表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
12/40

椰子の木

     第10話 椰子の木


 アウレリウス4兄弟の長兄、オルティヌス(オッティ)が出張から帰った翌日。

「でーきた、出来た♪何が出来た?♪魔導従士(マジカルスレイブ)が、でーきた、た♪」

 双子姉妹の姉で魔法鍛冶師(マジック・スミス)見習いのモカイッサ(モカ)が上機嫌で完成報告をした。もちろん双子の妹リッリッサ(リル)専用のピクシス改造機だ。ピクシスは空の景色に溶け込むよう青系の塗装がされているが、改造機は塗装も、明るい紫を主体とした目立つ色に塗りなおされている。

「・・・おねちゃんがつくった、わたしの、まじかるすれいぶ♡」

「名前、この子にも名前子付けてあげなきゃ、だねだね。んーとね、んーとね。そだそだ、『パーム・ツリー』、パーム・ツリーにしよう、そうしよう。」

「・・・やし、のき?」

出来上がった機体に椰子の木を感じさせる要素は何もない。モカのセンスは独特だ。

「出来たらテスト、テスト。パーム・ツリーのテストだよだよ。」

リルが別案を出す隙もなく、リル専用機の名称はパーム・ツリーに決まってしまった。

「こら、チビ。用事が済んだら戻って来いって言っただろうが。」

工房に親方の大声が響き渡る。

「はいはーい。親方、親方。今行く、今行く。」

モカは、呼ばれるがままにガシャガシャ音を立てて親方のところに駆けて行った。

「それではパーム・ツリーのテストは僕が付き合いましょう。リル、機体に乗って下さい。」

「・・・ん。」

モカの背中を見送っていたリルは、気を取り直してオッティの指示に従った。


 パーム・ツリーのコクピットは、ピクシスから省けるだけ機能を省いた分、かなり簡素化されていた。直接操縦ダイレクト・コントロール前提のコクピットには操縦桿もペダルもない。代わりに銀のリングがあり、指を通すと、脳と魔導演算機(マジッキュレーター)がつながる。後はピクシスと同じ要領で機体を演習場まで出すと、オッティがピクシスの拡声器で、

「準備はいいようですね。では、基本動作の確認から始めましょう。」

リルは、前進、左旋回、右旋回、上昇、下降、錐揉み回転などを試してみた。軽量かつ高出力なので、加速力が大きく若干振り回されそうになるが十分対応できる範囲だった。

「問題はないですか。でしたら、今度はできるだけ速度を出して飛んでみましょう。」

オッティの指示に従い加速、さらに加速。結局ピクシスの最高速度の2倍を記録したところで、加速が止まった。減速しつつ180度旋回して、オッティのところに戻る。

「・・・にばい。」

「ピクシスの2倍速ですか。『女王蟻の心臓』は、伊達ではないですね。せっかくですから実戦テストもやってしまいましょう。」

普通、機体のテストはもう少し慎重かつ時間をかけて行うものなのだが、オッティにもリルにもまだそのあたりの感覚が備わっていなかった。

 やってきたのは、いつぞやのピクシスの操縦訓練の時も来た森の上空である。森に近づくと、例によって、剣隼(ブレード・ファルコン)の群れが飛び立ってきた。そのうち数羽がパーム・ツリーの上をとり、急降下攻撃の体勢に入っている。リルは鳥の攻撃を全て見切ってかわし、すれ違いざまに2羽を右手の槍で串刺しに、2羽を「血液凍結(フリーズ・ブラッド)」の魔法で即死させた。「血液凍結」は氷属性の戦術級魔法で、大型魔獣程度なら一瞬で息の根を止めることができる危険な呪紋だ。凍った鳥の後ろ足を左手でつかみ、合計4羽の鳥を捕まえた。剣隼は、仲間がやられたとみるや、例によって森に戻ってしまった。

「鳥さんは相変わらず臆病ですね。それはそうとパーム・ツリーの方は問題なさそうですね。鳥さんは、今晩のおかずにしてもらいましょう。」

「・・・ん。」

リルとオッティは、パーム・ツリーの実戦テストを終えてスベルドロ砦に戻った。


 その日の夕食時、

「パーム・ツリー、パーム・ツリー、パーム・ツリー、どうだった?どうっだ?どうだった?」

モカは3回繰り返した。余程自分が初めて手掛けた魔導従士(マジカルスレイブ)の出来が気になるのだろう。

「・・・すごく、いい。」

リルは素直に称賛した。

「でしょでしょでしょ。」

モカはまた3回繰り返した。余程嬉しかったらしい。

「軽量な機体かつ高出力の転換炉が生み出す圧倒的な運動性は、非常に理にかなっています。なにより、リルの好みに合っているのが素晴らしいです。」

「でしょでしょでしょ。」

オッティの称賛にもモカは3回繰り返した。嬉しくて堪らないらしい。

「僕はテストを見ていないので、具体的なことは言えませんが、オッティがそこまで言うなら、初めて手掛けた機体としては満点でしょう。」

「パパ、パパ、ありがと、ありがと。」

モカはようやくいつもの調子に戻った。

「でも、なんで『椰子の木』なんだ?」

「ちい兄、ちい兄は、空気読めてないなあ、読めてないなあ。」

予想外の一撃。マルセルス(マルセル)は、ダメージを受けた。

「それはそうと、オッティ、それにリルも。」

4兄弟の父エルヌス(エル)が話題を変えた。モカはもっと自慢したそうだ。

「新型機の実験には、予想外のトラブルがつきものです。初日から実戦テストまでしてしまうのはいただけません。今回はたまたまうまくいきましたが、明らかに飛ばしすぎです。そこは反省して下さい。」

「はい、父様。今後は気を付けます。」

「・・・わかった。」

「絶対ですよ。」

エルは最後に念を押す。彼の子供たち、特にオッティは意外に口だけのことが多い。

「お話が盛り上がるのはいいことだけど、冷めないうちに食べて。」

エルの母であるティナイッサ(ティナ)はいつも通り呑気だ。食卓では焼き鳥が美味しそうな湯気を上げている。4兄弟の母マルガリッサ(マギー)は1人食べるのに口を使っている。

「はい、お祖母様。しかし、あの臆病な鳥さんを1度に4羽も捕まえるなんて、羨ましい限りです。」

剣隼は群れの仲間がやられると逃げる習性があるものの、決して臆病ではない。むしろ獰猛な部類だ。

「羨ましい?羨ましい?ならなら、お兄ちゃんも同じの作る?作る?」

「うーん。魅力的な提案ではありますが、僕はどちらかというと地を這う魔獣さんと遊ぶ方が好みなので、遠慮します。」

オッティは独自の理屈でやんわりとモカの提案を断った。

「じゃあじゃあ、お兄ちゃんのは陸戦型だねだね。期待、期待しててね、すぐにすんごいの、すんごいの、作っちゃうんだからから。」

「はい、すごいのを期待しています。」

モカとオッティのやり取りを聞いていて、リルはなんとなく疎外感を感じた。

「どうした、リル?浮かない顔して。」

ショックから立ち直ったマルセルが気遣ってくれるが、

「・・・ちいにいは、かんけいない。」

「何故?」

リルは、マルセルにあたってしまった。リルは、このままじゃわたしのいばしょがなくなる、なんとかしなきゃ、と思った。

「ところで、マルセル。勉強の調子はどうですか?」

「お、おう。あ、あのくらい、お茶の子さいさいだぜ。」

「君を、そんな嘘をつく子供に育てたつもりはありません。」

「ここで嘘つくとかサイテー。」

「何故?」

マルセルは墓穴を掘った。実際マルセルの勉学は順調とは言い難い。なんとかついて行っている程度だ。嘘は簡単に見破られた。

「変に取り繕おうとせずに、みんなを頼ってもいいんじゃないですか?なんなら、僕が勉強を見てあげますよ。」

「なんで兄貴が、って聞くだけ無駄か。分かった、お願いするよ。」

「最初から素直になればいいのです。ともかく僕が教える以上は厳しくいきますよ。」

マルセルは、早速オッティを頼ったことを後悔した。

 リルはなぜか不機嫌だった(他人が見ればいつもの無表情にしか見えないだろうが)が、その後も家族団欒は和やかに進んだ。

 その夜、マルセルはオッティに2時間みっちりしごかれた。マルセルは、オッティが学園で勉強していないはずの飛空船学科特有の科目まで完璧なのに不公平を感じずにはいられなかった。


 王立魔導従士研究所の所長室で、ラボの第3生産工房群工房長のカチョウスは、所長のオルヴェウス相手に、傍から見ていてかわいそうになるくらい平謝りに謝っていた。

「う〜ん、御曹司には、君の言葉を信頼して、できると回答してしまったからね。やってみたらできませんでしたは、通らないと思うよ。」

「申し訳ありません。まさかあれほど精密な刻印がされているとは夢にも思わず。」

「言い訳を考える暇があったら、善後策を考えてくれたまえ。」

「申し訳ありません。可能な限り善処します。」

「はあ、もういい。下がっていいよ。」

カチョウスは、頭を下げた姿勢のまま所長室を退散した。

 オルヴェウスは、オストニアではほとんど見かけない長命種の亜人、エルフだ。見た目は若者だが、現職に100年以上居座り続けており、「ラボの主」と言われている。

 それはともかく、カチョウスたち第3生産工房群は、最近ますます難易度が上がる銀嶺騎士団の無茶ぶりに振り回され続けていた。御曹司ことオッティが入団してからというもの、常人には理解しがたい発想の装備が度々持ち込まれるようになった。厄介なのは、発想は異常でも、実現すれば魔導従士を用いた戦術の幅が大きく広がるようなものばかりで、無碍に、できないですとは言えないところだ。しかもなぜか負担が第3生産工房群担当分野に集中している。第3生産工房群は、魔導従士用の武装や選択装備(オプション)の量産を担当する部署で、ラボの中では脇役的位置の部署だ。ここに負担が集中するとは、これすなわち、銀嶺騎士団が、量産前提の装備を開発し始め、結果を出していることを意味する。かつての銀嶺騎士団は、そのままでは使い物にならないような尖ったものばかり作っていて、量産機の規格に落とし込むのは、ラボの仕事だった。住み分けはできていたのだ。オルヴェウスは、御曹司の顔を思い浮かべながら、

「いやはや、このままではこのラボも完全に銀嶺の下請けになってしまうよ。」

と、苦笑した。彼も立場上部下を叱責せざるを得ないが、内心ではカチョウスに同情していた。

「しかし、魔力(マナ)通信機が持ち込まれたのが1年ほど前だというのに、もう魔導従士に乗せられるほど小型化しているとは。人間業とは思えんねえ。いや、私も人間ではないが。」

一人乗りツッコみ。オルヴェウスは冗談でも言っていないとやっていられない気分になった。


 リルは、通信機の小型化の仕事が終わったので、オッティの魔力探知機(マナ・シーカー)(仮)の開発を手伝うつもりでいた。オッティの役に立って点数を(何の?)稼ぐチャンスである。ただ、他人の魔力の流れが見えるらしいオッティと違い、リルには自分の魔力の流れが感じられるだけだ。何から手を付けていいか見当もつかない。リルは、机に向かって何か書いているオッティの手元を見た。何かヒントがあるかもと期待したが、オッティは蜥蜴人間(リザードマン)の生態をかなり詳しくメモしていた。魔獣の中では知能が高く、複数の魔法を使うとか、胸肉が油っ気が少なく美味しいとか。要するに、仕事ではなく趣味に没頭していたのだ。さすがおにいちゃん、とリルは思った。

 それでも何か取っ掛かりは欲しい。オッティの机に山積みになっている本の中から、難しそうな魔導書を引っ張り出して読むことにした。表紙を見ると、著者名にリルの目は釘付けになった。オルティヌス・アウレリウス。・・・リルは、おにいちゃんにはかなわない、と思った。本を開いてみたが、悪魔の知識を持つリルでさえチンプンカンプンな内容だった。


 リルが頭に?を浮かべているすぐ側で、エルと親方が悪だくみ、もとい打ち合わせをしていた。この2人が何か始めると碌なことにならないことは、古参の団員の中では周知の事実だ。そこに古参ではない団員が1人、ガシャガシャと音を立てながら、近づいてきた。

「パパと親方、パパと親方、何、何、何話してるの?」

「おや、モカ。今日も元気ですね。」

「おう、チビ、ちょうどいいところに来た。」

モカが内緒話に加わる。直後、モカが大声を出した。

「すごい、すごい。変形、変形。」

モカは内緒話が苦手だ。


 第1中隊長のディオゥス(ディオ)・パショヌスは、練兵場で稽古を行い、練兵場の隅に据え付けられた長椅子で一時休憩をしながら、水を飲み汗を拭いていた。そこに一人の若手団員が話しかけてきた。ディオは気難しい皮肉屋で知られるが、その時は汗を流した後で気分が良かったので、若手の話を聞いてやることにした。

「もし、ディオ隊長殿。」

「ああ、君は第3の。」

「は、それがし、ゴンゾウスを申し候。」

「覚えているとも。というか、君ほどインパクトのある者を、そうそう忘れたりはしない。」

「望外の喜びにて候。してディオ隊長殿。それがし少々疑問候えば、お尋ね申したく。」

「ふむ、聞こう。話したまえ。」

「では有り難く。それがし入団して数年、団長殿と団長補佐殿の夫妻が稽古に励むを未だ見ず候。第0の童たちにても然り。」

「それはそうだろう。エルヌスもマルガリッサも、訓練など最早必要あるまい。」

「何故。」

「簡単なことだ。あの2人は、生身で大型魔獣を斃せる実力がある。」

「なんと、生身で大型魔獣相手とは、俄かに信じがたく候。」

「その喋り方、何とかならんのかね。まあいい、2人が魔の森に取り残された事件は知っているな。その時だ。」

「然らば、『銀嶺騎士団物語2』の記述は事実であったと。」

「あれは脚色が過ぎるが、2人が魔の森の大型魔獣を生身で仕留めたのは、事実だよ。」

「う〜む、普段の団長補佐殿の様子から、それがし少々疑っておりましたが、己の不明を恥じ入るばかりにて候。」

「第0のチビッ娘たちにしても、出勤前に毎日欠かさず朝稽古をしているという話だ。サボっているわけではないようだよ。」

「なるほど、勤勉にて候。」

「さて、話していて疲れた。私はそろそろ上がるとするよ。」

「は、お時間を頂戴し、有り難く候。重ね重ね、御礼申し上げ候。」

「さっきも言ったが、君の喋り方、何とかならんのか?」


 それからしばらくは、特筆すべき出来事もなく過ぎた。リルはオッティの書いた魔導書の解読に苦戦しつつ、待てど暮らせど小型通信機の量産品が届かないことに、ちょっとイライラしていた。モカはエルと親方とともに「変形」する魔導従士について、ああだこうだとアイディアを出し合っていた。オッティは、時々「魔獣さん遊び」に行きながら、魔獣の生態に関する記述を充実させていた。魔力探知機(仮)の開発を進める気はないらしい。マギーの仕事はエルに抱き着くことのようだ。


 銀嶺騎士団の主な任務は、開発以外にもいくつかある。まず挙げるべきは、「緑の道」建設の露払い及び護衛だろう。

 緑の道とは、オストニアと魔の森の奥にある「森の民」の国をつなぐ予定の街道だ。エルとマギーが魔の森に取り残された際、その存在が明らかになった森の先住民である森の民と、オストニアは友好関係を結ぶ。これが国王ハベス1世の決定だ。そのための手段として、森に隔てられた両者の地を街道で結ぶこととなった。それが緑の道である。

 緑の道はオストニア街道の東端、シバリウス侯爵領にある、かつては「ボル砦」と呼ばれ、魔の森から出てくる魔獣を監視するために建てられた砦を「零番砦」とし、魔導車で半日ほどの距離ごとに、一番砦、二番砦と建設していき、十一番砦が終点となる予定である。砦の中は、奇数番は小さな宿場、偶数番は本格的な街が建設され、魔の森開拓の拠点となる予定である。

 現在、一番砦と、そこに至る道の舗装は完成していて、二番砦も建設予定地は確保済みである。砦建設予定地の確保等、露払い役を第1、第3中隊が務め、砦建設や街道舗装の護衛を第2、第4中隊が務めることが多い。建設や舗装には、強力従士(パワー・スレイブ)の一種であり、土木建設作業特化型の「強力土木(パワー・エンジニア)」が用いられる。設計したのは親方である。緑の道建設は、一大国家プロジェクトということで、全国の貴族領から人員を徴発して行われていた。これまで、オストニアでは、国王は居並ぶ貴族たちの「同輩中の首席」という立場で、貴族領及び領民に対する支配権を持たなかったが、ハベス1世の治世から、その関係に少しずつ変化が訪れていた。後の歴史家は、ハベス1世をオストニアの絶対主義の礎を築いた偉大な国王として記録することになる。

 話を銀嶺騎士団に戻すと、全ての中隊が緑の道の建設で、出払っていることはない。特に第1、第3中隊は、道の建設のために動くことが少ない。数年に1回、魔の森深部を目指す調査飛行が行われており、これには第1、第3中隊が参加するほか、旗艦テバイも動かす。これまで数次に渡り魔の森深部を飛んできたが、今まで森の果てに行きついたことはない。大陸東部は、オストニアの人々の想像以上に広かった。

 これらの大きな任務がないときは、待機即応任務に就く。魔獣災害はオストニア全土で起こる。いざ魔獣災害が発生したとき、救援に駆け付けられるよう、砦で待機しているのである。ただ、第3世代型のスコピエスが普及して以降、各地の守護騎士団だけでは対応しきれない魔獣災害はめっきり減った。待機任務は実質的には休暇に近いと認識されている。

 その他、新装備普及のための教導任務なども、銀嶺騎士団の任務であるが、割合としては少ない。


「魔力探知機(仮)に進展がないと思ったら、君はそんなことをしていたのですか。」

エルが珍しく呆れている。彼の長男の奇行が原因だ。

「はい、父様。カチョウさんたちは、通信機の量産に苦戦している様子ですからね。これ以上過剰な負担をかけるわけにはいきません。」

オッティは悪びれもせず言った。

「誰です?そのカチョウさんというのは。」

「ラボの第3群工房長です。」

「ああ、それで。君はいつもマイペースだと思っていましたが、他人の仕事のペースに合わせることもできるのですね。」

「はい。僕一人では仕事はできませんから。」

エルにはオッティが他人に配慮するのが意外だったようである。

「で、休暇中の行き先は王都のアカデミーでいいんですね。」

「はい。ちょうど休暇も溜まってきたところですしこのあたりで消化しておこうかと。それに、アカデミーならまだ見ぬ知識に出会えるかもしれません。」

「わかりました。許可します。」

 オストニアにおいては、研究発表の自由というものがない。研究発表の是非を決めるのは国王の権限だ。実際には国王の諮問機関の答申に基づいて研究発表の是非が決められる。その諮問機関を務めるのが、軍需研究については王立魔導従士研究所、その他の研究については、王都ウラジオにある「王立アカデミー」だ。

 オッティは、これまで書き溜めた魔獣の生態研究を発表したいと言い出したのだ。ただし、研究テーマは「魔獣さんとの遊び方」、研究内容も断末魔の絶叫の有無やその響き、食べるとおいしい部位など、生態研究というには面妖な内容を含むものだったが。

 その年の夏、オルティヌス・アウレリウスの名で「魔獣の生態に関する研究」という本が出版され、後、魔獣生態学の基本的文献として後世まで読み継がれるようになる。オッティ本人は、研究テーマを変更したことと研究内容の一部が書籍化にあたって削られたことが、いたく不満そうだった。


 前期試験を目前に控えたある日の昼休み、学園の屋外ベンチで魂が抜かれたような顔をして座っていたマルセルに、声を掛ける者があった。

「おう、マルセル。調子はどうだ。」

「なんだ、ジャイか。どうだもこうだも、調子よさそうに見えるか?」

声を掛けられて正気に戻ったマルセルが答えた。

「まあお前じゃその程度だろう。・・・そうだ、昔のよしみでこの俺様がお前にいいことを教えてやろう。」

「その前振りでいいこと教えられた例がねえが、一応聞いとくか。何だ。」

マルセルは気分転換に、ジャイに付き合うことにした。

「春に実習飛行があるのは知ってるよな。」

「な、いや初耳なんだが。」

「ガイダンスで言われたはずだぞ。」

飛空船学科の実習飛行は年2回。秋と年度末の春にあり、秋は2、3年生が、春は1、2年生が操船を担当する。教官は同乗するが採点のためで、学生の補助はしない。

「その実習飛行がなんだ?」

「次の前期試験の席次順に、着きたい役割が選べるのだ。だから精々試験勉強に励むんだな。」

そう言い残すとジャイはさっさと立ち去ってしまった。

 これが良い発奮材料なったかは不明だが、マルセルの前期試験の席次は3席だった。


 騎士団に夏休みはない。リルが待っていた小型通信機の先行量産分が、やっとラボから納入された。一見して、

「・・・ぶさいく。」

リルが作った試作品より、量産品はずんぐりとした印象になっていた。一応魔導従士のコクピットに設置できるサイズに納まっているが、リルの美的感覚には合わなかった。試しに一つを分解して中を確認すると、銀板に刻印された紋章(エンブレム)は、リルが作ったものほど、精密ではなかった。

「さすがにラボの技師でも、リルほど精密な刻印はできなかったようですね。一応要求機能は満たしていますし、ラボの方でも稼働試験済みということなので、各機に装備しましょう。親方、作業の手配をお願いします。」

エルはゴーサインを出したが、なんとなくリルは不満だった。


 別の日。リルはオッティに気になっていたことを質問した。

「・・・きいて、いい?」

「僕に答えられることなら、何なりと。」

「・・・おにいちゃん、まな・しーかー・・・もう、できてる?」

するとオッティはいつも通りの花の咲くような笑顔で、悪びれもせず答えた。

「良く気付きましたね。と言っても、基礎理論だけで、僕はリルのように器用ではありませんから、自分で試作品を作ってしまうことまではできないのですよ。僕が作り方を教えて、リルに作ってもらうなら、今すぐにでも出来ますよ。」

すると、さっきまでエルと親方との悪だくみ、もとい打ち合わせに交じっていたはずのモカが、やってきて、

「だったら、だったら、私、私が作りたいたい。」

と、リルの手柄を横取り(?)しようとした。

「・・・つくりたい。」

リルも強情だ。

「じゃあじゃあ、2人で作ろ、そうしよ、そうしよ。」

「・・・うん。」

「では、2人にお願いしましょう。そもそも魔力探知機は、場所ごとの魔力の濃度を測る魔道具です。魔力通信機にも使われていた第10の属性式(エレメント)、これを「无」の属性式と名付けることとしましたが、これを使って、無色の魔力を照射し、魔力同士が相互干渉して起こる揺らぎの大きさを測ることで、場所ごとの魔力濃度を測定する、というのが基本原理です。」

オッティが説明を始めると、モカの頭の上に?がたくさん浮かんだ。リルは、悪魔の知識があるので、无属性があることは知っていたが、そこから先の説明はよく分からない。実は悪魔にとっても、无の属性式は使いにくいものなのだ。たんきかんに、2つも、むぞくせいまほうを、かんがえた、おにいちゃんは、てんさい、とリルは思った。

「魔力探知機に必要な魔法は・・・(中略)・・・なのです。2人には、必要な魔法の紋章と、干渉波を捉えるアンテナを備えた装置の設計、製作をお願いします。」

オッティは長い説明をしながら、手近な紙に、複雑な呪紋をいくつも描いていった。リルの理解できた限りだと、オッティの描いた呪紋を刻印した紋章を用意し、それとアンテナを組み合わせた装置の設計、組み立てをモカとリルがやればいい、ようだ。双子は暗黙のうちに設計と組み立てはモカが、紋章の刻印はリルが担当するという役割分担を決めた。

 原理が理解できなくても、やることが明確なら2人の仕事は早い。その日のうちに試作品を完成させた。

「ふう、終わった、終わった。」

「・・・できた。」

ちょうどそのタイミングで、

「ただ今戻りました。今日は珍しく穴熊さんが捕れましたよ。」

と、オッティが砦に戻ってきた。「穴熊」が何なのか誰にも分からなかったが。

「おや、もう試作品が完成したのですか。さすがモカとリル、仕事が早いですね。」

「うん、うん、すごいでしょでしょ。」

「・・・とーぜん。」

「オッティ、(仮)がとれたら僕に報告するように言っておいたはずですよね。」

「はい、父様。(仮)がとれました。」

エルは怒るというより呆れたといった様子だ。オッティの聞いているふりはいつものこと、悪びれもせず事後報告している。

「とりあえず今日はもう遅いので試作品の試験は明日にしましょう。」

「はーい、はーい。」

一家はその日は帰宅することになった。

 その日の夕食時、エルは珍しくオッティを叱った。

「オッティ、君ももう大人なんですから、最低限、報告、連絡、相談は、して下さい。」

ホウレンソウは社会人の基本だ。しかしオッティは、

「前にも言いましたが、カチョウさんたちが、お忙しそうだったので、魔力探知機については、小型通信機の普及の目途が立ってからにしようと思っていました。」

と、全く動じていない。

「カチョウ、カチョウさんって誰?誰?」

「・・・らぼの、こうぼうちょう?のひと。」

「リルリル、物、物知り、しり。」

「はあ、分かりました、この件はもういいです。」

「エル君、ため息付くと幸せが逃げちゃうっていうよ。笑顔笑顔。」

マギーは今日も能天気だ。

 翌日。魔力探知機の試作品の試験が行われた。試作品は、紋章を格納した本体と、環状のアンテナで構成されている。オッティはこれに既製品の小型魔晶映写機(ホロ・モニター)をつなぐと、

「魔力の強いところは暖色で、弱いところは寒色で表示されます。更に魔力濃度が濃くなると、白っぽくなりますね。黒いところは魔力が感知できないことを表しています。

 こうしてみると、リルだけ真っ白に映りますね。リルの魔力がそれだか多いということです。」

我々の世界のサーモグラフィの映像に近いイメージだ。測っているのは熱ではなく魔力だが。

「青く映っているところには、草が生えていますね。やはり植物にも少量ながら魔力があるようです。」

「うん。実際みてみるととてもよくできていますね。走査できる範囲はこれで限界ですか。」

「魔晶映写機が小さいので倍率を上げているだけです。もっと広い範囲を走査していますよ。」

そう言うと、オッティは何か魔力探知機に操作を加えた。すると砦周辺のかなり広い範囲の映像が映し出される。エカテリンブルの街もすっぽり入ってしまう広さだ。

「すごーい、広ーい、広い。」

「この、橙色の影が魔獣さんですね。そこそこの数がいますね。遊びに行きたくなってきました。」

「オッティ、仕事中ですよ。試験に集中してください。まあ、これならかなり実用的な装備になりますね。問題も特になさそうですし、早速ラボと量産に関する調整を。」

「父様、それはさすがにカチョウさんたちが可愛そうです。もう少し待ちましょう。うちで使う分は当面うちで作ればいいですし。」

と言っても、作るのはオッティの仕事ではない。その後話し合いの末、とりあえず砦据え置き分と各飛空船搭載分を作ることとなった。合計9機である。すると珍しくリルが自分から希望を口にした。

「・・・しさくひん、ほしい。」

「パパ、パパ、リルが、パーム・ツリーに、試作品、試作品をつけたいって。」

「そうですね、試作品は充分魔導従士に乗せられる大きさですし、作ったのもあなたたち2人なのですから、付けていいですよ。」

「・・・ありがとう。」

「どういたしまして。」

ということで、パーム・ツリーに魔力探知機の試作品が組み込まれることとなった。ちなみに、鍛冶師隊が作った魔力探知機は双子が作ったものほど小さく作れず(主な理由は紋章をリルほど精密に刻印できなかったことによる)、魔導従士に乗せるには大きすぎた。


10

 王城ウラジオ城の会議室にて、国王ハベス1世は数人の貴族を前に重い口を開いた。

「緑の道の二番砦が間もなく完成する。我が国にとっては、新たな領土が増えるということだ。」

緑の道建設は、国王直轄事業として進められてきたため、新たな領土は国王直轄領、所謂天領となるのが普通だろう。ただ、国王は、これを機に、野心的な貴族に新たな領土を与え、貴族たちの力で緑の道周辺の開拓を進めさせるつもりでいた。

「とはいえ、新たな領土は魔の森の真っただ中、危険な場所だ。今日ここに集まった者はそれを承知で、集まったと解してよいな。」

一同がうなづく。ただし、国王の後ろに控えるクォーツス・シバリウス侯爵だけは、無言で事の成り行きを見守っていた。シバリウス侯爵は、零番砦を所領に収める者として、この会議への立ち合いを命じられたのだ。

「新たな領土と領民を守る守護騎士団の準備もできておるな。」

居並ぶ貴族たちがうなづく。

「それでは、新たな領土、一番砦と二番砦周辺の領有権を誰に与えるか決める。」

厳正な抽選の結果、ピッマヌス子爵が、領有権を獲得した。ピッマヌス子爵は、所領がシバリス平原南部地方にあるが、有力貴族に領地を囲まれており、さらなる開拓ができないことを不満に思っていた。

「抽選に漏れた者も四番砦以降、完成の目途が立ち次第、今日のような抽選が行われる。それまで配下の騎士団の強化に努めるがよい。」

国王はそう言うとシバリウス侯爵を伴って会議室を出た。

 シバリウス侯爵は、魔の森開拓に関しては慎重派で知られていた。領地が魔の森に接しており、森の魔獣の危険性をよく知っていたからである。だから、国王に尋ねた。

「既に始まってしまった開拓を止めろとまでは申しませんが、少し性急過ぎはしませんか。」

国王はしばし黙り込んだ後、シバリウス侯爵の方に向き直り、彼の疑問に答えた。

「性急であることは私も自覚はある。ただ、遠からず我が国は避けられぬ問題を突きつけられる。」

「避けられぬ問題ですか。」

「人口の増加だ。養う国民が多くなれば、それに見合う広さの耕地が必要なのは自明。そして耕地として有力なシバリス平原は、近い将来開拓の余地がなくなる。」

「そうなる前に次の手を打つと。」

「そうだ。そうなったときに初めて魔の森の魔獣と本格的に闘える守護騎士団を育成したのでは遅い。だから今のうちから動くのだ。それに、あのやんちゃ坊主にばかりいつまでも頼っては居れんからな。」

「やんちゃ坊主、と?」

「貴様の娘婿だ。知らぬ仲ではあるまい。」

シバリウス侯爵は、この怜悧、冷徹で知られる国王の思惑を知り、恐ろしさすら覚えた。現在魔の森での任務をまともにこなせる騎士団は、侯爵の次女の夫が騎士団長を務める銀嶺騎士団だけと言っていい。しかしこの国王は、通常の貴族領の守護騎士団に、魔の森で戦えるだけの力をつけさせようとしている。人口増加という避けられぬ問題への対処として。国王は再び振り返ると侯爵を置き去りに、王族のプライベートスペースである内城へと戻って行った。


11

「ナディム砦からですか。少し遠いですね。」

「ナディム砦と言えば、北の地獄、中でもノルラントとの国境未画定地帯に一番近い砦ではないですか。その仕事、僕が引き受けます。」

「魔獣がらみではありませんよ。」

「それでも行きたいです。ああ、白熊さんに海豹さん、今想像しただけで胸が高鳴ります。」

「そこまで言うならこの仕事はオッティに任せましょう。リルもついて行ってください。仕事の内容は、魔導従士の不調の原因を調べるというものです。」

というわけで、オッティとリルの第0分隊は、北の地獄、ナディム砦に出張することになった。

 巨壁山脈は、南は南方大洋に浮かぶ「南洋列島」につながり、徒歩でも船でも越えるのが難しい地形が陸海に続くが、北は極北海より少し南側までしか延びていない。巨壁山脈の北側から、魔の森北西部に至るまで、極北海に沿って存在する永久凍土の大地。それが北の地獄である。ちなみに北の地獄にはオストニア王国と巨壁山脈西方北部の大国、ノルラント王国の国境未画定地帯があるが、これは、北の地獄が危険な魔獣の巣窟でもあるため、国境画定手続きが両国の間でできないだけのことで、ノルラント王国が北の地獄の領有権を主張しているわけではない。

 ナディム砦に到着すると、砦を含むヤマルフス男爵領の守護騎士団「雪豹騎士団」団長タンベイユス・ブラブスが出迎えた。

「オルティヌス・アウレリウス分隊長、噂のアウレリウス騎士団長閣下の御曹司にお目にかかれるとは、光栄です。」

「こちらこそ、ブラブス騎士団長。早速本題なのですが、魔導従士の不調だとか。」

リルはオッティの背中に隠れていた。オッティは早く仕事を終わらせて、白熊や海豹と「遊び」に行きたいようだ。

「不調というと、語弊があるのですが、前々からこの砦に配備される魔導従士はカタログスペック通りの出力が出ないのですよ。」

「では、実物を見せて下さい。」

砦の演習場で、スコピエスが待機していた。季節は夏のはずだが雪がちらつき気温も氷点下近い。タンベイユスに言って動かしてもらう。リルはスコピエスではなくオッティの顔色を覗っていた。

「リル、分かりましたか?」

リルはコクリとうなづいた。

「ブラブス騎士団長、分かりました。原因は寒さです。」

リルも同じ結論だ。もっとも悪魔の知識で見るまでもなく分かっていたことだが。

「なんと、こんなに早く。しかし寒さが原因ではどうしようもありませんな。」

「いえ。」

オッティは否定すると持って来た荷物からある物を取り出した。

「これは、人工筋肉(アーティ・マッスル)なんですが、現行のスコピエスと筋繊維の編み込み方が違います。実はスコピエス開発前のテスト段階で出力を限界まで強化しようとして考え出された編み方でして、ただ、高出力過ぎて扱いにくいうえに燃費も悪くなるため、没となり、現行の形になったのです。人工筋肉に使われている素材は、錬金術で作るのですが、異常低温下で収縮率が下がることが報告されています。この砦のスコピエスの人工筋肉をこちらの高出力になる編み方に変えてみて下さい。寒さによる出力低下分を補えるはずです。」

オッティは一息に言い切った。

 オッティに言われた通りナディム砦の魔法鍛冶師が人工筋肉の編み方を変えると、スコピエスは本来の性能に近い出力をたたき出した。

「なんと、こんなに早く解決に至るとは。アウレリウス分隊長、ありがとうございます。早速すべての機体の整備に取り掛かります。」

「どういたしまして。」

 その後、この編み方を変えた人工筋肉は、寒冷地用人工筋肉として、各地の騎士団に広まった。

 仕事を超速で片づけたオッティは、ナディム砦近くの入り江に行き、海豹さんこと超級魔獣「極北海豹(ポーラー・シール)」や、これを餌にする白熊さんこと超級魔獣「極北熊(ポーラー・ベア)」と、遊びという名の狩りを楽しんだ。リルはパーム・ツリーで、上空から見ていただけだが。


12

 学園時代は毎年あった夏休みがなくなり、季節に対する感覚が狂っていたのだろうか。リルとモカはいつの間にか14歳の誕生日を迎えていた。

 リルはこの1年で胸が少し大きくなりウェストのくびれも出て、幼児体形を卒業しつつあった。2次性徴というものだろう。しかし、肝心の身長が伸びない。1年で2センチ弱。まだ140センチに届かない。せいちょうきのはずなのにおかしい、とリルは思った。


 秋の気配深まるある日の昼休み、学園の屋外ベンチで魂が抜かれたような顔をして座っていたマルセルに、声を掛ける者があった。

「おう、マルセル。調子はどうだ。」

「ジャイか。お前、いつもその登場パターンだな。」

声を掛けられて、マルセルはいつもの調子を取り戻した。

「何おう?マルセルのくせに生意気な!」

「マルセルのくせにとか言うな。元ネタがばれる。もうバレバレかもしれんが。」

マルセルの意味不明なつぶやきはともかく、学生同士の喧嘩はご法度である。ジャイは渋々出しかけた手を引っ込めた。

「お前らも、実習飛行での役割が決まったころだろう。この俺様が直々にお前の役を聞いてやる。」

「相変わらず体だけじゃなく、態度もでかいな。法撃手だよ。」

「そうか、そうか。お前にしては頑張ったじゃないか。精々出番がないことを祈るんだな。」

実習飛行に護衛の魔導従士はつかない。そのため飛行魔獣の縄張りは避けて飛ぶ。ジャイの言う通り、法撃手の出番はない方がいい。活躍して実力を見せたいマルセルとしては、不本意ではあったが。


13

 スベルドロ砦の会議室に銀嶺騎士団の主だった人員が集められていた。騎士の国を自称し、会議に無駄な時間をかけないことが美徳とされるオストニアでも、会議が開かれないわけではない。

 会議の出席者は、エル、マギー、第0分隊長のオッティ、第1中隊長のディオ、第2中隊長のエド、第3中隊長のカーク、第4中隊長のグレース、鍛冶師隊長の親方、飛行大隊長のイリュス・バレアルスだ。

「全員揃いましたね。では早速本題に入ります。

 緑の道建設も第二砦完成という節目を間もなく迎えます。そうしたら、第三、第四砦の建設は、第二砦周辺の開拓の目途がある程度たってからになるでしょう。それは、僕たちの手が空くことを意味します。そこでしばらくぶりですが、魔の森の調査飛行を再開しようと考えています。手始めに、まだ調査していない魔の森南東部の詳細調査から始めましょう。

 森調査飛行は、揚陸艦(ランディング・シップ)クラス2隻と、輸送艦(カーゴ・シップ)クラス2隻の計4隻で構成し、第2、第4中隊が、担当の魔法鍛冶師とともに戦力として加わります。機体は、ピクシス10機とスコピエス9機、それにエドさんのルーケス・イーグルです。これに加えて、オッティとオッティのスコピエスも船団に加えて下さい。」

「概ね了解した、エルヌス。御曹司を連れていく目的は?」

エドが質問すると、エルが答えた。

「オッティは魔獣の生態については第一人者ですからね。魔の森浅部の詳細調査には、もってこいの人材だと判断しました。」

「なるほど、了解した。」

と、エルの考えに理解を示した。

「出航は10月初旬、天候の良い日とします。期間は2ヶ月。出来るだけ詳細な調査をして下さい。何か意見は?」

発言するものは特にない。

「異議なしと判断します。その他の人員は待機即応任務とします。本日は以上。」

出席者は各々持ち場に戻る。オッティは、

「久しぶりに魔の森の魔獣さんと遊べますね。今からワクワクしてきました。」

などと、言っているが。


 出航の準備はすぐ整えられ、10月1日には、船団は出航した。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、行ってらっしゃい、行ってらっしゃい。

「・・・いってらっしゃい。」

「行ってきます、モカ、リル。」

出発のあいさつを済ませると、オッティも、自機がある揚陸艦に乗り込む。

 船団全体の指揮を執るのはエドだ。旗艦となる揚陸艦の艦橋で、オッティは、エドと話していた。

「南部に来てから、森の植生が変わりましたね。」

「お前は、上空から見ただけでそんなことも判断できるか。」

「はい、生えているのは大きなシダ植物です。僕たちが普段見ている木とは、基本が異なります。」

「巨大なシダ植物の森か・・・。」

その時、オッティが、目ざとく魔獣を見つけた。西に、すなわちオストニア本土の方角へ走っている。

「始めて見る種類の魔獣さん!スコピエスで出ます。」

言いながら、オッティは格納庫の方へ行ってしまった。エドは、

「先走るな、御曹司。・・・この展開、既視感がある。嫌な予感がするな。」

 エドが部下を伴って、オッティのスコピエスに追い付いた時には、オッティに首を切り落とされた魔獣の死骸が転がっていた。

「全く初めてのタイプの魔獣さんですね。要調査です。」

魔獣の隊長は7メートルくらい、堅い皮膚に覆われ、背骨から真っ直ぐ延びた長い尻尾が特徴的だ。前足はやけに小さく、後ろ足のみで走っていたようだ。

 魔獣の死骸に鎖をかけて、輸送艦につり上げている時、

「グオオオォォォーーー。」

巨大な魔獣の咆哮が響き渡り、先ほどの7メートルほどの大型魔獣を数倍に拡大した姿の超級魔獣が、現れた。口からはワニの様な鋸状の歯が覗く。

「なるほど、さっきのは子供で、こっちの魔獣さんがお母さんですね。」

オッティは、呑気な発言に反してスコピエスを機敏に反応させると、超級魔獣に飛び掛かった。まず剣を一当て。弾かれる。しかしオッティは、

「今ので見えました。逆呪紋インバース・スクリプト構成。次で止めです。」

と、自機の空いている左手を魔獣にあてた。すると、パキパキと細かい骨が折れる音が雨音のように響き、魔獣は、

「グオオオォォォーーー。」

と、吠えて、その場に崩れ落ちた。

「クスクス。断末魔の悲鳴、赤い花。胸が高鳴ります。」

エドたちが魔獣を迎え撃つ隊形を整えている間に、オッティは、未知の超級魔獣を斃してしまった。

 その後、船団は、上空からシダ植物の森の調査を続けた。2足歩行と4足走行を使い分ける大型草食魔獣、3本角と頭の後ろの鶏冠が特徴的な超級草食魔獣といった、未知の魔獣が発見された。いずれも、堅い表皮に覆われており、ピンと水平に伸びた尻尾を有していた。最初に現れた肉食と思しき魔獣は、その後は現れなかった。

「なるほど、食べられる側と食べる側の個体数のバランスはとれていますね。肉食魔獣さんより草食魔獣さんの方が圧倒的に数が多い。」

「そういうものか。」

「種の存続には大事なことです。」

揚陸艦の艦橋で、オッティは、エドに自分の分析を披露した。


14

 秋の日は釣瓶落とし。あっという間に日は短くなり冬が訪れた。その間リルが騎士団で何をしていたかと言えば、モカを観察していた。兄の悪い影響で、仕事をしているふりだけ上達している気がする。モカは、相変わらずガシャガシャと落ち着きなく工房を動き回りながら、時々エルと親方の打ち合わせに割って入り、

「鳥型、鳥型。」

と、大声をあげたりしている。どうやらエルと親方は、鳥型に変形する魔導従士を計画しているらしい。

 年末年始には騎士団も休みがもらえる。ただし魔獣災害が発生すれば緊急招集されるという条件付きの休みであるが。例年通り大晦日の墓参を済ませ、一家で帰宅すると、年越しの夕餉だ。

「おつかれー。」

「今年も1年お疲れさまでした。モカとリルには来年とっておきの任務を用意しているので、楽しみにしていて下さい。」

「とっておきというとあれですか。羨ましい限りです。」

オッティが羨ましいということは、魔獣がらみだろう。

「来年、来年はね、絶対お兄ちゃん、お兄ちゃんの魔導従士も作っちゃうからから。」

「はい、そちらも楽しみに待っていますね。」

「モカ、自分の仕事も忘れないで下さいよ。また親方に叱られますよ。」

モカの決意表明。リルは複雑な気持ちで聞いていた。

「マルセルも春には実習船に乗るのですよね。役割は決まりましたか。」

「兄貴、なんでそんなことまで、って聞くだけ無駄か。法撃手だよ。」

「意外、意外にいい役、役。」

「・・・いがい。」

「意外は余計だっつうの。」

マルセルは妹にも存歳に扱われている。

「私はみんなが無事1年を過ごせて何よりよ。」

「そうだなティナ。」

老夫婦は葡萄酒を飲みながら言った。今年は成人(15歳)を迎えたマルセルもご相伴にあずかっている。例年通り平和なはずの年越しだが、リルはどうしても晴れやかな気分にはなれなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ