表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
13/40

魔の森調査飛行

     第11話 第9次魔の森調査飛行


 明けて西方暦2692年。年が明けて最初の出勤日のことである。

陸王亀(ベヒモス)討伐に始まり、飛行魔法の最適化、昼夜兼用単眼、魔力(マナ)通信機に、魔力探知機(マナ・シーカー)、寒冷地用人工筋肉(アーティ・マッスル)。オッティのこの5年弱の実績はちょっと信じられない次元ですね。」

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。すごい、すごい。」

「・・・しんじられない。」

「有り難うございます、父様、それにモカ、リルも。しかしそれを言うなら父様が銀嶺騎士団結成以来5年で成し遂げたことの方が大きいのでは。スコピエスの原型になったテスト・ヘッド開発に始まり、魔導車、ダモクレス、地対空装備のジャベリン、飛空船、初期型のシルフィ。開発しただけでもかなりの物ですが、西方大戦に参戦し、勝利を持ち帰ったという実績もあります。」

「そのほとんどは親方の実績で、僕は、魔導演算機(マジッキュレーター)周りをちょちょいといじっただけですけどね。」

「ちょちょい、ちょちょい。」

「よせやい、坊主。俺は、アイディアは昔からあったが、制御系の問題で実現に至らなかったものを集めてきただけだ。ほとんどは坊主の実績だ。」

謙遜しあう二人の天才。

「パパも、パパも親方も、親方もすごい、すごい。」

モカイッサ(モカ)は素直だ。時々素直すぎる。

「しかし、何でいきなり、父様は、僕の実績など振り返り始めたのですか。」

「年に1回国王陛下に人事考課をお伝えせねばならないのですよ。各中隊員は中隊長に任せていますが、隊長自身の人事考課は僕の仕事です。」

「そんな面倒くさい仕事適当でいいよ。」

「では、マギーが僕の補佐をしてくれますか。」

「面倒いから嫌。」

「でしょうね。」

団長補佐の仕事は団長に抱き着くことだ。

「なるほど、僕が母様から第0分隊長を引き継いだので、父様が僕の人事考課をなさるわけですか。」

「そうです。言い忘れていましたが、オッティ、君も隊長なので隊員の人事考課を作成して提出して下さい。」

「隊員と言っても、第0分隊には僕以外にリルしかいません。リルは全項目満点です。」

「・・・まんてん。」

「一応聞きますがその理由は?」

「カワイイからです。」

「カワイイことと人事考課にどう関係が?」

「母様は、カワイイからという理由で、僕を全て満点にしてくれました。僕がカワイイリルを全て満点にしないと不公平です。」

「言っても聞かないからとマギーの横暴を放置したつけがこんなところに出るとは。」

「・・・カワイイ。」

「満点、満点。リルリル、すごいすごい。」

そんなわけで厳しいと有名な銀嶺騎士団の人事考課で、リッリッサ(リル)は初年から全項目満点となった。一連のやり取りを聞いているとき、思わずして、リルの中に奸智が宿った。リルは悪魔である。そして悪魔の権能とは、知恵ある者との契約を結ぶこと。リルとモカが・・・。

「・・・このほうほうなら。」

「リル、何かありましたか?」

オルティヌス(オッティ)に疑問を抱かれたが、

「・・・なんでも、ない。」

と、誤魔化す。欲望に忠実で、何でも自分でやりたがること、そして大概のことは出来てしまうことがモカの長所であり短所にもなりうる。リルが望みを実現する一つのシナリオが組みあがり始めていた。


 2月初旬のある日、スベルドロ砦の会議室に銀嶺騎士団の主だった人員が集められていた。

 会議の出席者は、騎士団長のエルヌス(エル)・アウレリウス、団長補佐で妻のマルガリッサ(マギー)、第0分隊長のオッティ、第1中隊長のディオゥス(ディオ)・パショヌス、第2中隊長のエドゥワルス(エド)・ブランクス、第3中隊長のカークス(カーク)・ヴァリユス、第4中隊長のグラスィッサ(グレース)・ケリユス、鍛冶師隊長の親方ことダレイウス(ダリゥ)、飛行大隊長のイリュス・バレアルス、それになぜかモカとリルも同席させられた。

「全員揃いましたね。では早速本題に入ります。」

「ちょっと待て、坊主。チビと末っ子がなんでこにいる?」

他の全員が疑問に思っていたことを代表して親方が質問した。

「それも含めてこれから説明します。

 前回の会議でも話しましたが、緑の道建設に必要な人手は減っています。そこでしばらくぶりですが、魔の森深部への調査飛行を再開しようと考えています。コリントゥス完成直後の調査飛行を第1次として、今回が9度目になります。今回こそ、魔の森の反対側の端を拝みたいものですね。

 第9次魔の森調査飛行は、テバイを旗艦に、戦闘艦(バトル・シップ)クラス2隻と、輸送艦(カーゴ・シップ)クラス1隻の計4隻で構成し、第1、第3中隊が、担当の魔法鍛冶師(マジック・スミス)とともに戦力として加わります。機体は、ピクシス10機とスコピエス9機、それにディオさんのペネトラテス・ファルケです。これに加えて、リルとパーム・ツリー、専属鍛冶師としてモカも船団に加えて下さい。」

「概ね了解したがね、エルヌス。双子姉妹を連れていく目的は何かな?」

ディオが質問すると、エルが答えた。

「可愛い子には旅をさせ、という親心もないではないですが、今回は僕やマギーが同行しないので、超級魔獣の相手が出来る特殊戦力が不足します。その穴埋めと、パーム・ツリーの評価試験を兼ねています。」

「ふむ。」

ディオは、一拍考えてから、

「団長殿の意見は了解した。カークも構わないかね。」

「団長の決定とあれば。」

と、エルの考えに理解を示した。

「船団に編成する船と人員の選定は、バレアルス艦長にお任せします。出航は3月初旬、天候の良い日とします。期間は3ヶ月。出来るだけ遠くを目指して下さい。何か意見は?」

発言するものは特にない。モカも珍しくおとなしくしている。

「異議なしと判断します。その他の人員は待機即応任務とします。本日は以上。」

エルが会議を締めくくると、それぞれ持ち場に散っていく。工房に戻る廊下で、

「魔の森、魔の森だって。リルリル、怖くない?ない?」

「・・・べつに。」

と、双子がかみ合わない会話をしていた。


 銀嶺騎士団と魔の森の因縁は深い。結成の経緯からして、学園時代のエルたちが魔の森から迷い出た(ドラゴン)を退治したことが関わる。が、銀嶺騎士団と魔の森との関りが本格化したのは、エルとマギーが魔の森に取り残された最初の魔の森調査飛行、そしてそのエルとマギーを迎えに行き、その過程で最大最強の魔獣「魔王」と戦った第2次魔の森調査飛行から始まる。その際、銀嶺騎士団が魔の森の先住民族である森の民の使者を連れ帰ったため、その後の魔の森開拓、すなわち緑の道建設事業につながった。

 その後も第3次、第4次と魔の森調査飛行は続けられ、大陸の全貌を把握するための調査が続いた。しかしながら、飛空船を以ってしても魔の森は越えることができず、大陸の全貌は、今もって不明なままである。とうとう第9次になってしまった魔の森調査飛行も、魔の森深部へ向けて飛び、魔の森を越えることを目指す。

 魔の森への出航が決まると、スベルドロ砦の中も俄かに慌ただしくなる。主力である第1、第3中隊の面々は、訓練に余念がないし、随伴する魔法鍛冶師たちも、持って行く機体の状態を確かめたり、消耗品である部品を取り替えたりしていた。なお、今回使用する機体には全て小型化された魔力通信機が搭載済みである。飛行大隊は船団の編成を決めると、船の整備をしたり、長期の航海に必要な物資を調達したりしていた。

 モカも、パーム・ツリーの最終チェックをしている。魔力通信機に魔力探知機、「女王蟻の心臓」など、特殊な機材を多く採用したカスタム機であるため、入念なチェックがなされた。リルはモカの仕事を観察していた。

「よし、よし。これでばっちし、ばっちしだよだよ。」

「・・・ばっちり。」

「ああ、調査飛行に行く人たちが羨ましいです。きっとまだ見ぬ魔獣さんと遊ぶんでしょう。僕も同行したかったです。」

オッティの態度からして、これが年末にエルが言っていたとっておきの任務で間違いない。ただ、オッティのように魔獣大好きではないリルは、可能な限り魔獣との遭遇はない方がいいと思っていた。

 出航が間近に迫るとより詳細な飛行計画が定められた。今回船団に組み込まれるのは、全て魔導推進器(マギ・スラスタ)を動力として備えた高速艦である。そして、具体的な航路も、これまでの調査で明らかになっている飛行魔獣の縄張りを避けず、出来るだけ直線的に東を目指す。これまでより遠くに行くことを重視した飛行計画となった。

 魔導従士(マジカルスレイブ)の割り振りも決められた。テバイの積載能力は魔導従士20機まで。対して船団に組み込まれる魔導従士は、パーム・ツリーやペネトラテス・ファルケを含む21機。全ては乗り切らないため、随伴する戦闘艦2隻に、それぞれ1個小隊(3機)のスコピエスが、搭載されることになり、残り15機がテバイに乗る。


 3月1日。この時期はまだ冬の乾いた季節風の影響があるため、巨壁山脈東麓地方中部では、天候が崩れることはめったにない。この日も雲一つない快晴。第9次魔の森調査飛行船団の出航の日となった。船団に組み込まれた者はこれから3ヶ月は、船上の生活となる。リルとモカも、家族に出発のあいさつをしていた。

「パパ、パパ、ママ、ママ、お兄ちゃん、お兄ちゃん。行ってきます、行ってきます。」

「・・・いってきます。」


 航海は至って順調。これまでの調査で、いかな魔の森とはいえ、飛空船の脅威になるほどの飛行魔獣は、あまりいないことが確認されている。船乗りたちはともかく魔法騎士(マジックナイト)や魔法鍛冶師、船大工たちは暇を持て余していた。ちなみに船大工が船団に組み込まれているのは、飛空船に不具合が起きた時に、その場で修理できるようようにするためである。

 モカは、テバイの中に割り当てられた自室で、なにやら設計している。描いては消し、描いては消しの繰り返し。なかなか考えがまとまらないらしい。相部屋のリルは、そんなモカを手伝うでもなく、観察していた。


 出航から1ヶ月ほど経った日。テバイの艦橋で、船団全体の指揮を執るディオとバレアルス艦長が話していた。

「そろそろ、報告にあった飛行魔獣の領域かな。」

ディオが言うと、艦橋の窓からも明らかな異変が目に見えた。船団の進路上に、岩が浮いているのだ。それも複数。

「報告通りなら、あれが例の小型飛行魔獣の巣、ということになるね。艦長、全艦に通達、戦闘配置、私もペネトラテスで出よう。」

そう言い残すと、ディオは格納庫に向かった。

 戦闘配置の指示を受け、リルも格納庫のパーム・ツリーのもとに向かった。

「リルリル、行ってらっしゃい。頑張ってね、てね。」

モカの見送りの声が背中越しに聞こえる。足の速いリルは、真っ先に格納庫に到着し、自機に乗り込んだ。

「・・・でる。」

リルができるだけ大きな声を出して、パーム・ツリーの拡声器で格納庫に待機していた魔法鍛冶師たちに伝えると、テバイの後部ハッチが解放された。リルはパーム・ツリーを発進させると、すぐ急旋回、船団を置き去りにして、宙に浮く岩の方へ向かう。リルの接近に気付いたか、岩から無数の小型魔獣が続々と飛び出してくる。事前に受けたレクチャーによるとあの小型魔獣は自爆攻撃をする。

 リルは、まだ、周りに味方が追い付いてきていないことを確認すると、「氷結晶の刃(ダイヤモンド・ダスト)」の魔法を使った。「氷結晶の刃」は、氷属性と風属性の複合戦術級魔法で、空気中の水蒸気を凍らせて無数の氷の刃を作り、これを大気操作魔法で操って、広範囲を攻撃する魔法である。氷の刃に切り裂かれた小型魔獣は次々に爆発。氷の刃は魔獣の巣である岩にも襲い掛かり、岩を外側からどんどん削り取っていく。やがて削りとられたことにより浮力を生み出していた魔法が維持できなくなったのか、魔獣の巣は、一つ、また一つと落下を始めた。岩が地面に到達すると、小型魔獣1匹分とは比較にならない規模の大爆発。それが何度も続いて森の木々を焼く。

 味方の魔導従士がリルのパーム・ツリーに追い付くころには、宙に浮く岩は、全て掃除された後だった。

「・・・かえる。」

通信機のチャンネルをオープンにして、そうつぶやくと、リルはパーム・ツリーをテバイに引き返させた。

 パーム・ツリーをテバイに着艦させると、リルは、格納庫でリルの帰りを待っていたモカに駆け寄り、目に涙を浮かべて、

「・・・こわかった。」

とつぶやいた。モカはリルを抱きしめ、

「よしよし。大丈夫、大丈夫。もう、怖くない、怖くない。」

と実は臆病な妹をなだめていた。リルに遅れて他の味方機も続々と帰艦してくる。ディオは、モカになだめられているリルの様子を見て、

「あの半泣きのチビッ娘が、魔獣を一瞬で全滅させた者と、同一人物には思えんね。」

と、素直な感想を漏らした。聞こえているのかいないのか、リルはモカに抱きしめられ半ベソをかいたまま、何も言わなかった。


 エカテリンブルにある王立魔法騎士学園では、高等部飛空船学科による年に2回の実習飛行の季節を迎えていた。学園が所有する飛空船は、旧式の輸送艦である。春の実習では、「経済首都」ヴァルトフの街を目的地に、行きは改訂で必要なくなった教科書などを運んで換金し、帰りはヴァルトフの街で調達した物資を学園に持ち帰る。エカテリンブルからヴァルトフまでは、魔導車だと半日かかるが、いかに旧式とはいえ、飛空船なら昼のうちに往復できる距離である。

「獣影確認、8時から10時方向、距離1000。数は10匹以上。獣種は・・・剣隼(ブレード・ファルコン)。」

 マルセルは、船体後部の砲塔の魔法兵装に付属したスコープを覗きながら、船体各所につながる伝声管に怒鳴った。

「だから、もっと大きく森を迂回しろって、言ったんじゃねえか。それになんで一番後ろの俺が最初に魔獣に気付くんだよ。」

独り言が聞こえないように伝声管の蓋を閉じてつぶやく。実習飛行のコースも学生が決めるのだが、マルセルの進言に航空士役の2年生が耳を貸さなかったのだ。

「って、出てきちまったもんは仕方ねえ。やるか。」

法撃手などという役職が輸送艦にもあるのは、飛行魔獣の脅威があるからである。オストニアは、人間にとって、空であっても安全とは言えない。

 剣隼たちは、明らかに実習船を標的にしている。剣隼の急降下攻撃を受ければ、図体ばかり大きく足の遅い実習船など的にしかならない。上をとられる前に、逃げ切るか追い払うか、しなければならない。艦前方に配置されたもう一つの砲塔からは低威力法弾(火属性中級魔法の「炎の玉(ファイア・ボール)」)が、ばらまかれているが、大型魔獣相手にはけん制にしかならない。マルセルは、魔法兵装に「熱の弾丸(カル・バレット)」の紋章(エンブレム)をセットし、魔獣の群れの先頭に狙いを付ける。目標未来位置予測、有効射程内。発射。法弾は一直線に飛び1匹の剣隼に命中。剣隼は錐揉み回転しながら落下していく。飛行魔獣は、身軽な体躯と引き換えに耐久力が低い種類が多い。上級魔法なら1撃でも中てさえすれば仕留められる。マルセルは、戦果の確認もほどほどに、次に狙いを付ける。今は時間との戦いだ。なおも接近を続ける魔獣の群れ。発射。命中。次に狙いを付ける。べらべらしゃべりながらの戦闘はマルセルの趣味ではない。すでにいくつかの個体は急上昇を始めている。発射。命中。

 結局3匹仕留めたところで、剣隼の群れは森に引き返していった。あと少し行動が遅れていたら、実習船は大被害を被っていただろう。際どいところだった。

「3発撃って全て命中か。後部砲塔の法撃手はなかなかの腕だ。それとも余程の強運の持ち主か。」

採点官として同乗している教官の声が伝声管から響く。マルセルはその声を聞いて、緊張を解いた。

 その後は特に問題なく、実習船はヴァルトフにたどり着いた。教官たちが街の商人と協力して物資を積み替えている間に、学生たちは帰りの航路を修正した。帰りは飛行魔獣の縄張りを、行きよりも大きく迂回する。幸いにして、帰りは、マルセルの出番はなかった。


 第9次魔の森調査飛行の船団が出航してから、1月半が経とうとしていた。

「ふむ、調査期間を考えたらそろそろ引き返すところなのだろうが、窓の外は地平線まで森しか見えんね。」

旗艦テバイの艦橋で、船団の指揮官であるディオが言った。

「今回の調査飛行で地図の不明だった部分が相当程度埋まったのは事実です。」

バレアルス艦長が言うが、ディオは、

「その点は認めるがね。逆に言えば収穫は、魔の森は1月半程度の飛行では越えられないほど遠くまで続いているという事実だけだよ。当初の目標であった、魔の森の向こう側を見るというのは達成できていない。」

と、目標不達成に対する言い訳を打ち消した。それを聞いてバレアルス艦長も押し黙ってしまう。

「まあいずれにしろ報告は持ち帰らねばならん。そろそろ引き返すとしよう。」

ディオは、船団に回頭、帰還を命令した。往路が直線的だったので復路もそれをなぞる形になる。

 復路では浮遊する小型魔獣の巣にも遭遇せず、帰還することができた。船団の魔法騎士たちは、戦闘がなかったことにほっとする者、出番がなかったことを悔しがる者、半々くらいだった。唯一まともな戦闘というか一方的な虐殺を行ったリルは、モカの仕事を観察しながらも、戦場の恐怖に怯え、復路での戦闘がなかったことに心底安堵した(船員たちにはいつも通り無表情に見えただろうが)。


 第9次魔の森調査飛行船団が、スベルドロ砦に帰還した。翌日の朝、結果の報告のための会議が開かれた。出席者はエルとマギーそれに各隊の隊長である。

「それでは、始めましょう。まずディオさん、調査飛行の結果の報告をお願いします。」

「今回は、出来るだけ遠くに飛ぶために直線的な航路にしたんだがね、結果的に魔の森の東の端には至らなかったよ。1月半東へ飛び続けても、地平線まで続く森が見えただけだ。」

ディオが端的に調査飛行の成果がなかったことを報告した。

「今回の飛行で、測量できた場所については、この地図の通りだ。」

ディオは机の真ん中に置かれた地図を指す。

「測量結果を反映した正確な地図は、今後飛行大隊が作成します。」

バレアルス艦長が補足した。

「1月半の飛行で進めるのはこの距離が限界ですか。もっと行けると思っていたんですが。」

「お言葉ですが、団長。今のテバイでは、船体への負担を考えても、魔力の供給の点からも、魔導推進器を使い続けることができません。それ以外の時間は起風装置(ブロワー)を使って進みますので、あまり距離を稼げません。」

バレアルス艦長の言うことは事実だ。魔導推進器は推進力が大きい反面、船体に与える負担が大きく、消費魔力も大きい。常に使い続けるのはテバイの巨大な船体では難しい。

「うーん、そうすると今のテバイの性能でもっと遠くに行くには、調査期間を延ばす必要がありますね。」

「父様、よろしいですか。」

オッティが手を挙げた。

「何ですか、オッティ。」

「先日アカデミーに行った時、興味深い仮説を見つけました。この世界は丸い、もっと正確には球状だそうです。南北に離れている2地点での太陽の南中高度の差から世界は直径1万3000キロメートルほどの球体であるとの推定がされていました。」

この場にいる者は皆、騎士であり、ほぼオッティの話についていけていなかった。

「そうすると、どうなるんですか。」

「この仮説通りなら、大陸の東の果てを目指すなら、砦を北西方面に出発し、進路を維持したまま極北海を掠めていくルートが最短になります。」

エルすら理解できなかった。

「オッティの提案は今後検討することにして、今回はあまり芳しい結果が得られなかったのは、事実です。次回以降、何とか国王陛下に良い報告ができるように、精進しましょう。今回はこれで解散とします。」

出席者の隊長たちがそれぞれの持ち場に戻る中、

「エルヌス、いいかな。」

ディオがエルを呼び止めた。エルはディオから話があることを予想していたようで、その場で待っていた。後ろからマギーが抱き着いている。

「何ですか、ディオさん。」

分かっているだろうにとぼけた態度をとる。

「君の娘御たちのことだよ。」

「問題がありましたか?」

「問題というわけではないのだがね。あの末っ子と、あれが乗っている魔導従士、何だ、あの戦闘力は?普段の態度を見る限りとても戦闘に向いているようには見えんのだが。」

ディオは、自爆する小型魔獣の巣を瞬く間に掃除して見せた、リルとパーム・ツリーの様子を思い浮かべながら尋ねた。

「何だと、言われましても、もう少し具体的に質問していただけませんか。」

「そうだな。確かに聞き方が良くなかった。第1次の時、君たちが遭遇したという、自爆する小型魔獣の巣だ。あれに遭遇した時、我々に先行して勝手に戦闘を始めてしまった末っ子がね、我々が到着する前に、全ての巣を破壊してしまったのだよ。本当に一瞬だった。個人的には君が竜を殺した時以上の衝撃を受けた。いや、悪寒、と言った方が近いかな。あの歳であの戦闘力は異常だ。どんな訓練をすればあれだけ強くなるものかね?」

エルは、かつて自爆する小型魔獣に遭遇した時のことを思い出しながら、

「質問に質問で返すのは恐縮ですが、リルはどのように魔獣の巣を?まだすべての報告書に目を通していませんので。」

「魔法だったな。始めて見る種類の魔法だったが、戦術級以上の威力はあった。氷属性か?」

「うーん、実を言うと子供たちの魔法の修練は、彼らの自主性に任せていたので、リルがどのようにしてあそこまで魔法の力を成長させたのか分からないのですよ。」

返って来たのはディオの予想外の答えだった。

「勝手にあそこまで強くなったというのかい?ちょっと信じがたいね。」

「エル君が言ってることはほんとよ、ディオさん。」

マギーがエルに加勢する。相変わらず後ろから抱き着いたままだ。

「別に疑ってはいないよ。多少は、驚いた、がね。」

「リルの強くなり方に、普通ではない点があったのは事実です。ただ、オッティはリル以上ですからねえ。」

「ま、それもそうだね。しかしあれだけ強くなるためのノウハウがあるのなら、うちの訓練メニューにも取り入れることを検討せねばならんかな。」

「やめた方がいいよ、ディオさん。オッティもリルもカワイイ顔して割とやるから、下手に真似したら死人が出るかも。」

「それは恐ろしい。」


 リルたちが魔の森の調査に赴いている間のことである。エルがオッティに尋ねた。

「オッティ、今君は何をしているんですか。もちろん仕事ですよね。」

「はい、今錬金学の勉強をしています。」

オッティがサボりの常習犯であることはそろそろエルにも理解され始めていた。ちなみにマギーが第0分隊長だったころは、オッティが仕事をサボりがちであることは、知られていなかった。直属の上官であるマギーが仕事をしないからである。

「錬金学ですか。ラボの方にも錬金術工房があるのに、いや、君のことですから、これから勉強を始めても、ラボより早く結果を出すかも知れません。」

「いくら父様でも聞き捨てなりません。僕は学園にいるとき錬金学科の教本も全て読み終えています。これから勉強を始めるわけではありませんよ。それに錬金術は物質の魔法とも言われています。僕の得意分野との親和性はそれなりにあると思います。」

オッティは珍しく怒りを表明した。ただ、いつも通りの花の咲くような笑顔だったが。本気では怒っていない。

「分かりました。怒らないで下さい。しかし、なぜ今、錬金学なんですか?」

「はい。僕が見た限り既にスコピエスやピクシスは改良の余地がないほどの、完成度です。魔導従士を今以上に強化するには、材料から見直す必要があります。そこで錬金術で今より優れた材料を作るのです。当面は、外装材と蓄魔力素材の改良を考えています。」

エルは興味を持ったのか、さらに話を聞いた。

「外装と蓄魔力素材ですか。具体的にはどの様な方向での改良を考えているんでしょうか?」

すると、オッティは水を得た魚のように話し始めた。

「外装は、軽量化と強度の強化を考えています。父様が狩った竜さんの鱗は、鋼鉄より軽いのに、魔導従士の武器でも傷を付けられませんでした。竜さんの鱗の強度と軽さを錬金術で再現することができたら、素晴らしいと思いませんか。機体重量の約4割を外装が占めています。仮にこれが半分の重量になったら、魔導騎士全体では2割の軽量化です。運動性が重量に反比例するとすると2割5分の強化が期待できます。強度も飛躍的に上昇しますが、これは、実際竜さんと戦った父様には釈迦に説法かもしれません。あらゆる魔導騎士の武器で傷付けられないということは、耐刃性、耐貫通性に優れるということです。運動性も上昇し、装甲防御力も上昇する、夢の素材だと思いませんか。しかも現実に竜さんの鱗が砦に保管されていますから、鱗の組成を解析することもできます。先ほど夢のと言いましたが、雲をつかむ話ではないのです。お手本があります。蓄魔力素材については、体積当たりの蓄魔力量の増加を目指しています。できれば軽量化も。魔導従士の蓄魔力素材は人工筋肉から発展したものですが、生物の場合、筋肉量と魔力量は比例しません。魔獣さんについていえば、得てして脂を蓄えている魔獣さんほどたくさんの魔力を蓄えていることが分かってきました。これは、魔力探知機で、魔力量を可視化できるようになったことから明らかになった事実で、まだ、僕以外知りません。もう少し検証してから研究成果として、発表の是非をラボに判断してもらうつもりでした。脂は筋肉より軽いので、錬金術で魔獣さんの脂を再現できれば、軽量化と蓄魔力能力の増大、2つの課題を一挙に解決できる可能性があります。蓄魔力量が増えれば、今までスコピエスでの使用は現実的でなかった戦術級魔法の使用すら可能になるかも知れません。そうしたら、魔導従士の攻撃力は飛躍的に増大します。すごいと思いませんか。」

「君の情熱は分かりました。その源泉が魔獣であることも含めて。」

「はい、父様、分かっていただけて何よりです。そこでお願いなのですが、今読んでる本がもうすぐ読み終わりそうなので、砦で保管されている竜さんの鱗を研究材料として使わせて下さい。」

オッティは仕事をサボりがちだが、魔獣が絡めば別である。「僕の魔獣さんへの愛は本物なのです。」というのが、本人の言い分だ。

「君がそこまで言うなら許可しましょう。ただし、仕事はちゃんとして下さいね。」

「はい、父様。」

エルは最後に釘を刺した。

「もうこんな時間ですか。父様、ちょっと出かけてきます。」

ちゃんと仕事をするという約束をして、その舌の根も乾かぬうちに、オッティは砦から出て行ってしまった。

「はあ、オッティは口だけのことがあるから困りものです。」

「エル君、ため息付くと幸せが逃げちゃうよ。」

マギーは能天気である。


 そんなわけで、リルが第0分隊に合流した時、オッティは、竜の鱗をしげしげ眺めて、うっとりしていた。

「リル、お帰りなさい。突然で申し訳ありませんが、今ドラゴンスケイルは着ていますか?」

「・・・?・・・まいにち、きてる。」

「竜さんの鱗に真っ先に目を付けた君の先見性には感服します。第0分隊は錬金術を用いて竜さんの鱗を再現することになりました。君も、錬金学を勉強しておいて下さい。」

そう言うと、オッティはまた、竜の鱗をうっとりと眺め始めた。研究しているようには見えない。ただ、リルは、おにいちゃんにほめられた、と、嬉しそうにしていた(もちろん他人から見たら無表情のままだ)。

 オッティとリルが各々の理由でうっとりしていると、

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、ただ今、ただ今。」

と、ガシャガシャ音を立てながら近づいてきた。

「モカもお帰りなさい。調査飛行お疲れさまでした。」

「お兄ちゃん、お兄ちゃんにお願いがあるの、あるの。」

帰ってくるなりおねだりをするモカ。遠征中、自室で設計していたものと関係があるのだろうか。

「僕にできることなら何なりと。」

モカに甘いオッティの態度に、リルは複雑な心境だ。

「やた、やった。ありがと、ありがとう、お兄ちゃん。お兄ちゃんに、パーム・ツリーの追加装備を考えて、考えてほしいの、ほしいの。」

「・・・やしのき?」

「どんなものでしょう?」

「えと、えーとね。リルリルの魔法、魔法の能力を生かせる新装備、新装備。」

「・・・わたしの?」

「そうそう、リルリルのだよだよ。」

「分かりました。考えてみましょう。」

リルは混乱していた。おねえちゃんが、おにいちゃんに、わたしのために、おねだりしてる、悪魔のリルにも想定外の状況だ。同時に、自分の中に渦巻く黒い感情が、悪魔すら凌駕し始めている気がする。このまま、あのほうほうを・・・。リルはひとところに定まらない感情の渦に翻弄されていた。

 明くる日の出勤時間中、幌車(ワゴン)の中で、オッティはモカとリルに、簡単な概念図を見せた。オッティは製図法を勉強していないので、専門家のモカはもちろん、学園で聴講していたリルから見ても稚拙な図だったが、兄妹の間では、言いたいことは伝わった。

「おお、おお。触手?触手が4本、4本。」

「・・・しっぽ?」

「呼び方はどちらでもいいですが、肝心なのは中身です。リルの魔法能力なら、戦術級魔法の複数種同時展開も可能なはずです。それを可能とする装備としました。」

「分かった、分かった。今、今やってる設計、設計ができたら、実際組み込んでみるみる。」

「・・・いまじゃ、ないの?」

「うん、うん。早く完成、完成させたいしね、ね。」

「では急いで一晩で仕上げる必要もなかったということですか。」

「そだよだよ。」

リルは思った、おねえちゃんがつくっているもの、それは、たぶん・・・。リルは出かけていた結論とそうでない未来予測の間で揺れることになる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ