で終わりにする。
〈完〉