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不死なる竜と使い魔の物語 改訂版  作者: きどころしんさく
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魔導従士操縦訓練

名もなき大陸を東西に隔てる巨壁山脈、その東側全土を版図に収めるオストニア王国。巨壁山脈東麓地方中部にある「学園都市」エカテリンブルの郊外に、オストニア国王直属特務騎士団「銀嶺騎士団」の拠点、スベルドロ砦はあった。西方暦2691年春、銀嶺騎士団は、新たな団員を迎える。


    第9話 魔導従士操縦訓練


 エカテリンブルにあるアウレリウス家では、記念すべき日を前に小さな揉め事が起きていた。

「絶対、ぜーったい、お兄ちゃんの隣じゃなきゃ、やだやだ。」

「・・・わたしが、おにいちゃんの、となり。」

揉めているのは普段は仲良し双子姉妹のモカイッサ(モカ)リッリッサ(リル)である。モカは自作のデニムのジャケットにこれまた自作のデニムのショートパンツという活動的なスタイル。リルは白のフリフリブラウスに黒のジャンパースカートという相変わらずのロリファッションだが、これまでと違いブラウスの袖に銀糸で雪をかぶった嶺を象った刺繍を入れている。

 二人がもめている原因の兄、オルティヌス(オッティ)が、

「僕の隣は左右にありますし、二人が喧嘩するほどのことではないですよ。」

と冷静な解決策を示した。オッティはいつもどおり銀嶺騎士団の制服(ただし女性用)姿だ。所謂男の娘である。

「そか、そか、お兄ちゃん天才、天才。」

「・・・てんさい。」

西方暦2691年3月1日。この日から銀嶺騎士団に魔法鍛冶師(マジック・スミス)見習い及び準騎士見習いとして採用されるモカとリルにとっては、初出勤の日である。これまで兄弟の父であり、銀嶺騎士団長のエルヌス(エル)と母の同団長補佐マルガリッサ(マギー)、それにオッティは、1両の魔導車でエカテリンブルからスベルドロ砦まで通勤していた。魔導車の機関室は2人乗りなので、小柄なオッティは、マギーの膝の上だった。しかしさすがに、双子がまだ小さい(とはいっても13歳)とはいっても、魔導車の機関室には5人は乗り切れないので、魔導車の後ろに幌車(ワゴン)を牽引し、家族で通勤することになったのだ。揉めていたのは、通勤時の席順である。結局、エルとマギーの夫婦が、機関室に、オッティを挟む形で双子が幌車に座ることで、解決を得た。

 スベルドロ砦は、エカテリンブル郊外にあるが、この場所は特に軍事的要衝ではない。銀嶺騎士団結成の経緯から、エカテリンブルから通勤する団員がそれなりにいたので、通勤の便を考えてこの場所が選ばれたに過ぎない。

 マギーが操縦する魔導車は、エカテリンブル東門脇にある駐機場を出発すると、ほどなくスベルドロ砦に着いた。砦の屋外駐機場に魔導車を泊めると、5人は騎士団長用通用口から、砦内に入った。

「改めてようこそ、銀嶺騎士団へ。前に話した通り、モカは魔法鍛冶師見習いとして鍛冶師隊に、リルは準騎士見習いとして第0分隊に配属となります。以後は、各隊の隊長の指示に従ってください。」

「うん、うん、パパ、パパ、分かった、分かった。」

「それからオッティ、今日からマギーに代わって、第0分隊長です。頑張ってください。」

「はい、父様。全力を尽くします。」

などと話していると、背は低いが筋肉質な男が近寄って来た。ドワーフ族の特徴である。そして彼こそ、銀嶺騎士団鍛冶師隊長にして、人呼んで「もう一人の天才」ダレイウス(ダリゥ)である。もっとも騎士団内部では「親方」の愛称で通っているが。

「おう、坊主。そこなチビちゃんが例の見習いか?」

「あ、親方。お早うございます。今日から娘のモカがお世話になります。」

「なに、団長は坊主の方だ。俺は命令に従うだけだ。にしてもチビちゃん、前にも会ったが相変わらず小せえな。」

「チビじゃないよ。モカ、モカっていうの。親方、親方、今日からよろしく、よろしくね。」

騎士団に入っても相変わらずモカは落ち着きがない。

「おう、よろしく。って、もう強力鍛冶師、持ってんのか。しかも4本腕ときたもんだ。」

「うん、うん、マンティス君改だよだよ。」

モカは自作の鍛冶師用搭乗型機械、強力鍛冶師(パワー・スミス)のマンティス君改の4本腕を自由自在に操って見せる。

「こりゃ、期待の大型新人の登場だな。おっさん連中も負けてられんぞ。」

親方の強力鍛冶師「土人の拳(ドワーフ・フィスト)」も、4本腕だが、モカのマンティス君改ほど自由に補助椀を動かせない。

 モカが鍛冶師隊の面々と顔合わせしている間に、エル、マギー、オッティ、リルの4人も打ち合わせをしていた。

「これまでマギーが騎士団長補佐と兼務していた第0分隊の隊長職は、オッティに引き継ぎます。マギーは、僕の補佐に専念してください。オッティ、第0分隊は、君の裁量で動いてくれて構いません。とりあえずは、リルに魔導従士(マジカルスレイブ)の動かし方を教えてあげて下さい。」

「はーい。」

エルの指示にマギーは気の抜けた返事を返す。

「はい、父様。今日から早速訓練に入ります。」

「・・・りょうかい。」

「オッティ、くれぐれも無茶はしないように。あと、砦の外に出るときは僕かマギーに事前に了解を得て下さい。分かりましたね。」

「はい、分かりました、父様。」

などと言いつつ、実はオッティは砦を無断で抜け出す常習犯だったりする。

「では2人は新人顔合わせに、向かって下さい。」

「はい、父様。」

「・・・かおあわせ?」


 スベルドロ砦の屋内練兵場に、本日付で銀嶺騎士団に配属になった騎士たちが集められた。もちろん新人はリルだけではない。銀嶺騎士団から各地の守護騎士団に引き抜かれる騎士も年に数名はいるため、欠員を補うために毎年各地の魔法騎士(マジックナイト)養成課程を優秀な成績で修了した者の中から選抜している。

 リルを含む新人騎士たちが整列させられている。人見知りのリルには苦痛だった。新人たちの前にいるのは、銀嶺騎士団第1中隊長のディオゥス(ディオ)・パショヌスとオッティだ。

「新人諸君、君たちも今日から我々銀嶺騎士団の一員だ。そこでまず、君たちの実力を見せてほしい。御曹司。」

「はい、ディオ隊長。」

オッティが前に進み出た。新人たちは小柄な男の娘の登場に困惑している様子だ。

「君たちには御曹司との模擬戦に臨んでもらう。時間は30秒、結果次第で、今日の訓練メニューが変わるから全力で臨むように。では、呼ばれた者から前に出たまえ。」

最初の新人が呼ばれた。

「よろしくお願いします。」

 30秒後、オッティが、

「7回『死に』ましたね。」

「私も同意見だ。」

新人は少女にしか見えない相手に、何度も急所に攻撃を受けた。それで7回『死亡』と判定されたのだ。

 その後も呼ばれる新人は、オッティには全く敵わない。平均して7.5回『死亡』と判定された。最後に呼ばれたのがリルである。

「よろしくお願いします、リル。」

「・・・よろしく。」

リルはオッティ相手に善戦した。判定はリルの3回『死亡』。

「では各員、砦の外周を死んだ回数走って周回したまえ。各中隊との顔合わせはその後だ。」

この模擬戦は銀嶺騎士団流の、新人「歓迎」だった。リルは持ち前の足の速さで、他の新人を周回遅れにして、早々に砦内に引き上げた。


 第0分隊、すなわちオッティとリルは、開発チームに割り当てられた新装備試験用のスコピエスの前に来た。スコピエスは、オストニアでは第3世代型と呼ばれる陸戦型魔導従士の正式量産機である。

「最初は基本の陸戦型、スコピエスから行きましょう。リル、コクピットハッチを開いて乗り込んでください。」

「・・・ん。」

リルは特に教わったわけではないが、ハッチを開いてコクピットに乗り込んで、ハッチを閉じた。これはリルが持つ悪魔の知識の賜物だ。中央のシートに腰かけると、小柄なリルでは操縦桿やペダルに手足が届かない。しかしそれは想定内。リルはコクピット近くを通っている銀製の魔導従士の神経線維を引っ張り出すと、手の指に巻き付けた。これで、リルの脳と、スコピエスの魔導演算機(マジッキュレーター)が繋がり、思考による直接操縦ダイレクト・コントロールが可能となる。集音機がオッティの声を拾った。

「今、スコピエスは片膝をついた駐機姿勢です。その場で立ち上がってみて下さい。」

直接操縦下の魔導従士は、自らの肉体も同然だ。リルは苦も無くスコピエスを立ち上がらせる。

「では、歩いてみましょう。演習場の方へ向かって下さい。」

オッティは、工房兼駐機場で作業している団員に、「スコピエス、通ります。」と大声で伝えていた。リルは、進路上にいる団員がどいたのを確認してから、スコピエスを歩かせ、演習場まで出た。リル機のすぐ後を、オッティが専用にチューンされたスコピエスで着いてきた。オッティのスコピエスは、標準装備の肩部砲(ショルダー・カノン)を、それを支持する背部の補助椀ごと取り払い、空いたスペースに蓄魔力素材を詰め込んだ面妖な仕様であり、手持ち武装も、ワイドシミターと呼ばれる幅広、片刃の曲刀だけだ。

「よくできました。さすがはリルです。」

「・・・ん。」

リルは内心、おにいちゃんにほめられた、と喜んでいたが、言葉に出てこない。

「歩き方の基本は押さえていますね。では次は走ってみましょう。演習場を1周してみて下さい。」

以下、操縦の基本の確認が続くが、直接操縦を習得しているリルには何の障害もなかったので割愛。

「うん。初日にしては上出来です。では、模擬戦をしましょう。」

普通魔導従士に乗り始めてから模擬戦をするまで、数カ月はかかる。だがそんなことリルには関係ない。リルは使い慣れた武器がいいと、開発チームの縄張りに置いてあった、魔導従士用の長槍を持って来た。オッティ機は既にワイドシミターを構えていた。

「ちょうどいい武器があって良かったですね。では始めましょう。遠慮なくかかってきて下さい。」

オッティは開始の合図をする者が近くにいなかったため、リルに先手を譲った。リルはからめ手は使わず、オッティ機を素直に槍で突いたが、簡単に避けられ、逆にオッティ機のシミターがリル機のコクピットハッチの直上で寸止めされた。

「相変わらず槍の扱いは洗練されていますね。今の動きを見る限り、もうスコピエスを自分の体のように動かしていますね。ここまでできれば訓練は終了です。機体を元の位置に戻して、降りて下さい。」

 リルは機体を片膝を着いた駐機姿勢にし、転換炉を休眠状態にする。ハッチを開けて機外に出たら、ハッチを閉める。コクピットハッチは、一見すると見えない位置に開閉レバーがあり、機外から開閉操作ができるのだ。その後滑り降りるように地面に降り立つと、オッティもほぼ同時に降りてきた。オッティ機は、前に砦を見学した時には空いていたスペースに停められている。

「訓練が終わったら、デブリーフィングです。僕のデスクのところに来てください。」

リルがオッティについて行くと、前に砦を見学した時、エルが使う製図台だと説明されたもの隣に、もう一つ同じくらいの大きさの机が増えていた。机の横には、背もたれも肘掛けもない丸い椅子が2脚ある。その一方を進められたので座ると、もう一方にオッティが座った。製図台ではエルが数字がたくさん書かれた書面に目を通しながら算盤を弾いていた。あの書類は多分決算書だ。マギーはエルの後ろから抱き着いている。多分できる仕事がないのだ。

「反省点を確認し、次に生かすのも大事です。リル、今日の訓練の感想は?」

とその時、ガシャガシャ音を立て、マンティス君改に乗ったモカが近づいてきた。

「リルリル、すごいすごい。いつの間に魔導従士の操縦、覚えたの?覚えたの?」

リルはモカが乗っている強力鍛冶師を指さし、

「・・・まんてぃすくんかい。」

とだけ答えた。

「ほえ?」

モカにはリルの意図が伝わらなかった。ただオッティは理解したようで通訳する。

「モカのマンティス君改にも直接操縦が使われているんですね。リルはそれで直接操縦のやり方を覚えたわけですか。」

「・・・ん。」

「あ、あ。そゆこそ、そゆことか。だったら、だったら、私も魔導従士、動かせる?動かせる?」

「動かすだけなら、可能でしょう。」

などと喋っていると、

「こら、チビ。さっさと戻って来い。」

と親方の怒声が聞こえた。

「はいはい。戻る戻る。」

モカは来た時と同じようにガシャガシャ音をててながらマンティス君改で、親方のところに戻って行った。相変わらず落ち着きがない。

「それで、途中になってしまいましたが今日の感想は?」

オッティが話題を戻す。

「・・・おもったより、かんたん。」

「リルの能力を考えれば簡単なのはその通りでしょう。模擬戦の方はどうでしたか。」

「・・・いつも、どおり、おにいちゃん、つよい。」

リルとオッティは毎朝生身の戦技の稽古をしている。だからオッティの強さは知っていた。

「違いはありませんでしたか?」

「・・・おにいちゃんのけん。・・・かたちがちがう。・・・それと、いっぽんだけ。」

リルは見たままを答えたが、オッティはその答えに満足だったらしい。

「そこまで分かってあの動きなら、初日の訓練としてはほぼ満点ですね。」

オッティにはリルが直接操縦をすることはお見通しだったのだろう。もっとも、オッティもリルも手足が操縦桿やペダルに届かないため、普通の操縦方法ができないのだが。すると、書類仕事をしながらもこちらの話に聞き耳を立てていたのだろう、エルが話題に加わってきた。

「オッティからそこまでの評価を引き出すなら、リルはいい訓練をしたのでしょう。」

「初陣が(ドラゴン)さん相手だった父様ほど羨ましい、もとい、過酷な状況ではありませんでしたがね。」

「そう言って、オッティもほぼ初陣みたいな時に、陸王亀(ベヒモス)をやっつけてるけどね。」

「はい、陸王亀さんのおかげで、僕の研究成果が確認できました。」

オッティが陸王亀討伐に使った新しい魔法「解呪(キャンセレーション)」は、大型以上の魔獣に対して文字通り一撃必殺の効果がある。ただオッティ以外に成功した人はいない。悪魔のリルでも使えない。リルはその理由に心当たりがあったが、それを言うと藪をつついて蛇を出す結果になりかねない。リルが悪魔であることは家族にもできる限り内緒だ。オッティはいずれ気付くだろうが、だからと言って余計なことは言わない。こんな時、普段から無口だと便利だ。

「僕の場合が例外中の例外なのです。ちゃんと訓練してから実戦に出るのが原則ですよ。それはともかく、オッティ、第0分隊の今後の活動計画を教えて下さい。」

「リルの訓練が一通り済んだら、いま進めている魔力探知機(マナ・シーカー)(仮)の研究をリルに手伝ってもらおうと思っています。」

オッティの机には難しい本が山積みになっている。それで研究を進めているのだろう。

「(仮)が取れたら、僕にも見せて下さい。」

「さて、まだ時間があるので、研究を進めましょうか。リル、魔力探知機(仮)の構想の概要を説明します。聞いていて下さい。」

魔力探知機(仮)は広範囲を走査し、魔力(マナ)の発信源を探り当て、画面上に表示するという物だそうだ。我々の世界でいう、レーダーのようなものである。完成すれば目視範囲外の魔獣や魔導従士、飛空船も探知できるという。「他人の魔力の流れが見える」という特殊能力を持ったオッティならではの発想の装置だ。

 レクチャーが一通り終わると、手持無沙汰なのか、マギーが話に入ってきた。相変わらずエルに抱き着いたままだ。エルは書類仕事の続きをしている。

「オッティはすごいんだよ。この間作った魔力通信機なんてのも作っちゃたし。」

「ありがとうございます、母様。魔力通信機は、魔王が他の魔獣を従えていた原理の応用で、離れた場所に魔力を使って、言葉を伝える装置です。魔王は広範囲かつ複数の対象に意思を伝えていたようですが、通信機は対象を絞ることで、より遠くに言葉を伝えられるよう工夫しました。この研究の過程で『()』の属性式(エレメント)の存在も明らかになりましたしね。まあそっちの方は、国王陛下から発表を止められてしまったのですが。」

悪魔のリルは知っている。无の属性式は、魔力転換炉の根幹となる魔法に使われている。しかも悪魔が人間に教えた无属性魔法はこれ1つ。魔力転換炉の製法はどこの国でも厳重に秘匿されている。无の属性式こそ、悪魔が人間に教えていない10番目の属性なのだ。予想通りではあったが、オッティはその存在を見破った。やっぱりおにいちゃんはとくべつ、とリルは思った。

「魔力通信機は、まだ大きくて、砦に据え置くか、飛空船に積むしかないんですよね。あれの小型化もいずれやらないといけません。」

現在、魔法騎士同士の会話は、拡声器と集音機を使って行っている。飛空船や空戦型魔導従士が開発され、戦域が空に拡大すると、拡声器ではカバーしきれないほど広い範囲で意思伝達の必要が出てきた。現在は、このような場合、光の属性式を使用した発光信号を使っている。このような状況でも通信機で会話出来たら、確かに便利だし戦術の幅も広がるだろう。

「・・・みてみたい。」

主語のない言葉だったが、オッティは理解してくれた。

「では、スベルドロ砦に据え置かれている通信機を見てみましょうか。」

オッティはリルを、通信機が据え置かれている場所へ案内した。と言ってもエルのデスクのすぐ隣なので、オッティの机からいくらも離れていなかったが。

 魔力通信機は、我々の世界でいうところの昭和初期の電話のような形をしていた。壁に掛けられたやや大きめの箱型の本体に、本体から突き出したラッパ型の送話器、本体と螺旋状のコードでつながった受話器。オッティによると、受話器を握ると、魔力が流れ、待ち受け時に必要な魔力が本体に貯められる仕組みらしい。リルは通信機をしげしげと眺め、

「・・・これなら、できるかも。」

と言った。オッティは、

「そうですか。それなら、魔力探知機(仮)の開発は僕が1人でしますから、リルには通信機の小型化を頼めますか。」

と、提案した。リルは無言でうなづいた。これで、リルの騎士団での初仕事が決まった。

 リルが、通信機の設計図に目を通していると、オッティが立ち上がった。

「もうこんな時間ですか。母様、ちょっと出かけてきます。」

「おーけー。」

「リルも一緒に来ますか?」

この時間にオッティが出かける目的は大体想像がつく。リルは興味がなかったので首を横に振った。

「では、僕一人で行ってきます。」

言うや、オッティは素早く自分のスコピエスに乗り込み、砦から出て行ってしまった。

 設計図に目を通すと、通信機の大雑把な改良案が浮かんだ。通信機本体の大部分を占めるのは、通信に必要な呪紋を描き込んだ紋章(エンブレム)と、蓄魔力素材だ。魔導従士のコクピットに乗せるなら蓄魔力素材は省略できる。紋章も手先が器用なリルなら、もっと小さくできる。考えをまとめていると、

「ただ今戻りました。今日は熊さんが1頭捕れました。」

と、言いながら、オッティが帰って来た。

「どれどれ。」

マギーはエルを開放すると演習場の方へ歩いていく。リルもついて行った。

 演習場には、首のない大熊(ビッグ・ベア)と、大熊の生首が置かれていた。大型魔獣の死骸である。オッティは器用に大熊を解体し、数分後には、魔獣だったものは肉の塊に、姿を変えていた。

「今晩のおかず。」

と言って、マギーが適当にいくらか熊肉を麻袋に放り込むと、残った肉を、

「おすそ分け。」

と言って、近くにいた団員たちに配っていく。団員たちは微妙な顔をしながらおすそ分けを受け取っていた。


 オッティが砦を出ているころ、銀嶺騎士団第2中隊長エドゥワルス(エド)・ブランクスと第4中隊長グラスィッサ(グレース)・ケリユスは、砦の休憩室で、茶を飲んでいた。2人が恋仲にあるのは騎士団内では公然の秘密である。そこに無粋にも話しかける若手の団員がいた。第4中隊所属のグレースの部下である。

「団長閣下の身内贔屓は、目に余ります。あんな小さな女の子を団長直属の第0分隊に配属するなんて。隊長たちも何か言ってやって下さい。」

この若手団員はリルが第0分隊に配属されたのが気に入らないらしい。エドが重い口を開いた。

「では聞くが、お前は、あの末っ子のお守ができるか。」

「隊長は子供のお守は面倒だと、そういうのですか。」

「お前は見る目がないな。逆だ。あんな化け物、俺たちの手に負えん。」

「エル君とマギーちゃんちの子供だしね。」

グレースもエドに同意する。しばしの沈黙の後、エドがさらに続けた。

「お前は、ここに来た初日、何をした。」

「は?強力従士(パワー・スレイブ)を装着してのランニングでしたが。」

「で、どうだった。」

「魔力切れでへばっているうちに、教官役のディオ隊長に周回遅れにされました。」

「安心しろ、それが普通だ。ここは全土から選りすぐりの騎士が集められるが、それでもまず基礎トレーニングから始める。それがどうだ、あの末っ子は、初日から手足のようにスコピエスを動かし、御曹司との模擬戦までやってのけた。さすがに負けたようだが。」

「まあ、あのエル君とマギーちゃんの子供だもんね。」

グレースが同じようなことを2回言った。ちなみにエドもグレースもエルやマギーの部下だが、学園時代は先輩だったので、今でも上官に対するような態度をとらない。そのあたりの規律の緩さも実は銀嶺騎士団の特徴だったりする。

「そういうことだ。あの末っ子は特別。同じ土俵に立とうとするな。」

エドに諭され、若手団員は黙ってしまった。


 翌日。

「今日は、魔導車の操縦訓練です。」

魔導車の機関室は2人乗りなので、同じ魔導車にリルとオッティが乗り込んでいた。魔導車は、ブレーキとアクセルを兼ねた操縦桿と、ハンドルで操縦する。我々の世界の自動車より簡単だ。ただし、ここでも手が短くて操縦桿やハンドルに手が届かない問題が浮上した。オッティは運転台の下を開けると魔導従士の神経線維と同じような銀線を取り出す。

「これを握って直接操縦もできます。」

その後は砦の外に出て、走る、曲がる、止まる。訓練は午前中には終わった。

 魔導車を工房兼駐機場に戻すと、オッティのデスクに向かい、デブリーフィングである。ただ特に問題なしとのことで、すぐにそれぞれの仕事に分かれた。

 リルは昨日のアイディアを図面にまとめてみる。リルは鍛冶師学科の授業を聴講したので製図の技術もあるのだ。ラッパ型の受話器と送話器もなくして、代わりに小型の拡声器と集音機を付けることにした。これなら、あまり広くない魔導従士のコクピットにも設置できそうだ。オッティは難しい魔導書を読んでいたが昨日と同じ時間に外出した。今日はスコピエスに乗って行かななったから大型魔獣狙いではないらしい。

 オッティがいない間、机の上を見回すと、書きかけの原稿のような紙束があった。魔力探知機(仮)についてのものかと思い読んでみると、魔獣の生態をまとめたものだった。しかもやたらと詳しい。食べるとおいしい部位まで書かれている。おにいちゃんすごい、とリルは思った。

 オッティは割とすぐに帰って来た。

「ただ今戻りました。今日は兎さんが2羽獲れました。」

とのことである。


 翌日。

「今日はピクシスの操縦訓練です。これが最後の訓練ですから張り切っていきましょう。」

リルは開発チーム用のピクシスに乗り込み機体を起動させる。空を飛ぶのは初めてなのでちょっと緊張した。飛行魔法の出力を少しだけ上げ、工房の天井に頭をぶつけないよう気を付けながら、

「・・・うごく。」

と拡声器に向かって注意を促した。尾部推進器(テール・スラスタ)の出力を絞ってゆっくり移動し、天井のない演習場まで出たら、高度を上げた。オッティも別のピクシスに乗って、リル機と拡声器で話ができる距離まで寄ってくる。

「なかなか上手ですね。では、実際戦闘機動をやってみましょう。そのピクシスは、高度安定器(ハイト・バランサー)を外してあるので、一定高度を保ちません。翼と飛行魔法、それに尾部推進器をバランスよく使って、前進、旋回、上昇、下降をやってみて下さい。」

 まずは前進、推進器の出力を上げる。スピードが出てくると翼に受ける風で揚力が生まれるのでそれに合わせて飛行魔法の出力を下げ、高度を保つ。次に旋回、翼で風を捕まえつつ、推進器の噴射方法を変えると、機体の向きが左に変わった。同じ要領で右旋回もやってみる。できた。翼の揚力と飛行魔法の出力のバランスを変えながら、上昇、下降。意外と簡単だ。1時間もしないうちに、リルは自由自在に空を飛べるようになっていた。

「大変よくできました。リルには空戦型が合っているかも知れませんね。この調子でちょっと実戦をしてみましょう。着いて来てください。」

 オッティのピクシスについて行くと森の上空に出た。すると、森から一斉に大型飛行魔獣「剣隼(ブレード・ファルコン)」の群れが飛び出してきた。そのうち何羽かが、リル機の上をとると、急降下してくる。この魔獣が隼の名で呼ばれる所以だ。リルは相手の動きを見切ると、急降下攻撃を回避しつつ、2羽を標準装備の斧槍で串刺しに、1羽の後ろ足を左手でつかんで首を「虚空斬(ヴァニティ・リッパー)」という風属性の上級魔法で切り落とした。仲間がやられたとみるや、剣隼の群れは森に引き返していく。

「あの鳥さんは臆病なので、すぐ逃げてしまいます。捕まえた鳥さんは今晩のおかずにしてもらいましょう。」

オッティとリルは、獲物の剣隼3羽を持って砦に戻った。鳥を演習場において、ピクシスを元の位置に片付けると、デブリーフィングの前にとオッティが、鳥の解体を始めた。あっという間に3羽の剣隼は、鳥肉の山になった。例によって、マギーが

「おすそ分け。」

と言って、微妙な顔をする団員たちに余った鳥肉を配っていた。

「これで主力量産機3機種全ての操縦訓練が終わりました。お疲れさまでした、リル。今日は終業時間まで休憩していていいですよ。」

 銀嶺騎士団の団員には、スコピエス、ピクシス、魔導車の3機種のうち最低でも2機種、出来れば全ての操縦ができる技能が求められる。通常であればこれらの操縦訓練に半年ほど費やされるのだが、リルは3日で全てマスターし、大型飛行魔獣との実戦まで経験した。驚異的なスピードと言うほかない。全ては騎士団入団前からモカのマンティス君改で、直接操縦を経験していたからこそ可能となったことだ。リルは、まじっくないと、いがいとかんたん、と思った。訓練終了後、リルは、オッティに言われた通り、特に仕事はせず、マンティス君改で、ガシャガシャと動き回るモカを観察していた。


 アウレリウス4兄弟の次兄であるマルセルス(マルセル)は、苦戦していた。念願の王立魔法騎士学園高等部飛空船学科船乗専攻に進学したはいいが、飛空船学科のカリキュラムは、マルセルの苦手な座学がてんこ盛りだった。高等部から授業は1コマ90分、午前2コマ、午後2コマ、土曜日は半ドンで2コマになる。週22コマの授業のうち、実に21コマが座学だ。その内容も、飛空船学科特有の魔法の授業に始まり、数学、構造力学、流体力学、気象学、天文学、飛空船開発史、飛空船戦術論等々、一流の船乗り(セイラー)になるためには必要な教養なのだろうが、多岐にわたり、専門性も高い。当然予習している前提で、ハイスピードで授業が進むので、学園から帰った後も、机にかじりついて予習復習に励まねばならない。どちらかと言えば腕っぷしの強さが評価されていたマルセルにとっては、ついて行くのも精いっぱいという感じだ。

 ある日の昼休み、学園の屋外ベンチで魂が抜かれたような顔をして座っていたマルセルに、声を掛ける者があった。

「おう、マルセル。調子はどうだ。」

マルセルは、記憶の引き出しの奥にわずかに残る似た響きから声の主の正体に気付いた。

「ジャイ、ジャイじゃねえか。なんでこんなところに。」

ジャイとは、マルセルが幼いころよくつるんでいた近所の悪ガキ仲間のリーダー格、所謂ガキ大将のジャイユスのことである。マルセルより1学年上のはずだ。

「ふふふ、ここではジャイ先輩と呼べ。今の俺様は飛空船学科船大工専攻2年生だ。」

「何〜、ジャイが飛空船学科?」

「さっきも言ったがジャイ先輩と呼べ。俺様の父ちゃんは大工の棟梁だったからな、俺様も大工を目指したんだが、大工は大工でも、船大工になってたってわけよ。」

「大工ってことは、中坊までは工芸学科か、ジャイ。学年も違うし会わねえはずだ。」

「だから先輩と呼べと、まあいい。これからは飛空船学科の後輩だ、精々俺様の足を引っ張るなよ。」

意外な場所、意外な形での意外な人物との再会。マルセルはなんとなく頑張る意欲が湧いてきた気がした。


 その日の夕食時、リルの乗機をどうするかが話題になった。

「僕が見た限り、空戦型が1番、リルに合っていると感じました。」

「そのあたり、リル本人はどう思っているのですか?」

「・・・おにいちゃんが、いうなら。」

リルは相変わらず言葉足らずだ。

「この中で唯一の空戦型乗りとして、マギーの見解はいかがですか?」

「見てないから分かんない。」

マギーは、リルの訓練中ずっとエルに抱き着いていただけだから、確かに訓練は見ていない。

「ではリルの乗機はピクシスをベースに改造する方向で行きましょう。ラボにピクシスをもう1機追加で発注しておきましょう。」

エルのこの発言にモカが過剰反応した。

「改造!ピクシスを改造、改造するの?するの?したいしたい。改造したい。」

「・・・かいぞう。」

「モカは相変わらず元気ですね。どうです、父様、モカの初仕事をピクシスの改造にしては。」

「パパ、パパ、お願い、おーねーがーいー。」

「では、モカにピクシスの改造をお願いすることにしましょう。」

エルはすんなり受け入れた。強力鍛冶師の改造など、モカは入団前から実績を残している。

「やった、やった。リルリル、すんごいの作ってあげるからね、ね。」

「モカ、乗るのはリルなんですから、リルの希望も聞いてあげないといけませんよ。」

オッティが諭すように優しく言った。

「そかそか。リルリル、どんなのがいい?いい?」

「・・・みじかい、やり。・・・はるばーとは、すきじゃない。」

リルもモカほど自己主張が強くないだけで自分の意見がないわけではない。

「片手で使うショート・スピアだねだね。他には?他には?」

「・・・はやく、とびたい。」

「他には?他には?」

「盛り上がっているところ悪いけど、そろそろご馳走様にしましょう。」

「はーい、はーい。お祖母ちゃん、お祖母ちゃん。」

夕餉はこれで終わりだが、モカによるリルの希望調査はその後も続いた。

「・・・しょるだー・かのんは、いらない。・・・まほうは、じぶんでつかう。」

「オッティと同じ事を言うのですね。」

肩部砲の火器管制呪紋は、若かりし日のエルが作ったものだ。もっともエル本人もダモクレスに火器管制呪紋を使っていないが。

「・・・たてと、じゃべりんも、いらない。・・・おもくなる。」

ピクシスの左前腕には魔導投槍機、通称「ロング・ジャベリン」一体型の盾が標準装備されている。投槍は法弾と違い大気中のエーテルの影響を受けないので、長射程を誇る対艦装備だ。強力だが重量はかさむ。

「・・・ふぇざー・だーつも、はずして、もっと、かるくする。」

「引き算ばっかだね、だね。そだそだ、パパ、パパ、『女王蟻の心臓』、使っちゃだめ?だめ?」

モカは足し算もしたいようだ。それはともかく「女王蟻の心臓」とは、朱火女王ファイア・レッド・クィーンという、魔の森西部、すなわちオストニア領近くに生息する朱火蟻ファイア・レッド・アントという真性社会性中型魔獣の女王の心臓から採取された魔力結晶を用いて作られた魔力転換炉だ。朱火女王は、中型魔獣ながら多数の卵を産むために多くの魔力が必要らしく、その魔力結晶は、大型かつ高純度だ。「女王蟻の心臓」は、開発当初のダモクレスに搭載されていたもので、量産型転換炉の3倍ほどの最大出力を誇るが、ダモクレスに「魔王の心臓」が搭載された際、取り払われ、今はスベルドロ砦の倉庫に保管されている。

「『女王蟻の心臓』とは、懐かしいですね。このまま眠らせておくのも、もったいないですし、リルなら高出力炉の制御も可能でしょう。いいですよ。」

「パパ、パパ、ありがと、ありがと。うんうん、これですごい魔導従士、出来ちゃうよ、出来ちゃうよ♪」

 かくしてリル専用のピクシスの改造機は大出力かつ軽量級の機体に仕上がることになった。


 オストニア王国一の精鋭である銀嶺騎士団は、各10人編成の魔法騎士4個中隊+α、鍛冶師隊及び飛行大隊からなる。第1中隊は、隊長のディオを始め、自分の得物にこだわりがある者が多く、全員が結成当初からいる古株である。戦場に真っ先に飛び込んでいく戦闘スタイルから、「王国の紅き剣」とも呼ばれる。第2中隊は、隊長のエド以下堅実な戦い方で守りに秀でる者が多いことから、「王国の白き盾」と呼ばれる。第3中隊長、カークス(カーク)・ヴァリユスは、寡黙で融通の利かない性格に反し、戦い方は臨機応変であり、第3中隊も不足しているところを補う何でも屋的な役割を担う。第4中隊は、別名「飛行中隊」とも呼ばれ、空戦型のピクシスが優先的に回され、飛空船の護衛や他騎士団への教導を担う。それ以外の魔法騎士、すなわちエル、マギー、オッティ、それにリルは、開発チームであり、新型魔導騎士や新装備の開発が普段の仕事だが、戦闘における切り札でもある。

 鍛冶師隊も、各中隊担当、開発チーム担当など、なんとなくの住み分けはあるが、人手が足りなければ応援にすぐ駆け付けるなど、役割分担は曖昧である。

 飛行大隊は、船乗り班と船大工班に分かれ、更に、各員ごとにどの船のどの役割を担うのか役割が細分化されており、役割分担に曖昧さを残す魔法騎士や鍛冶師隊とは性格が異なる。これは、騎士団結成後しばらくしてから飛空船の本格運用が始まった上に、王命で飛行隊が新設された当初、主要メンバーを近衛騎士団からの移籍組が占めたためである。

 保有戦力は、騎士団長エル専用機のダモクレス、団長補佐マギーのシルフィ、第0分隊長オッティのスコピエスほか、陸戦型スコピエス29機、第1中隊長ディオ専用の空陸型「ペネトラテス・ファルケ」、第2中隊長エド専用の空陸型「ルーケス・イーグル」、空戦型ピクシス21機の総計55機の魔導騎士(これにリル専用機が新たに加わる予定)、魔導車「S-02」10両、旗艦テバイを始めとする各種飛空船計8隻である。ちなみに、アウレリウス家の5人が通勤で利用している魔導車は「S-01」型であり、マイナーチェンジモデルのS-02が導入されるまでは騎士団の戦力だったが、現在はアウレリウス家の資産である。

 ピクシス10機が第4中隊に優先的に割り当てられるほかは、どの中隊にどの魔導従士なり魔導車なりを割り当てるかは、作戦内容によって臨機応変に決められる。ただ、第1中隊員は、陸戦型のスコピエスに乗りたがる傾向があり、彼らの中では、ピクシスや魔導車は「外れくじ」と呼ばれている。

 その第1中隊長専用機ペネトラテスは、スコピエスをベースにしているが、肩部砲の代わりに、チェイン・フレイル投射装置を補助椀に持たせ、更に「前にしか進めない」機能限定型の魔導推進器(マギ・スラスタ)を増設、武装も予備も含めてワイドシミター4本と、純粋な接近戦仕様機である。ディオは、普段は皮肉屋だが、いざ戦いとなるとどんな敵が相手でも後退しないことを信条としており、ペネトラテスには彼の信条が反映されている。ペネトラテスと無人補助機「エスクード・ファルケ」が、合体したのが、ペネトラテス・ファルケであり、ペネトラテスの格闘能力と、ピクシスと同等の空中機動力を併せ持つ強力な機体だが、操縦が大変難しく、ディオの魔法騎士としての技量が優れているからこそ実現した機体である。なお、エスクードシリーズの合体機構は、ダモクレス・シルフィードを模している。

 第2中隊長専用機ルーケスは、ペネトラテスと異なり、スコピエスの意匠を多少変更しただけで、基本性能に変更はない。その意匠は、我々の世界でいう将棋に似たボードゲームで守りの要とされている(ルーク)に似せて作られており、守りに強いエドの戦い方を反映している。余談だが、ルークの動き方は、チェスのそれよりも将棋の金将に近い。そしてルーケスと「エスクード・イーグル」が合体してルーケス・イーグルとなる。

 第3中隊長及び第4中隊長に専用機はないが、第4中隊長グレースは、自機の左腕に、「修理装置(レストレイター)」という特殊な魔法装置を装備していることが多い。修理装置は、損傷した機体を部品の欠損がない限りその場で修復できる、応急処置用装備である。


 リル専用機の仕様が決まった翌日。

「親方。モカをちょっと借ります。」

「おう、坊主。用事が済んだら返せよ。」

とのやり取りがあり、モカは、第1から第3中隊で使いまわしているピクシスを1機貰ってきて、リル専用機の改造に着手してしまった。もちろん、追加のピクシスはまだ納入されていない。

「ふっふふっふふーん♪ふっふふっふふーん♪」

憧れの魔導従士をいじくりまわせるとあって、モカは生き生きしていた。そんなモカの様子をチラチラ見ながら、リルも魔力通信機の小型化に着手していた。小型化の要点は2つ。蓄魔力素材の省略と紋章の小型化である。リルは、銀板の切れ端を貰ってきて、オッティが開発した通信機用の呪紋を精密に刻印していく。リルは、モカと行動を共にしているうちに、知らず知らず、かなり手先が器用になっていた。オリジナルの紋章の半分以下の面積の銀板に、必要な呪紋を残らず刻印することができた。

 作業に着手してから数日後。

「・・・かんせい。」

魔導従士のコクピットに搭載できるサイズの魔力通信機の試作品が出来上がった。

「もう出来たのですか。さすがはリルですね。どれ。」

オッティが、試作品を検分する。

「なるほど、機体の魔力転換炉から魔力を供給するので蓄魔力素材はいらないわけですか。僕としたことが、考えの浅さを恥じるばかりです。それにしてもとても精密な紋章ですね。これだけ細かい加工ができる人間は限られますから、量産には向かないかもしれません。何にせよテストです。」

「・・・ん。」

リルは開発チームに割り当てられているピクシスに、試作品の小型通信機を取り付けた。リルは、鍛冶師学科の授業を聴講しているし、悪魔の知識もある。魔導従士を一から組み上げるのは無理だが、部品を一つ足すだけなら鍛冶師隊の手を煩わせなくても自分でできる。取り付けが終わると、ピクシスを演習場に出し、チャンネルを合わせて、スベルドロ砦に据え置かれている通信機に呼び掛けた。

「・・・てす、てす。」

「・・・こちらスベルドロ砦、銀嶺騎士団長エルヌス・アウレリウスです。実験はうまくいったようですね。」

成果を確認すると、リルはピクシスを元の位置に戻し、小型通信機を外して、オッティのところに戻った。

「ひとまず成功して何よりです。後はこれが量産可能か、ラボと調整が必要ですね。」

ラボとは、王立魔導従士研究所の略称である。研究開発だけでなく、生産も担っている。

「ラボとの調整役はリルには荷が重いでしょうから、オッティが行ってきて下さい。」

「分かりました、父様。では早速明日から出張に行ってきます。」

 オッティがラボのあるカメンスクの街に出張中、リルは、モカの作業を観察していた。

 1週間ほどしてオッティが出張から戻ると、

「ただ今戻りました。お土産に南部ならではの物を持って帰りましたよ。楽しみにしていて下さい。」

「オッティ、お土産の話は後でもできますから、まず仕事の方の報告をお願いします。」

「失礼しました、父様。ラボの方でもリルが作った仕様のままで量産可能なようです。ラボの技師も侮れませんね。」

と何気に失礼なことを言う。リルはお土産の方が気になったのでそれが置かれているであろう演習場に行ってみた。首のない蜥蜴人間(リザードマン)2体と、蜥蜴人間の生首が2つあった。おにいちゃんらしい、とリルは思った。

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