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不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
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最強の魔導従士

     第12話 最強の魔導従士


 リッリッサ(リル)・アウレリウスたちが、魔の森調査飛行から帰還して1ヶ月が経った。リルは上官であり兄でもあるオルティヌス(オッティ)に命令された通り、錬金学の勉強をしていたかと言うとそうでもない。錬金学の知識は既に悪魔の知識にある。新たに学ぶべきことはない。

 そうして暇になる間、リルはオッティや双子の姉のモカイッサ(モカ)の様子を観察していた。モカは、鍛冶師隊の仕事に復帰せず、ずっと、オッティの机を占領して、何かの設計をしている。描いては消し、描いては消し。モカは字に独特の癖があるため分かりにくいが、ずっと隣にいたリルには分かった。あれこそ、モカが究極の目標としている最強の魔導従士(マジカルスレイブ)の案なのだと。

 その様子を気にしながらオッティは何かの本を読んでいた。1カ月前、オッティはリルに竜の鱗の研究をすると宣言していたが、今のところ、研究を進めている様子はない。オッティが呼んでいる本をこっそり覗くと、昆虫図鑑だった。魔獣ですらない。開いているのはずっとカブトムシのページでその先に進む様子もなかった。おにいちゃんのこうどうは、よそくできない、とリルは思った。

 設計に行き詰り始めていたモカが突然オッティに話しかけた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。何読んでるの?の?」

「モカ、これは昆虫図鑑です。最近ふと思いつきまして、魔導従士の内骨格はなぜ必要なのでしょう?」

「??」

「・・・?」

姉妹揃って兄の突飛な言動に?が浮かぶ。

「昆虫は外骨格構造で、外側に堅い甲殻があってそれで形を保てるので、内骨格はありません。魔導従士も堅い外装がありますから、外骨格構造を採用して、内骨格を省略できるはずです。そうすれば、機体内部の機器配置に今までよりも自由度が生まれませんか。」

「外骨格・・・外骨格・・・!お兄ちゃん、すごい、すごい。」

「・・・がいこっかく。」

モカは何か閃いたようだ。オッティの話を聞きながらモカの様子を伺っていたリルは、やるなら、いましかない、と思った。

 オッティのあからさまなヒントが、モカがこれまで行き詰っていた袋小路を抜け出すヒントになったのだろう。その瞬間から生まれ変わったように、モカは猛然と魔導従士の設計を進めていった。

 その日の夜、一刻も早く設計を終えたかったのだろう。モカは、普段なら家族とのおしゃべりを楽しむ時間も、自室にこもって、魔導従士の設計を続けていた。リルは、モカの様子から目を離さなかった。そして時間は経ち、夜更かしに慣れていないモカが机で眠ってしまったので、リルは、モカを起こさないように寝間着に着替えさせ、ベッドに運び込んだ。リルは小柄で華奢な見た目に反して怪力である。そして・・・。


 翌日の出勤直後のことである。

「パパ、パパ。『魔王の心臓』、心臓。欲しい、欲しい。」

モカが、父のエルヌス(エル)に突然、おねだりを始めた。モカは、このところ自分の魔導従士に集中していて、鍛冶師隊の仕事をほとんどしていない。

「『女王蟻の心臓』の次は、魔王の心臓ですか。モカも野心的ですね。ただ、この砦にあるのは、魔王の魔力(マナ)結晶だけですから、魔力転換炉として使うには、転換炉の成型をラボに依頼しないといけませんよ。」

「転換炉、転換炉も自分、自分で作りたいたい。」

「さすがに、魔力転換炉の製法は国家機密ですから、教えてくれないと思いますよ。」

エルの言葉に、モカがしゅんとなる。

「じゃあじゃあ、ラボに作って貰う、作って貰うのでいい、いい。あとあと、『陸王亀(ベヒモス)』と『大顎王(ティー・レックス)』の魔力結晶、魔力結晶も、転換炉にしたい、したい。」

大顎王は、昨年オッティが討伐した超級魔獣に付けられた名称だ。大きな口に、尖った歯が並ぶ口の形から、肉食魔獣と推測されている。

「『陸王亀』に、『大顎王』ですか。どちらもオッティが退治した超級魔獣ですが、なかなか注文が多いですね。全部作るとそれなりの時間になると思いますが、ラボに掛け合ってみましょう。」

「やった、やった。」

「相当たくさんの転換炉を注文しましたね、モカ。いよいよ設計ができたということですか。」

「うん、うん。お兄ちゃん、お兄ちゃん。」

リルは、家族のやり取りを無言で聞いていた。今朝、モカを起こす前に確認した設計図通りなら・・・。


 モカは精力的に働いていた。

「転換炉、転換炉が出来るまでに、までに、それ以外のところ、ところを作っちゃう、作っちゃうの、の。」

工房の床に何枚もの設計図を広げ、他の魔法鍛冶師(マジック・スミス)の手を借りず一人で作業している。モカが今作っている新型魔導従士には、外骨格構造が採用されたようで、外装がフレームを兼ねる。これまで魔法鍛冶師たちが、培ってきたノウハウが通用しないので、他の誰も手が出せないのだ。もっとも、モカが他人の手を借りるのを嫌がったという理由もある。

 フレームを兼ねた外装を成型し、その後ボトルシップを組み立てるような器用さで、内側の機構を組み込んでいく。作業は難しかったが、モカは根気強く作業を進め、次第に魔導従士の姿が形になっていく。あとは、コクピットや魔力転換炉、魔導演算機(マジッキュレーター)が納まる魔導従士の心臓部を作るだけというところまでできたところで、モカはようやく作業の手を止めた。魔力転換炉がまだ、ラボから届いていなかったのだ。

 季節はいつの間にか短い夏を過ぎ、いつの間にか秋になっていた。もうすぐリルとモカの誕生日である。15歳になると成人になるので、リルもモカも、見習いが取れて、リルは準騎士に、モカは魔法鍛冶師に昇格する。モカはそれより前に新機体を完成させるつもりだった。

 新機体の制作が一時中断している間、モカは、リルのパーム・ツリーの改造に取り掛かっていた。このころには、モカは鍛冶師隊の中で第0分隊専属鍛冶師としての地位を確立し、親方から怒鳴られることもなくなっていた。

「お兄ちゃんが考えた、お兄ちゃんが考えた触手?触手は、背中、背中の補助椀を外してできたスペース、スペースに入れて。」

それまでモカの作業を観察していたリルが、モカにしか聞こえないような小声で、話しかけた。

「・・・なまえ、しんそうびの、かんがえた。・・・あくまの、しっぽ。」

「へ?へ?ほんとに、ほんとに、そんなんでいいの?いいの?」

「・・・うん。」

リルは続ける。

「・・・いろは、くろいのが、いい。」

「えー、えー。もっと目立つ色、目立つ色にしよう、しようよ。」

「・・・ぜったい、くろ。」

リルがここまで強情になるのも珍しい。モカは折れることにした。

「でもでも、リルリルの機体、機体が黒だと、」

「・・・あわせてほしい。」

「仕方ない、仕方ないなあ。」

何にとは言っていないが、双子同士だけで通じるものがあったらしい。

「・・・なまえ、きたいのも、かんがえた。」

リルはさらにモカに近づいて小声で考えてきた機体名称を告げる。

「えー、えー。それって、それって、とっても悪役、悪役っぽいぽい。」

「・・・これじゃなきゃ、や。」

なぜか今日のリルは強情だ。リルとしてはモカのネーミングセンスが気に入らないのだ。

「うーん、うーん。リルリルがそこまで言うならなら。でもでも、あんまりわがまま、わがままばっかりだと、嫌われちゃうよ、よ。」

モカが自分のことを棚に上げて言う。

「・・・だいじょうぶ。・・・これっきり。」

リルは一生に一度のわがままを、貫き通した。


 モカが待ちに待った魔力転換炉が、ラボから納入された。

「魔王の、魔王の心臓、心臓はね、リルリルの魔導従士に積むよ、よ。」

「『女王蟻の心臓』はどうするのですか?」

「お払い箱、お払い箱かなかな。」

「・・・おはらいばこ。」

「あとの2つ、後の2つはお兄ちゃんの魔導従士、魔導従士に積むよ、よ。」

オッティ用の新型機も、心臓部が治まる内殻装甲までは出来ている。

「リルリル、手伝って、手伝って。」

モカはリルにかなり複雑な図面を渡した。銀箔に紋章(エンブレム)を刻み、新型機の内殻装甲に張り合わせ、その上から内装を張る。内殻装甲は、3重構造になるようだ。モカは新型機の制作作業を一人でこなしていたが、ここにきてリルの力を借りた。紋章を刻印する技術に関してはリルはラボの技師を困らせたほどの才能だ。この部分だけは、リルに任せるつもりだったのだろう。ただ、紋章は非常に複雑で、悪魔のリルにも何に使うのか見当もつかなかった。

「これ、これやって、やって。その間に、リルの機体の方を仕上げちゃうから。」

銀箔への紋章の刻印作業は、銀板に比べてかなり難易度が高い。リルは2日がかりで、何とか紋章の刻印を終わらせた。モカはリルの機体の仕上げを半日ほどで終わらせてしまい、リルが刻印を終えた銀箔を、どんどん新型機に張り合わせ内装作業を進めてしまった。リルが紋章の刻印を終えた日には、内殻装甲の内装は完成していた。

 翌日、モカは1日がかりで、新型機の仕上げ作業をした。2機の魔力転換炉、「陸王の心臓」と「大顎王の心臓」、魔導演算機を組み込んだら、コックピットの内装を作り、最後にコクピットハッチを作って、外装を完全に閉じたら完成。リルは、チラチラオッティの様子を伺いながら、モカの作業を観察していた。オッティは、竜の鱗をうっとり眺めている。

「出ー来た、出来た♪何が出来た?♪魔導従士が、出ー来た、た♪」

ついに、モカが一からほぼ一人で作り上げた新型魔導従士が完成した。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。パパもママも。見て見て。出来た出来た。名付けて、名付けて『マーカス・オブ・ザ・ヘル』だよだよ。それから、リルリルの機体、機体も改良して、『デモン・サーヴァント』になったよ、よ。」

「『地獄の侯爵』に『悪魔の使い』ですか。強そうですが悪役っぽいですね。」

エルにツッコまれると、モカは、

「名前はね、名前はね、リルリルが考えたんだよだよ。」

「・・・えっへん。」

リルはなぜか自慢げだ。

「マーカス、マーカスとサーヴァント、サーヴァントはね、ね、パパのダモクレスとママのシルフィみたいにね、みたいにね、合体、合体するんだよだよ。」

モカはダモクレス・シルフィードを越える魔導従士を作ろうとしていたのだ。

「で、で、合体したら『パンデモニウム』、パンデモニウムって名前になるんだよだよ。」

「パンデモニウム、神話に出てくる悪魔たちの世界の名ですね。」

「・・・おにいちゃん、ものしり。」

ようやく完成させた自作の魔導従士を前に、モカはとても自慢げだ。

「完成したら、明日からはいよいよ試験ですね。明日は、僕とマギーは王都に出向かないといけませんので、立ち会えませんが、成功を祈っています。オッティ、リル、前にも言いましたが飛ばしすぎないように、慎重に試験を進めて下さい。」

翌日以降の試験の日程を決め、その日は帰宅した。


 翌日、一家はスベルドロ砦に出勤すると、エルとマギーは、そのまま魔導車で王都ウラジオに向かって行った。幌車を降りるとき、リルは、オッティにだけ聞こえるよう小声で、

「・・・さいこうのぶたい、よういした。」

と言った。頭の良いオッティなら、これで伝わるだろう。


 王都に着いたエルとマギーは、王城ウラジオ城に参内した。通されたのは、いつもエルと国王の密談の場となっている会議室である。

「私まで呼ばれるってことは、何かあるのかな?」

マギーは王城でもいつもの能天気な態度を崩さない。

「わざわざ事前に日時を指定されたのですから、火急の要件ではないことは確かでしょうね。」

エルはいつも通りのほほんとしている。そんな平常運転の夫婦が会議室で待っていると、間もなく扉が開いた。国王ハベス1世が1人の青年を伴って入って来た。否、国王に着き従うのは、この世界の感覚ではそろそろ初老に達しようという人物だ。エルとマギーは座ったまま略式の礼で迎える。通常の作法ではこのような方法はとらないが、国王は不必要に堅苦しい所作を嫌うので、このような形が定着していた。

「お呼びに従い参上いたしました、陛下。」

「わざわざすまんな。これは倅のドラクロゥスだ。」

ドラクロゥス(ドラク)・オストニウス第1王子。オストニアの王位継承順位第1位、つまり次期国王になる人物だ。国王に似て長身だが、怜悧、冷徹で知られる国王に比べ、いささか頼りない印象が否めない。今も緊張しているようだ。

 国王と第1王子が着席する。すぐに国王が話し始めた。

「今日、来てもらったのは『次』の話をするためだ。私も即位して20年以上が経過した。明日明後日という話ではないが、そろそろ譲位のことを考えねばならん。これから数年かけて、ここな、ドラクロゥスへの王位継承の準備をすることにした。そこでまず、貴様らを倅に引き合わせるべきと考えてな。」

「は。」

エルは短く相槌を挟んだ。

「ドラクよ、知っているとは思うが、銀嶺騎士団長エルヌスと、団長補佐のマルガリッサだ。扱いにくいが有用な者どもだ。良く使え。」

「陛下、よろしいでしょうか。」

エルが質問の許可を求める。国王は、うなづき許可した。

「譲位の準備であれば、やるべきことは他にも多くあると考えますが、なぜまず僕たちなのでしょう。」

「貴様の疑問ももっともだ。ただ、貴様が与えられている権限の大きさを顧みるがよい。斯様な特殊な扱いを受けている騎士は、世界広しといえども、貴様以外おるまい。」

ドラクは余程緊張しているのか、まだ1度も発言していない。

「倅は見ての通りの男だ。貴様ら銀嶺のような連中をすぐには使いこなせんだろう。早めに慣れさせておくべきだと考えたまでよ。さて、貴様らは倅と初対面であったな。」

「仰る通りです。」

「しばし時間を設けるゆえ、倅に銀嶺の何たるかを教えてやれ。」

そう言うと国王はドラクを残して席を立ってしまった。残されたドラクは困惑の表情を浮かべている。

「初めてお目にかかります、殿下。陛下より銀嶺騎士団を任されております、エルヌス・アウレリウスです。」

「団長補佐のマルガリッサです。」

「だ、第1王子の、ドラクロゥス・オストニウスだ。」

平常運転の夫婦と比べて、ドラクはまだ緊張している。緊張の原因が父王ばかりでないのは明らかだ。

「第2王子のレムリイェウス殿下とは、西方大戦の時にお供させていただく機会がありましたが、雰囲気が随分と違いますね。」

件の第2王子は、父である現国王よりも、祖父の先王に似ていると言われていた。先王「獅子王」レオン3世ことレオニウス・オストニウスは、玉座よりも剣が似合うと言われた豪の者であり、若かりしころは将としても非凡な才能を発揮し戦場を駆けたと言われる。第2王子レムリイェウスも、智より武に秀で、「若獅子」との通り名を持つ。もっとも銀嶺騎士団内では、「若旦那」または「バカ旦那」と呼ぶ方が通りが良い。現在は、同盟国であるグランミュール王国に大使として赴任している。

「はは、愚弟と比べられると見劣りするのは自覚している。」

「いえ、そのような意味では。」

共通の知人の話題を出されたことで、ドラクの緊張も幾分和らいだのか、舌の滑りが良くなった。

「いや、世事はよい。今の自分が王の器に足りぬことくらい理解している。それ故、父上も譲位の準備に数年かけると仰られたのであろう。」

「ねえ、エル君、結局私たち何すればいいの?」

マギーがドラクに聞こえぬようひそひそ声で、エルに問うた。

「相変わらずですね、あなたは。殿下に銀嶺騎士団の特殊性をレクチャーするんです。ちゃんと聞いていて下さい。」

エルもひそひそ声で返す。

「では、殿下。我々銀嶺騎士団についてお話いたしますがよろしいでしょうか。」

「ああ、頼む。」

「銀嶺騎士団は、国王陛下直属の騎士団です。その点だけなら近衛騎士団と変わりませんが、近衛騎士団がいうなれば天領の守護騎士団にとどまるのに対して、銀嶺騎士団は、王国全ての守護騎士団の頂点という位置づけを与えられています。」

「ふむ。」

「有事の際には、すべての貴族領内で行動の自由が認められているほか、他の守護騎士団への命令権もあります。これは、国王陛下にもない権限です。」

「ふむふむ、何?」

「あれ、そんな権限あったっけ?」

エルの説明に、ドラクは驚愕し、マギーは天然で呆けた。

「今までこの権限を使う機会はありませんでしたからね。それはともかく、銀嶺騎士団には、開発者集団としての側面もあります。銀嶺騎士団結成まで、魔導従士に関する研究、開発権限は、ラボに一元化されていましたが、似たような権限を異質な集団に持たせ、競い合わせることで、より良き変化を生むという、先代国王陛下のお考えによるものです。」

「ふむ、それは知っておるぞ。そうして競い合った結果生まれたのが、スコピエスであったな。」

「その通りです、殿下。このほかにも、緑の道建設や、魔の森調査など、様々なお役目を頂戴しております。」

「ふむ、大儀である。」

エルのレクチャーが終わったころを見計らったかのように、国王が会議室に戻ってきた。

「ちょうどよいころ合いのようだな。ドラク、銀嶺はオストニア最大戦力だが、扱いにくい集団でもある。努々忘れる出ないぞ。エルヌス、そしてマルガリッサよ、今日はもうよいぞ。」

「は。陛下、殿下、失礼いたします。」

「失礼します。」

エルとマギーは会議室から退出した。


 エルとマギーがスベルドロ砦に戻るため、王都城門脇の駐機場に停めてあった、魔導車に乗り込もうとしたその時、1人の近衛騎士が駐機場に駆けこんできた。

「アウレリウス騎士団長閣下、すぐに陛下のもとへお戻り下さい。」

伝令に来た近衛騎士のただならぬ雰囲気に、エルとマギーは火急の事態と判断して、すぐ王城へ取って返した。周りの人を吹き飛ばさん勢いで走る。

 国王は謁見の間にいた。

「エルヌス、戻ったか。緊急事態だ。二番砦より、空飛ぶ竜の群れが進行中との報告があった。」

このころ、オストニアでは、ほとんどの砦に魔力通信機が設置されていた。魔力通信機は、大気中のエーテルの影響を受けるので通信範囲に限度があるが、別の通信機を中継機として使うリレー方式により、オストニア全土で、ほぼタイムラグなく情報共有が可能となっていた。

「通信機をお借りできますか、状況を確かめ、指示を出さねばなりません。」

「許可しよう。」

現在二番砦には、ピッマヌス子爵領守護騎士団、幻獣騎士団の先遣隊が駐留しているはずである。エルは二番砦に通信機のチャンネルをあわせ、報告を求める。

「こちらはウラジオ城、銀嶺騎士団長エルヌス・アウレリウスです。二番砦、状況の報告を。」

「あ、アウレリウス騎士団長閣下?いえ、失礼しました。魔の森より黒い竜が8頭、西の方角に向かって飛んでいます。既に群れの先頭は一番砦上空に差し掛かっています。この速さなら、昼過ぎにはオストニア本土上空に侵入されると予想されます。」

「黒い竜についてもう少し詳しく報告してください。」

「は。竜は、8頭ともほぼ同じ大きさで、目測ですが体長約50メートル、翼長約80メートルです。」

「昔僕が戦った竜と同程度の大きさですね。違いは黒いことと8頭の群れということですね。報告有り難うございました、ウラジオ城より通信以上。」

エルは間髪を入れずに、スベルドロ砦に通信を入れる。

「こちらはウラジオ城、銀嶺騎士団長エルヌス・アウレリウスです。スベルドロ砦、応答願います。」

「父様、何かありましたか?」

「オッティですか、ちょうどよかったです。魔の森から黒い竜の群れが8頭、オストニア本土に向かっています。」

「竜さん?それも8頭も♡」

「オッティ、ぶっつけ本番ですが、マーカスとサーヴァントの使用を許可します。リルと2人で先行して迎撃に出て下さい。僕たちも準備が整い次第救援に向かいますから、くれぐれも無茶しないようにして下さい。」

「了解しました。」

「いいですか、無茶はだめですよ。ウラジオ城より通信以上。」

エルは通信機でオッティに指示を出すと、すぐに魔導車に向けて走り出した。マギーもそれに続く。走りながら、

「陛下、ご無礼お許し下さい。僕はすぐに砦に戻ってダモクレス・シルフィードを出します。」

と、後ろに向かって叫ぶ。国王も心得たもので、

「分かった、武運を。」

と、無礼な行いをとがめることなくエルたちを見送った。


 スベルドロ砦では、通信機の前に、オッティとリル、それにマンティス君改に乗ったモカが集合していた。

「二人とも、出撃です。相手は黒い竜さんが8頭。」

リルが一瞬驚いたよな表情をした。すぐに元の無表情に戻ったが。

「ぶっつけ本番ですが、モカ、やれますね。」

「もちもちのろんろんだよだよ。」

モカはガシャガシャと音を立てながら、マーカス・オブ・ザ・ヘルの、出撃準備に向かう。オッティは、リルに向き直ると、言った。

「説明は後で聞きます。今は目の前の任務に集中して下さい。」

「・・・ん。」

そのままオッティは、マーカス・オブ・ザ・ヘルのコクピットに滑り込む。オッティの体格に合わせ小さめに作られた椅子に座り、固定帯を締める。固定帯に神経線維が編み込まれていて、これでオッティの脳と魔導演算機がつながり、直接操縦ダイレクト・コントロールが可能となる。オッティは、チェック項目を飛ばして、片膝をついた駐機姿勢のマーカスを立ち上げると、

「マーカス・オブ・ザ・ヘル、出ます。」

と、拡声器に申告した。

 機体を砦の外に出すと、遅れてリルのデモン・サーヴァントも着いてきた。

「リル、合体しますよ。」

「・・・ん。」

サーヴァントには、シルフィのように合体時のみ使う補助椀は付いていないので、主腕でマーカスの両脇を抱え込んで合体する。両機がつながると、

(けつごうを、かくにん。きたいけいじょう、さいていぎ。きょうかまほう、うわがき。)

と、リルの思考が、オッティにも流れ込んでくる。パンデモニウムへの合体時、マーカスとサーヴァントの魔導演算機が繋がる構造になっている。リルもサーヴァントを直接操縦しているので、パンデモニウムの魔導演算機を通じて、オッティとリルの思考が間接的に繋がったのだ。リルの思考に、異常な部分が垣間見える。それは、かつてオッティがリルに対して抱いた疑惑を裏付けるものであったが、今は意図的に思考から締め出す。

(最大戦速で、魔の森に向かいますよ。)

今のオッティとリルの間に、言葉による会話は必要ない。パンデモニウムはスピードを上げた。魔導車では半日かかるヴァルトフの街をあっという間に通過。

(何という速度ですか。)

マーカスには、ダモクレス同様、4機の魔導推進器(マギ・スラスタ)が装備されている。これにサーヴァントの尾部推進器(テール・スラスタ)を加えた5機の魔導推進器に、「陸王の心臓」「大顎王の心臓」「魔王の心臓」という3つの大出力魔力転換炉から得られる莫大な魔力をつぎ込むと、そのスピードは、オッティの想像をはるかに超える域に達していた。魔力探知機(マナ・シーカー)に真っ白に表示された8つの塊が映る。黒い竜の群れだ。白い色は、魔力探知機で測定できる限界を超えた密度でそこに魔力が集中していることを示す。これまで魔獣ではなかった色だ。

「この速さで飛べば、魔の森上空で会敵します。戦闘の準備を。」

すると魔力通信機から、モカの声が聞こえてきた。砦の通信機を使っているのだろう。

「お兄ちゃん、パンデモニウムのオーバーブーストを使って。左の肘掛けにあるお皿、そこに血を垂らすの。そしたら、転換炉が活性化して、一時的に出力が上がるよ。」

「これ以上出力を上げても、いえ、相手は未知の竜さんが8頭、使える機能は全て使いましょう。」

オッティは、操縦席の左の肘掛けの皿を確認する。皿のふちに、小さな刃物が付いていた。それで中指に小さな傷を付けると、生血を垂らす。血が皿の底に開けられた穴に落ちると、魔力転換炉の出力が跳ね上がった。しかし同時に、オッティ自身を魔力を吸い出されるような感覚が襲う。

「あまり長く持ちそうにありません。短期決戦で決めますよ。」

更に加速、会敵。

(えーてる・しーるど、ぜんほういてんかい。)

元素防壁(エーテル・シールド)は機体に貯められた魔力を、転換炉とは逆の手順でエーテルに還元して、高濃度エーテルの盾を作り出す无属性魔法である。魔法は大気中のエーテルの影響を受けやがて解けてしまうが、元素防壁はその性質を応用し、高濃度エーテルであらゆる魔法を消滅させる絶対的な防御力を誇る魔法だ。まだ、理論のみの存在で、実践したことはなかったはずだ。いまは、膜のように広がった高濃度エーテルが、パンデモニウムの機体全周囲を包み込んでいる。

 パンデモニウムに気付いた黒い竜の群れが、攻撃態勢に入る。ある者は口を開け黒炎の吐息(ブレス)を吐きかけ、ある者は、その鋭い牙で噛みつこうと口を開けたままパンデモニウムに迫る。8頭の間をすり抜けつつ、まずは、パンデモニウムの右手に持ったカタナと呼ばれる細身、片刃の曲刀で、一当て。そのまま群れの背後に回り込むと急旋回。

「鱗の強化魔法は今まで見たこともないくらい複雑ですね。でも見えました。逆呪紋インバース・スクリプト構成。」

振り向きざまに1頭の竜に切りかかる。飛び散る竜鱗。

「やはり、鱗の強化魔法と骨格強化は別でしたか。それにしても血が出ませんね。」

切られた1頭の傷は既に再生を始めている。その傷にさらにカタナを突き刺すと、骨格強化が解呪(キャンセレーション)され、黒竜の体が自重で圧壊、墜落した。その間にもパンデモニウムに黒炎が吐きかけられる。まるで黒竜は、同士討ちを許容しているかのように執拗に攻撃してくる。しかし全て元素防壁で無効化された。

(おにいちゃん、まもりは、まかせて。)

1頭の黒竜の顎がパンデモニウムに迫る。

「自ら弱点を晒しましたね。」

オッティがカタナを一振りして黒竜の歯肉に当てると、逆進、距離をとる。口腔内を切られた黒竜も、解呪の効果で圧壊、墜落した。

「これで2頭。見たところ翼の付け根だけ鱗の守りがありません。あそこが弱点と見ました。リル、守りは任せましたよ。」

2人の意思疎通に言葉は必要ない。喋りながらの戦闘は、オッティの趣味だ。パンデモニウムは、爪をむき出しに前足を振り上げていた1頭の黒竜の脇をすり抜ける。すれ違いざまに一閃。カタナは翼の付け根を過たず切り落としていた。空中でバランスを失った黒竜は墜落、圧壊。オッティは休むことなくパンデモニウムを急旋回させた。操縦者保護の魔法を最大にしても吸収しきれない慣性が、リルを襲う。歯を食いしばって我慢。そのまま別の黒竜の背後に回り込むと、翼の付け根を切り飛ばす。墜落、圧壊。

「これで、半分。それにしてもどこを切っても血が出ませんね。断末魔の叫びもありません。」

オッティは余裕を崩していない。その時、元素防壁の範囲外に出ていたカタナの先に、偶然黒炎が当たった。

「この呪紋は?」

オッティは読み取った黒炎の吐息の呪紋に違和感を覚えた。

「考えるのは後でも出来ます。残りを片付けましょう。」

その後もオッティはスピードを緩めることなく黒竜の群れの中を飛び回り、背後をとっては1頭、また1頭と、翼の付け根を切り落とす。バランスを失った黒竜は次々に墜落、地面に激突して圧壊した。残る2頭のうち1頭が、黒炎を吐きかける。そこへもう1頭が爪を振り上げ飛び込んできた。

「おかしいですね。竜さんは賢い生き物のはずです。黒炎に効果がないことは分かっているでしょうに。」

味方の吐いた黒炎の中に飛び込んだ竜は、ダメージを受けていない。

「黒竜さんに黒炎は、効果がないと。しかし、群れに連携のようなものがほとんど感じられないにのは、不自然ですね。」

振り下ろされる爪。瞬間、パンデモニウムは黒竜の脇をすり抜け、背後から一閃。翼を切り落とす。墜落、圧壊。止まることなく旋回しながら、もう1頭の背後をとった。

「これで最後です。」

最後の1頭の翼を切り落とし墜落させると、オッティはカタナを腰の鞘に納めた。

(おーばーぶーすと、かいじょ。おにいちゃん、あとはやすんで。)

オーバーブースト中、パンデモニウムはオッティの魔力を吸い続けていたらしい。オッティはコックピットの中で、肩で息をしていた。魔力切れの兆候だ。

 戦闘が終わったころ、銀嶺騎士団飛行大隊の戦闘艦(バトル・シップ)が、魔導推進器の炎を吹きながら、戦闘空域に接近してきた。リルは、パンデモニウムの操縦をオッティから交替した。リルは黒竜たちが墜落した場所にサーヴァントの単眼を向けた。黒竜の死骸は次々に黒い影に包まれ、消えていく。影が消え去った後は、まるで最初から竜などいなかったかのように不気味な静けさの森が残された。それを確認し、リルは戦闘艦に、

「・・・はっち、あけて」

と通信を送ると、戦闘艦がパンデモニウムを迎え入れるため、後部ハッチを開いた。リルはパンデモニウムを戦闘艦に着艦させると、マーカス・オブ・ザ・ヘルに、片膝をついた駐機姿勢をとらせてから、「陸王の心臓」と「大顎王の心臓」を休眠状態にして、合体を解除。デモン・サーヴァントも、戦闘艦の格納庫にあった、ランディング・ギアに着陸させ、転換炉を休眠状態にし、コクピットハッチを開いて機外に出た。格納庫には、ピクシスその他の機体はなく、空っぽの状態だった。銀嶺騎士団の精鋭でも、オッティと超級魔獣の戦いに割って入れば足手まといにしかならない。それを理解しての措置だろう。

 格納庫の床に降りるのさえもどかしい。リルは、サーヴァントから、駐機姿勢のマーカスに直接飛び移り、外部から操作してマーカスのコクピットハッチを開放した。コクピットの中で喘鳴をあげるオッティの姿を認めると、固定帯を外し、持ち前の怪力でオッティを担ぎ上げ、マーカスのコクピットから、滑り降りるように格納庫の床に降りて、オッティを横たえた。明らかに魔力を使いすぎた状態だ。

 リルは、一瞬の躊躇の後、大きく息を吸い込み、自分の唇を、苦しそうに荒い呼吸をするオッティの口に重ね、思いっきり息を吹き込んだ。人工呼吸の要領だが、これは、魔力切れを起こした者への応急処置で、口移しで魔力を送り込む方法だ。ただ、この瞬間が、図らずも、オッティにとっても、リルにとっても、人生で初めての接吻になった。

 リルの応急処置を受けて、幾分回復したのか、オッティは、

「リル、おかげで楽になりました。」

と言って、立ち上がろうとしたが、リルに制止された。

「・・・まだ、あんせい。」


 オッティたちを迎えに来た戦闘艦がスベルドロ砦に帰還するころには、日が傾きだしていた。砦へ帰還する間、休んでいたので、オッティは、何とか自分の足で立って歩ける状態まで回復した。リルは、戦闘艦のタラップを降りるオッティに付き添うと、砦の中に戻らず屋外駐機場にあった、幌車の椅子にオッティを座らせた。幌車は魔導車に繋がれている。エルたちも王都から帰って来ているのだろう。幌車の中で待っていたモカがオッティに縋り付き、

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。無事でよかった、よかった。」

と、泣いている。リルは兄を姉に任せると、戦闘艦の格納庫に戻り、マーカス・オブ・ザ・ヘルとデモン・サーヴァントを工房兼駐機場の所定の場所に戻した。両機は、通常の操縦法で使う操縦桿やペダルがもともとついていないので、直接操縦ができる者しか、動かせないのだ。

 機体を片付けると、リルは砦を出て幌車に戻った。幌車の中には、エルとマギーも顔を出していた。

「父様、今日の報告は明日します。よろしいでしょうか。」

「いいも何も、もう帰る時間です。それよりオッティ、あれほど無茶をするなと。」

「無茶が必要な状況だったのです。」

オッティに言葉を遮られたエルも、それ以上問答をする気はないらしい。マギーとともに魔導車の機関室に戻った。

「モカ、リル。帰ったら事情を説明してもらいます。いいですね。」

うなづく2人。珍しくモカも無言だった。


 その日の夕食は重い沈黙に包まれていた。オッティは何も言わない。モカも珍しく黙って食べていた。リルは、この場で事情を説明したかったが、普段から口下手なリルである、沈黙を破る勇気が出なかった。エルはオッティが話し出すのを待っていた。オッティが今日の報告は明日するといった以上、この場では、今日の黒竜の群れの1件以上に重要な話があるのだろう、との判断だ。他の大人たちも、エルの判断を尊重していた。ひとりマルセルス(マルセル)だけは、いつも賑やかな食卓に訪れた謎の沈黙に混乱していた。

 夕食はいつもの半分くらいの時間で終わった。主な要因はいつも話すことばかりに口を使っていて、食べるのが遅いモカが、黙ってすぐに食事を食べ終えてしまったからだ。夕食の後片付けを、女性陣で終えると、マチウス(マチュ)ティナイッサ(ティナ)の隠居夫婦は、さっさと自室に下がってしまった。居間では、大きなソファにオッティを挟むようにリルとモカの双子が、もう一つのソファにエルとマギーが座った。ただならぬ雰囲気を感じていたマルセルも、普段のようにすぐ自室に戻らず、床に胡坐をかいてこれから始まる話を聞く体勢だ。

「モカとリル、それぞれに聞きたいことがあります。」

オッティがようやく沈黙を破った。モカもリルも、オッティの隣で自分たちより少しだけ座高の高い兄を見上げていた。

「どうやらリルはもう覚悟が決まったという顔をしていますね。では、リルから先に教えて下さい。」

リルは、この場で全てを話すつもりでいた。もう隠し事はできないからだ。

「あなたは、今日、砦に出勤した時、相応しい舞台を用意したと言っていましたね。」

「・・・ん。」

「その、相応しい舞台、というのが、今日の黒竜襲来で間違いありませんか?」

「・・・ん。」

「まるで僕とマギーの不在を狙ったかのようですね。」

エルの言葉には少々棘があったか。リルは黙して答えない。

「リル、父様の質問に答えて下さい。」

「・・・まじかるすれいぶは、おきものじゃない。・・・かんせいしたんだから、あいてをよういしないと。」

「それにしては、君は黒い竜が8頭と聞いて驚いているように見えました。何故でしょう?」

「あの、黒い竜は、この世界の、魔獣じゃない。魔界、パンデモニウムの、獣。私は、お姉ちゃんが、作った、魔導従士の、相手に、相応しい、魔界の、獣を、呼び出した、だけ。まさか、不死なる、竜が、それも、8頭も、出てくるとは、思ってなかった。」

リルは、リル自身が驚くぐらい滑らかに喋った。

「不死なる竜というのが、あの黒竜の名前ですね。君が言いたいことを要約すると、君は魔導従士のパンデモニウムに相応しい魔界の獣を呼び出したけれども、呼び出す獣の種類や数を決めることまではしていないということですね。」

「うん。不死なる、竜は、魔界で、最も、恐れられている、獣。悪魔も、決して、近づこうと、しない、災い。」

「ちょっと待って下さい。魔界に悪魔、お伽噺には出てきますが、まるで実在するように話が進んでいます。それが実在するという根拠はあるんですか。」

エルが待ったをかけた。あまりにも非現実的な方向に話が進んでいる。

「悪魔は実在しますよ。僕は悪魔と契約したことがあります。それに、リル。」

「私、自身が、魔界から、来た、悪魔。」

「そんな。リルはモカと双子で、間違いなく私とエル君の子供だよ。」

マギーの声は悲痛な響きを含んだいる。

「母様、それは間違いありません。リル、あなたが悪魔と初めて契約したのは、君が6歳の時ですね。」

「ん。」

「それから悪魔の契約を重ね、徐々に悪魔に乗っ取られていった。違いますか?」

「ちょっと、違う。私が、最初に、した、悪魔の、契約は、人間の、私が、悪魔の、私の、力を、全部、もらって、代償に、悪魔の、私が、人間の、私の、人生を、もらう、条件だった。」

「最初の1回ですべて決まっていたわけですか。君が貰った悪魔の力は具体的に何ですか。」

「無尽蔵の、魔力と、沢山の、種類の、呪紋。足の、速さと、体力。腕力と、剣術。悪魔が、時間を、掛けて、集めた、膨大な、知識。それから、悪魔の、契約を、する、権能。」

「君の得意分野は、ほぼ悪魔の力ということになりますね。僕は悪魔との契約で1つの能力しか貰っていませんから、1回の契約でも取引の桁が違いますね。」

「え?」

リルが心底意外という様子で、疑問の声を漏らした。

「お兄ちゃんと、悪魔の、契約は、2回じゃ、ないの?」

「?1回ですよ。その1回で、触れた魔法の呪紋を読み取る力を貰い、代償に精神の安定を差し出しました。」

「魔力を、見る、力は?」

「?悪魔の契約をする前から、魔力の流れは見えていました。みんなは見えないんですか?」

「悪魔の、私も、見えない。」

「ちょっと待って下さい。2人だけで納得しないで下さい。まずオッティ、魔力の流れが見えるとはどういうことですか。」

エルが、再び待ったをかける。この場にいるほとんどの人が会話についていけていない。

「どういうことと言われても、文字通りの意味としか。」

「魔力探知機みたいな感じ?」

「少し違いますが、似たイメージではありますね。」

「何だよ?その魔力探知機って。」

一人だけまだ学生のマルセルが口をはさむが、

「まだ機密です。学生の君には教えられません。マギーも不用意なことを言わないで下さい。」

と、エルに撃墜された。

「それからリル、悪魔が人間から人生を貰うとは、どういうことですか?」

リルは黙して答えない。

「リル、父様の質問に答えて下さい。」

「もともと、別々だった、悪魔の、精神と、人間の、精神が、同化して、一つの、肉体に、宿る、こと。」

「そうすると、今は人間のリルと悪魔のリルが同化していて、その体を共有していることになりますね。」

リルはコクリとうなづいた。

「何故オッティの質問にしか答えないのでしょうか?」

「僕が、パンデモニウムの魔導演算機を通じて、君の意識の中を覗いた、からですね。」

「ん。悪魔は、悪魔の、決まりで、悪魔である、ことが、他人に、ばれない、ように、しないと、いけない。でも、パンデモニウムの、魔導演算機は、構造上、お兄ちゃんの、意識と、私の、意識が、繋がっちゃう。だから、今の、私は、お兄ちゃんには、逆らえないし、嘘も、隠し事も、できない。」

「納得はできませんが、理解はしました。」

エルは、続きを促す。

「リル、君には悪魔の契約をする権能があるのですよね。その権能を使ったことはありますか?」

「1回だけ。」

「その相手は誰ですか?」

「お姉ちゃん。」

すると、ここまで黙っていたモカが、

「悪魔の契約なんて、私、知らないよ。ほんとだよ。」

と言って、狼狽した。

「お姉ちゃんが、覚えてないのも、無理はない。契約を、した時、お姉ちゃんは、寝惚けてた。」

「契約の中身を教えて下さい。リルはモカに何を与えて、代償にモカから何を貰ったのですか?」

「あげたのは、煮詰まりかけてた、マーカスの、設計を、完成させること。貰ったのは、お兄ちゃんの、一番、近くに、いられる、権利。」

「そういえば、家で新型の設計をしてた夜、途中で眠たくなったけど、朝起きたら設計が完成してた。あれ、リルがやったの?」

モカから口癖の繰り返し言葉が出ない。まだ落ち着いていない証拠だ。

「違う。設計を、完成させたのは、お姉ちゃん。あの時、お姉ちゃん、寝惚けてた。」

「じゃあじゃあ、権利。お兄ちゃん、お兄ちゃんの一番近くに、近くにいられる権利って、どういうこと?どういうこと?」

モカも少しずついつもの調子を取り戻してきた。

「パンデモニウムの、魔導演算機で、お兄ちゃんと、私の、意識が、繋がること。これが、なかったら、お兄ちゃんの、一番、近くに、いられるのは、専属魔法鍛冶師の、お姉ちゃんだった。」

「それだけ?それだけ?」

「それだけ。」

その答えを聞いてモカは安心したようだった。

「そうすると、マーカス・オブ・ザ・ヘルとデモン・サーヴァントの合体方法にリルの狙いがあったということになりますね。僕とマギーもダモクレス・シルフィードで合体しますが、意識が繋がることはありませんし。」

「うんうん。基本的には抱き着いてるだけって感じ。」

「マーカスとサーヴァントは、ともに直接操縦で、合体すると両機の魔導演算機が繋がりますからね。間接的ではありますが、僕とリルの意識が繋がってしまうのです。」

「でもでも、設計、設計したのは私、私だよだよ。」

「お姉ちゃんが、寝惚けている、間に、お姉ちゃんの、無意識に、働きかけて、そういう、設計に、させた。」

「??」

「モカは理解していないみたいですが、結果はリルの狙い通りということですね。僕としては、悪魔の契約の代償としては、軽すぎるのが気になります。」

「お姉ちゃんの、設計は、ほとんど、出来てた。私は、最後の、仕上げに、手を、貸した、だけ。」

「なるほど、対価的均衡はとれているということですか。」

リルはコクリとうなづいた。

「まだ、片付いていない問題があります。オッティが悪魔に支払った精神の安定とは、一体何ですか?オッティを見ていても精神的に不安定には見えません。」

「お兄ちゃんは、殺しが、癖に、なってる。」

オッティではなくリルが答えた。

「お兄ちゃんは、血を、見たり、断末魔の、叫びを、聞くと、興奮する。そのために、魔獣を、殺す、癖が、ついた。」

「僕が魔獣さんと遊ぶのが大好きなのはそういうことだったんですね。」

「すると、魔獣がいない西方の人が悪魔とオッティと同じような契約をすると、」

「連続殺人鬼、になる。」

「ということですね。」

オッティの魔獣好きについて驚愕の事実が判明したが、当のオッティは、

「そもそも魔獣さんがいなかったら悪魔と契約なんてしていません。」

と、強気な発言だ。

「お兄ちゃんは、すごい。普通、1度でも、悪魔と、契約すると、悪魔の、誘惑に、勝てなくなって、契約を、繰り返すように、なって、最後は、人生を、差し出しちゃうのに。お兄ちゃんは、自力で、悪魔の、誘惑を、跳ね除けた。」

「しばらく付きまとわれましたけど、半年ほどで、いなくなりましたね。」

「それで、悪魔の、私は、人間の、私に、目を付けた。人間の、私は、悪魔が、入り込む、隙だらけだった。」

「それでリルを悪魔にして僕に近づけたわけですか。悪魔は余程僕に興味があるんですね。」

「うん。お兄ちゃんは、特別。」

リルは、オッティの顔を見ながら頬を赤らめている。感情が顔に出ないリルにしては珍しい表情だった。

「オッティとリルの話はおおよそ理解はできました。モカにも話があるようでしたが。」

「はい、父様。モカも、そろそろいいですね。」

「う、うん。うん。」

「率直に聞きます。オーバーブースト、あれは何ですか?」

「えとえーと、あれ、あれは魔力転換炉、転換炉の出力を、一時的、一時的に上げる機能、機能だよだよ。マーカス、マーカスの出力を限界、限界まで上げる方法を考えて、考えてて思いついたんだよだよ。」

「・・・それで説明は全部ですか?怒らないので教えて下さい。」

「う〜。オーバーブーストを使うと、魔法騎士、魔法騎士の魔力を消費、消費しちゃうの。」

「あれの紋章はリルが刻印していましたね。」

「・・・しらない。・・・おねえちゃんの、せっけいずどおりに、つくった。」

リルの喋り方が元に戻っている。

「この期に及んでリルが僕に嘘をつく理由はないですね。すると、あれは、モカが1人で考えて組み込んだ機能ということですか。」

「そ、そうだよ、だよ。」

オッティは少しだけ考えてから結論を出した。

「あれがなければ黒竜さん8頭と同時に戦うのはさすがに無理でした。危ないところでしたが、ギリギリ僕も無事です。今回はよかったことにしましょう。ただし、もうあんな目は沢山なので、あの機能は使いません。モカもそれでいいですね。」

「うん、うん。」

モカはホッとした表情でオッティを見ている。怒られると思っていたのだ。

「オーバーブースト、そんな機能があったんですね。ただ魔法騎士を危険に晒す機能を魔導従士に組み込むのは賛成できません。モカ、可能ならマーカス・オブ・ザ・ヘルから、その機能を取り払って下さい。できないなら封印をして下さい。」

「パパ、パパ、分かった、分かった。外す、外す。」

エルの騎士団長としての決定を受けて、モカは素直に従った。

「僕から2人に聞きたかったことは以上です。」

「そうですか、もう遅いですから今日はここまでにして、寝ましょうか。」

エルが締めくくる。

「エル君、分かった?」

「なんとなくは。世界は知らないことで満ちていますね。」

「私は全然だったよ。」

夫婦は連れ立って寝室に下がって行った。

「遅くまで付き合ってもらってありがとうございました。お休みなさい。」

「全然全然問題なしなしだよだよ。」

「・・・おやすみ。」

「結局、俺だけ除け者って感じだったな。」


 翌朝、いつも通りの時間に起きたリルは、同じベッドで寝ているモカを起こして、いつも通り着替えを始めた。

「・・・あくま、こわくない?」

リルの相変わらず主語のない問いかけに、モカは朝から元気よく答えた。

「全然全然。人間、人間でも悪魔、悪魔でも、リルリルは、リルリルだよだよ。」

「・・・かってに、けいやくした。」

「一番、一番じゃなくても、お兄ちゃん、お兄ちゃんの側にいられるんだよね、ね。それなら、それならOK、OK。」

「・・・おねえちゃん、ありがとう。」

「どう、どういたし、いたしまして、まして。」

他の家族も、いつも通りリルに接してくれた。オッティとの朝稽古。家族そろっての食事。5人での通勤。みんないつも通りだ。リルは、悪魔憑きとして迫害されないことに驚くと同時に、家族の優しさに感謝した。オッティが言うには、

「西方はどうか分かりませんが、この国には悪魔憑きだろうと、才能ある者を無駄遣いする余裕はないですからね。意外とみんな寛容かも知れませんよ。」

とのことであった。


 砦に出勤するとすぐに、オッティの嘆きの声が響いた。

「竜さんの死骸を回収していないんですか。なんてこと。命を粗末にしないのが、僕の主義なのに。味わいつくして、研究もしたいです。今からでも回収に向かいましょう。」

「・・・むり。・・・きえちゃった。」

「何ですって。それならリル、もう1度呼び出して下さい。あれはあなたが呼び出した魔獣さんでしたよね。」

「・・・むり。」

「何故です?」

「・・・ふしなるりゅうは、あくまもちかづかない、わざわいのもと。」

リルは、オッティにしか聞こえないよう小声で答えた。

「そうですか、無理ですか。なら仕方ありません。昨日の戦闘でいくつかの新発見があったので、良しとしましょう。」

オッティは諦めることにした。リルは、しんはっけん、さすがおにいちゃんと思った。


 そのすぐ近くで、エルがモカに話しかけていた。

「というわけで、モカを第0分隊専属の魔法鍛冶師に任命します。親方の同意は得ています。」

「やた、やったあ。パパ、パパ、ありが、ありがとう、とう。」

「では、専属鍛冶師として初仕事です。」

そう言ってエルは、それだけで1冊の本になりそうな量の紙束を渡した。中身は魔導従士の試験項目だ。

「え、え。昨日、昨日実戦までまでしたのにのに、試験、試験はやるの?るの?」

「それとこれとは別問題です。新型機、特にマーカス・オブ・ザ・ヘルは、過去に類例がない外骨格構造です。どんな不具合があるか、分かりません。昨日は出撃を許可しましたが、あれはあくまで緊急措置です。本来なら、全てのチェック項目をクリアするまで、使用させないつもりでした。」

ちなみにチェック項目自体は、かつてエルと親方が共謀して、スコピエスのもとになったテスト・ヘッドという機体を作った時からの流用だ。

「とにかく、全ての試験が済むまで、マーカスとサーヴァントは、実戦には出しません。」

「分かったった、パパ、パパ。超特急、超特急で、終わらせるせる。」

モカは覚悟を決めた。


 その日の昼休み、学園の屋外ベンチで魂が抜かれたような顔をして座っていたマルセルに、声を掛ける者があった。

「おう、マルセル。久しぶりだな。調子はどうだ。」

「ジャイか。お前、若干パターンを変えてきたな。」

マルセルは息を吹き返した。

「何の話だ?と、そんなことより随分と活躍しているようだな。」

「おかげさまでな。」

「そんなお前に、俺様のために冷たいお茶を買ってくる栄誉を与えよう。」

「何が栄誉だ。ただのパシリじゃねえか。」

「なにおう。マルセルのくせに生意気な。」

「マルセルのくせにって(以下略)。」

それはさておき、

「明日が本番だな。マルセル、今回は何の役だ?」

翌日には秋の実習飛行を控えている。秋の実習飛行は、ヴァルトフまでの荷運び(中等部の生徒たちが野外行動実習で使う)がメインだ。

「索敵手だよ。」

「2年の秋に、ブリッジ・クルーたあ、やるじゃねえか。」

「ああ、あんがと。お前ら、船に乗れねえ船大工たちのためにも、実習は必ず成功させてやるよ。」

「おお、心の友よ。」

「それも禁止だ!」

 実習航海自体は、春のように魔獣の群れに襲われることもなく、成功裡に終わった。


10

 数日後、モカとリルは15歳の誕生日を迎えた。オストニアは15歳で成人である。2人の階級からは見習いが取れて、リルは準騎士、モカは魔法鍛冶師となった。見習いが取れると、一番変わるのは、国から俸給が出るようになることである。ただ、初任給はまだ先の話である。

 黒い竜の群れの襲撃は、黒竜事件と名付けられた。事件の事後処理も終わり、オストニアは平和を取り戻しつつあった。リルの生活も新たなステップに進む。ただし、騎士団内部での役割は見習い時代と変わらない。オッティは相変わらず、竜の鱗を眺めてうっとりしている。モカは、ガシャガシャと音を立てながら、マーカスとサーヴァントの間を行ったり来たりしている。機体チェックが終わらないのだ。リルはそんな兄と姉の様子を観察していた。銀嶺騎士団では、いつも通りの光景が続いている。

〈第3章完〉

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